第二章 罠(2)
崩れてはいるが、一応城壁はある。
その奥に城構えの建物がある。
建物は崩壊して三階は剥き出しになり、屋根はない。一、二階は辛うじて雨露をしのげそうだ。その西側の尖塔は原形を残しており、よじ登れば見張りには適していそうだ。
「狙いはティア・・・彼女は一番上が良さそうだな。
そこならば階段一つを警戒すればいい。
防御がやりやすくなる。」
「見張りに二人、残りを一階と二階に分ける。」
「ラクロールの信者達は。」
解散を命じたものの、その信者数人はまだ彼等に着いてきている。サムソンはその心配をした。
「部下を幾つかに分けよう。」
ボルスが声を上げた。
「分けるぐらいだったら、皆で中庭にいては如何でしょう。」
「危険だ。
幻術を使う相手であれば、敵味方の区別が付きにくくなる、悪くすれば同士討ちの可能性がある。」
「ですが・・・」
「私はダイクの意見に賛成です。」
まだ異を唱えようとするラクロールの声をティアが抑えた。
それでも彼は反論を唱える。
「それでも、大人数でティア様をお護りした方がよろしいかと・・・」
「ダイクは兵を率いたこともあります。彼が言うならそれが最善策です。
それでもと言うのであれば、別行動を取りましょう。」
それは・・・ラクロールは言葉に詰まり、そこからダイクが皆の配置を決めた。
レンジャー達は、隠れてティア達を守っていた者達を含めて二十人。その内の四人を二人ずつ交替で塔での見張りに立てる。
残りを二つに分け、一隊を建物の外に、もう一隊を建物の中に入れる。
外の隊の二人は壊れた城壁の上から外の警戒、残りが中庭で警護に当たる。
建物の中の隊は、一階、二階にそれぞれ半数ずつとし、それぞれ上階に上がった敵を追い詰めていく。
三階の階段際には、ダイクとボルス。サムソンとシーナはティアを守り、魔物を見極められるラクロールはティアの側。
ダイクの言うままに配置は決まった。
サムソンとシーナは焚き火を背にティアの斜め前に座った。
夜の帳がおり、暗くなっていく中、中庭が騒がしくなった。
入って来たのは大男と奇妙な衣服を身に着けた女。
大男はそこに居た人々を脅すだけで先に進んだが、奇妙で真っ赤な衣服を着けた女は、そこに居る者達に鋭い歯で噛みつこうとした。
中庭にラクロールの信者達の悲鳴が飛び交い、ラクロールはその様子を覗き込んだ。
「大男は幻影だ。その後ろの女共を討て。
そいつ等はマンイーター。噛みついてくるぞ。」
中庭に向かって悲鳴に似たラクロールの声が飛ぶ。
マンイーター、人を喰う者。その数二、三十体その中の一体にボルスの部下が斬りかかる。
ガキッとその刃をマンイーターが噛みつき止める。
くそっと、彼がその躰を短剣で突き刺し、魔物の力が弱まったのを機にその頭を斬り裂いた。
倒せる・・安堵の表情を見せたその背に、尖った刃を光らせた妖魔が飛びつく。
その背を城壁にいたレンジャーの一人が矢で射貫く。
「手応えのないものはそのまま上にあげろ。
倒せるものは出来るだけ倒してくれ。
だが無理はするな。」
ダイクの大声が響く。
階段を登る大きな足音が響き、ダイクはそれに自分の槍を突き刺した。
だが手応えはない。
「これはよし。」
大男はそのまま後ろに流した。
問題はその後ろにいる女の姿をした魔物。
中庭でラクロールの信者を襲い、レンジャー達と戦った女の魔物が建物の中に入ってくる。
騒動は次には建物の一階にも拡がった。
数が多い・・・下から悲鳴のような声が響く。
「ボルス、下に降りて指揮を執ってくれ。
中庭の魔物が少なければ、一部を一階に合流させてくれ。」
ダイクの強い眼がボルスを見、彼は建物に巻き付いた蔦を伝って中庭に降りた。
そこには四、五体の魔物が居た。
「三人を残して、後は俺と一緒に建物の中に入れ。」
中庭では既に一人は倒されていた。建物に入るのはボルスを含めて五人。
「一階の者は二階へ・・そこで合流して戦え。
俺達は後ろから魔物を討つ。」
その後もボルスは指示を飛ばし、二階に居る者は二つある階段の一つを守り、一階の者達はもう一方の階段から二階に上がる。
ボルスは三人を一方の階段に廻し、自身は一人を連れ、魔物の後ろを襲った。
階下で戦う人の声と魔物の唸り声が聞こえる。
「無理をさせる必要はありません。
いざとなれば、ティア様の“光の力”で倒せるはずです。」
ラクロールが助言を与える。
「無理をせず、上にも回せ。」
それを受けダイクが階下に声を掛ける。
「登ってくる魔物の中に幻術を使う者が居るはずです。
それを倒せばこれ以上魔物は出現しないはずです。
ですが、それには魔物に対する力がある者でないと無理でしょう。」
「魔物に対する力・・・」
ティアが訊き直す。
「はい。
今、階下で戦っている女の魔物は、マンイーターと言います。普通の人間でも斃せないことはありません。
しかし、それを使う者はもっと魔力の強い者。
これに対するにはそれ相応の力が必要に成ります。
例えばシーナ・・それに貴女様。
私も相応の力を持っています。」
ティアは頷き、弓を構えた。
二階で抑えきれない魔物が三階に上がってきた。それに立ち向かうのはダイクと見張り塔を降りてきた四人のレンジャー。だがそれも、数の多さに徐々に押し込まれる。
その中にシーナが剣を振るい飛び込む。
瞬く間に数体が黒い塵へと変わる。
サムソンはまだ動かない。
その姿に向け何体もの屍鬼が襲いかかる。
十分間合いを計ったサムソンの鎌が一閃する。
その一撃でサムソンに飛びかかろうとした屍鬼が全て塵に変わった。
「強い。」
それを横目にシーナが溜息を漏らす。
「ティア様、今です・・光を。」
殆どの屍鬼が最上階に現れた時、ラクロールが声を発した。
それに応え、ティアが左肩を敵に向ける。
金色の閃光が辺りを包む。
屍鬼が幻影が姿を消す。
その中・・・
「穫った。」
ラクロールの声が響き渡る。
その手に持つ短剣の先に小さな魔物が刺さっていた。
「ウコバクだ。
こいつは自信が戦う力は殆どないが、幻影で人を惑わせ、恐怖に陥れる魔物だ。」
ラクロールは勝ち誇ったように言った。
その声を無視し、ダイクは尚も警戒のためレンジャー達を、城跡の外に放った。