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気性難の令嬢は白竜の花嫁を夢見る  作者: ねるこ
第二部
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22. 聖廟へ

 王都へやってきた翌日、ガブリエル殿下からお呼び立てをいただいた。私とアルフィノは身支度を整えて、指定された客間へと案内を受ける。その最中、私はアルフィノにぎゅっと手を握られる。

 客間の扉を押し開けられ、中へと通されると、そこには相変わらずの美しさを湛えるガブリエル殿下がいらっしゃった。アルフィノと共に頭を下げれば、彼はぱっと顔を明るくして、アルフィノへと歩み寄っていった。

 白竜温泉でアルフィノと再会して以来、アルフィノはガブリエル殿下のお気に入りだった。こうして兄を慕うかのように楽しそうに歩み寄ってくる彼に、緊張感はあまりない。


「フレイザード伯爵。お元気そうで何よりです」

「ガブリエル王太子殿下にご挨拶申し上げます。此度は、巡礼の許可を賜り、まことにありがとうございます。さらには、王太子殿下御自らご案内いただけるとは、光栄の至りです」

「私がフレイザード伯爵家へ戴冠式の神官を依頼したのですから、私が案内するのは当然です。私も、聖廟に入るのは、五歳の頃の王室入の儀の時以来ですが」


 聖廟。それは、王城の地下にある、建国王の墓である。歴代の王家が5歳と18歳、そして戴冠の儀の際に立ち入り、建国王に誓いを立てる聖なる場だ。王家以外だと、この場所に立ち入れるのは、王家から白竜の神官として認められているフレイザード伯爵家と、そのほか数家のみと聞いている。けして侵すことの許されない、この国で数えるほどしかない神聖で静謐な場所である。

 アルフィノは、成人の際に巡礼を行なったと聞いているので、その際に立ち入ったことがあるのだろう。特に緊張している表情はないが、私はというと、聖廟に立ち入る機会が得られるとは思わなかったのだ。

 もしかしたらマーゼリックと結婚することになっていたら、彼が戴冠する際に立ち入っていたかもしれないが――ありもしなかったもしもの可能性を考えるのはよそう。そう思って、首を小さく振った。


「本来なら、ラトニーも一緒に案内する予定だったのですが……申し訳ありません。彼女は今、体調が優れず、できる限り無理をさせたくなかったので」

「存じ上げております。一日も早い回復を、お祈り申し上げております」

「ありがとうございます。私一人でも、案内の任を果たしますので」


 そうして、ガブリエル殿下に連れられ、恭しい護衛の方々と共に、城の地下へと向かう。


「フレイザード伯爵は、成人の際にも一度いらっしゃったのですね。……いまだに、あなたが年上であるということを実感できません」

「ふふ。殿下より七つほど年上になりますか。見た目はこんなでも、中身は成人男性です」

「生命の神秘というものでしょうか……フレイザード伯爵を見ていると、好奇心が尽きません」

「よく言われます」


 白竜温泉へ案内したときに打ち解けたのか、二人の間にある空気感はとても軽い。アルフィノは素性を隠して殿下の護衛についていたこともあるのだけれど、もはや開き直って新しい関係性を構築しに行っているような気もする。


「以前に聖廟へご案内いただいた時は、王太后殿下にそのお役目を果たしていただきました」

「祖母に……そうだったのですね」

「ええ。血筋を辿れば、フレイザード家に近しい血をお持ちだったようで、話し相手を務めてほしいと、大役をいただきました」

「そうですか……祖母も、国の神聖なる一族の姿を今際の際に目に掛かれて、さぞかし安らいだでしょう」


 ガブリエル殿下の言葉に、アルフィノは深々と頭を下げた。王太后殿下は、3年ほど前に亡くなられた。ご病気で、最後は安らかに眠られたそうだ。私も一度だけ、幼い時分、マーゼリックの婚約者に決まったときに、お目に掛かったことがある。


「どうか今後も、国を見守っていてほしいと、そんなお言葉を賜ってしまいました。まだ未熟だったこの身で、うまく誠心誠意応えられたか分かりませんが、私はフレイザード家の使命を果たします、とお伝え申し上げました」


 先王陛下も、王太后殿下も、子の戴冠にあたっての妃騒動で随分と神経をすり減らされたと聞く。どうか安らかに眠られるように願わずにはいられない。

 昇降機に乗って、ゆっくりと地下へと降りていく。がごん、という機械音が響いて、ゆっくりと落ちていく感触を覚えながら、その場所へと辿り着いた。少し肌寒さを覚えて体を震わせると、アルフィノが侍従から鞄の中にあったストールを受け取り、私の肩へとそっと被せた。温かな心遣いに微笑みを返すと、ガブリエル殿下がくるりと振り返る。


