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魔道府①―受付の前で―

 にわかに騒がしい。



 いつもと違う雰囲気の魔道府の門前で、蒼は瞬きを繰り返している。


(どうしたのかな。溜まりの抜き打ち監査の時期からは外れているし、ここしばらくは門付近の異形(いぎょう)も大人しいって聞いてるけどなぁ)


 蒼は遥か遠くにある首都と外界を隔てる守護の門に向き直る。街より高い場所に建っている魔道府の広場からは、広大な首都の景色も良く見渡せる。

 クコ皇国は皇帝が住まう宮の正面に大きな門があるだけで、街全体を囲う城壁というものはない。これは守護の門と各所に仕掛けられた陣や道具が壁となっているからだ。ちなみに外界からは、桜の大木に街中がぐるっと囲まれている風景に見える仕掛けだ。


(まっ、いっか。生活の根幹にあるアゥマを管理する部門だもんね。色々あるよ)


 蒼はひとつ大きく頷き、受付へと足を動かす。雨が降る前の湿った空気が肺に入り込んできて、心持ち体温を下げた気がした。


(それにしても、何度来ても緊張しちゃうんだよねぇ)


 今日は各溜まりの管理者が、魔道府に来府する二ヶ月に一度の報告日だ。

 蒼も他の者たちと同様に、普段着よりも畏まった服装を纏い訪れている。髪と同じ淡藤色の詰襟の服だ。腰から下は、花弁を重ねたような形でふんわりと広がった裾。少女らしく柔らかい印象をあたえるが、ふくらはぎ辺りまでの長さということもあってか、普段よりは落ち着いた雰囲気を醸し出している。


「うぅ。緊張しているはずなのに、すっごく寒いや。最近ずっとこんな感じ」


 短い袖の下に薄い長袖を身に着けているのにも関わらず、先ほどから鳥肌がたちっぱなしだ。


「ほんとやぁね。このところ天候が悪くて、お散歩日和なんて言葉からは縁遠いいわね」

「あぁ。例年なら花盛りで花見酒も美味い季節なのになぁ。集まってもすぐ解散だ」

「今日は店も休みだし、帰ったら黄酒を燗にして飲みましょかね」


 すれ違った老夫婦が、はぁっと手に息を吹きかけながら通り過ぎていく。長い袖に手を隠していた夫と思わしき男性が、思わずという調子で「やった!」と両腕をあげた。が、すぐさま大きな身震いをして背を丸めた。

 蒼は小さく笑った後、ふむと空を見上げた。曇りや小雨の日が続いており、季節外れにも関わらず、そのうち雪でも降るのではないかと思ってしまう日もある位だ。


「おっ! 蒼やないか!」


 いつの間にか立ち止まってしまっていたらしい。肩を柔らかく叩かれた。

 蒼が振り返ると、褐色の肌に長い翡翠色のくせ毛をした男女が、苦笑を浮かべ立っていた。


「そないな所で突っ立って、どないした?」

「あっ、陰翡さんと陽翠さん。こんにちは! 報告に来たんですけど、皆さんお忙しそうだなぁって」


 蒼は天候の話題を避け、周囲を見渡す。悪天のことなど世間話としてはいたって普通の内容だが、なんとなく咄嗟に状況について口にしていたのだ。

 妙な後ろめたさを感じている蒼をよそに、陽翠が本当に申し訳なさそうに頭を下げた。


「すみません。今、各部門が少し立て込んでいまして」

「大変そうだなぁって思っただけだから、逆にこっちがごめんなさい!」


 蒼は気を遣わせてしまったかと、慌てて両手と顔を左右に振った。

 目の前にいる二人は同じ顔をしているが、醸し出す雰囲気は全く正反対だ。

 男性の『陰翡』は地方訛の特徴的な話し方をし、名前とは反対の太陽のような笑顔を咲かせている。女性は『陽翠』といい、標準語でまるで月光さながらの影を浮かべ物静かな口調だ。


(顔がそっくりの一卵性双生児なのに、相変わらず、雰囲気は全然違うなぁ)


