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必要とされる存在

「うっ」


 何度目の目覚めだろう。岩肌から落ちる雫が頬から口元に流れてくる。ありがたい水分だが、切れた口端に染みて顔が歪む。それよりも口内の方が痛む。

 呼吸しようと肺を膨らませた瞬間、喉に絡みつく違和感に襲われた。


「げほっ、うげ」


 紅は喉に絡んだ痰と血を勢いよく吐き出す。口の中と肺がやけに痛んだが、構わず何度か喉を鳴らすとだいぶ楽になった。

 本当なら指を喉に突っ込んで全部吐き出してしまいたいところなのだが。あいにくと両手を後ろで縛られている。


(鋼鉄な上に硬化の魔道がかけられている。最初に目覚めた時に縄抜けしたせいだろうな)


 はぁと紅は深いため息をついた。ため息は洞窟のように広く響き渡る。

 紅は重い体を無理に持ち上げようとはせず、ごろんと仰向けになった。天井は岩肌だ。すんと鼻を鳴らすと涼やかな水の香りがした。紅は嗅ぎ慣れている匂いだ。


(アゥマがすごく濃い。これはどこかの溜まりだろうな。でも、こんな整っていない溜まりがクコ皇国にあるだろうか)


 クコ皇国は世界でも有数のアゥマが豊富な国だ。ましてや首都となれば屈指の溜まりばかり。心葉堂のように自然型を保っているとはいえ、ある程度は人の手が入っているのが普通だ。

 だが、ここは掘り当てたばかりの洞窟のようだ。


(オレの時間感覚からして遠方に連れ去るには足りないだろう)


 紅は小さく祝詞を唱え、両目の能力を発動させる。抑止魔道のせいか、すぐに牡丹色に戻ってしまう。

 最初に目覚めた時はすぐに腹と脳に衝撃を感じて適わなかったが、今は周囲に人の気配を感じない。


(そういえば、最初に目が覚めた時に暴力を止めてくれた声が聞こえた。あれは、萌黄さんか)


 いや、と紅は頭を振る。そもそも、ここに連れてきたのは萌黄だった。紅が気を失う前に遭遇したのは萌黄であり、狂気の瞳で見下ろされた記憶がある。

 体を捻った腕に食い込んでくる鋼鉄。紅は思わず顔をしかめた。


「いてっ。まったく、どうやって地上に帰るか。いや、折角相手の懐に潜り込んだんだ」


 ぼやきながら、紅は己の手首にできた痣を撫でる。自由になった手をふらふらと揺らす。

 この程度の鋼鉄の楔も魔道も紅には玩具を弄るのに等しい。なぜなら、紅は心葉堂の店主跡取りとしてだけではなく、父方の理由からあらゆる毒や拘束術に対してたたき込まれてきた。


「まさか、父方の理由に関係がないところで発揮するとは思わなかったけれど」


 軽口を聞きながらも内心は心臓が爆発しそうだった。状況が状況だ。身が自由になったとはいえ、危機的状況は続いている。

 それでも、紅は足を進めた。逃げ道がなくなる深層部へ。


(捕らわれたのはふいうちだったけれど、深層部に潜り込めたのは絶好の機会だ。飛んで火に入る夏の虫になってやろうじゃないか)



