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気性難の令嬢は白竜の花嫁を夢見る  作者: ねるこ
第二部
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34. 予言を授かり、そして

 アルフィノが最後の追い込みに入って、一か月と少しが経った。最低限の手紙は代筆で、近況のみを丁寧に伝えてくれるがどうやらあまり芳しくないようだ。アルフィノ・カルセル様、共に休む間もなく走り回り、証拠を掴むために尽力しているが、向こうもなかなか尻尾を出さない。

 ただ、追い詰めているという感覚はあること。あと決定的な一打さえあれば、何とかなるかもしれない。

 黒魔術と関係があるかは定かではないが、デナート様の襲撃事件にかかわっているのは恐らくその通りだとのこと。それらを簡潔に伝える手紙は、読んだら燃やしてくれと丁寧に末尾に述べられ終わっていた。

 私は読み終わった手紙を封筒へと戻すと、暖炉へとくべた。すっかりと肌寒い季節となったけれど、私は神殿に行くのをやめなかった。使用人たちからは心配をされたけれど、アルフィノだって頑張ってる。私は神官としての役目を果たすために、今日も今日とて神殿へと参上する。


(白竜様、イリーナ様。どうか、私に、彼を助けるための助言をいただけないでしょうか。私も、彼の役に立ちたい。何か、何か――)


 そう思ってぐっと手を握り締めたその時、私の世界から音が消えた。

 はっとして目を見開くと、そこには夢で見た景色が広がっていた。真っ白な女性が、私の目の前で――神殿の真ん中で、立ち尽くしていた。

 私は慌てて立ち上がり、そうしてゆっくりと歩き出した。竪琴をかき鳴らす女性は、静かに真っ白な睫毛で覆われた瞼を開き、青い瞳で私を見つめた。


「――イリーナ様」


 そっと跪き、彼女の前へと礼を示す。すると彼女はくすりと微笑んで、首を横に振った。


「立ちなさい、歌の愛され子。わたくしの歌を受け継ぐ者」


 透明で細く、鈴を転がしたようなきれいな声なのに、どこまでも威厳に満ちた神秘を孕んでいた。私は抗えずに頷き、立ち上がり、彼女と向き合った。するとイリーナ様は竪琴を光の粒子に変えて手放して、私の頬にそっと手を触れた。


「あなたの祈りが、ようやく白竜様に届いたわ。毎日毎日、ここに通って舞を奉納し、祈り続けたから」

「白竜様に……?」

「白竜様が目覚めたことによって、私がこうして明確な意思を持ってあなたに予言を伝えることができるようになった。何とか間に合ったのね。本当に良かった。歴代の巫女でも、ここまで早く目覚めることはなかったから、かなり厳しいかと思ったんだけど……」


 この半年ほど、白竜様への祈りを疎かにせず、神官として役目を果たしたことが、白竜様に認められた。

 イリーナ様の言葉をまとめると、そんな風に賛辞をいただけたのだという。私は茫然としながらも、胸の内は温かかった。

 そんな私の表情を見て、イリーナ様は少しだけむっとしたように口元をへの字にした。思ったよりも感情豊かな最初の白竜の巫女は、ずいっと私に顔を近づけて告げた。


「安心するのはまだ早いわ。何も解決していないのよ」

「は、はい。そうですね……そうでした。イリーナ様。私は、巫女として何をなすべきでしょうか」

「今、国にはおぞましい魔術師の気配が漂っている。これを祓うことが、メルヴィンの子らの使命」


 私は頷きながら、考える。やはり、黒魔術師は現実に存在するのだ。イリーナ様からの予言を聞いて、私はすぐに行動を起こすべきだろう。もう、時間がない。そう思って、私はイリーナ様の言葉を待った。


「お母様が、奴らの心臓ともなるべきものを匿ってる」

「お母様……建国妃、フィリア様?」

「ええ。それさえ手に入れば、奴らを追いつめられるわ。だから行くのよ。お母様の元へ」

「建国妃フィリアの元……」


 その言葉が指し示す場所は、一つしかない。セインズ侯爵領、聖者の泉。死してなお国の安寧を祈り、邪気を封じた建国妃の献身を讃えた泉の墓所に、建国妃フィリア様は眠っていらっしゃるはず。