 どちらも凛々しい顔つきなのは変わらないのだが、纏っている雰囲気が太陽と月のようだ。

 非常に珍しい異性の一卵性双生児である陰翡と陽翠は、紅の学院時代からの親友だ。そして、蒼がこうして魔道府を訪れる際に何かと気にかけてくれるのだ。


「ほな、わいらと行こか」

「蒼と会えてよかったです」


 二人に誘導され人ごみをすり抜け、なんとか受付へと辿り着く。午後も近いからか、受付自体は空いているようだ。

 幅の広い大理石の階段を五段ほどあがると、開放的な空間に受付台が設けられている。男性と女性の各一名が帳簿を開き、訪れた溜まりの管理者を記名している。


「では、次の方どうぞ」

「はい、よろしくお願いします」


 蒼も屋号と名前を名乗る。そして、台の中央に置かれた紫水晶の玉へ掌を翳す。

 管理者が掌をかざすと、玉の中央部にはめ込まれたアゥマの結晶が反応する仕組みだ。そこに記録されているアゥマと、本人のアゥマの照合が行われる魔道具である。

 無事照合が終わると、紋章が刻まれた腕輪を付けられて受付手続きが完了する。


「ありがとうございました。みなさん、寒い中でお疲れ様です」

「とんでもありません。報告頑張ってくださいね」

「はい!」


 蒼は報告の場面を思い描き、強ばった頬を隠すように大きく頭を下げた。

 いつ来ても丁寧な対応と親切な案内をしてくれる魔道府の人間。受付は魔道府の新人が行うことが多い。まれに役職のある者が座ることもあるのだが、一様に面倒臭さなどおくびにも出さない。長官の信念や上司や先輩たちの教育の賜物だろう。

 紅いわく『そもそも、あの長官が来訪者に邪険な態度をとる人間を表に出すと思うか?』ということだ。正論とは思いつつ、蒼は接客業につく者としては表に出ている人に敬意を表したくなるものだ。


「いつも受付ありがとうございます。励ましの言葉をいただけるの、新米たちの間では背中を押してもらえて元気が出るって話してます。あと、寡黙な方もこちらが焦ってもたついてしまってもじっと待ってくださりつつ、さりげなく手助けしてくださって」


 顔をあげると、自然と笑顔が浮かんだ。これは心からの感謝だ。

 ふと、受付の男性と目が合った。蒼は先程と同じように、短い礼を口にした。すると、男性は何か言いたげに口を動かしだした。


「はい、いえ、あの……蒼さん、あの……」


 小さく頷いて先を促しても、男性は口ごもるだけ。何か言いにくいことでもあるのだろうか。

 蒼は男性の顔に見覚えがある。蒼が学院に通っていた頃の先輩だ。彼が卒業間近に、何度か丹茶について聞かれたことがあっただけの関係だ。


「僕……えっと、報告が終わった後……」


 男性の顔はほんのりと赤い。

 この寒さの中、ずっと受付に座っているのならば、風邪でも引いた可能性もある。それで前に聞いた丹茶のことを思い出して、話しかけてきたのだろうか。けれど、残念ながら今は、丹茶はもちろん茶葉自体提出用のわずかな量しか持ち合わせていない。

 蒼が一通り考えて口を開きかけると、陰翡の手が頭に乗せられた。


「蒼。いい加減だれかさんがお待ちかねやし、行くか」

「だれかさんって――そういえば、今日は見当たりませんね。えっと、でも、それが普通だとは、思うのですけども」


 蒼は面白い調子で、ひょいっと首をすぼめてしまう。

 蒼が魔道府に来る日には、必ずと言って良いほど紺樹が受付で待ち受けているのだ。それも、偶然を装って。蒼は頼もしく思いつつ、贔屓されているようで若干居心地が悪くなってしまう。


「副長にとったら、蒼を迎えに出るのが普通なんやって」


 陰翡が副長と発すると、男性の体がびくんと大袈裟に跳ねた。隣の女性が大げさなため息をつく。ついでに、


「副長に対抗する度胸もナシナシのくせに、蒼嬢を誘うとかナシよりのナシ過ぎて、まじドン引き。つーか、あたしの好物の梨に飛び土下座しろし」


と吐き捨てた。

 女性の呟きが届かなかった蒼は、不思議に思い首を傾げてしまう。


(すっごい梨が食べたくなったのはなんでだろう)


