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紺樹の思惑①―華憐堂の湯庵―

「心葉堂のお嬢さんはお帰りになったんですかね?」


 部屋のすぐ外で控えていたのだろう。店先で話しかけてきた猫背の男性が、蒼と入れ違いで部屋へと入ってきた。

 息を吐くようなしゃべり方は、どこか人を見下しているように感じられる。店先で見せた腰の低さは謙虚さからの態度でないことがすぐ見破れてしまうあたり、ただの小物なのだろうか。


(どちらにしろ、蒼があけた場所に当てはまるには、あまりに目障りだ)


 紺樹は飲みかけの茶に視線を落とした。


「えぇ、彼女も職人です。長い時間、店は空けられませんので」


 黄茶を手に、紺樹は抑揚のない調子で義務的に答えた。

 その平坦さを己の都合の良い方へと解釈したのか、男性は「失礼しやす」と、にやけた顔で席についた。


「自己紹介がまだでやんしたね。わたくしめは華憐堂の店守(みせも)りをしておりやす、湯庵(ゆあん)と申します」

「ご丁寧にどうも」


 わかり易い反応で語る男だと、紺樹は苦笑を隠しきれなかった。

 店頭で名乗らなかったのは、紺樹を見定めていたからだろう。あとは、この個室で初めて名乗ることで、己の存在を印象付けるため。


(なんと安い人間だ)


 紺樹はうんざりとしてしまう。

 だが湯庵は紺樹の反応を全く気にしていないようだ。今度は手もみまで加えて、紺樹にずいっと身を寄せた。


「いや、旦那、魔道府の次席副長の任におつきでいらっしゃる方だったんですね。しかも、クコ皇国四大貴族の青龍門のご長男とか! 黙ってらっしゃるとは人が悪い! いやそれは置いても、年若いのにご立派で! なにかお力になれる機会もあるかもしれやせんので、ぜひとも懇意に。これからもっと上を目指されるようであれば」


 魔道府の副長ともなれば、制服も他の者と色が異なることに加え、装飾も一段と細かくなる。己の服装で、ある程度身分が割れるだろうことは明白だったが、家柄まで調べてきたのか。


(この男のことだ。()()()()などは調査済みだろうな。だから長男といえども眼中にしていなかったか。そして、魔道府の人間なんて遠ざけたい存在)


 紺樹は人好きされる副長の笑みを浮かべる。

 一瞬だけ、湯庵の目にさぐるような色が滲む。

 けれど、紺樹は笑みを崩さずに、静かに茶を含む。


(さて、それを前面に出してきたということは方針転換でもする気になったか。はたまた、懐柔(かいじゅう)できるという自身となる根拠を手に入れたのか)


 茶に映る自分の顔を眺めながら、紺樹は静かに息を吐いた。


「あら、そうでしたの? わたくし、失礼な態度をとっておりましたわ」


 目を見開きつつ、興味がなさそうに言葉を棒読みしている萌黄の方が、まだ好感が持てる。紺樹は萌黄に向き直った。


「まぁ。出自はあくまでも親の身分で、私が表立って口にするには憚れているだけなので、お気になさらずに」


 実際、青龍門の後継者は遠方で療養している弟に決まっている。それは皇族の中でも、皇帝と一部の皇子にしか伝えていない事実だ。

 その条件を組み合わせると、湯庵の『上を目指される』の裏を読めば情報源を広げることが可能だ。単なるふっかけだとしても、探りを入れる理由にはなるだろう。

 紺樹の心中を察しているのかは不明な湯庵が、さらに早口でまくし立てる。


「華憐堂の主人――萌黄お嬢様のお父上様も、祖国ではかなり高位の階級にありましてね。それは栄えていたのですが、いや、もうあれは手違いというか、災難だったというか」

「湯庵」

「へぇ、すんませんお嬢様。昔の話はいらんですね。あっしが言いたいのは、類は友を呼ぶということでして」


 湯庵は、悪びれた様子も全くなく、へこりと首を縮めた。


(無粋な男だ。そもそも茶の場で、このような話を。本当に店守りを務めているのだろうか)


 紺樹は広がっていく不快感を抑えようと、視線を動かした。

 風に靡いた暖簾の奥を見れば、向かい側には庭園がある。ここと同じ格子の窓が、僅かにだが確認できた。それを隠すように風に揺れる竹がやけに気になった。


(今、隙間を人影が通り過ぎた……か?)


