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魔道府③―応援してくれる人たち―

 そうしてぼうっと耳を澄ましていると、翡翠双子の会話が耳に入ってきた。


「あとはどない?」

「次は午後からですね」


 予定の確認をしているようだ。どうやら蒼が午前の最後らしい。午前とは言うものの、太陽は一番高い位置からすでに降り始めているが。

 身体に見合わない大食漢な長官がおやつに手を出してしまうのもわかる。蒼は心の中で手を打った。指定の時間を考えれば当然のことながら、訪問理由が理由だけあって手土産を持ってくることは憚られる。


(きっと、午後の部もわずかな休憩時間を挟んで始まるんだろうな)


 ぼんやりとしていた蒼の耳に、


「午後一は華憐堂やな。報告者は萌黄嬢さんと店守か」


という陰翡の声が入ってきた。

 蒼は、わずかに息を呑む。喉を引っ掛かって落ちていく唾。蒼自身にも、何度か喉を動かしてしまった原因などはわからない。

 華憐堂だってクコ皇国の溜まりを管理する者なのだから、報告にあがるのは当たり前だ。


(あっ、確認終わったのかな!)


 長官が指で丸を作ってみせたので、蒼はほっと胸を撫で下ろした。

 それと同時に椅子を鳴らし立ち上がる。さっと左膝を床につき、入ってきた時と同じように袖を合わせて頭を垂れた。

 ふらついて危うく両膝を付きかけるが、なんとか堪えた。この国で両腕を隠し、両膝を床につくのは皇帝の御前でだけなのだから。


「ご承認ありがとうございます。それでは、私はこれで失礼いたします」


 蒼はなぜか早く退出したかった。どっどと早鐘を鳴らす心臓が痛い。

 蒼が踵を返そうと足をひくと、部屋中に反響する声が飛んできた。長官が両手を机につき、倒れそうなほど乗り出している。


「えー! もう帰っちゃうのですか? 午前の報告はこれで終わりだから、お茶でもしていけばいいのに。あっ、それとも華憐堂の報告のこと気にしているのですか?」


 あまりに率直に尋ねられて、蒼は眉を下げて笑う。報告書をあれだけの速さで読みながら、なおかつ部下の会話も耳に入れていたのか。

 その言い様に、陰翡が顔を覆い、陽翠があからさまなため息を落とした。紺樹にいたっては、


「長官、後でお話があります」


などと珍しく眉間に皺を寄せている。ついでに、


「今日のお茶は渋めのものを淹れて差し上げますから、お楽しみにどうぞ」


机に両の手をついて脅迫めいた声色で付け加えた。笑顔の迫力もすごいが、青筋は段違いに浮き上がっている。

 長官の小さな体が後ろに飛び退く。立派な背もたれのある椅子が倒れなくて良かったと蒼は、他人事ながら胸を撫でおろした。


「この間の桜茶まだあるでしょ! しょっぱいのは好きだけど、渋いのはダメなのですよー!」


 涙目の長官。激甘党の長官殿には、究極で地獄並みの残酷な拷問だろう。長官は悲愴感漂う表情で、腕を大きく振り抗議を続けている。


「だって、だって! 蒼らしくないのですよー。別に競合店だからといって、話にあがるのが嫌なわけじゃないのですよね?」

「あーと、はい、いいえ」


 蒼の心臓がずくりと気持ち悪く動く。思わずソコを押さえつけてしまうくらい、心臓の中で何かが不気味に暴れた気がした。ずんずんとお腹と胸元で。

 ただ、蒼は体を駆け巡る違和感を言葉にする術を知らない。だから、曖昧に頬を引きつらせてしまう。


「それとも、代替わりしたばかりでお店大変なのです?」


 蒼の心情など百も承知なはずである長官は、なおも問い詰めてくる。うさぎみたいな真っ赤な大きな瞳が蒼を射抜く。

 両方とも即座に否定ができなかった蒼は、唇を上や横に動かすので精一杯だった。


「うーと」


