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競合店の華憐堂③―謎の後見人と甘く痺れるお茶―

「香りだけでもわかります。これほどの精度の黄茶を大量に店頭に並ばせられるとは」


 紺樹の静かな声が空気を揺らした。明日にはクコ皇国の殆どの者が抱くであろう驚き。


「さすが、()()()()()がつくだけはありますね」


 静かな空気と黄茶の香りに眠気を誘われ、一瞬うとりとしかけた蒼は、瞼を擦りながら顔をあげた。蒼は茶の席でそんな風になってしまった自分に戸惑いを覚えた。

 紺樹も萌黄もそんな蒼を気にしている様子はない。


「それはお褒めの言葉として受け取って良いのかしら?」


 萌黄はふんわりと微笑んだ。妙な迫がある、と蒼は思った。そして軽く頭を振った。


 この世界は、古代文明では個であった文化が交じり合っている。名前の発音から生活形式まで、それこそ根強い習慣も。滅んでしまったものもあれば、形を変え息づいているものもあるし、形を崩さずに残っているものも存在する。

 茶葉に関して言えば、古代文明の形態がほぼそのまま受け継がれていると言えるが、やはり汚染の名残もあって作り上げる過程には未だにアゥマを注ぐ浄錬が不可欠となる。直接に体内に入るからだ。

 薬となる丹茶は、さらにこの後、本人のアゥマを解析しながら個人に合わせて浄練することが必須となる。


 黄茶はその丹茶に近い部類に入るのだ。

 幾分か眠気が飛んだ頭で蒼は考える。


「茶葉を直接口にできるほどまでに練るのは、相当なアゥマの制御と繊細な技術が必要だ。それに、いかに純度の高い溜まりと守霊も万能ではない」


 語調は温順で、事実だけを述べているように見える紺樹。いつもとなんら変わりない、物腰やわらかな調子だ。

 その内容が言わんとしていること、それはだれもが当然考えることだったが、萌黄にとって、いや、華憐堂にとっては気持ちのよい発言とは言い難い。


「おっしゃっている意味が良くわかりませんわ。わが店ではこの国の常識を覆す浄錬方法を実践できております、と申し上げればご満足ですの?」

「こっ紺君!」


 確かに紺樹が口にしたことは、間違いなく蒼の中にもあった疑念だ。蒼の動揺の原因は、あの紺樹がそれをここで口に出したことだ。


「ほら! 実は建国時に要を担っていた溜まりが時代と共に忘れられていて、現代に蘇ったとかだと常識を覆すことが可能――なんて想像できちゃったり! 浪漫があるよね!」


 蒼とて本気でその発想を語っているつもりもない。紺樹にしても相手の領域でこんなにも敵意を向ける言動など彼らしくもない。ないない尽くしだ。

 それでも、蒼は自分を奮い立たせる。いま彼を補助(フォロー)できるのは自分だけなのだ。


「ねぇ、紺君! 紺君ってば、現実主義に見えて、どこか古代歴史好きだもんね⁉」


 蒼が紺樹の腕をひっぱると、当の本人はけろりとして、


「あぁ、すみません。勘違いさせてしまったようで」


と頭を掻いてみせた。蒼の全身から力が抜けていく。


「はいっ?」


 素っ頓狂な声が部屋に響いた。やけに、間抜けに木霊している気さえした。萌黄も、蒼に負けない間抜けな表情で唖然としている。

 そんな二人を余所に、紺樹は涼やかな笑顔で手を左右へ振っている。


「お二人が思っているような意味ではありませんよ。いやはや。実はあわよくばと思いまして」


 何があわよくば、なのだろう。実はとんでもなく空気が読めないんじゃないだろうか、この完璧に見える幼馴染みは。

 気抜けしてしまった蒼は、冷めた目で隣の幼馴染を睨み据えた。心配した自分が馬鹿みたいだ、と。蒼は掴んでいた指に力を込めた。あまりの迫力に紺樹が口元をひきつらせた。本気のやつだ。


