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ロンギオスの炎-Ⅲ 北へ  作者: たかさん
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第一章 刻まれた紋章(3)

×  ×  ×  ×


水の舟が川を遡る波に乗り進んで行く。

 その川の両岸が切り立った崖に挟まれた谷が見える。

 「“裂け谷”だ。

 この先に俺の故郷がある。」

 谷の奥に川が流れ出す洞窟がある。

 「あれだよ。あのずっと奥が俺の故郷だ。」

 ドラゴの言葉を遮るように、カミュの肩に乗ったピュロが、大きくなりかけた翼を振るわし騒ぎ出した。

 「どうした、ピュロ・・」

 カミュが優しく声を掛ける。

 しかし、ピュロの動きは止まらない。

 その挙げ句、遂に、翼を羽ばたかせ、カミュの肩から飛び立った。

 ピュロ・・呼びかけるカミュの言葉も聞かずピュロは、大空へと消えていった。

 「諦めろ。空へ帰る日が来たんだ。

 ちょっともったいない気もするがな・・なにしろ空飛ぶ石竜子(とかげ)なんざ、そうそうお目にかかれないから。山向こうで見世物にでもすれば、結構金が稼げたろうにな。」

 見世物という言葉にカミュが険しい顔をする。

 「と、とにかく先を急ぐぞ。」

 その顔にドラゴが慌てる。

 「中に入れば見張り小屋がある。今夜はそこでゆっくりして・・明日から俺の村を目指す。」

 洞窟に入ると、中は思ったより広かった。

 川岸からうねうねと続く石段の上の小高い岩の上に、粗末だがしっかりとした小屋が見える。

 「あれが見張り小屋だ。」

 それをドラゴが指さす。

 「しかし・・暗いな。

 見張りの連中はなにをやっているんだか。」

 篝火(かがりび)がついていないのを(いぶか)しがりながらも、ドラゴは今夜の酒を夢見てか、ニヤニヤしながら石段を登っていく。

 石段の頂上で、きしみ音と共に扉を開ける。

 「おかしいな・・どんなに飲んだくれても、必ずここには一人はいるはずなんだが・・・」

 次の部屋の扉を開ける・・だがそこにも誰も居ない。

 急いで次の部屋に向かう。

 そして、三つ目の部屋の扉を開けるとそこにはどす黒い血の跡が・・・

 それは点々と裏口へと続いている。

 走る。

 血の跡を追って、走る。

 裏口を蹴り開け裏庭に出る。

 そこには白骨と化した三つの屍体が・・・

 「なぜ殺し合った。

 何があった・・・」

 ドラゴが呆然と立ち尽くす。

 「何かは解らないけど、何だか厭な予感がする。

 今夜は寝ずに様子を見よう。」

 「それしか無いようだな・・」

 カミュの声にドラゴがそう応えた。

物置から武器を取り出し、カミュが廊下から続く扉、ドラゴが裏口へと続く扉、と、それぞれの持ち場を決める。

 その二人にルシールが食事を届け、自分は部屋の真ん中で弓を小脇に抱える。

 じっと目を凝らし、耳を澄ませ、緊張を高める。

 それでも、今日までの疲れのせいか徐々に眠気が襲ってくる。

 強く首を振って、その眠気を飛ばす。

 そうやって眠気を払い、カミュはドラゴとルシールを見る。

 ルシールは床に突っ伏し、ドラゴは戦斧を杖に、こっくりこっくりと舟を漕いでいる。

 起こさなければ・・・

 起ち上がろうとする。

 気怠い・・その躰を猛烈な睡魔が襲う。

 指を動かすことさえおっくうになる。

 もう一度強く首を振る。

 そんなカミュの前に美女が立っている。

 ウィーナ・・

 それとも・・夢・・・

 夢なのか(うつつ)なのか・・意識がはっきりしなくなっている。

 目の前の美女が妖艶に身体をくねらせ、衣服を脱ぎ始める。

 そして素裸になった美女の身体が自分の身体に纏わり付く。

 気がつくと、いつの間にか自分の衣服も消えている。

 細い指が繊細な動きで自分の身体をまさぐっている。

 脳が痺れる。

 (ドラゴ・・・)