 背が低く、腰かけている女性に比較的近い距離にいた陽翠が後輩女性の額を小突いた。女性はのんきに「絶対零度の視線さえ、ご褒美ですっ!」と舌を出した。


「紺樹副長は長官と込み入った話をしていらっしゃるので、代わりに私たちが迎えに来ました」


 だからかと、蒼は納得いった。先ほど陽翠が『会えてよかった』と口にした理由が判明して、蒼の肩ががくんと落ちた。申し訳なさから。


「お忙しいのに、わざわざすみません。受付して自分でいけるのに……副長ったら」

「副長は、幾ら自分が立て込んでるいうても、心配なんやろう」


 心なしか副長の部分が強調されている気がしたのは、蒼の気のせいだろうか。

 男性の様子は気になったが、蒼にとっては自分に甘すぎる紺樹の方が問題だ。


「ほな、ぼちぼち行こか」


 陰翡に促されたこともあって、蒼は足を動かす。

 去り際に受付の二人へ軽く頭を下げると、男性の方はやはり物言いたげな視線を投げてきた。しかし、隣の女性に肘でつつかれると、がくんと項垂れて動かなくなってしまった。

 もし丹茶関係なら放っておけない。帰りにまだいたら声をかけて帰ろう。蒼は小さく頷く。

 不可思議な蒼の行動を笑った陰翡が、


「蒼は気にしぃーな。一緒におったねぇちゃんがうまく締めてくれるさかい」


と頭を撫でてきた。

 蒼としては踏み込む理由はないので、大人しく話題を移す。こちらの方が肝心だ。


「私だって、もう子供じゃないから受付を済ませて長官室に行くぐらい迷わないですよ」

「だから、副長もご心配なのでしょう」

「え?」

「まぁ、そういうこっちゃ。だから、紅もこの話聞いてもなんも言わんのやろ。さっきみたいに、隙狙ってくる輩もおるし」

「えっ? えぇっ? なんで、ここで紅の名前が出てくるのかな?」


 蒼は置いていかれてしまった話について行こうと疑問を口にするが……双子は意味深にそれぞれ笑うだけだ。

 二人は、からからと笑い声をあげたり苦めの呆れ笑いを零したりしながら、足を進めてしまったので、蒼は慌ててその背中を追いかける。


「そういえば、なんや、紅のやつ大変なんやて?」


 やや前を歩いていた陰翡が、思い出したように手を打った。

 緑に包まれた廊下は歩いているだけでも心地よいが、今は空が雲に覆われてしまっていることもあって、いつもより沈んだ雰囲気に感じられる。そんなことを考えていた蒼は、急に振られた話題についていけず大きく瞬きを繰り返してしまう。


「なんぞ、えらい美人さんに惚れられてしもうたとかで」


 陰翡が口の端をあげて、楽しげな表情で振り返ってきた。彼の場合、表情にからかいが含まれていても、少しも嫌味を感じさせないから不思議だ。

 蒼は長身の陰翡に並んで見上げる。陰翡はかなりの長身だが、体を丸っと屈めてくれる。


「そうなんですよ。でも、その話はどこから聞いたんですか? 惚れられたなんて紅が言いそうにもないしから、情報源は副長かな?」

「まぁ、そんなとこやな。しっかし、紅も白状者やな。一昨日に街中で会うた時は、そないなこと微塵もしゃべらんと」


 抑揚がついた口調と同じく、大げさに項垂れて見せた陰翡。大き目の仕草に、わずかに緊張を残していた蒼の頬は緩んだ。

 しかし、陽翠からは呆れた声が投げられる。


「紅は陰翡と違って自惚れていないのですよ。己が美人に惚れられているなどと、街中で口にするわけがないでしょう」

「さりげに、きついこと言わんといてやー陽翠。がっかりやわ。蒼もなんや他人行儀ちゃう? 昔みたいに『陰翡お兄ちゃん』て、呼んでくれへんの?」

「さっさすがに、ここでは呼べないけど。また落ち着いたらお店に遊びに来てくだ――」


 蒼もいっぱしの職人として魔道府に来ている以上、礼節を守らなければと背を正している。

 けれど、陰翡はそれが相当悲しかったようだ。涙目でじっと見られてしまったものだから、


「えーと、遊びに来てね。陰翡お兄ちゃんと陽翠お姉ちゃん」


蒼は、出かけた敬語を言い直していた。

 それに、陰翡は顔を太陽さながらに輝かせながら、陽翠は野花のようにささやかに微笑み、


「もちろん」


と頷いた。

 なんだかんだ言っても、蒼も親しい二人と壁を感じない方が嬉しい。人が見ていないところであれば、少しくらいは許されるだろうか。なるべく音量を落として笑いかけた。


「紅の話も聞いてあげてね。最近外に出ようとしないんだよね。視線っていうか、狙われてる気配を感じて嫌なんだって」

「胃腸の病に気いつけぇ言うといて」


 重なった双子の声に、蒼は素早く深く頷き返した。容易に想像される紅の体調。蒼は少しだけ兄に同情したのだった。


「そないなこと話してるうちについたわ」


 陰翡の言うとおり、いつの間にか最上階の奥にある魔道府長官の執務室へと辿り着いていた。


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