「この先に立ち入れるのは私とフレイザード伯爵夫妻、それと近衛兵長のみとなります。皆は、ここで待機してください」


 ガブリエル殿下の声が、狭い通路内に反響する。ここまでついて来た護衛達や、従者たちが壁際に控えたのを見やると、ガブリエル殿下に促されて、私たちは狭い通路を進んでいく。

 とても古いが、手入れが行き届いているのか、大きな風化や汚れは見えない。こつ、こつと大理石の階段をゆっくりと降りていくと、やがて荘厳な大空間へと至った。

 天井は高く、薄暗い部屋の中に明かりを灯すと、そこの中心には、大きな棺と、古い墓標がある。冷たい大理石の床には、4人が歩く足音だけが響いていて、それ以外はどこからか風の音がするだけで、何の音もしない静かな世界。

 建国王の墓は、遥かなる時を経てもなお、そのおぞましいまでの美しさと静謐さを湛えて、そこに立っていた。


「大いなる我らが祖先よ。あなたの忠臣、メルヴィンが末裔、フレイザード伯爵をお連れ致しました」


 ガブリエル殿下がそう告げるのを見て、私はアルフィノに手を引かれ、墓碑の前へと躍り出る。古びた石に刻まれたのは、この国の王家の家訓として伝えられる詩だ。建国王が読んだとされるその詩は、原文も残っているものの、言葉が古すぎて、読める人はもはやほとんどいないだろう。

 アルフィノに促されて、私はアルフィノと共に跪き、祈りの言葉を述べる。


「彼方より捧ぐ、我らが白銀(しろがね)の君よ。巡る風に、花咲く地に、(しず)かなる水に。総ての恵みに報いる、大いなるフォネージ王国の守護者たる我ら、メルヴィンの末裔が」


 教えて貰った祈りの言葉を、一言一句違えずに読み上げる。けれど、最後の一節へと至ったとき、私は異変を感じ取った。


「今此処に、王国を守るための誓いを立てん」


 その声は、私一人分のものだった。はっとして振り返れば、そこにはガブリエル殿下を背にして、腰からベルトを抜いて、近衛兵長の剣を受け止める、アルフィノの姿があった。私は思わず立ち上がって、ガブリエル王太子殿下の手を引いて、背へと隠して、両手を広げる。


「ぐっ……」


 近衛兵長は、虚を突かれたように顔を歪めた。けれどアルフィノは、どこまでも冷たく、余裕のある表情で、彼を睨みつけていた。

 ――私は、思わず唇を噛んだ。まさか、本当に起こるなんて。

 アルフィノから魔法で伝えられた言葉を思い出して、私は近衛兵長を睨みつける。


 ガブリエル殿下の待つ客間へ行く途中、アルフィノに手を握られて、私は少しだけはっとした。そうして、頭の中に魔法で伝えられたのは、以下のような言葉だった。


『そのまま、表情を変えずに聞いて。聖廟で少し厄介ごとが起きるかもしれない。もしも何かが起きた時は、ぼくが前に出るから、君はガブリエル王太子殿下を守ってほしい』


 この襲撃は、アルフィノにとって想定内のことであったらしい。どういったやり取りがあったかは分からないけれど、数日前からガブリエル殿下の命を狙う輩が王城内にいるのは知っての通りだ。それも、ラトニー様が毒見を引き受けなければならないほどの内々の会で暗殺が試みられているということは、かなり殿下に近しい位置に内通者がいる可能性が高い。

 近衛兵長は侯爵家の出で、高位貴族が使いやすい駒の一つだ。


「ここでガブリエル殿下を殺して、その罪をぼくたちに押し付けるつもりでしたね。そうすれば、王位継承権を持つ人間のうちの一人も自然と消える。あなたにとっては、目の前にぶら下がった絶好の機会だったことでしょう」

「……っ」

「ですが残念ながら、あなたがたの計画は全て筒抜けでした。随分と丁寧に根回しをして、その後のことまで手を回していたようですが、()()()()()のはあなたがたの方です」


 その時、聖廟の入り口の方から、大勢の足音が聞こえて来た。国王直属の親衛隊の騎士たちだ。その中心には、国王陛下のお姿もある。


「王太子の命を狙う賊を捕らえよ!」

「は!」


 剣を抜いて、ガブリエル殿下のいる方を狙う近衛兵長と、ガブリエル殿下を背にベルトでその剣を受け止めるアルフィノ、そしてガブリエル殿下の前に立ちはだかって両手を広げる私。誰が見たって、どちらが命を狙っているかなんて明白。親衛隊の騎士たちは直ちに近衛兵長を捕縛すると、彼を連れて行った。これだけの人の目があれば、彼が言い逃れることなど不可能だった。

 男は最後まで弁明のために喚いていたけれど、元よりこの男を反逆罪で捕らえるためのパフォーマンスだったのだろう。要は、この一件は王家とフレイザード家の共謀だったのだ。


