第一章 刻まれた紋章(2)
ルシールが舵を取る小舟のロープを二人で曳く過酷な日が始まった。
そんなある日。
「歌が聞こえる。」
突然ドラゴがそう言った。
「歌・・・」
カミュが聞き返す。
その時には既にドラゴは、カミュの脳にも響きだした歌声にうっとりと聞き惚れていた。
「ドラゴ・・ロープを放すな・・・」
カミュも徐々に歌に酔いしれだす。
ズルッとロープが二人の手を滑り、手の皮が剥ける。
脳が歌に支配され、その痛みさえ感ず、他の音は聞こえなくなってくる。
いや、全ての感覚がなくなっていく。
耳を塞がなければ・・気をしっかりと持って・・・
思う心とは裏腹に、頭の中で心地よく響く旋律に意識が解けていく。
霞むカミュの目にドラゴがフラフラと水辺に近づいて行くのが見える。その手にはもうロープはない。
ロープを握るカミュの手の力も弱まっていく。
小舟が急流に流される。
岩にぶつかったその小舟がバラバラに崩れる。
ルシールの悲鳴が微かにカミュの耳に届く。
悲鳴を上げながらルシールの身体が波間に見え隠れする。
助けなければ・・・しかし身体は動かない。
その時、カミュは身体に熱を感じた。
右肩が特に熱を持っている。
そして火のように熱くなる。
脳までが白熱する。
灼熱の熱さと共に右肩から光が弾け飛ぶ。 波間に浮き沈みするルシールの身体を、カミュの肩から迸り出た光が包み込む。
フワッと光に包まれたルシールの身体が波荒い川面から浮き上がる。
金色の光を発したカミュが我に返り、水辺へと向かっていたドラゴももう一つの光に包まれ、落ち着きなく辺りを見廻している。
その横で、川面がゆっくりと盛り上がり、それが徐々に人の形へと変わっていく。
「今の光は・・・」
人形をとった水がカミュに問いかける。
「僕の肩・・いや違う・・・肩の痣から・・・
どうして・・あんな光が・・・」
「見せておくれ、その痣とやらを・・・」
言われるままにカミュが片肌を脱ぎ、右肩の痣を晒した。
「そう、貴方が・・・
だけど・・何故・・肩などに・・・
しかし確かに約束の者・・
ご一緒させて頂きます。」
「貴女は・・・」
徐々にはっきりとした形に成っていく水にカミュが尋ねる。
「私はウンディーネ・・水の精です。
ウィーナとお呼びください。」
頷くカミュに彼女は続ける。
「古来より貴方に額ずくようにと定められた者。」
完全な人形を呈した水の美女がカミュの前に膝をついた。
「古来よりとは・・なぜ貴女が僕に・・・」
「まだそれを貴方に話すわけにはいきません。
貴方はまだ完全には覚醒しておらず、ご自信が何者であるかさえも解っていらっしゃいません・・おいおいと、お話も致しましょう。
それよりこの先、まだ船が居るはず・・これをお使いください。」
ウィーナが指し示す先で、波が舟形に盛り上がった。
「乗れるのですか。」
「勿論です。」