23. フォネージ王国の光と影
国王陛下から私室へと呼び立てられたのは、ガブリエル殿下の襲撃があった翌日の夜だった。
国仕貴族のフレイザード夫妻を、様々な役人が集まる場に呼ぶのは不適切として、国王陛下が手を回してくださったそうだ。今はシュリーナ王妃殿下とガブリエル王太子殿下と、最低限の護衛や官僚――お父様もいらっしゃる――だけが集まり、会談の場を賜った。
「まずは此度の事、改めて礼を言う。王太子を賊から護ったこと、大義であった」
「は。……王家の弛まぬ威光を守ることこそ、我らが国仕貴族の使命。昨日奏上した通り、国仕貴族は、ガブリエル王太子殿下の治世を望みます。それゆえに、それに至るまでのあらゆる障害の排除は、我らの使命です」
「左様か。このように、国仕貴族が頭役であるフレイザード伯爵家とこのような場を取り持つこと自体が、王家においては異例だ。我が撒いた不安の種が芽吹き、それらの尻拭いをそなたらに押し付けていること、申し訳なく思う」
そう告げて、国王陛下は少しだけ俯いた。その様子に、胸が痛んだ。
事の発端は、彼の不貞だった。恐ろしい思想を持つ平民の女性、ユーミエに魅入られ、元の婚約者であるデナート・ヒューアストンを蔑ろにしたのが始まり。
ユーミエの危険性を忌避して、彼女を貴族社会から追いやった周りの判断は見事だった。けれど、デナート様の受難はそれでは終わらず、結果として彼女は別人となったのか気が狂ったのか、傲慢で話の通じない正妃として、王妃の座に君臨した。
それは決して褒められることではない。けれど、過去を顧みて悔やんでいる人を詰れるほど、国王陛下に同情ができないわけではない。
人間は完璧ではない。間違うことだってあるだろう。けれど、陛下はきっと周りの人間に恵まれたのだと思う。超えてはいけない一線を超える前に、陛下をちゃんと引き戻してくれて、気づかせてくれたのだろう。
「我の治世は善きものであったとは言うまい。シュリーナはよく頑張ってくれたが、我が平民の小娘に入れ込み、失った信用は取り戻せなんだ。我に叛意を持つ者が多いからこそ、こうしてガブリエルが玉座につかんとするのを疎む輩がいるのだ」
「……陛下。失礼を承知で申し上げます。フォネージ王国の至宝たる王家、その頂点に君臨する国王は、まさに国の光。そのように曇らせたお顔でいらっしゃれば、皆が見上げるのを止めてしまう。どうぞ、玉座を降りるその瞬間まで、至高の存在で在ってください」
「……これは手厳しい。そなたは、叔母上の孫にあたるのであったな」
「はい。先王陛下の妹君、ベルンティア様は、私の祖母にあたります。この身に、王家の方々と同じ血が流れているのを噛みしめながら、私は生きております」
彼は正当な王位継承権を持つ人間だ。この場が取り持たれたのも、彼の持つ正当な権利に基づいたからだろう。こうして、国仕貴族の代表とはいえ、一伯爵家と国王陛下の会談が取り持たれることなど、本当に異例なのだと思う。
国王陛下は、私の方へと目を向けて、そうして告げた。
「久しいな、ミシェルよ」
「ご無沙汰しております、陛下」
「此度は愚息の凶行に巻き込んでしまい、すまなかった。全ては、あの愚息を止められなかった我ら王家の責だ。我も、王家の崩壊を忌避して、そなたに責を押し付けようと、我が身かわいさに愚行を犯した人間の一人。恨むなとは言えぬ」
「いいえ。陛下、私は今や国仕貴族の一員と相成りましたが、それ以前は王家の臣下の一人でした。王家を守るために泥をかぶる事、それに異存はございませんでした。私が婚約破棄に異議を申し立てたのは、あの方に玉座を渡せば国は傾く、それを止めるための、王家への忠義のつもりでした」
「承知しておる。そなたの忠義も理解の上で、それでも我らはそなたに苦役を課してしまった」
確かに、とても苦しい時期はあった。それでも、私には――彼がいたから。
そう思って隣をそっと見れば、彼は優しく微笑み返してくれた。
「陛下。私はもう、王家に昏い気持ちは抱いておりません。先日、スローンズフィール伯爵がフレイザード伯爵家を訪れられ、その場で彼から謝罪の言葉をいただきました。私はその謝罪を受け入れました。私にとっては、もはやあの婚約破棄から始まった一連の事件は、過去の出来事です」