 その美女の向こうに毛むくじゃらの小男が・・・

 「私の愛しい(ひと)をとらないで・・・」

 ルシールのか細い声が聞こえる。

 その手には弓が・・・

 夢・・それとも現実・・・

 ドラゴが斧を手に取り、覚束ない動作で起ち上がる。

 (闘わなければ・・そうしないとこの(ひと)が・・・

 でも何故・・・)

 混濁した意識では答えは得られない。その中で剣を手にふらふらと起ち上がる。


 いけない・・・水に休むウィーナの意識が三人の危機に反応する。


 カミュの目の前にさっきとは違う美女が・・・

 (ウィーナ・・)

 「目を覚ますのよ、カミュ。

 意識をしっかり持って。

 闘うのよ・・夢と。」

 水の衣を着た女の声がカミュの意識を揺する。

 (夢・・これは夢・・・でも、ドラゴは斧を持って・・ルシールは弓を手に、僕を・・・

 闘うのは・・夢・・それとも・・この二人・・・)

 「私を見て。」

 自分の目を奪う妖艶な女の肢体、外の音から耳を塞ごうとする甘い声に逆らい、辛うじてウィーナの姿に目を遣る。

 「そう、私を見て。」

 だが、ウィーナの後には武器を持ったドラゴとルシールが・・・

 思わず身構える。

 「私だけを見て。」

 「でも二人が僕を・・闘わなければ・・・」

 カミュの口から、ようやく微かな声が漏れた。

 「それは幻影。

 二人は私の力で、水の中で眠っているわ。

 でもそれだけでは駄目。

 誰かが闘わなければ、永遠にこの夢の世界から抜け出せなくなります。

 貴方がこの夢と闘って。

 それには、気を静めて私だけを見て。」

 ウィーナを見る。

 ウィーナの眼だけを見続ける。

 辺りが柔らかい水の色に染まり始める。

 微かに、静かに気持ちが落ち着いてくる。

 ふと自分に纏わり付く女に目をやる。

 それは現れた時とは全く違った。

 妖艶だった女は背中に破けた蝙蝠(こうもり)の羽根を生やし、黄色い乱杭歯を剥き出しにして甲高く笑っている。

 「見えましたか、貴方の敵が。」

 大きく頷く。

 「貴方とドラゴに取り付いているのが雌性体、サキュバス。ルシールに取り付いているのが雄性体、インキュバス。

 人を淫夢に誘い込み、相手が一人であれば、その精を吸い尽くし、複数であれば殺し合いをさせる夢魔。」

 カミュはウィーナの言葉にブルッと身を震わせた。

 「睡魔と闘うの。

 そして目を覚まして。」

 剣を振り夢魔に飛びかかる。

 斬る。

 斬る。

 斬る・・・

 その度に剣が宙を走る。

 「無駄です。

 その者は実体があり・・そして無い者。

 いくら斬っても無駄なこと・・・

 今の貴方には、その者を斃す力はまだありません。

 ですが、貴方が目を覚ました瞬間に二匹の魔物は僅かの時間だけ実体化します。

 その時私が彼等を封印するの・・

 さあ、お願い・・目を覚まして。」

 カミュは少し考え、剣を逆さに持った。叫び声と共にその剣を自らの太腿に刺し、その痛みで目覚めようとする。

 「ケケケケケ・・・その程度のことで目が覚めるものか、お前とお前の仲間が死ぬまで永遠に目覚めることは無いんだよ。」

 頭の中で甲高く乾いた女の声が響く。それを無視し、なにを考えたかカミュはブツブツと呪文を唱えだした。

 次の瞬間カミュの身体を雷撃が包む。

 カミュの口から苦痛の叫び声が迸り出る。

 ぼやけていた辺りの光景がはっきりと見える。

 サキュバスとインキュバスの姿も・・・

 そしてその向こうには水に包まれたドラゴとルシールが倒れている。

 大量の水が、実体化した二匹の夢魔を包む。

 その中で、苦しそうに二匹の夢魔がもがく。