 確認しようと、紺樹が視界を細める。


「紺樹様!」


 萌黄も居心地が悪かったのだろう。そわそわと落ち着きなく腕を擦っていた手をわざとらしく打ち合わせ、立ち上がった。


「はい。どうかされましたか?」

「よろしければ、中庭をご案内いたしますわ」


 願ってもないことだ。紺樹は、萌黄の提案を素直に受け入れることにした。


「えぇ、ぜひ。これだけ素晴らしい茶を扱う茶堂ですから、中庭も赴き深いのでしょう」


 紺樹は微笑み、腰をあげた。


「紺樹様はお庭にもご興味がおありで?」

「えぇ。と言いたいところですが、正直申し上げますと母の趣味でして」

「それはようございますね。前店舗の時からさらに見事な庭園になってございますから、ぜひともご母堂をお連れくださいな」


 湯庵が頭をひと撫でして、脂ぎった笑みを浮かべた。

 紺樹の視界の端に映った萌黄は、長いまつげを震わせて目を伏せている。


「それはありがたい。母は体が弱いので、なかなか外に出られずに、どうしても家の中で事足りる趣味にのめり込んでしまうようで。萌黄さんにご案内いただけたら、母も喜びそうです」


 紺樹の言葉に、萌黄は大げさに顔をあげた。真っ白な肌には『わたくしが?』と書いてある。

 紺樹は無言で大きく頷く。蒼が目撃したなら貼り付けた笑顔と言われそうだが、萌黄には純粋な肯定と取られたようだ。


「まぁっ、本当にわたくしで良いのですか?」


 たった一言落とした萌黄を前にして、紺樹は思わず息を呑んだ。かつての自分を前にしているようで。

 春を紡ぎ、ぬくもりを零す感情。仄かなのに、確かに包み込まれている感覚。

 顔の両側でまるで花びらが咲くように開かれた手に、喜びの色を放つ花弁のごとく赤みを帯びた頬。

 くらりと、紺樹は眩暈に襲われる。かつての自分を鏡越しに見たようで。


(しっかりしろ。お前は魔道府の次席副長であり、青龍門一族の紺樹だ)


 紺樹は深く息を吸う。取り込んだ酸素が全身に行きわたるのを実感して、感情を押し込める。


「蒼や紅のお友だちである萌黄さんに嘘は言いませんよ?」


 軽く片目をつぶると、今度はすんと冷静になった萌黄。こんなとこが蒼にそっくりだと、紺樹は素で笑ってしまう。彼女の場合は紅という本命がいるからだろうが。


「こっ紺樹様?」

「ははっ! すみません。まるで蒼を前にしているようで、堪らず笑ってしまいました。それでは案内をお願いします。これは紅とお茶をする時のネタにさせてください」


 紺樹が立て続けに話すと、萌黄は不審な眼差しはそのままに、しかし機嫌は良さそうに靴を鳴らした。紅という言葉が功をせいしたのだろう。


「お言葉に甘えさせていただきますわ」

「お嬢様は流されやすくていけねぇ」


 湯庵が後ろをついてくるのはうっとうしかったが、周囲の反応を伺うに、どうやら彼が現場の実権を握っている人物であるのは確定だ。

 紺樹は調子を整えるために袋を抱え直す。心葉堂の茶瓶が入った、大切な袋だ。


(仕事をしているとはいえ、これを置き忘れたら、上司はきっとへそを曲げてしまうだろう)


 紺樹個人としても、蒼が浄練した愛しい茶葉だ。


 よほど大事に抱えたように見えたのだろう。湯庵が目ざとく、視線を紺樹の手元へと滑らせた。


「それは、心葉堂の商品でやんすか?」

「えぇ。華憐堂さんの品揃えや品質もすばらしいですが、同時期にとはいかなくとも心葉堂も花茶から健康茶まで幅広く扱っています。なにより、浄練の技もなかなかですよ。そして、個人に合わせて浄練や丹茶を扱う店は、昨今では効率的にも減少傾向にありますしね」


 当然、店を出す時に調査済みの内容だろうとは思ったが、袋を見る湯庵の鋭利な視線が気になり、つい語ってしまった。かまかけをかねて。


「存じておりやす。宮だけでなく魔道府や武道府でも贔屓にされている方が多いとか。()()()()()()()()()()()()()好まれていた方も多かったと聞いたことがあったような気もしやす」


 湯庵は紺樹の予想を裏切らない反応を見せる。


「湯庵、言い方がよろしくないわ」


 それを咎めたのは意外にも萌黄だった。弱々しい声ではあるものの、きっぱりと言ってのけた。


「へぇ……あっしは事実を申し上げただけでやんす」


 湯庵はよく光っている頭を撫でる。彼の視線には言葉以上の感情が見て取れた。自分の発言に間違いなどない。それどころか、萌黄を生意気だと睨んでいる節さえある。

 紺樹は人知れず肩をすくめた。ある意味ではとても仕事のやり易い種類の人間だが、個人的にはあまり長い時間は関わるのはごめんだ。


「心葉堂は国最古と言っても良いほど、長きに渡って溜まりの鎮守を担ってきた一族が営む老舗ですので。先々代の白龍様は、国の最高アゥマ使いである現役のフーシオでもあります」


 待っていましたと言わんばかりに、湯庵の口元に厭らしい笑みが滲み出てくる。


「老舗云々のそれも、最近世代交代したとかで。まぁ、新進出無名店のこちらとしちゃ、申し訳ないですが、ありがたい話です」

「湯庵、口が過ぎますわ! ご両親が亡くなったのをそんな言葉で表現するなんて……!」


 似合わない音量で萌黄が咎めた。肩掛けを掴む手が震え、固まった指が赤みを増している。


(正直、助かった)


 紺樹は、ほっと息を吐く。萌黄の一言がなければ、己の拳があがっていただろう。


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