「マーゼリックが……そうか。あやつが……」
陛下は少しだけ目頭が熱くなったのか、額をそっと押さえた。後ろでは、官僚たちが顔を見合わせて「本当か?」という顔をしている。彼の素行不良の弊害については、私の知るところではないので、私は事実を伝え終わった後は口を噤んでおいた。
世間話もそこそこに、陛下は人払いをした。官僚たちは揃って退席し、その場に残されたのは陛下とシュリーナ様、ガブリエル殿下、そしてお父様とイズラディア公爵。
ここからが本題なのだと悟り、ぐっと腹に力を入れて深呼吸する。
「フレイザード伯爵、そして夫人よ。我は愚かな王だった。周囲に甘やかされるがまま、自らの婚約者にさえ権力を笠に着て侮辱を与え、様々な人間に誹られながらも、周囲の者らのお陰で玉座に収まった。二代に渡って、家臣たちを軽んじるような行いをした我ら王家への叛意は、かつてないほどまでに高まってしまっているのだろう。貴族らが何としても王家の在り方を変えようと奔走しているのがその証拠だ」
「……今の国は、三つの権力が互いを睨み合っているからこそ、成り立っています。王家、貴族、そして鴉。鴉が王家を抑え、王家が貴族を抑え、貴族が鴉を抑えている。逆に、王家が鴉を守り、鴉が貴族を守り、貴族が王家を守る。これもまた事実です。この関係が崩壊すれば、民は混乱に陥ります」
鴉は王家の命令を却下する権限を持っている。けれどアムール家がそうであったように、鴉の重要人物はいずれも中位貴族であることが多く、鴉が暴走した際には然るべき高位貴族によって抑えられる。そして、貴族は王命に逆らえない、つまりは権利を一部掌握されている。
図らずも、この場には王家、貴族、鴉の全代表者が揃っている。会談の意味が、変わり始めた。
「王家の衰退を理由に、貴族らが大きな権力を欲し始めた。王家の決めた王太子の命を狙い、代わりの王を据えようと画策しているのがその証左よ」
「祭り上げられているのは、どなたでしょうか」
「我が妹、アルフィーの子、ドラハット。奴が王位に興味を持たぬので時間が稼げているが、あれは無欲な王だ。誰にでも優しいが、為政者としてはあまりにも拙い。アルフィーは、貴族の子として育てたので、帝王学など学んでいないと言っていた。ドラハットが玉座に座るようなことになれば、政は完全に派閥の貴族に掌握されるだろうな」
この国は王政だ。玉座につく王たちは、いずれも例外なく幼い頃から教育され、政治を学ぶ。もしも王を傀儡とし、臣下が政の実権を握ることになれば、それはこの国の在り方を変えることとなる。
「王位継承権は弟が高い序列を持っているとはいえ、あれはドラハット以上に玉座に興味のない男だ。嫡男も同様にな。であるからこそ、もしもガブリエルに万一のことがあれば、ドラハットが祭り上げられれば叶えられてしまうかもしれん」
「父上……」
「無論、そのようなことにさせはしない。我は愚王と呼ばれてでも、王家の在り方と王太子を守る心づもりだ。だが、万が一のことは考えておかねばならない。……サファージ侯爵、イズラディア公爵」
「……」
お父様と、イズラディア公爵が、少しだけ顔色が悪い様子で立ち尽くしている。それを見て、私は少しだけ嫌な予感がした。
「もしも空の玉座にドラハットが座り、その後ろの貴族たちの傀儡になるようなことがあれば――サファージ侯爵一派とイズラディア公爵一派は反乱を企て、新しいフォネージ王国を作る。その玉座に」
国王陛下は、アルフィノをじっと見つめた。私は思わず、口元を手で覆ってしまう。
「アルフィノ。お前に座ってほしいのだ」
「……それは」
アルフィノは、俯いた。私は、机の下で、震えるアルフィノの手をそっと取った。アルフィノが、瞳を揺らして、私をちらりと見た。
「フレイザード伯爵家は国の影、そして王家の影。その辺りの貴族よりは遥かに、政について知っている。そうだろう」