 「やっつけたのか。」

 「いいえ、只、封じ込めただけ。

 水が無くなるか、私が倒れればこの二匹はまた夢の中へ帰ります。

 ですから・・・

 それより私に読み違いがありました。

 貴方にあんな力があったとは・・・

 あれがあればこんな夢魔など斃せたはず・・怪我などさせずとも・・・赦してください。」

 「そんな・・赦してなんて・・・

 それよりあんな力とは。」

 カミュは太腿の傷を痛そうに抑える。

 「傷を・・・」

 ウィーナは傷の上のカミュの手を押さえる。

 その手から水が触手のように伸びていく。

 「力って・・・」

 カミュは尚も尋ねる。

 「雷撃・・それは神の罰とも言われています。」

 ウィーナの手から伸びる水の触手がカミュの傷を塞いでいく。

 「神の・・・」

 「そうです・・何時それを・・・」

 「ルミアスにいた頃、ローコッドという魔道士に教わりました。」

 太腿から流れ出す血は止まった。

 「本当に教わったの。」

 「はい。」

 傷の痛みも殆ど消えた。

 「そう・・・」

 何かを言い掛けるウィーナの向こうから、ドラゴとルシールが起き上がってくる。

 「いてててて・・・

 いったい何があったんだ。体中が痛くてかなわん。」

 「怪我は・・・」

 ドラゴは自分の身体をなで回して、首を横に振った。

 「良かった・・ルシールは・・・」

 その問いにルシールも首を横に振った。

 「怪我は無いはずよ。」

 それにウィーナが横から声を掛ける。

 「私の防壁(シールド)が効いていたはずだから。」

 その後不可思議な顔をしている二人に、カミュが事の顛末を話した。

 「そうかい。そんな事があったのかい。」

 他人事のようにドラゴが言い、そして続ける。

 「俺の仲間の仇を討ったのなら、とにかく先を急ぐことだな。」


 身体を休め。その日の昼から相変わらず川を遡る。

 その川が徐々に細くなり、そして途切れる。

 「ここまでね・・私が一緒に行けるのも・・・」

 「なぜ・・」

 「前にも申しました通り、水が無くなれば二匹の夢魔を封じることが出来なくなります。

 ですから、水が途切れるここがお別れの場所です。」

 「貴女はその夢魔を実体化する術を知っているはず。貴女が言ったように僕が彼等を斃せるのであれば、ここでそれを果たせば貴女はこれからも僕らを助けてくれるはず。

 今それをなせば・・・」

 「いいえ、確かに貴方はこの夢魔達を斃せるでしょう。しかしそれが貴方の目的では無いはず。

 貴方の目的は別の所にあります。貴方の肩の紋章はここで無駄な時を過ごすことを欲してはいないのです。」

 「肩の痣・・」

 「そう・・それはただの痣ではありません。

 選ばれたもの・・いいえ、生まれながらにある使命を帯びた者、その者に刻まれた紋章です。」

 カミュは右肩の痣を撫でながら、ウィーナの話を聞く。

 「それは光を現し、それを体現する太陽の形を採ります。

 その紋章を待った者の目的はただ一つ、光に反する闇を断つこと。

 そしてそれを助ける者達がその紋章の下に集まる。

 私もその一人。

 でも、貴方を助けられるのもここまでのよう・・遠い未来にこの呪縛から私を解き放つ者が現れるまで私はここに棲んでいます。

 さあ、行きなさい

 貴方の目的は遠く、そしてすぐそこ。

 遠いようで近く、そして、近いようで遠い。

 ドラゴも気を落とさぬように・・・」

謎のような言葉を残して、ウィーナは水の中へと消えていった。


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