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気性難の令嬢は白竜の花嫁を夢見る  作者: ねるこ
第二部
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21. 未来の王太子妃、臥す

 聖廟への巡礼のため、王都へ発つ準備を整えていると、一通の手紙が、王都から届いた。それは母から来る、定期的な手紙で、主に王都で起こった色々な噂などを教えてくれる。私にとっては遠く離れた王都の情勢を知る貴重な情報源だった。


「ラトニー様が――?」


 手紙の中には、最近になって王太子の婚約者が体調をよく崩し、先日は高熱を1週間近く出して苦しんでいたという。ラトニー様は気丈な方だけれど、体は私よりも一回りほど小さく、可憐な乙女のような方だ。お身体もそれほど丈夫なわけではないのかもしれない。

 私は、近々王都に行く予定があると伝え、ラトニー様に面会ができるように掛け合っておいてほしいと伝えて、アルフィノと共に領地を発った。

 道中、アルフィノにラトニー様の話をしてみれば、彼はええ、と小さく肯定する。


「……聞いております。ラトニー様は王太子妃としてのお役目を果たそうと、ガブリエル王太子殿下と共に政務に駆けまわっております。過労、というのが表向きの理由ですね」

「表、向きの」


 アルフィノがこういう言い方をするときは、大抵ろくでもない理由が裏にある。私が顔を青くすると、アルフィノは少しだけ申告そうに視線を落として、ぼそりと呟いた。


「初めてではありません。歴史書を紐解けば、王太子妃がこうなるのは」

「こう――とは。病気のような()()に苛まれることですか?」

「はい。王位継承権をどうにかしたいと願っている人間にとって、王太子ほど狙う価値のある立場はありませんから」


 私はごくりと唾を飲み込んでしまった。確かにそうだけれど――王太子に何かあった場合には国に混乱が訪れる。次の王太子の任命を行なわねばならないのに際して、貴族たちは我こそがと権力を得るために混沌とした勢力争いに身を投じる。今の王家に、次の王太子を任命する騒動を御せるだけの力はない。


「表に出せない、内々での会食なんかの場では――王太子の毒見役は、誰が務めるでしょうか」

「……っ!」


 ラトニー様の高熱や、病のような症状。その原因が毒だとすれば。本来の毒見役の皿をすり抜けて来た毒を飲み込むのは、妃の役目と教え込まれたのは事実。

 そうならないようにするのは臣下の務めと言えど、城にはどこに裏切り者がいるか分からない。けして誰にも気を許すなと、シュリーナ様にもよく言われていた。その悪意が王太子へと向かわぬように、体を張るのも妃の役目。ラトニー様は、とても良い王太子妃なのだろう。

 ではあるのに、この仕打ちなどと――そう思って、私はぐっと拳を握りしめた。


「父上が動いています。大胆にも毒を盛ろうとした人間は、すぐに鴉に包囲されて処理されるでしょう。ただ、ネズミが増え続けるのが厄介だそうです。最近では、王太子の周りを固める近衛の再編成が行なわれ、長がすげ替わったと聞きます」

「どうすれば、治世が安定するのでしょうか。……やはり、デナート様の事件を裏から操っていた人間を突き止めねば、止まらない流れなのでしょうか」

「そうですね。かなり、絞れてきているのですが、証拠が足りないのです。あの運命の日、デナート様に何かをした人間が――」


 アルフィノは少しだけ肩を落として、膝に肘を置いた。

 ――デナート様が別人と入れ替わられた可能性。シュリーナ様に聞いた時には、まったく受け入れられなかったけれど、こうして不気味な事件が続いていると感じると、そういうこともあってもおかしくはないのかなと思ってしまう。

 その事件の犯人は、隠ぺいがしたいのだろうか。それとも――。


「フィーは、知っていますか。今の国王陛下に言い寄っていた平民の少女の事」

「はい。父上から又聞きですが、当時の鴉にとってはかなりの危険人物という判定だったので」

「危険人物……」

「デナート様を階段から突き落としたり、暴漢に襲わせたりした疑惑があります。疑惑で、終わってしまいましたが」

「……」


 どこぞのレティシア嬢のようなことをする。卒業の半年前、学院から摘まみだされたそうだが、そのまま鴉に消されていてもおかしくない素行の悪さだったのだろうか。


「何という方なのでしょう」

「確か……ユーミエという名の平民だったと思います。彼女は学院から退学にされて以降、行方不明だそうです」

「それはまた……不穏な」

「やっぱり、君もそう思いますか」


 アルフィノの問いかけに、私は頷いた。そこまでのことをして、陛下の周りの――婚約者を排除しようとしておいて、学院から追放されたくらいで泣き寝入りなんてするような人物像には思えない。デナート様が王城に入られるときに都合よく賊に襲われたのもキナ臭すぎる。きっと今も、ユーミエという平民の女性は探されているのだろうと思う。