「……はい。我が家には、遥か昔には政を手伝っていた事例が残っており、それが連綿と習慣として受け継がれております。私も、幼い頃に少しばかり帝王学を齧ったことが、ございます」
「イズラディア公爵に頼み、アルフィノの王位継承権を残しておいたのは、この最終手段を切り札として残すため。そなたの白竜の血、魔法血統、王家の血……全てが、玉座に相応しいと言えるだろう。この二人は、いざというときのために手札を集めておいてくれたようだからな。我は、それを何よりも素晴らしい忠義だと噛みしめておる」
国王陛下がそう告げると、お父様とイズラディア公爵は、頭をそっと下げた。国が乱れ、王家の血筋と、為政者としての立場が簒奪されたとき、国を割って反旗を翻し、元あった王家の血筋と、その在り方を残す。そのための方策として、二人はあえて独立を企てていた。
その新たな君主として、イズラディア公爵が最も信用する王族であるアルフィノの存在が必要なのだと。
そう告げられて、アルフィノは珍しく狼狽えている。
「王を飾り物にするのは、建国王に対する侮辱である。彼の者は神に語り掛け、白竜という偉大なる存在と語らい、人間を守ると誓った救世主ぞ。その子孫を蔑ろにし、建てる国など、もはやフォネージ王国に非ず。偉大なる建国王の墓前を、血で汚そうとした彼奴らの行ないこそその証左。我の代でこのように国が割れたとあれば、歴史書にどのような愚王と記されるか分からぬが、それでも良い。散々な不徳を積んだこの身を捧げて、建国王の興した国の在り方を守れるなら、我はどのような誹りを歴史書に載せられようとも構わぬ」
「……陛下」
国王陛下は本気だ。そして、お父様とイズラディア公爵も。最悪の場合を考えて、今から動き出す必要がある。ガブリエル殿下もぐっと胸の前で手を握りしめて、頭を垂れている。
もちろん、ガブリエル殿下が無事に戴冠するに越したことはない。けれど、国の主である以上は、国王は最悪の場合への備えも用意しておく必要がある。
そのためには、ここでアルフィノの同意を得ておかなければならない。そのための、本当の会談がここで行なわれているのだ。
「ミシェル」
「はい」
「我は、お前をこの国一番の妃候補だと思っておる。振る舞い、教養、そして何よりも意志の強さ。忠義によって、我が愚息を社交の場で糾弾したあの時から、惜しい娘を逃したと、シュリーナと語り合ったものよ」
「……身に余るお言葉です。恐縮です」
「お前が傍にいるのなら、アルフィノはきっと王としてやっていける。そう思うのだ」
私は、アルフィノと繋いでいた手に力がこもる。そうして、いつにも増して不安そうな彼の視線を受け取って、私はそっと微笑んだ。
私は、あなたが何を選ぼうとも、あなたについていく。あなたを必ず支えるし、あなたを絶対に一人にしない。
それを目で伝えれば、アルフィノは意を決したように、そっと頭を下げる。
「――拝命いたします」
「そうか……引き受けてくれるか」
「ですが、国王陛下。私は、ガブリエル王太子殿下を死なせるつもりなどありません。確かに、鴉は立場の弱い者が陰に潜む有象無象。貴族らに比べればその力は微々たるものでしょうけれど――鴉はずっと、報復の時を待ち望んでおりました。自らの私利私欲のために、王の在り方を歪め、国を乱した者らを、日の下に引きずり出す」
アルフィノはその双眸に昏い色を湛えながら、冷徹で獰猛な微笑を口元に浮かべ、告げた。
「少々お待ちください、陛下。必ずや、至高のあなた方を犯さんとした者らを、あなたの御前に引っ張り出してみせましょう」
穏やかで人の良い彼が見せた、本当の顔に、彼の本性を知らないガブリエル殿下やシュリーナ様、そして国王陛下が少しだけ身じろいだ。けれどその様子とは裏腹に、私だけが、彼の手が少し震えていることを、感じ取っていた。
「私は飽くまでも国の、そして王家の影。表舞台に出ることなど望みません。ですから、そのために――私は、いかなる手段を用いても、いかなる誹りを受けようとも、あなたたちに叛意を持つ者らを、あなたたちが照らせるようにしましょう。我が忠誠は、フォネージ王国に」