「歌の愛され子であるあなたなら、道を拓くことができるはず。お母様の墓碑の前で、あの歌を捧げてごらんなさい」

「白竜神楽を……分かりました」

「その先は、あなたたち次第よ。もう死者となった私にできることは、白竜様のご遺志をあなたたちに伝えることだけ。やり遂げて見せなさい。我が夫、メルヴィンの末裔らよ」

「はい。必ずや、白竜様の愛してくださったこの国を、夫と共に守って見せます」


 決意の言葉を口にすれば、イリーナ様は優しく微笑んで、そのまま風にさらわれて姿を消してしまった。瞬間、水が流れる音が私の世界へと帰って来て、夢のような世界は消え失せていた。今のが夢であったのか現実であったのか、私には判断がつかないが、予言が本物であることは確信が持てた。私は一礼をして素早く山を下りると、家に残されていた家臣たちに聖者の泉へ向かう旨を告げた。


「アルフィノに連絡を頼みます。私はただちにこの領を発ちます」

「お、奥様、いくら何でも性急すぎるのでは」

「一刻を争います。もう時間がないの……アルフィノから返事が来てから動いては遅いわ。侍女たち、そして乳母はフィリップとアルビスのことを頼みます」


 私はてきぱきと指示を出す。その様子に家臣たちは頷き合い、私の意思を尊重するために走り出してくれた。忠義者に囲まれて幸福を感じながら、私はすぐに支度を進めて伝書鳩によってセインズ侯爵へと先触れを出し、翌朝には領地を出発することになった。

 当日、私と共に馬でセインズ侯爵領を目指してくれる人員の中に、なぜか彼の姿があることに気づいて、私は思わず声を掛ける。


「オールストン男爵? なぜ、あなたがここに」

「ああ。フレイザード伯爵から、あなたが急に動かなければならないような事態となれば、一緒に行くように求められたんだ。きっと無茶をするだろうから、傍にいて判断してほしいと」


 私は、旦那様にすべて読まれていたことに少しだけ焦ったけれど、それだけ彼はオールストン男爵を信頼しているということだろう。彼は諸侯に顔も利くし、交渉事も得意だ。厄介に巻き込まれても、彼が何とかしてくれるというのがアルフィノの判断であるようだ。


「ありがとう。よろしくお願いします」

「恩は返すよ。襲撃者との間に割って入ることくらいはできると思うから」

「ご冗談を」


 私は乗馬服を身に纏って、我が家自慢の馬に跨り、護衛たちを伴って、セインズ侯爵領に向けて駆けだした。乗馬を習得していて良かった。きっと、私が馬に乗れなければ、ここまで素早く動くことはできなかった。ともかく、時間勝負だ。王都を迂回してセインズ侯爵領に素早く入るためにルートを選定して貰い、先導に慣れている者に先を走って貰う。

 毎日登山に赴いていたおかげで、体力は問題がなかった。疲れは感じるけれどこれくらいは問題にはならない。私はひたすらに馬を駆って、目的地を目指した。家が所有する秘密の馬房で何度か馬を乗り換えて、最低限の休憩を行ないながら、まっすぐに向かう。


 セインズ侯爵領に入ったのは数日後のことだった。領都へと着くと、無礼を承知で領主邸へ押しかける。けれどマーロン子爵は丁寧に対応してくださり、私に聖地への立ち入り許可をくださった。私は従者の勧めで夜を明かしてしっかり体を休めてから、聖地へと立ち入ることに決めた。

 フィリップとアルビスは元気にしているかしら。アルフィノは今頃どうしているかしら。そんな雑念を必死に追い払いながら、私は今、自分にできることのために駆けている。

 きっと今後、どんなことが起きたとしても、このときほど自発的に何かを起こそうとすることはないだろう。そう確信できるほど、数日前に予言を受け取った私は、強い使命感に駆られて動いた。

 巫女の私にしかできないことがある。イリーナ様と白竜様から託された使命を背負い、私は翌朝、聖地へ向けて出立した。


 以前に貴族の、そして神官の巡礼として赴いたときよりも、緊張感があった。けれど、今の私になりふり構っている暇はなかった。一刻も早く、イリーナ様との約束を果たす必要があった。そのためには、悲鳴を上げる足を叱咤して、馬を駆り、体を鞭打ってでも前に進むしかなかった。

 私の鬼気迫る様子から、はじめは困惑していた護衛たちも気を引き締めていた。


 きっとフレイザード家に嫁がなければ、こんな風に体を酷使する機会もなかっただろう。目の前に広がる雄大な聖地を目にして、私は馬での旅でこんなところまでやってきたことを実感した。


