09. 広がりゆく世界
アルフィノ様から許可を得た後日、また孤児院の子どもたちがやってきたタイミングで、私は窓を開けて彼らを招き入れた。
子どもたちは楽しそうな様子でピアノの周りに集まってきて、私は子どもたちに簡単な民謡を教えた。
歌は気軽な音楽だ。高価な楽器は要らず、声さえあれば表現できる。ピアノで音を取りながら子どもたちに歌を教えれば、彼らは楽しそうに歌ってくれた。世話係の女性に紅茶を振舞いながら、子どもたちが明るく笑う様子を見やる。
「ミシェル様、ありがとう~」
「こら。ありがとうございます、でしょ?」
「ありがとうございます!」
「ふふっ。いいの、遊びに来てくれてありがとう。歌を好きになってくれると嬉しいわ」
子どもたちは天真爛漫でとても元気が良く、そしてパワフルだ。その活力に当てられるようにして、私も段々とやる気が湧いてきた。
善は急げと言いますし。前々からお願いしていたことを叶えるために、私は厩舎へ向かった。もちろん、乗馬を習うためである。
当初、厩務員はとても訝しげだったが、アルフィノ様の口添えもあり、牝馬のお産が落ち着いたら構わないと言って貰えた。時期的にはそろそろ落ち着くはずなので、顔を出せば、気のいい厩務員たちが出迎えてくれた。
「ミシェルお嬢様、ほんとに乗馬を習いたいんですかい?」
「はい。こちらで暮らすなら、乗れた方が良いとお聞きして。是非とも、ご指導ご鞭撻よろしくお願いします」
そう告げて一礼すれば、彼らは少しだけ顔を赤くして、了承してくれた。
厩舎の裏にある、広めの放牧地に出ると、とある一頭の馬を捕まえて、その馬の背中に鞍を取り付ける。鹿毛の綺麗な馬だ。
「こいつは、ロンザリン号って言うんです。旦那様……あぁ、前伯爵様が乗り回してた馬でさぁ。もう老齢なんで、荷運びからは引退して、今はここで余生を暮らしてもらってます」
「まぁ……それはそれは、随分と頑張ってくださったのですね」
「へい。ただねぇ、ロンザリン号は、どうにも人を乗せるのが好きみたいで。世話をしにきた厩務員の服を咥えて、乗れ乗れと聞かないんですよ」
ロンザリン号は、顎下を撫でる厩務員に甘えるように頬擦りをする。とても人懐こい馬だと言うことは、素人の私にもよく分かった。
「もう老いた馬ですから、いくら何でも俺らみたいなのが乗ると老体に負担をかけちまうと思うんですが……お嬢様なら、こいつの願いを叶えてくれるかもしれませんねぇ。どうでしょう、ロンザリン号なら、突然暴れてお嬢様を振り落とすことなんてない大人しい馬ですから」
「そうですか……では、ロンザリン号? あなたの背中に、乗せていただいてもよろしくて?」
そう問いかけて、厩務員に倣って撫でると、ロンザリン号はとても嬉しそうに嘶き、私へと頬擦りをした。なんて人懐っこい子なのかしら。
厩務員に手伝って貰い、ロンザリン号の背中に。老体ではあるが馬体はとても立派で、私が乗っても怪しい挙動はしなかった。
厩務員が合図すると、ロンザリン号はゆっくりと前へと進んでいく。私は慌てて、手綱を軽く握った。
「まずは、馬に乗る感覚に慣れましょう。それに慣れてきて、馬の上に一人で乗れるようになったら、今度は若い馬に乗って、早駆けの練習をやっていきやしょう」
「はい!」
まずは、第一歩。人間が好きなロンザリン号とお散歩を極める。乗馬を覚えるまでの道は、ゆっくりと歩かせて貰えることになった。
そうして、ロンザリン号と散歩をし始めて数日、昼間に帰っていらっしゃったアルフィノ様が、放牧地へと顔を出した。私が軽く手を振ると、彼はゆっくりと歩み寄ってきた。
「ミシェル様、どうですか? 馬に乗るの、慣れてきましたか?」
「はい。ロンザリン号はとても優しい子で、乗り心地が大変良いです」
「そうですか。良かったですね、ロンザリン号。ですが君ももう若くないんですから、やんちゃしちゃダメですよ」