「――……。そなたの忠誠心、見事である。国の礎の一族として、我もまた、そなたの前で、フォネージ王国への忠誠を誓おう。そなたが炙り出した国に巣食う数多の悪意を、愚王の名に懸けて貶めようぞ」
「は。必ずや、共に国をお守りいたします」
国王陛下が差し出した手を、アルフィノは立ち上がり、握り返した。私も傍で立ち上がり、礼をする。国の光と影が、国を護るために互いの想いを確かめ合った瞬間だった。
少し休憩を挟んで、アルフィノは陛下に聞きたいことを次々と聞いていく。陛下への謁見は、もはや簡単には叶わないだろう。であるからこそ、この機会に集められる情報を拾い切りたい、という様子だった。
「国王陛下にお聞きしたいことはほかでもなく、デナート妃殿下のことです」
「デナートか……ああ、何でも答えよう」
「率直にお聞きいたしますが――陛下は、デナート妃殿下のことを、どう思っていらっしゃったのでしょうか」
アルフィノの問いかけに、国王陛下は唸り声をあげて、少し思い出したくないものを絞り出すかのように、告げた。
「あの娘があのようになってしまったのは、我の不実のせいであろうか。閨事以外には、妃の役目を果たすこともなかった」
「デナート様とのご婚約は、どういった経緯で? 恐れ多くも、王家の判断が誤っているなどと申し上げるおつもりはありませんが、少し疑問に思っておりました」
「ミシェルの言う通りであろうな。だが、デナートにはほかの令嬢にはあり得ない特徴があった。彼女は、魔法を使えたのだ」
「魔法を?」
それは、初耳だった。けれど確かに、数多の自分より家格が上の家の令嬢を退けて、デナート様が婚約者に据えられた理由が、彼女が魔法の力を持っていたから、というのならば王家がそれを欲した理由も分かる。
失われつつある力である、魔法。その血統を取り込めば、少し衰え気味だった王家の勢いを盛り返すことが叶うかもしれない。そう考えた王家の判断は、恐らく正しい。
「納得いたしました」
「そうか。……だが、実際にはそれが本当であったかも分からぬ。後宮に入ったデナートに、一度だけ魔法を見せてほしい、と告げたことがある。その際に、魔法なんて使えるわけがない、そんなものはただの妄想の産物だと散々に言われた。我はその言葉を聞いた時、あの娘が変わり果ててしまったことを悟ったのだ」
「……貴族の娘とは思えぬ発言、ですね」
貴族は魔法という力を重んじ、尊ぶ。その希少さは、判明すれば誰もが求婚するほどに貴重なもの。アルフィノが強い魔法血統であることをあまり周囲に言わないのも、恐らくは自衛のためなのだ。私は引き続き、問いかける。
「では、もしや近代にて公爵家の令嬢と婚約をされていないのは、魔法血統を探してのことだったのでしょうか。この数世代において、以前と比べれば公爵家と交わる回数が減っておりましたね」
「そう、聞いておる。ミシェルは例外だが、デナートを始めとして、ラトニーもそうだ」
「ラトニー様も?」
自分でも、婚約者候補の中で序列が低いと言われていたラトニー様。そんな彼女がガブリエル王太子殿下の婚約者に召し上げられた理由が、魔法を使えるから、というのならば確かに筋が通る。
王家は魔法を使える血筋を欲しているというのは、初めて聞いた。恐らくは、争いの火種になるであろうから、秘匿されていたのだと思う。
気になることはいくつもあるけれど、ひとまず。アルフィノはそっと頭を下げて、告げる。
「貴重なお話、ありがとうございます。では最後に、もう一つだけ。国王陛下は、黒魔術、という言葉に聞き覚えは」
「黒魔術……」
国王陛下はシュリーナ様と顔を見合わせて、うーんと唸った。やはり、王家にはそれらの資料は残っていないだろうか。そう思っていると、ガブリエル殿下が声を上げる。
「確か、王家の書庫にあった昔の記録で、そんな言葉を見かけたことがあります」
「本当ですか」
「はい。私はあまり読んでいませんが、ご案内はできるかもしれません」
「ふむ。フレイザード伯爵がなぜそのようなものに興味を示すかは分からぬが、我はそなたの忠誠心を見せて貰った。良い、閲覧の許可を出そう。ガブリエル、また明日にでも、案内して差し上げなさい」