「痛い、痛い。蒼、ちょっと本気で抓っていませんか?」

「本気もほんき、大マジな上に全身全霊の力をこめてますよ。っていうか、筋肉ごと千切れてしまえ!」

「すみません。いやぁ、誤解されやすい性質で困ったものです」

「紺君、攻撃系の魔道陣を発動させてもてもいい?」


 脳内の血管が大騒ぎしているのを必死におさめようと、努力しているのに。なぜ神経を逆撫でする台詞を吐くのか。絶対にわざとだ。


「つまり……?」


 蒼が紺樹をつねり続けている様子を、口を開けて見ていた萌黄がぽつりと問いかけた。


「つまり、華憐堂さんには各府や宮の上層部も出入りしているとのことでしたので。今後ともよろしくしていただければと思いましてね」


 紺樹の言葉で険悪な雰囲気が払拭されたことに胸を撫で下ろすのと同時、入れ替わりに場を取り巻いた空気に、蒼は居心地が悪くなっていった。

 反対に萌黄の顔は、ぱぁっと音を立てて輝いた。


「わたくし、てっきり紺樹さんが弊店の茶師と溜まりに疑惑をお持ちになっているかとばかり。早とちりでお恥ずかしいですわ」

「まさか。仮にも宮のお墨付きの溜まりにけちをつけるなど。私のような若輩者には」


 一見和やかに見える場に満ちているのは、皮一枚めくると火傷してしまいそうな感情。

 それに……。


(紺君、すごく変だ)


 紺樹は異例とも言えるほど若くして魔道府副長の立場に就いたが、飛びぬけて野心家というと否、だ。今の地位に就いているのは、とある事件で大きすぎるほどの功績をあげた結果だ。

 むしろ、次席副長になってからは、のらりくらいと仕事をするようになってしまった位。

 本人いわく、目を付けられない対策らしい。そのため、裏ではきちんと仕事をこなしていることを周囲の人間は知っている。それでも、昔の生真面目な彼を知っている人間の中には、演技にしては――と首を傾げている者もいる。蒼も、実際にそんな人たちから話を聞いている。

 そんな彼が、上との繋がりを持ちたいので縁故よろしくねっ、などと言うだろうか。


(それとも、私が紺君のそういう所を知らないだけ? でも、さっき心葉堂では華憐堂さんのやり方に怒ってたのに)


 わからない。


 思わぬ落ち込み要素を発見してしまい、とたんに蒼は憂鬱に覆われてしまった。

 なるべく表に出さないようにと、溢れてきそうな感情を飲み込むため、飲み頃になった黄茶の硝子杯に手を伸ばす。


「おや、どうしました? 蒼、顔が暗いですよ」


 紺樹が顔を覗き込んできたのが気配でわかる。前髪が瞳にかかってそう見えていると思ったのか、前髪にふわりと彼の指が触れた。一瞬だけ、触れた額が熱を持った気がした。


「暗いんじゃなくて、紺君のすっとぼけ具合に呆れてるの!」

「それは良かったです。蒼の心を曇らせているのが私で。他の要素なら排除必須ですから」

「もうっ! 花丸要素は皆無だよ! お茶が冷めるからいただこうかっ!」


 浮いている葉に一息吹きかけると、大人しく沈んでいく。小さな葉の欠片が残り、迷子のように水面を踊った。

 正直、これを口に含むのは勇気がいる。


(華憐堂の浄錬の技術を疑っているわけじゃないけど、幾らこの時代でも葉を体内に入れることには抵抗があるなぁ。心葉堂のなら全然試し噛みもできるけど)


 アゥマの純度が高ければ高いほど、茶は旨味を増す。それと同意義に、純度の高いものを直接口にすることは、アゥマ使いにとっても危険とは言える。


「どうされました?」


 蒼がためらっていると、不思議そうな萌黄の声が耳に届いた。

 急かしているものではなく、躊躇ったことに怒っているのでもない。純粋に疑問を持っているという声だ。


「うん、綺麗だなって思って。香りも素敵だし。呑むのがもったいないかも」

「あら、まだまだありますのよ?」

「ありがとう、萌黄さん。それでは、いただきます」


 こくん、と。若干、喉元でとどまった茶葉の欠片ごと、思い切って飲み込む。

 呑んだ瞬間、鼻腔に甘い香りが抜けた。と、ふいにぴりりと喉と額が痛んだ。しかし、それも茶が喉を通り過ぎる頃には解消される。二口目では額の痛みはなく、喉への刺激のみだった。それも、甘い香りとわずかな刺激が合わさって、妙に癖になる。