アルフィノ様がそっとロンザリン号に触れれば、ロンザリン号は鬣を揺らして嘶いた。それは、まだ大丈夫だよとアルフィノ様に言っているように聞こえた。
そのままアルフィノ様に付き添っていただき、今日の乗馬練習を終えた。だいぶ、あの独特の揺れにも慣れてきたと思う。そうして、アルフィノ様の手を借りてゆっくりとロンザリン号から降りると、アルフィノ様に微笑まれた。
「ところで、ミシェル様。もしよろしければ、知恵をお貸しいただけませんか?」
「えっ」
私は、思わず前のめりになる。接待されるばかりで、ずっとよくしていただいたフレイザード家の皆様。主人のアルフィノ様から、頼みごとをされたのは初めてな気がした。私が頷くと、アルフィノ様は乗馬服姿の私をエスコートして、厩舎の中へと入った。すると、そこにはあの仔馬がいた。
「この子、フェリドゥーナ号のお子さんですよね」
「はい。フェリドゥーナ号とランバート号の子どもですね」
金色の鬣を揺らす美しい栗毛の馬。鬣の色が変化するのは少し珍しいのだとか。仔馬ながらに、早くもその美しさの素質を開花している愛らしい子は、母馬に寄り添って甘えているように思える。
すると、アルフィノ様はそんな仔馬を手で示して、笑顔で問いかけた。
「ミシェル様、この子に名前を付けてあげてくれませんか?」
「えっ? わ、私がですか!?」
「はい。この子は、君がこの屋敷を訪れた日に生まれた子です。ぼくはそういう運命的なものが好きで。だからこの子が大きくなったら、君を乗せて貰おうと思ってるんです。婚約記念の贈り馬として、いかがでしょうか」
「光栄です……こんなに綺麗で、かわいらしい子を」
「はい。ですので、是非、君に名付けをお願いしたいと思っていて。どうでしょうか?」
私はアルフィノ様の問いかけに、ゆっくりと頷いた。将来、私と共に大地を駆ける女の子。金の鬣を揺らして、愛くるしい瞳で母を見つめている仔馬を見つめて、私は思い悩む。きっと洒落のきいた名前は私には付けられないし、だったらストレートに――。
「花の名前でも、いいですか?」
「はい。女の子ですし、喜ぶと思いますよ」
「では……アルストロメリア号で如何でしょうか。私の家の裏で、いつも庭師の方が植えてくださって……ちょうどいまくらいの時期に、金色の花を咲かせるんです」
「いい名前ですね。では、あの子の名前は、アルストロメリア号にしましょう。君を乗せられるように、大切に育てて貰うので、それまでにぜひ、乗馬を覚えてください」
「はい! ありがとうございます」
こうして、私の愛馬となるアルストロメリア号と縁が繋がった。厩務員にお願いしてくださって、私はアルストロメリア号の様子を自由に見に来ていいというお許しが出た。こうして、音楽と、孤児院の子どもたちの授業と、乗馬と馬の世話。この三つが、私にとってこの屋敷での大きな活動となったのだ。
◆◇◆
とある日の事。私がいつも通り、ホールへと籠ってピアノを弾いていると、使用人の方が、ホールへと入ってきた。私はピアノを弾くのを止めて、そちらを向いた。すると、使用人の方は一礼をして、そうして告げた。
「演奏中の所、失礼いたしました。旦那様より、言伝です。本日の昼から、屋敷に客人をお連れすることになったと」
「本日のお昼から? 分かりました。どちら様かお聞きすることはできますか?」
「はい。ルーセンの街にお住まいで、旦那様の仕事を補佐頂いているロータント子爵と、その令息アズラ様、令嬢ルーティナ様です。もしよろしければ、婚約者のミシェル様にもご挨拶差し上げたいと」
「分かりました。お迎えの準備を致します」