 むろん、華憐堂のことを敵視しているのかと問われれば否だ。ただ、関わるとどうしても麒淵との会話を思い出して気になってしまうので、避けてはいたのは事実だ。

 それに、代替わりで奮闘中なのも本当だ。


「――すみません。今の私にはなんとお答えするのが正解なのか、わかりません」


 結局、蒼は俯いたまま謝罪を口にしていた。あまりの情けなさから、じわりと目が熱を持っていく。それを必死に押し込めようと、瞬きを繰り返す。

 いつもなら『大丈夫ですよー』と花のひとつでも咲かせて見せられるのに、と唇を噛む。


「私、心葉堂の茶師なのに」


 蒼にはそう呟いてしまう後ろめたさがあるのだ。

 なぜなら、蒼はアゥマの扱いについては神童と呼ばれていた。丹茶だってかなり早い年齢で浄練できた。ソレこそ、息を吸うように自然と。

 周囲の大人も幼馴染たちも、こぞって褒めてくれた。


(そうだ、このもやもやは、私のおごりが原因だ。それなのに、勝手に華憐堂さんを意識して、恥ずかしい。単なる嫉妬だ)


 本当なら、今の大変な時期こそ、その腕を振るうべきなのだ。

 それにも関わらず――心葉堂の茶師を継いだのに、今の蒼は店の看板である丹茶や薬膳酒を浄錬できなくなってしまっている。


(いざとなったら、なんて役立たず)


 それでも、蒼は知っている。自分の周りにいる人たちはとても優しいから、そんな蒼を『役立たず』なんて思うはずがないことを。甘くてちょっぴり厳しくて、やっぱりあたたかい。

 だからこそ、蒼自身が罪悪感を抱いてしまう。それにまた、自己嫌悪する。その繰り返しだ。


(あぁ、いやだ。寄りにもよって、ここで自覚するなんて。格好つけたい人たちの前で)


 蒼は俯いて、きゅっと唇を結ぶ。奥歯を噛み締めて、喉の奥から押し寄せる想いを飲み込んだ。鼻を啜ってしまう。一刻も早く退出したいと踵を返す。


「長官、やめぇな。ごめんな、蒼ちゃん。うちの上司ほんま悪気はあらへんのや」


 陰翡が頭を掻きながら近づいてきた。再度謝罪を口にしようと顔をあげたところで、くしゃくしゃと頭を撫でられて声は出なかった。豪快な手つきは、幼い蒼に対する態度と同じだ。それが懐かしくて、どこか戸惑いもあって、だけれどもやっぱり嬉しい。


「陰翡お兄ちゃん、ありがと」


 蒼が何かを想うより先に、陰翡が紺樹と陽翠に両脇を抱えられて離された。


「自分の大きさを自覚しなさい。蒼がつぶれてしまったら、私は紅にどう謝罪したらいいのか」

「というか、気安く触れないでください。君が他の女性にどう接しようが口は出しませんが、蒼に対しては許しませんよ」


 そんなやり取りに、蒼は優しさで涙をこぼしかけた。すんでのところで、焦った大人たちの焦りの方が勝り呑み込めたが。蒼の大きな目で溢れる寸前の涙が、彼女の長いまつげを濡らす。

 蒼はバチンと音を立てて自分の頬を叩く。真っ赤になった顔をあげ、蒼はぐっと拳を握る。


「あのね! 心配してもらってすごく嬉しいんです! 自分の半人前さに落ち込んだけど、やっぱり長官と副長と、陽翠さん、陰翡さんの気持ちが嬉しいの! あと、ちょっとお店のこと考えて自分の世界に入っちゃっただけなので!」


 陰翡が本当に申し訳なさそうに眉を垂らすものだから、蒼は慌ててさらに両の手を振った。自分の至らなさが原因な悩みで、人を謝らせるなんて、それこそ申し訳なさ過ぎる。

 あまりに凄まじい勢いで全身を揺らす蒼。おかしそうに肩を震わせた紺樹が、手に持った資料を軽く持ち上げ、


「それは、紅に閻魔帳で頭を小突かれそうですね」


と冗談めかして、自分の耳上に当てて見せた。

 とたん、執務室に明るい笑い声が響く。蒼も「それ、やだ」と額をおさえた。紅にしてみれば、実に不本意だろうけれど。仏頂面の兄の顔が容易く想像できて、また目元が緩んだ。