✿✿✿



 しばらく歩いて辿り着いた先にあったのは、大きな溜まりだった。

 見たことがない色を流す溜まり。ふらりと引き寄せられる身。


「すごい。この純度」

「すごくない、違うよ。紅、ここは違う」


 泉から飛び出てきたのは、蒼と麒淵だった。

 紅は考えるより先に駆けだしていた。が、その腕は強い力に引き留められた。


「どうして、そう思うの?」


 紅の腕を掴んでいるのは萌黄だった。華奢な体があり得ない力で紅を引き留める。


「ここはすごいの。想いを全部叶えてくれるの」


 萌黄が首を傾げながら蒼に近づいてくる。紅の腕を掴んでいるのとは反対の手に持っているのは――棘がついた鞭だ。


「ねぇ、蒼さん。お願いがあるの」


 蒼の反応を待たずに、萌黄が目を細める。


「私から紅さんを奪わないで。あの人から大切な人を奪わないでよ。あなたにそんな権利があるの?」


 睨まれた蒼はしっかりと構えた。


「なに言ってるんですか」


 蒼は両足をしっかりと広げ、両手の拳を握った。

 蒼の震える声に、萌黄は高らかな笑い声を返してきた。


「なにを言ってるのかですって? 貴女、人間なのに人の言語が理解できないの?」


 萌黄は虚ろな目を乗せた顔を、地面に付きそうなほど傾けた。その表情から、蒼を煽っての発言ではないのはわかった。萌黄は真剣そのものだ。


「それとも……わたくしの言語回路が壊れてしまったのかしら?」


 白い肌にある真っ赤な唇だけが彼女の生命活動を伝えてくる気がするほど、動いているのが気持ち悪いと思えた。


「言語回路って……」

「蒼、しっかりしろ。怯んでいる隙はないぞ」

「うっうん」


 蒼は一瞬怯んだ自分を叱咤して、前を向く。


「確かに、さっき萌黄さんが言っていた『あの人から大切な人を奪う』っていうのはよくわからないから、何も知らないまま否定はしたくないよ。ちゃんと、萌黄さんの言葉の奥にある思いを教えて欲しい」


 これは蒼の本当の気持ちだ。

 蒼の直感としては、一連の出来事は単なる国家転覆を狙う陰謀などではない気がするのだ。


(どこか複雑に色んな人の想いが絡みあっているって、思っちゃうの)


 そう考える一番の理由は萌黄の様子だけれど、今日まで起きてきたことが全部無関係だとはどうしても思えない節もあるから混乱してしまう。


「でも――」


 たったひとつ、今きっぱりと断言できる確然たる事実がある。


「でも、今、私は絶対貴女を許せないってことは確かだ!」


 蒼は腹の底から出した声で、短く言い放った。

 麒淵と紅も聞いたことがない蒼の怒声に、ぶるりと身が震える。


(蒼の心の底からの怒りなんぞ、初めて見たのう。しかし、それよりも気がかりなのは――萌黄という存在が、かろうじて保たれている点か)


 麒淵は間近に迫っている萌黄の精神崩壊の時を思って、目を伏せた。


「あらあら、あらー」


 一方、萌黄は瞳孔が開いた目を蒼に向けて笑い出した。甲高い声は洞窟のような空間によく響く。


「純粋で正義感が強そうな蒼さんらしいですわね。その怒りは、フーシオであるおじいさまの名誉のためですの? 大好きなクコ皇国の人たちを苦しめる悪天候が憎い? あはっ! まさか、わたくしの存在が不道理なんて理由じゃぁないわよね」

「――っ」


 息を飲んだのは紅だ。感情が言葉にならなかった。

 自分の腕を強く掴む萌黄を前に、なんと呼びかけていいのかわからなかったのだ。ただ、『萌黄』と呼ぶにはふさわしくない気がして喉が枯れる。



 存在が不道理。



 これまで掴んできた情報から、萌黄が反魂の術によって蘇っているのは確定している。

 ただ、と紅は流れる汗もそのままに蒼へと視線を向け直した。紅が想像するに、蒼の様子から萌黄の正体に気がついているとは考えにくい。目配せをした麒淵も小さく頭を振った。


「当たり前だよ! 私が怒っているのは、すっごく個人的なことだもの! 心葉堂茶師の蒼でも、フーシオ白龍の孫娘としてでもなく!」


 蒼は苛立ちを隠さず、どんっと思いっきり地面を踏みならした。


「私が怒っているのは、紅を誘拐して監禁したあげく、ひどい怪我を負わせたことだよ! 私、本当に怒ってるんですから! 紅を取り戻す権利があるのかって? そんなのあるに決まってる! 紅は心葉堂の大事な家族で、私のたった一人の大切なお兄ちゃんだもの!」