そう告げれば、使用人の方は恭しく一礼をして、そのまま出迎えの準備のために素早くホールを出ていった。私はレーラを連れて、自室へと戻り、身支度を整えた。支度を終えると、ロナが迎えに来たので、彼女に応接室へと連れて行って貰う。そうして、指定された席へと腰かけると、壁際に並ぶ使用人と共に、到着を待った。
十数分後、外から複数の足音を聞こえて、私はそっと立ち上がった。そうして、使用人の方がドアを開けたのを見て、ぞろぞろと3人の見慣れぬ男女と、アルフィノ様が部屋の中へと入ってくる。私はそっと頭を下げる。それを見て、お三方もそれぞれ頭を下げてくださった。
「ロータント子爵。アズラ様、ルーティナ様、どうぞ席にお付きください」
アルフィノ様は、私の隣へと移動しながら、着席を勧める。私にも同じように着席を促すと、私とアルフィノ様、そしてロータント子爵家の三名が向かい合うようにして座った。
アルフィノ様は慣れた様子で、私を紹介してくださった。ロータント子爵は、恭しく私へと挨拶をくださったので、私も淑女の礼を取って返す。その様子を、アズラ様とルーティナ様は物珍しそうに眺めていた。――何か、失礼があったかしら。
ドズル・ロータント子爵はいかにもダンディなおじさまといういでたちで、整えた栗色の髭がとてもチャーミングだ。その子息のアズラ様は、少しだけブラウンの混ざった栗毛色だが、お父様と目の色も顔立ちの雰囲気もそっくりで、血のつながりを感じさせる。息女のルーティナ様は、栗毛色の髪をおさげにして下ろして、眼鏡を掛けているいかにも文学少女といったいでたちだ。お二方とも、私よりも少し年上に見える。
「ロータント子爵家とは、家ぐるみで付き合いがあります。いわば、幼馴染のようなものでしょうか。ルーセンの街に常駐している貴族は、私たちフレイザード伯爵家と、こちらのロータント子爵家だけなので、今後もかかわりがあると思います」
「いやはや、やっとフレイザード伯爵も、ご婚約ですな。まことにおめでとうございます」
「ありがとうございます。ご心配をおかけしたようで」
「いえいえ。フレイザードの一族は、皆さんこれくらいの歳にやっと落ち着かれるようで。何せお仕事に生きられる一族ですからな。アルフィノ様は一人息子ですから、さらに拍車がかかっていたように思えます」
「あはは……兄弟がいれば分担ができるでしょうけれど、うちは母上の事情もありますから。それでも、皆さまの温かいお手添えのお陰で、何とかやってこられています」
ナタリア様は、かなり無理をしてアルフィノ様を産んだと仰っていた。ナタリア様のお抱えになっている事情的に、アルフィノ様に兄弟がいないことは何となく察しがついていた。
「サファージ侯爵令嬢ミシェル様。よろしければ、私の息子と娘を紹介させて下さい」
「ええ。ありがとうございます」
「こちらが嫡男のアズラ。先日、トレモール子爵令嬢テミル様を伴侶に迎えたところでございます」
「アズラ・ロータントです。サファージ侯爵令嬢、お目にかかれて光栄です」
アズラ様は、やや緊張しているようだが丁寧に礼を取ってくださった。私は微笑んで返す。
「それから、こちらが長女のルーティナ。この娘は王都の音楽学校に2年間通い、今も宮廷音楽家を目指して、試験の勉強をしております」
「サファージ侯爵令嬢ミシェル様、お初にお目にかかります。ルーティナ・ロータントと申します」
「まぁ……ルーティナ様は、宮廷音楽家を目指していらっしゃるのね。素敵ですわ。私も音楽が好きですから、その夢、応援しております」
「ありがとうございます、ミシェル様」
ルーティナ様は、少しだけはにかんだように微笑んだ。顔合わせが済んだところで、ロータント子爵とアズラ様は、仕事のためにアルフィノ様の執務室へと向かうこととなり、私はルーティナ様のお相手を任された。音楽家ということで、小ホールへとお連れすれば、彼女は輝く瞳で、グランドピアノを見つめていた。
「素敵なピアノ……どんな音がするのかしら」