「――っ! すっごく美味しい! 刺激と旨味が交互にきたと思ったら、最後はほどよい甘みが残って、薫りが体中を巡っていく感覚!」

「茶師の方にそうおっしゃって頂くと、明日からの販売の自信になりますわ」

「蒼は若くても腕のいい職人ですからね」


 蒼の様子に頬を緩ませていた紺樹も、硝子杯を口元へと運んだ。


「本当に、癖になりそうですね。体の全部に沁み込んでくるようです。妙な力も抜けるほど」


 うっそりと目を細める紺樹。

 蒼は興奮しながらも横目で捉えて思った。やたらと含みがある言い方をするなぁと。言葉だけなら絶賛に聞こえるが、紺樹の声色が裏の意図を吐き出している。蒼にはわかって、やたらと気になった。紺樹の真意を読むという点よりは、こんなにも美味しいお茶なのに、と。


「あれ? 萌黄さんは飲まないの?」


 蒼の疑問を受け、萌黄は少し困ったように笑った。垂れてきた顔横の髪を耳にかけながら。


「わたくしは商品に手をつけられませんわ。といいますか、実はまだ量を絶賛浄錬中ですので、今日は特別に拝借してきましたの」

「そうなの? これ一緒に飲もうよ」

「お気持ちだけ。わたくしはお二人に喜んでいただけるのが嬉しいので」

「そうですか。ではお言葉に甘えて、と言いたいところですが」


 蒼が三口目を口にしたところで、紺樹の手が椅子にかけられた。蒼の椅子の背に。

 一緒に飲み込んだ葉で感じた甘い痺れ。それが強くなる。

 不思議なことに、こくんと喉から落ちていく葉が体の中をどう流れていくかが手に取るようにわかった。


「蒼」


 ぼうっとした蒼の額を、とんと突いてきたのは紺樹だった。何度か指が跳ねて、ようやく蒼の焦点が紺樹を捉えた。


「んっ? なーに、紺君」

「お茶が美味しくてうっとりとしてしまう気持ちはわかりますが……そろそろお使いに行かないと、紅の雷が落ちるかもしれませんね」

「わわっ! そうだった!」


 すっかり忘れていた。蒼は茶葉のこととなると周囲が見えなくなってしまう。気をつけようとしていても、なおらない癖だ。

 紅の眉間の皺を容易に想像でき、顔が青ざめていくのが蒼自身わかった。紺樹が腰元からあげて見せた懐中時計の針の位置に、嫌な汗が背中を流れていく。これは焚染札を買って帰るか、まっすぐ店に戻るか迷う程だ。


「今日はただでさえ苛立ってたのに! やばい!」


 机を揺らす勢いで立ち上がった拍子に、硝子杯が倒れそうになり、慌てて両の手で包み込んだ。零してしまったら、お茶が可愛そう。

 行儀が悪いとは思いながら、残すよりはと一気に飲み干す蒼。紺樹が呆れ顔で「行儀が悪いですよ」と人さし指を立てたが、そ知らぬ顔を萌黄に向けた。

 言い訳をする時間さえ、紅の堪忍袋を膨らませている錯覚に陥るのだ。


「萌黄さん、ご馳走様でした! すっごく素敵なお茶を淹れくれてありがとう! 慌しくてごめんなさい、お邪魔しました!」

「あら、もう行ってしまわれるのですか? 残念ですが、今度はぜひ心葉堂さんへお邪魔させて下さいましね?」


 萌黄は心底残念だと言わんばかりに肩を落とす。

 そんな萌黄の様子を受けて、蒼は大きく頷いた。その拍子に両側のお団子から流れている長い髪が弾んだ。


「うん! ぜひきてください! 今度は萌黄さんが好きなお菓子を用意するから教えてね! 紺君もまたね!」

「はい。急ぎすぎて転ばないようにしてくださいね。そうなった時の方が、何をしていたか紅に言及されかねませんから」


 紺樹の言葉は、決して大げさなものではない。

 過保護な兄は、以前、雨の日に足を滑らせた蒼が茶瓶をかばって盛大に崖から落ち、擦り傷どころかざっくりと膝を切った際、職人根性を出した蒼を褒めるどころか叱ってきたことがあったのだ。両親が亡くなる前の話だ。