「ガブリエル、無事か」

「はい、国王陛下。フレイザード伯爵と、夫人が庇ってくださったので、怪我一つしておりません」

「そうか。不審な影が聖廟の方へ向かうと報せを受け、すぐに向かって良かった。無事で何よりだ」


 アルフィノは素早くベルトを腰に通して、恭しく頭を下げた。害する意思が決してないという意思表示だ。私はアルフィノの隣に並んで、そっと頭を垂れる。


「フレイザード伯爵。此度の働き、見事である。そなたのお陰で、王太子を害する逆賊を捕らえることができた」

「勿体なきお言葉。私は、国仕貴族としての使命を果たしたのみでございます」

「そなたらの助力によって、王城に潜む逆賊を洗い出すことができた。これにより、ガブリエルを害する勢力の力を大幅に削ぐことができよう。褒めて遣わす」

「光栄の至り。ガブリエル王太子殿下の戴冠こそ、我らが国仕貴族の総意。国仕貴族を代表し、フレイザード伯爵家より、奏上いたします」

「然り。そなたらの意思を頂戴する」


 フレイザード伯爵家は、国仕貴族の中でも大きな力を持つ家だ。そんな家の代表者である彼と、国王陛下が語り合っている光景が、少しだけ眩しく見えた。

 国王陛下がまた後程謁見の機会を設けると告げて、賊の処理に向かい、聖廟を出ると、アルフィノは改めて身だしなみを整えた。日常的に、身に着けているものすべてが武器となりえる彼にとって、ベルトを抜いたくらいで身だしなみを損なう装いはしていないのだろう。ベルトで剣を受け止める姿を見て唖然として、少しだけ反応が遅れたのが不覚だった。


「ガブリエル王太子殿下。ご助力いただき、感謝いたします」

「いえ。伯爵や陛下から聞き及んだ時にはよもや、と思いましたが、実際に見てしまっては、もはやそれが真実としか言いようがありません。彼の縁者には、近々茶会や訪問の予定がありましたが、それも少し見送るべきですね。まさか護衛頭である彼が間者だったとは、不覚です」


 最近になって、護衛の大幅な編成があったと聞いたけれど、それもすべてガブリエル殿下の失脚を狙う者らの策謀だったのだろう。けれど、どうやら鴉の方が一枚上手であったようだ。計画を全て掌握し、絶対的に言い逃れができない状況を作り出した。近衛兵長自身が由緒ある侯爵家の出である以上は、自分は関与していないという足切りも叶わないだろう。そんな不自然な動きをすれば、自分が関わっていたと認めるようなものだ。


「父上が掴んでくださった情報です。ミシェルも、ありがとうございました。咄嗟の状況に対応してくれて、感謝いたします」

「いいえ……驚きましたけれど、このような閉鎖空間です。選ばれた人員しか立ち入れぬ場ですから、警戒はするべきでした。けれど動き出しが一歩遅れてしまいました。反省点です」

「そんなことはありません。君がガブリエル殿下を背に庇ってくださったからこそ、どちらが襲っていて、どちらが襲われているのかが明白になりました。国王直属の親衛隊には、城内で強い発言力を持つ重鎮も在籍しています。城内で、近衛兵長を庇おうとする人間は現れないでしょう」


 咄嗟にとった行動だったが、どうやら及第点を貰えたようだった。荒事にも慣れて行かねば、フレイザード伯爵家の夫人は務まらぬのだと再び気を引き締める。


「そうです、夫人。女性ながらに私を庇ってくださったその背は大きく、格好良かったです。ラトニーが憧れるのも分かるというものです」

「わ、私のようなものが……そのような賛辞を受けるほどではございません。ラトニー様は十分にご立派な王妃になられるかと存じます。お二方の治世を、心待ちにしております」

「ありがとうございます。フレイザード伯爵も、流石でした。近衛兵長は完全に慢心していましたね。まさか、あなたに剣を受け止められるなどと思っていなかったのでしょう」

「この見た目だと、何もしなくても相手が勝手に侮ってくださいますので、いささか便利ですね」


 筋骨隆々の男の剣を、しっかりとベルトで受け止めるアルフィノ。その意外性が刺さったからこそ、近衛兵長は平静さを失い、それ以上の対応を取れなくて、あえなくお縄に付いた。これが、見た目の幼さを武器に立ち回るフレイザード家の策謀。

 ガブリエル殿下は、私たち夫婦を見渡すと、ほっとしたように息を吐き出した後で、ゆっくりと告げた。それはもう、張り詰めていた気を緩めてしまったかのように。


「建国王の墓前で騒がせてしまいました。建国王陛下に謝罪を申し上げねばなりません」

「左様ですね。私も共に祈りを捧げさせていただきます」

「夫に同じでございます。神聖なる聖廟でお騒がせをしてしまったことを、建国王陛下に謝罪申し上げます」


 危機の去り、穏やかに落ち着いた聖廟の中で、私たちは二つ目の聖地の巡礼を終えたのだった。

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