「ふふ、弾かれてみますか」
「よろしいのですか!?」
「はい。ナタリア様から、音楽を愛する色んな人に弾かせてあげてくださると嬉しいと、そう言われました」
「ナタリア様から……」
ルーティナ様はごくりと息を飲みこんで、緊張した面持ちで、椅子に腰かける。すると、彼女は鍵盤を押して音を確かめると、そのまま飲み込むような勢いで、音を奏で始めた。
――素晴らしい腕だ。一音一音が明瞭に響いて、力強い曲になっている。難しい運指もそつなくこなし、難しい曲も丁寧に弾く。けれどどこかぎこちなくて、緊張が伝わってくる。そのおかげで、音は硬く、ところどころテンポが不安定になる。
やがて弾き終えると、少しだけ緊張したように、ルーティナ様は息を吐き出した。私はそっと彼女の後ろへと回り込んで、その肩にそっと手を添えた。
「ミシェル様?」
「緊張していらっしゃるのね。少し、音が硬いわ。とっても素敵な音楽。どれだけ練習したのか、努力の跡が分かるけれど……もっと肩の力を抜いたほうがいいわ」
そう告げれば、ルーティナ様は目を丸くした。そうして、彼女の呼吸に合わせて、私はそっと呼吸を合わせる。
「深呼吸、深呼吸。肩から力を抜いて……」
「すう……はあ……」
「そう、その調子です。あなたの音楽はとても素敵。だから、余分な力が抜けたら、もっと素敵になるわ」
そうして、そっと手を離せば、ルーティナ様はもう一度息を吸い込んで、もう一度鍵盤を撫で始めた。さっきよりはずっと柔らかくて、伸び伸びとした音だ。思わず目を伏せて聞き入ってしまった。
演奏が終わると、私はぱちぱちと拍手をする。ルーティナ様は慌てて立ち上がって、そっと頭を下げた。
「す、すみません。私、緊張しぃで……大事なコンクールでも、いつも緊張して、うまく弾けなくて……」
「そうだったのですね。私は素人ですが、あなたの演奏は、十分に宮廷音楽家としても通用すると感じました。これでも、耳だけは肥えていますから」
「あ、ありがとうございます! 小さい頃から音楽が好きで、それで……どうしても、宮廷音楽家になりたくって」
「ふふ、そうなのですね。ですが、ねぇ、ルーティナ様。ここには、私とあなたと……使用人の方たちしかいらっしゃいません。私と、音楽を純粋に遊んでみませんか?」
「音楽を、遊ぶ……」
「連弾のお相手、お願いできますか?」
「は、はいっ!」
私は椅子を運んで、ルーティナ様の隣に座る。王宮で披露される連弾は、グランドピアノがいくつも並んでいるステージで行なわれるもの。けれど家庭で行なわれるのは、一つのピアノを二人で使う、少し距離の近い連弾。
曲を弾き始めれば、彼女はすぐに合わせてくれる。私の拙い部分を、彼女の洗練された運指がサポートしてくれる。けれど何よりも、楽しむことに重きを置いて演奏をすれば、彼女の音はそれに引っ張られるように、自由になっていく。
曲を弾き終えると、少しだけ頬を紅潮させた彼女と目があった。そうして、微笑みあう。
そうして、ルーティナ様――ティナは、時折この小ホールへと遊びに来るようになった。アルフィノ様に邸宅への立ち入りの許可を取って、彼女は良き友人として、私と付き合ってくれるようになった。
「ミシェル様、こんにちは」
「いらっしゃい、ティナ。また来てくれたのね」
「はい。あの、新しい楽譜を手に入れたので持ってきたんです」
「あら、素敵。ぜひ、聞かせて欲しいわ」
私にとって、大好きな音楽の話を共有できる彼女は、大切な友人の一人となっていった。学院でできた友人には、ここまで深く音楽のことを語り合える人はいなかった。彼女と友人になることができて、私はさらにここでの生活が充実していた。
使用人の方が紅茶を運んできてくれたので、ピアノから離れた位置に設置していた茶会用のテーブルへと移動する。私はティナとお茶を楽しみながら、色々な話をした。