 麒淵は、ぽかんと口を開いて固まった。


(あっ蒼のことじゃから、この事件の裏を知っていなくともアゥマを悪用したとか、茶を弄んだとか開口第一に叫ぶかと思っておったわい)


 珍しい様子で蒼を凝視している麒淵を横に、紅は同じ心境だと目配せをしてしまう。

 蒼はおかまいなしにと、ずんずんと足音を立てて萌黄に近づいていく。


「萌黄さんが抱えている事情よりも、今クコ皇国で起きている悪天候よりも、私にはお兄ちゃんが大事ですから!」


 終いには、萌黄の腕を掴んで捻りあげた蒼。思いの外あっさりと蒼の力に流された萌黄。

 紅の鬱血しかけていた腕は血を通わせ始める。紅がすぐに上着の長い袖を捲ってみると、ぞっとする位の痣がついていた。指型の真紫色の痕は、とても女性の力がつけたものとは思えない。


「紅ってば、家族のためなら自己犠牲も厭わない大胆さもありながら、見た目通り繊細なんですからね!」


 その間も蒼は萌黄の両腕を掴み、真っ正面から睨んでいる。


「これが心的外傷になって女性恐怖症になったらどうしてくれるんですか!」

「いや、そこじゃないだろっ!」


 裏手突っ込みをしてしまった紅は悪くない。麒淵はそう思った。


(なんか、色々おかしい状況だよな⁉)


 紅は頭を抱える。蒼が現れてからというもの、暗い思考と状況が一変してしまった。


「萌黄さん! 私は、紅に一生懸命に恋している貴女のことは応援したいって思ってました! でも、いくら紅が好きでも、やり方が卑怯です! 紅の気持ちを無視してるもの!」

「恋……卑怯……あの人」


 萌黄はなぜか呆然として座り込んでしまった。そのまま唇に手を当てて、一人でぶつぶつと呟き始める。

 その隙に、紅は萌黄と自分の間に踏ん張って立っている蒼の腕を引き、溜まりの淵へと移動する。麒淵の傍に並んで、紅はようやく安堵の息を吐いた。


「ちょっと紅ってば、私、すごく頑張ってここまできたし、めちゃくちゃ心配していたのに、ここでため息?」

「いや、まぁ、うん。ため息が間違っているのは違わないのか、オレも混乱している」

「えぇ⁉ ねぇ麒淵、紅ってばひどいよね!」


 いつもの冗談ではなく本気で衝撃を受けている蒼の表情に、ついに紅は盛大に笑ってしまった。溜まりに紅の明るい笑い声が響き渡り、蒼はさらに頬を膨らませてしまった。

 笑う度、蹴られた腹も切れた口内どころかどこもかしこも痛むのだが、どうでも良いくらい蒼が可愛く思えた。


「まったく」


 それと同時に、急激に思考が冷静さを取り戻していく。紅の日常に戻ったからこそ。

 そうして改めて、紅は思った。どう考えても蒼と麒淵がここに現れた状況は異常だ、と。


(二人は溜まりから出てきた。溜まりの中から現れた)


