プロローグ
死者を蘇らせる反魂の術。それは不老不死に並ぶほど、多くの人が切望する術だ。同時に、人の理の中にあって、絶対に叶えてはならない願いでもある。
「あなたにとって大切なのは、わたくしという存在ですか? それとも、この器だけなの?」
吹き荒れる風の中心で、身重の女性が大きな腹を抱えて呟いた。色とりどりの光を飛ばす魔道陣が、どんどん女性を包み込んでいく。
魔道陣の外で佇む男性の目からは生気が消えている。隣に控えている初老の男性も、それは同じだ。ただ、二人が異なっているのは、老人は女性を見据えている点だろう。
「きっと、ずっと、もうわたくしの声は届かなくなっていたのでしょ――」
言い切る前に、女性が激しく咳き込んだ。幾度目かの咳に混じったのは鮮血。女性が口を拭う前に、身体は地面に横たわっていた。
それでも、女性の吐血は止まらない。ひゅっひゅとなる喉を押えて、なんとか呼吸を整えようと深呼吸を繰り返す。
「ねぇ、愛しい子。お母さんは、あなたを、宿せて、とても、とっても嬉しかったの。子をなすのが難しいと、言われていた、わたくしが、愛する人との、結晶を、残せると。自己満足でも、この命と引き換えにしても、あなたを、生みたかったの」
意識が遠のく中で、女性は何度も腹を撫でる。滑る手にあわせて、腹を蹴る我が子の足。涙など、風がすべてを飛ばしてしまう。負けてなるものかといわんばかりに、胎動が激しくなる。
腹の子は生きようと必死に抗っている。それを感じた女性は最後の気力を振り絞って、視線をあげる。腹を抱えるのとは反対の手を宙に伸ばす。
「お願い。これから、わたくしになるであろう貴女。生まれた時から、ずっと、傍にいてくれた、貴女に、最初で最後の、わがままを、聞いて欲しいの」
女性の意識が薄れていく。やせ細った手をとったのは、暖かい光の塊だった。ふわりと包み込む存在に、女性は乾いた唇をなんとか動かす。
「あの人たちがこれ以上、罪を犯さぬよう、諫めて、あげて。すぐには、難しくっても、命のつなぎ方を、いっしょに、育んで、あげてね」
微笑んだ女性は、冷たい岩肌に沈んだ。最愛の人の腕ではなく、魔道陣の真ん中で。
「大丈夫だから。すぐ、会えるから。だって、これから一緒に永遠の存在になるんだからっ」
激しい地鳴りと共に男性は高笑いを響かせた。岩肌の天井に両手を掲げ、狂ったように歓喜の声を上げ続けた。
光が弾けて、ひとつの国が消滅した。
初期投稿作品を読みやすく改稿版として書き直してみました。
行きつくところは同じですが、テンポよくした(つもり)なのでお付き合いください!
※タイトルは変える可能性があります。
これがピンとくる!というのがあればぜひ感想欄などで教えてくださいm(__)m