ティナは私よりも二つ年上。15歳の頃に王都の音楽学校に行くために家を出て、2年間勉強して、実家へと帰ってきた。今は年に一度ある宮廷音楽家の選抜試験の勉強をしているものの、この緊張しやすい性格がたたって、二年連続で落ちてしまっているとのこと。
家柄などを重視せず、完全に実力主義で選ばれる宮廷音楽家の門は狭く、毎年その門をくぐれるのは一握り。ティナのように、何年も落ち続けている人もごまんといる。十年、二十年とその夢を諦められない人も。
「でも、絶対に諦めたくないんです。小さい頃から、それだけが夢だから……」
「素敵な夢だわ。私は応援してる。きっといつか、国王の御前で演奏をするティナの姿を見たいわ」
「ありがとうございます、ミシェル様! 私、ナタリア様に歌を褒めて貰ったことから、この道を志して……フレイザードの方たちには、本当に感謝しているんです。アルフィノ様の婚約者が、ミシェル様で良かった……」
私は、小首を傾げる。すると、ティナは少しだけ苦笑いをして、告げた。
「……たぶん、ミシェル様が見つからなかったら、私がアルフィノ様の所へ嫁入りすることになっていたと思うんです」
「えっ? そ、そうだったの!?」
「はい。アルフィノ様はその、昔から完璧超人だったんです。何をやらせても120点を取るようなお方で……私じゃ、そのお隣に相応しくないから」
「そんなこと」
「本当に、そうなんです。アルフィノ様は、私にとっては兄のような存在で……実兄のアズラと共に、あのとても綺麗で、素敵な兄を慕っていました」
確かに、アルフィノ様は完璧超人だ。あの歳で使用人をしっかりと仕切り、領主業を全うし、家の稼業も行ない、そして私の機嫌まで取る。なぜこんな人材が伯爵位で収まっているのか訳の分からないレベルだ。高位貴族の当主でも、彼ほど動ける人はそうはいないだろう。
そう考えると、私にももったいない旦那様だ。私が誇れるものがあるとすれば家格くらい。王妃教育を受けた侯爵息女である私を、こうして自由奔放にさせて愛でているあの人は、とんでもない器だと思う。
「それに……その。兄として慕っているだけじゃなくて、私はどうしても、アルフィノ様を男として見られなくて」
「そうなんですか?」
「だ、だって……あのお姿ですよ!? 小さい頃は気にならなかったけど、今となってはもう犯罪者の気分です!」
ティナの叫びに、私は「ああ……」と漏らした。見目麗しいあの完璧超人は、見た目だけは幼い美少年である。正直に言えば、私も遠くから見れば、姉弟に見られているのでは、と感じることは一度や二度ではない。あの美少年スマイルで微笑まれれば、大抵のことは許してしまう。とても大人な方なのに、あの穏やかな微笑みを見ると、甘やかしてしまうのは仕方ないことだと思う。
「まるでアルフィノ様だけが時が止まってしまったかのように、私たち兄妹はすくすくと成長するのに……音楽学校から帰ってきて、私がだいぶ成長しても、アルフィノ様は昔のお姿のままで。わ、私、とてもではないけれど耐えられません……私のような芋女が、天使の如き美少年のアルフィノ様と並ぶなんて!」
ティナは頭を抱えてしまった。けれど、確かに私も少しだけ気になるところではあった。アルフィノ様は本当に素敵な人だ。けれど、外からぱっと二人の姿を見ると、いたいけな美少年を虐める悪女に見えないかどうか。私は目元はきついほうではないけれど、王妃教育で身についてしまったのか、少しだけ威圧感があると言われる。
できる限り、彼に気まずくさせないように、おとなしくお淑やかになろう。
そう思ったところで、自分の気性難を思い出してがっくりする。それでも、ティナという新しい友人を得ることができて、また一つ、私はフレイザード家の人間となる一歩を踏み出せた気がした。