 この世界の常識的にあり得ない。

 クコ皇国の首都にある全ての溜まりが龍脈で繋がっているとはいえ、溜まりごとに境界――言うなれば、守霊の縄張りのようなものがある。


「お前はどうしていつも無茶ばかりするんだよ。いつも、人のことばっかりだ」


 紅は思い切り蒼を抱きしめる。紅にとっては大きな存在である蒼だが、実際は五つも下の妹だ。驚くほど、すっぽりと紅の腕におさまった蒼。

 最初こそ、


「紅が言うなっ!」


と暴れた蒼だったが、紅が遠慮がちに何度も背を撫でるうち、徐々に大人しくなっていった。


「しんぱい、した。いっぱい、しんぱいしたっ」


 蒼は、ついに涙声で一言を絞り出した。

 いつも紅をからかって強がるくせに、実はすごく甘えたな妹。その蒼が、滅多にない兄の強引な触れ方に骨が折れるくらい抱きしめ返さずにいる。愛情には愛情を返す、蒼がだ。


「こんな、青あざだらけ、でっ」


 ただ控えめに腰元を掴んだできた仕草に、紅の胸は悲鳴をあげるほどに痛んだ。


「うん、ごめん」


 紅の謝罪に、蒼はぶんぶんを大きく頭を振る。


「――っ。ちがくて。いきててくれて、よかったって、言いたかったのにっ。わたしっ」

「オレがだめな時は、いつも蒼が迎えに来てくれるよな。ほんと世界一頼りになる妹だよ」


 そっと頭を撫でると、蒼は音を立てて顔をあげた。

 紅は眼前で涙を堪えて震える蒼に、ぷはっと噴き出してしまう。泣き出す寸前なのに、自分とお揃いの牡丹色の瞳が自慢げに『そう思ってるなら、ここでは許しておいてあげる』と言っているように見えたから。


(まったく、弱いんだか、強いんだか。いや、弱い時でもオレを強くしてくれるのが蒼だな)


 紅はそんな蒼の頬を撫でる。指にぴりっとした電気が走った。明らかにアゥマの気配を感じたが、拒絶のような感覚に驚いてしまう。人を受け入れないアゥマだと直感的に思った。

 蒼はそんな中を進んできた。


(いつだって、オレはこの弱くて強い妹がいたから前に進んでこられた)


 自分が愛以外の関係から生まれた存在だと知った時、ずっと傍にいる妹だと思っていた蒼が遠くに修行に行ってしまった時。それに……両親が亡くなった後。

 紅にとって、蒼は守る存在であり、自分を一歩進ませてくれる存在だ。


(今になって、ようやくわかったよ。オレは実父のように、歪んだ想いで大事な人を傷つけたりするもんか。萌黄さんを理解しても――自分が歪んでいるなんて思わない。このあったかい気持ちがある限り、絶対にオレは道を踏み外さずにいられる)


 紅は蒼の両頬を包み、額を合わせる。思いの外、大きな音を立てた額はひりっと痛んだ。

 しっかりと目を開いた先にいるのは、相変わらず涙目で必死に口を結んでいる蒼だった。


「紅よ。再会に喜んでいるところすまぬが、ひとまず戻ってこい」

「麒淵。来てくれてありがとう。ただ、全部終わった後、蒼に無茶をさせた言い訳は聞かせてもらうからな? あと、その体の大きさのことも」


 紅は蒼の頭を撫でながら麒淵に向き直った。紅は笑みを浮かべたはずなのに、麒淵は怯えて顔を引きつらせてしまった。


「うっうむ。ただ、なんとまぁ」


 麒淵が気まずそうに首筋をかく。

 紅からしたら。てっきり、蒼に無茶をさせたことを反省していると思ったのだが。


「あぁ、なんと。紅まで白のような笑みを浮かべるようになってしまったとは」

「……オレは嬉しさ半分、複雑さ半分だけど、麒淵にはご愁傷様というしかないかも」


 紅は照れくさそうに笑った。紅の尊敬する人に似ていると言われて悪い気はしない。

 紅が肩を竦め、蒼が目尻を拭ったところで洞窟中に奇声が鳴り響いた。


「どうやら、のんびり話せるのはここまでみたいだなっ!」


 三人して風を切る勢いで振り返る。


「あぁぁっぁぁ!」


 萌黄は、岩肌に両膝をついたまま頭を抱えて仰け反っている。口の端からは泡を吹き、瞳孔を開いているように見える。肩掛けだけが、穏やかな調子でふわりと地面に落ちた。


「あぁぁぁ、わたくしは――わたくしは萌黄! そう、萌黄として生まれ変わった! あの人の妻で、あの人の娘で! なのに、どうして、紅さんを恋しく思っているの? 違う、紅さんじゃない、貴方は――」


 一部状況を理解している紅さえも、萌黄の惨烈な有様に唾を飲み込んでいた。

 一方、何も知らないはずの蒼はしっかりと紅の前に立ち塞がった。


(とっても、意味不明な状況だけど。萌黄さんの中に紅がいて、それが萌黄さんをおかしくしている一因なら、紅が標的になる可能性は大きい。なら、守らないと)