「はい。分かりました、父上」
思わぬ収穫を得られたようだ。これにより会談は終わりを告げて、私とアルフィノは客間へと戻っていった。
◆◇◆
湯あみを終えて客間へと戻ると、テラスでアルフィノがぼんやりと星空を見上げていた。私がそちらへ歩み寄ると、彼が椅子を動かしてくれたので、彼の隣にそっと腰かける。彼はグラスを揺らしながら、小さく息を吐き出した。
「大変なことになってしまったね」
「ええ……きっと、本当に陛下が話されたようなことになれば、民は多かれ少なかれ戸惑ってしまうでしょう。そうならないことを祈らなければ」
「そうだね。けれど、聖廟での一件がかなり向こうに大きなダメージになったのは間違いないと思う。ありがとう、ミシェル。巻き込んでしまってごめん」
「そんなこと……私は、嬉しかったです。私を信用して、頼ってくれたことが」
実際に、ガブリエル殿下への襲撃を防いだのはアルフィノだ。私は、少しでも場が有利になるように振舞っただけ。
そう思っていると、アルフィノの指先がそっと私の髪を撫でた。
「ぼくは、君に自分の仕事のことを知られたとき、やっぱりほんの少し後悔をしていました」
「……フィー。私は、後悔していなかったけれど、あなたは違ったのね」
「うん。だって、ぼくの仕事を知るということは、ぼくの謀略に組み込まれるということだから。君がぼくの仕事を知っているからこそ、今回だって協力を頼めた。より近衛兵長を油断させられる布陣を組むことができた。もしも君が、母上のように何も知らない状態だったら――この作戦は、うまくいかなかったかもしれない」
彼から秘密のカミングアウトを受けて以来、彼は私の前で策謀の話をするのに躊躇しなくなった。エリンの件もそうだし、レティシア嬢の件についても、背中を押された気がするのは気のせいではない。
もしも知らなければ、私の手が入らずに、どんな解決のされ方をしていたかは予想がつかない。
「ミシェルはとても強くてかっこいい人だから、つい頼ってしまいます。君なら、修羅場の中でもしっかりと立ち回ってくれると、そう思えるから」
「私は、嬉しいです。フィーの役に立てることが。国のためになれることが」
「ええ。でも、本音は、君を危ないことになんて巻き込みたくないんです。いつまでも幸せに、平穏に、あの辺境にある屋敷で、何も危険なことなどなく、ぼくの帰りを待っていてほしい」
「……」
肩を抱かれて、そっと引き寄せられる。私は頭を、そっと彼の肩へと乗せた。
「けれど今は、言ってよかったと思います。何も知らない君を巻き込んでしまったら、今度こそ自分を許せなくなる。だったら、危険かもしれないけど、ぼくのやっていることを知って貰って、君にどうするか決めてほしいと思った。……今回は緊急だったから、君に選択の余地をあげられなかったけれど」
髪にそっとキスを落としながら、愛しそうに私を抱き寄せてくれるその仕草は、いつもの彼よりも少し余裕がない。流石の彼でも、王太子殿下の襲撃に、いざというときのの君主の任命なんてとんでもない事件が立て続けにあれば、参ってしまうのだと思い知る。
いつもは余裕たっぷりな彼でも、実はまだ私よりも五つ年上の若い青年だ。
「今度はきっと、ちゃんと事前に問いかけるので、自分の意志で選んでくれると嬉しいです。ぼくといっしょに戦ってくれるか、ぼくを信じて待っていてくれるか。本当は、後者でお願いしたいんですけどね」
「ええ。自分で選び取って、フィーの助けになりたいと願います。ですから、何でも仰ってください」
「ありがとう。国の影であるぼくらにとって、身内は本当に、唯一と言っていいほど、無条件に信用できる味方なんです。だから……汚れたぼくの手を、優しく握ってくれる君の手が、愛しくて堪らない……」
肩を抱いた手が微かに震えたことを感じ取って、私はすぐに彼の手に、自分の手を重ねた。
「汚れてなんていません。私にとって、優しく、大きい素敵な手です。私を、国を守ってくれる、あなたの手だから」
「……っ」
その後、眠りにつくまで――珍しく、甘えん坊になってしまったアルフィノを、たくさん甘やかしていた。