第一章 刻まれた紋章(5)
× × × ×
「それがこの先の“龍の宮殿”さ。」
そう言ってドラゴは洞窟の先を指さした。 「上を見て見ろ。
エメラルドに変わった龍の骨が見えるだろう。
あれがサラマンダーの尾だ。
この先の角を曲がれば、天上からの光にエメラルド色に輝く“龍の宮殿”だ。」
そう話しながらドラゴは角を曲がり、そして立ち止まった。
「なぜ・・・」
「どうしたんだ。」
息を呑んで立ち止まったドラゴにカミュが声を掛けた。
「天井にあるはずのサラマンダーの骨が、地に落ちている。
それも肉が付きかけて・・・」
「ふん、お前等が余計なものを連れてきたんだろうよ。」
岩場の陰から声が聞こえる。
「誰だ。」
ドラゴとカミュが素速く身構える。
「羽の生えたちびっこい石竜子を連れてこなかったか。」
声と共に白髭の老人が岩陰から現れた。
「羽の生えた石竜子・・ピュロのこと・・・」
「名前なんざ、どうでも良い。」
老人は吐き捨てるように言い、そして続ける。
「その石竜子は、昔、この燃え尽きたサラマンダーから飛び出した子だ。
そいつがこの洞窟の近くに現れたから、この骨がその命に共鳴して、復活しそうになったんだよ。
だが、そのちびすけは賢かったようだな。このサラマンダーが復活すれば自分の命の光が全て吸い取られることを察したようだ・・・
逃げたんじゃろう。」
その言葉にカミュが肯く。
「ところでお前等、こんな所まで潜り込んでどこへ行く気だ。」
「山の向こうへ。」
「ここを通ってか。」
「そうだ。」
と、ドラゴが肯く。
「止めておけ。
この先には泥から生まれた薄汚い奴等がうようよとしておる。
まあ、どうしてもというなら、奴等に気付かれぬよう、音を立てぬ事だな
それに・・・」
老人は言いかけた言葉を止め、竜の頭蓋骨を見た。
「誰かの命の光に反応しておる。」
あるはずの無い白骨中の、竜の目玉がグリッと動いた。
「うっ・・」
カミュが右肩を押さえる。
その指の隙間から漏れ出た光が、竜の眼に吸い込まれていく。
「お前が・・・」
老人の眼が光る。
「かーっ。」
老人が手にした杖の先から白い光が飛ぶ。
それがカミュの肩から漏れ出る金色の光を遮る。
それと伴に、竜の眼から光がなくなる。
「そうかい・・お前が・・・
一緒に行かなければならんか。
とにかく、お前がこんな所に居てはいかん。
先を急ぐぞ。」
老人は先だって歩き出した。
歩を進める道々、お互いの自己紹介が始まる。
老人の名はルーサー。自称仙人。あの場で何十年も竜の骨を見守り続けていたらしい。
そしてつい最近、その異変に気付き、そこに現れたのがカミュ達。
老人は彼等三人と伴に暗い洞窟の中を歩いた。灯りは老人が手にする杖の先にある水晶が放つ光一つ。仄かな明かりの中を、足下に気をつけながら一歩一歩進む。
「音を立てるなよ。
ここらは、そろそろ奴等の縄張りだ。」
「おい待てよ。ここから先はそろそろ俺の村だぞ。
奴等とは何だ。
俺の仲間は、むやみに他人に危害は加えない。」
「ふん・・・」
怒気を孕んだドラゴの声に構わず、ルーサーは歩を進め続けた。
「気を落とさぬようにな。
それに大声も出すなよ。」
「何を言っていやがる。」
言い捨てて、ドラゴは門をくぐる。
しーんと静かな空間が皆を包む。
人の居る気配はない。
ドラゴはあちこちと歩き回り、
「この先の神殿に行くぞ。」
と、歩を速めた。
周りの見窄らしい家とは違う石造りの建物が見えてくる。
重い扉を軋ませ、中に入る。
そこにも誰も居ない。ただ黒くこびりついた血の跡だけが・・・
叫びそうになるドラゴの口をルーサーの手が封じる。
「何があった。」
「ふん、聞いた話しだがな。
一年ほど前だったか・・・」