 大きく腕を広げた蒼をおさえ、紅は前に出ようとする。けれど、蒼は蒼で、決して立ち位置を譲ろうとしない。

 地味な攻防を繰り広げる兄妹に優しい苦笑を向け、麒淵は萌黄に歩み寄っていく。そして彼女の前で膝を折った。麒淵は自分を見ようとしない萌黄にそっと掌を翳す。


「大丈夫じゃ。我はおぬしの魂を、あるべき所に帰したいのだ」

「麒淵?」


 含まれる色は違っても、紅と蒼は同時に問いかけていた。

 麒淵は反応を返さない萌黄に構わず、彼女に掌を翳した。あたたかい光を伴い、魔道陣が現れた。紅も蒼も見たことがない文字が形作る魔道陣。


「もう萌黄の振りをするのは、やめような? おぬしとて、もう限界だとわかっているのだろう。完全なる乗り移りならともかく、綻びを見せた姿はもはやだれも喜ばせられぬ」


 麒淵の問いかけに、萌黄の咆哮がぴたりと止まった。


「だれも、喜ばないの? あの人は、もう、わたくしを求めてはくれないの?」


 萌黄の真っ白な肌に涙が零れた。ほとりと零れた雫は、ほろほろと肌を滑り落ちていく。

 紅の背に庇われた蒼は、痛みを訴えてくる胸を掴んだ。


(いまの萌黄さんの様子は、必要とされていないと悩んでいた自分に似てる)


 けれど、単純に丹茶が浄練できない茶師としての苦しみとは、少し違う。


(そうだ。昔、紅に妹じゃないって拒否された時や、紺君が華憐堂で丹茶を買っていた時の痛みと一緒だ)


 蒼はかつての痛みに萌黄を重ねてしまっているのだ。

 狂気に乱れる萌黄を理解できるるとも、止められるとも思ってはいない。けれど、彼女から零れ落ち始めた思いには触れたいし、近づきたいと思ってはしまう自分がいる。


「萌黄さ――」


 蒼は紅を押しのけて萌黄に駆け寄りかける。それを制したのは麒淵だった。

 音を立てて見上げた蒼と麒淵はしっかりと目をあわせ、小さく頭を振った。


「この暗さで話をするのは、互いがはっきり見えず少々差し支えがあるのう」


 麒淵が片手を掲げて光の玉を複数生み出すと、見渡せる場所あたりまでは見通しがよくなった。


「暖色系の明かりだから、やっぱりどこか薄暗さは残るね」

「あぁ。けれど、あまりに煌々としていても、華憐堂のだれかに見つかる可能性があるし、これが限界だろうな」


 とはいえ。蒼と紅は、頭上の灯に若干の違和感を抱いた。ただの灯にしては少々魔道が濃い気がする。


「もう、終わりにしような? 悲しみの連鎖を断ち切ろう」


 頭上を訝しげに見上げる兄妹をよそに、麒淵は脱力しきった萌黄と再び目線をあわせた。大きな手が萌黄の額に向けられる。

 萌黄は顔を上げないまま、びくりと体を震わせた。しかし、麒淵の手が必要以上は近づいてこないことに安堵したのか、すぐに肩から力を抜いていく。


萌黄(・・・)を想っている術者も、すでに萌黄が蘇ったように見える行為に純粋な喜びは感じているとは思いづらい。もしかしたら、()()いつ失うのかと恐怖を抱いておるやもしれぬな」

「わっわたくしが――()()()()()()()、あの人を苦しめているの?」


 萌黄は絶望の眼で震える両手を見つめる。いつもの可憐で儚い雰囲気ではない。見開かれた目も大きく開いてひきつっている口も醜ささえある。それでも、先ほどまでの狂気は消失している。

 だだっぴろい岩の空間に沈黙が訪れる。溜まりの水がぴちゃんと跳ねるだけ。


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