「これが、聖地……すげぇ。話には聞いたことがあったけど、確かにこりゃ異質な土地だな」

「ええ。建国妃、フィリア様の墓所へ向かいます。皆、ついて来てください」


 アルフィノに案内された道順を丁寧に辿る。まるで知っているかのようにすいすいと道順が出てくるのを感じて、私はイリーナ様に導かれているのだと悟る。広がった草原の先にある、清んだ泉の傍で馬を下りて、息を整える。差し出された水を飲みこんで大きく深呼吸をすると、護衛たちにそこで待つように指示をして、オールストン男爵に頭を下げ、私は墓碑の前で膝をつき、歌を奏で始めた。

 子守唄のようにも聞こえる白竜神楽の失われた歌。それが清廉な空気の中に響き渡り、湖の表面を微かに揺らした。気が付けば、周囲には霧が立ち込めていて、護衛たちの困惑した声が背後から聞こえてくる。


「霧……いったい何が起きてるんだ?」


 オールストン男爵の呟きを聞きながら、私は歌い終えた。するとその途端、墓碑が激しく光り輝いたかと思うと――私の頭の中へ、言葉が響き渡った。


(あの子を――助けてあげて)


 聞き覚えのない女性の声は、しかし以前にこの場所を訪れた際に聞いた、微かな声によく似ていた気がした。

 やがて光が止むと、護衛たちがざわりとどよめいた。周囲に立ち込めていた霧が晴れたかと思うと――湖の真ん中に通じる道が表れており、その中央には一つの小島が浮かんでいたからだ。

 以前に来たときには、間違いなく存在しなかった道と小島だ。けれど私は、あそこに、この事件を解決できる鍵があると、そう予言を授けられた。ならば、躊躇う理由はなかった。


 私は護衛たちを最低限に、オールストン男爵とあと一人を連れて、小島へと渡った。小島へと近づくと、なぜかまた霧が深くなる。不可思議な現象に、しかし首を傾げている暇などなかった。

 霧の中を進んでいくと、そこには小さな一軒家があった。丸太で作られた粗末な木の家だが、傍には瑞々しい野菜畑や木の実のなる木が生えていた。外から見た小島の様子とはまるで違う幻想的な光景に見惚れていると、ふいにドアがきぃ、と開いた。


 そこに立っていたのは、一人の壮年の女性だった。茶色の髪を簡易にまとめ、質素な麻の服を身に纏った女性だ。どう見ても平民、そういった容姿をしていたにも関わらず、彼女の振る舞いにはどこか気品が漂っていた。

 そして何よりも――首元に下がった、青い宝石のような石が埋め込まれた首飾りが、どう考えても釣り合いがとれておらず、その人物の異質さをさらに際立たせていた。どこか疲労で痩せこけた顔をそっとあげ、不健康そうな隈のある瞳を静かに私へと向ける。


 瞳と瞳が交わると、彼女は持っていた木あみの籠を取り落とし、口元を押さえてぶるぶると震える。その所作は、まるで貴族の令嬢のようなそれだった。それも、ただの令嬢ではない――この国でも、かなり高度な教育を受けた令嬢のそれだ。


「ど、どうして、ここに人が……?」


 か細く放たれた疑問に、すぐに答えを用意できなかった。けれど、私は一度深呼吸をして、彼女へとゆっくりと歩み寄った。その間に、彼女の正体について推理をする。

 一人しかいない。平民のような見た目で、この国の最高峰の所作をする。青い石の装飾品を身に着けた、私の母くらいの年齢の女性で、黒魔術師事件の鍵を握る人物。俗世から切り離され、その時がやってくるまで、建国妃フィリア様に守られていた――その人の正体は。

 私は彼女の前で足を止めると、淑女の礼を取った。そして、確信をもって、彼女の素性について問いかけた。


「あなたは……デナート・ヒューアストン様ではありませんか?」


 私が問いかければ、目の前の女性は目を丸くして、みるみるうちにぼろぼろと涙をこぼして、その場に崩れ落ちた。一体、今までにいかほどの苦しみを背負ってきたのだろう。俗世から退けられ、いつ来るかも分からない助けを待ち続けることになった。自分の体を、そして人生を奪われ、王家から屈辱と苦しみを与えられた。

 現国王の正妃となるはずだった、デナート・ヒューアストン様が、ご存命だった。私はその事実を認識して、崩れ落ちた彼女をそっと抱きしめた。

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