僕が星座になったなら
それは恋だった。
天体望遠鏡を操作する、その指先で触れてほしかった。白い息を吹き掛けながらコーヒーを飲む、その喉仏に触れてみたかった。幼い子供のような無邪気さで星に向ける、その瞳に映してほしかった。
それは間違いなく恋だったが、愛ではなかったのだと今ならば分かる。身に纏った不恰好な恋の棘は、自分を傷つけ、彼を傷つけてしまった。
「不機嫌そうだね」
眉間に皺を寄せた智宏を見て、透は目を細めた。
「そんなに皺寄せてると、取れなくなるよ」
からかうように伸ばした透の手は、智宏に乱暴に振り払われた。不貞腐れた子供のようなその仕草が可笑しくて、透は押し殺したように笑った。
「笑うなよ。しょうがないだろ、嫉妬したんだから」
「嫉妬って…。智宏が聞いてきたんじゃないか」
呆れたように智宏に返したが、上手く取り繕えていたかどうか透には自信がない。智宏は不意打ちのように直接的な物言いをすることがある。それも無自覚にするものだから質が悪い。その度に透の心がざわついていることを、智宏は気がついているのだろうか。
「それで、星座になりたかったって?」
「そう。そうすれば、見てもらえると思ったから」
あの頃の透にとって、それが全てだった。持て余す自分の心にいっぱいいっぱいで、周囲や、相手のことにまで目を向けるだけの余裕を持ち合わせていなかった。
あれから時が経ち、あの頃より臆病になってしまった心で、互いに傷つけないように慎重に測り合う距離感が、存外悪くないものだと知った。あれは恋ではあったけれど、愛ではなかったのだと透は思う。
「俺は嫌だぜ、お前が星座になるなんて」
「そう?」
「ああ。お前をただ見上げるだけなんてごめんだな」
そう言って、智宏がじっと見つめてくるものだから、透は思わず目を逸らしてしまった。
「そうだね。僕も君の上にいるよりは、隣にいたいかな」
そうして、恥ずかしさを隠すように、透は彼から届いた結婚式の招待状を手に取った。印刷された出欠確認の文面の下にわざわざ直筆で書き添えられたメッセージが、いかにも彼らしくて透を懐かしくさせる。
「それで、僕は行ってもいいのかな?」
手に持った招待状をピラピラとさせながら聞いてみれば、
「…終わったら連絡しろ。迎えに行くから」
不機嫌さを隠そうともせずに智宏が答えるものだから、透は今度こそ声を出して笑ってしまった。