 蒼が止まらない笑いで肩を揺らしていると、長官が勢い良く腕をあげる。


「蒼、でもほんとに困ってるなら、わたしは協力するから! 白にも、返してない借りがごまんとあるのですよぉ。こわや、こわやなのです」

「そろそろ満月ですし、陰翡と私もお邪魔しようと思っていたところです。ねぇ?」

「そやそや! 師傅に珍しい酒も渡したかったねんな」


 理由をつけて自分を助けてくれようとしている皆の気持ちが、嬉しくて目頭が熱くなるのがわかった。もっと、頑張ろうという気持ちが沸いてくる。

 陰翡が、紺樹に悪戯な笑顔を向ける。


「ほら、副長もなんかあるやろ」


 にやにやと陰翡が紺樹の脇を突っつくが、当の本人は涼しい顔で腕を組んだ。


「私は普段から全力で蒼の味方ですから。いつもしているように、するだけですよ」


 紺樹は何でもないように微笑む。ついでに、ひどく甘い視線で蒼の目元を親指の腹で撫でてきた。触れられた部分はまるで色を乗せられているように熱を持っていく。

 蒼は必死に紺樹を離そうとするが、逆に手を取られしっかりと握られてしまう。


「いけしゃあしゃーと。紺樹ってきざきざですぅ。かっこつけは流行らないのですよ」

「私はきざなのではなくて、素直なだけですから。それに、流行ってなくても別にいいんですよ。蒼のためになるなら」


 しれっと真面目な顔で言ってのける紺樹に、蒼の方が恥ずかしくなってしまう。


「うげぇ、そんな甘さはいらないですよぉ」


 長官殿は、激甘蜂蜜かけ餡蜜を食べてしまった時と同じ様に、小さな舌を出して机に突っ伏してしまった。激甘党の彼女が嫌がるほどの甘さを思い出したのだろう。

 皆の視線は長官に集中したので、蒼は赤くなった自分の耳たぶをつねって、深呼吸をする。普段なら素直に感謝するか突っ込みをいれる紺樹の軽口も、こういう場で聞くと恥ずかしくなってしまう。


「長官さん、陰翡お兄ちゃん、陽翠お姉ちゃん、それに紺君」


 息を吐く勢いにのって、長官の机を囲っている面々を呼んだ。

 同時に振り向いてくれる彼ら。彼らの人としての厚意に、自分もいつもの自分としてお礼が言いたかった。彼らに思いっきり頭を下げ、反動で身体を起こした。


「ありがとうございます! でも、華憐堂さんに対しても今の状況に対しても、未熟だからこそ自分の力で頑張って、またみんなに私のお茶を飲んでもらえるよう、頑張ります!」


 今度こそ、心からの満面の笑みで彼らに向かい合うことができた。弱音を吐くにしても相談するにしても、まだ早すぎる。蒼はあわせた手を握りしめた。


「でも、お茶を飲みに来て下さるの、いつでも大歓迎ですので! 茶葉のことで迷ったら、ぜひ、声かけてくださいね」


 わずかに商売根性を出した台詞を言うことで、蒼は自分の背中を押したのかもしれない。

 それも全部承知なのだろう。さまざまな種類の微笑みを浮かべた大人たちは、


「そんなこと言われると、私は四六時中、心葉堂にいりびたりますけど」

「もちろんだよ! お茶菓子もっていくから」

「ほんま、健気に育ったわ。まぁ、ちっちゃな頃からえぇ子やったけどな」

「貴方は蒼のなんなのですか、陰翡。でも私もそこは同意せざるを得ません」


各々の反応でさらに目を細めた。

 今度この笑みを見る時は、自分のお茶を飲んだ時であって欲しい。蒼は、ぐっと前を見据え、光を吸い込んで煌いている硝子を瞳へ映した。


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