 蒼としては当然の行動だったのだが『茶瓶が大切だと思わない? これってばおじいの丹茶だもん』と拗ねると『お前の方が大事に決まってんだろ!』と恥ずかしげもなく言ってのけた。


「さすが紅さん。家族思いでいらっしゃるのね。……羨ましい」


 萌黄があまりにも素で零したので、蒼はなぜか慌ててしまった。『羨ましい』という音に嫉妬の色は薄く、心からの言葉に聞こえたから。ひどく胸が締め付けられる音だった。


「妹思いというか、過保護というか。うちはおじいが自由奔放なのと、母が浮世離れしていたのと、あと今は首都にいる親戚が少ないのもあって、昔から兄が保護者としての責任を感じているところがありまして!」


 ぶっちゃけ親戚云々は競合店に不必要な情報を与えてしまった気もするが、調べればすぐにわかる実情だ。蒼は自分にそう言い聞かせることにした。


「心葉一族は好奇心旺盛かつ自由奔放で各国に散らばっています。私の一族が家族同然の付き合いをしているとはいえ、立場を越えてすぐに蒼たちを守れる人は限られています」


 蒼はますます変顔になってしまう。


(なに、なに。紺君ってば。本気で裏がありまくるよね?)


 紺樹が出会ってすぐの人間の前で、手の内を晒す話を、しかも同情を誘う湿っぽい表情で零すのが奇妙すぎて蒼は戦慄してしまう。むしろ、心葉堂の弱みを見せるなど言語道断だ。

 数秒ほど本気で固まった蒼だったが、すぐにこりと青空顔負けの笑みを浮かべた。


 蒼は父方の家とは疎遠、というより、そもそも親類のだれ一人にも会ったことがない。それどころか出自も教えて貰えず仕舞いだ。そして、心葉堂一族は縁が深くあるものの、首都に残っている血族は少ない。世界各国に散らばっているのだ。面識があるのは、茶房を管理してくれている叔母夫婦くらい。

 だからだろう。両親が亡くなってから、紅は保護者代わりの意識がより強くなっており、心配性の度合いがさらに増している。祖父よりも保護者らしい兄が腕を組んで仁王立ちしている姿が容易に想像できて、蒼の頬は強ばってしまう。


 兄の怒りと紺樹の思惑を天秤にかけるまでもなく、蒼は手っ取り早く頭を下げた。


「そうだね。気をつけます。そして、浅葱の店で札を買ったら真っすぐ店に戻ります」


 蒼にとったら紺樹が無意味に先の言動をとるなど考え難い。おまけに、紅の雷が落ちるのも経験上で否定する要素がない。だから、両方への配慮を取る形にしたのだ。

 蒼は喧騒のある方へと身体を向ける。すると、萌黄の声が背中に掛けられた。


「蒼さん」

「はい?」


 振り返ると、綺麗に微笑んでいる萌黄がいた。やはり、妙な迫力がある笑顔だと、蒼には感じられた。美人はすごい。


「紅さんにどうか今日わたくしが茶葉をお届けに行かれなかった理由、ご説明くださいましね」


 紅のことを考えているからだろうか。上気して赤みを帯びている萌黄の頬。


「あっ、はい。カシコマリマシタ」


 その愛らしい頬が、麗しい形を保ったままずれてどこか悲しげに歪んだように見えたのは……きっと。そう、きっと。焦りからの見間違いだったのだろう。急に立ち上がったからか、くらりとめまいが起きた。


(変だな。上質な浄練を施された茶を飲んだのに。強すぎたのかな。萌黄さんが発売前だって言ってたから、最後の調整が残っているのかも)


 店内の賑やかな声が、もやもやと浮かんでくる考えをまるごと押し流してくれるように願って。蒼は、ただ前を向いて歩いた。


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