第二章 罠
「ここはどの辺り。」
「間もなく、モンオルトロスの裾野でございます。」
ティアの問いに、ラクロールが答える。
「今からだと、山越えは不輸に掛かるんじゃあないですか。」
「大丈夫です。
雪が来る頃には私が修行したあの洞窟に着きます。
あそこには未だ数多くの部屋が在り、その中には貴女様のお役に立つものも在るかと・・・
そこで一冬を過ごし、翼春に山を下りる。
あの洞窟の宝物、そして書物は基調でございます。」
「解ったわ。
貴男にお任せします。」
一行は冬が来ぬうちと、歩を急がせた。
「今宵は、あの丘で休みましょう。」
ラクロールの言葉にティアが肯く。
狼よけの火を幾つか焚き、二つ、三つとテントを張る。
「夜は魔物が出るかも知れません。
お気をつけて・・・」
ラクロールはティアにそう声を掛け、自分のテントへと消えた。
その夜半過ぎ・・人が騒ぐ声で、ティアは目を覚まし、テントを出た。
外には野宿していた者達やテントから飛び出した者達が武器を構え、騒ぎ立てる元々の行者の一行は、既に数人が朱に染まっている。
「妖魔です。
お気をつけ下さい、ティア様。」
ティアの前を、杖を持ったラクロールが遮る。
その向こう、現れた妖魔にボルスの配下達が斬りかかる。が何の手応えもない。
サムソンとシーナが並んでティアを守るため身構える。
それに妖魔が近づく。
一瞬速く動いたサムソンの鎌が空を斬る。
その後のシーナの剣も・・・
「危ない。」
ラクロールが身を挺してティアを庇う。
しかし、妖魔は攻撃のそぶりだけを見せ、その場を通り過ぎる。
通り過ぎ、また振り向く。
ダイクが放った矢が虚空を飛び、信者の一人を掠める。
「幻影でございます。武器は効きません。
ティア様、光りを・・・。」
ラクロールに言われるままに、ティアが左肩を押さえる。
ボウッと肩が光る。
「もっと強く。」
強い光が、ティアの左肩を起点に拡散し、それに触れた妖魔がもくずのように消え去った。
× × × ×
「どう言うことだ。
あちこちと、光が現れる。」
魔方陣の前に立つ、いつもは冷静なキュアが苛立たしげに声を荒げる。
「貴方らしくもない。」
その横でセイロスが冷笑を洩らしてみせる。
それを見たキュアが、もう一度壁に目を凝らす。
そこには太陽とそれを取り巻く星々を模した図がある。
「解らぬ。
何度見ても同じ。
日は一つ。
二つあろうはずもない。」
漆黒の馬が走る。西を目指し、東へと馬首を変え、また西へと黒い影が走る。
野を走り、村を抜け、一直線に西を目指す。
不用意にその影に触れた者は精気を吸い取られ、干涸らびて死んでいく。
ナグールが来る・
そう聞いただけで人々は扉を閉じ、建物の中に逼塞する。
× × × ×
「ティア様、お気をつけ下さい。幻影が現れると言うことは、近くに幻術使いが居ると言うこと。
みだりに立ち騒げば、幻影に惑わされ、同士討ちとなります。
幻術使いを倒すまでは、ティア様の光だけが頼り。皆にもその事をお言い聞かせ下さい。」
その話を耳にしたボルスが、配下に幻術使いを探すことを下知した。
夜が明ける。いつものように旅を続ける一行の元にボルスが昨夜はなった斥候が戻り、また散っていった。
その報告はどれも芳しいものではなかった。
それを受け、ボルスがダイクに相談を持ちかけた。
「この先、山に掛かるところに古い城の跡が在る。時間は掛かるが、そこによって、幻術使いをおびき寄せてはどうだ。」
ダイクはボルスを伴い、ティアとサムソンに、そう伝え、その理由を付け加える。
「あれから、幻影は現れていないとは言え、このまま進むのは危険すぎる。
それに、正体もわからぬ相手を探すのも難しい。
そうであれば、どこかで待ち構え、逆に敵の襲撃を待つ。この先の廃墟であれば、襲撃するためには、幻術使いはその敷地内まで入らずにはいられず、補足しやすくなる・・どうだ。」
サムソンとティはそれに肯いたが、
「危のうございます。
魔物とは、そう言う妖気を含んだ土地を好むもの。
お止めください。かえって危機に陥ります。」
ラクロールは強硬に反対を唱えた。
「嫌なら、道を変えればよかろう。」
ダイクの鋭い声が飛ぶ。
「我等は一緒に来てくれと頼んでいるわけではない。」
ダイクがラクロールに鋭い目を向ける。
「我等には我等の考えがある。
それを貴方に強要しようとは思わん。」
「シーナは・・シーナはどうする。
彼女は我が従者。彼女が居なければあなた方の戦う力は劣る。」
「それも仕方がない・・」
ダイクが洩らした横から、
「私は貴方の従者ではありません。
私はこの人達と同行すると、私の意思で決めました。
貴方に従属する気はありません。」
キッパリとしたシーナの声にラクロールは俯いた。
それに・・・サムソンも声を上げる。
「貴方が同行するのであれば、貴方の信者の皆様・・彼等もここで解散して貰っては如何でしょう。
彼等には戦う力がない。このまま一緒に居れば彼等の命の保証はできない。」
「彼等を護ることには手が回りません。
サムソンの言は妥当かと・・・」
「戦いの際、足手まといにもなるしな。」
ボルスに続きダイクも畳み掛けた。
「いっその事、貴方も・・・」
ダイクの声に、
「私には魔物のことが解ります。
できれば一緒に・・・・」
遂にラクロールが折れた。