「僕も、デナート様は別人説の支持者なんです。王城で務めていた時、彼女のことを遠目に眺めたことが何度かありますが、あれは貴族の令嬢ではありませんでした」

「それは、所作が、という意味ですか? それとも、言動?」

「両方ですが、何より見目は麗しいが気品がまったく感じられませんでした。歩くときは大股、大きな口を開けて声を荒げる、足癖が悪くテーブルマナーも皆無。記憶が混濁しても、人間は生活に必要な知識は覚えていることが多いと言います。実際、彼女は国のことについてはある程度ご存知でした。それなのに、身についている振る舞いやマナーまでまるで別人になってしまったのは不自然です」


 私も、一度くらいデナート様とお会いしておくべきだったかもしれない。そうなっておけば、王城にいるうちにできたこともあったかもしれないのに。もしかしたら、私の気性の荒さを見越した誰かが、私がデナート様に危害を加えないように、さりげなく手を回していたのかもしれないけれど。


「ですが、別人になったとしたら、その手段は? デナート様は、確かにお姿はデナート様だったのでしょう?」

「ええ。それこそが、デナート別人説支持者が解明すべき最大の謎でした。夜中に執務室をこっそり覗いたら、父上が唸っていたのをよく聞いています。普通に考えればありえない話です」


 けれど、別人になったとしか言いようのない豹変っぷりだそうだ。デナート様は淑女の鑑のような方なのだと聞いた。だとすれば、その事件の時に何かが起きたはずなのである。


「当然、まず考えるのは医学的な処置。父上は使者や間者を使い、国内から隣国に至るまで、様々な医療技術に関する情報を集めました。――結論から言えば、この説はほぼないと言ってもよろしいかと。デナート様の遺体を調べましたが、不自然な縫合痕などは一切なかったそうです。簡易的な整形で、少しくらい目や骨格の形を変える程度の技術なら、隣国の一部の医院にて研究がされてるそうですが、完全に他人の顔を模倣するのは、現在の技術では不可能だそうです」

「……そうですか。ですが、医学的に無理となると……」

「魔術的な切り口が必要ですね」


 アルフィノの顔を見れば、彼は冗談を言っている様子など少しも見せなかった。まさか――そんなおぞましい魔法が存在するとでも? そう尋ねれば、アルフィノはそっと腕を握って、告げた。


「我が家の古い文献の中に、黒魔術と呼ばれる、少し扱いを逸したおぞましい魔法の記録があります」

「黒魔術……」

「遥か昔、まだ白竜様がいらっしゃった時代に、黒魔術を使って国を乗っ取ろうとした、魔法使いの一致族がいたのだそうです。当時の王家や国仕貴族が団結し、黒魔術師を捕らえて処刑したものの、その血や力が、もしかしたら現代まで続いている可能性はあります。黒魔術は、反魂や呪術を扱う極めて危険なものと記されています。もしかしたら、その黒魔術の中には、人と人の魂を入れ替えるような、人智を超えた魔法が、あるのかも……」

「……もし、本当にそんな魔法があるのだとしたら――恐ろしいこと、この上ありませんね」


 私のつぶやきに、アルフィノは同意した。もはや確かめるすべはないので、語ることは全て憶測にすぎない。けれど、デナート様の事件はまだ終わっていないのだということは、私も、アルフィノも、お互いに思っている様子だった。

 王都に着いて、侯爵邸へと顔を出せば、お母様は私を喜んで迎えてくださった。また改めて食事を共にする予定なので、父母とはその時にじっくりと放させていただく予定だ。


「お母様。ラトニー様のご容体は? お手紙の頃からお変わりないですか?」

「そうね……私が聞いた話だと、起き上がって政務にも参加されているそうだけれど、かなり弱っているご様子です。ミシェルが見舞いに行きたい旨を伝えれば、ぜひと仰っていただけたわ。今は王城で、政務がない時はいつも療養していらっしゃるの。王城に行って身分を照会すれば、お会いできるはずよ」

「そうですか……ありがとうございます、お母様」


 私は母にラトニー様の近況を確認し、また晩餐会の時にゆっくりとお話しする約束をすると、私はアルフィノと共に、王都での拠点へ向かうことになった。


「そういえば、フィーは王都にいるときはいつもどちらにご滞在されているのですか?」

「僕は王都にいるときには、他人に成りすましていることがほとんどだったので、住居もその時々ですね。今回は、ガブリエル王太子殿下自ら聖廟を案内していただけるそうなので、王城にお部屋を用意していただいているそうです」

「まぁ……」


 アルフィノの口ぶりだと、隠されたタウンハウスを持っていそうな感じはあるけれど、拠点を悟らせないためにも、どこかの家に泊まるのが彼にとっては都合の良いことだったのだろう。侯爵邸を出て王城へと向かえば、とても丁寧な歓待を受けた。

 王城にある客室は、本当に豪華絢爛という言葉を具現化したような作りだった。大理石の床、上質なカーペット、古く品のあるアンティーク家具、天蓋付きのふかふかベッド。

 私は、お見舞いの花を持って、アルフィノと共に、ラトニー様のご療養されているお部屋へと案内を受けた。すると、ラトニー様は少し赤い顔をして、ぐったりとベッドの中で体を倒していらっしゃった。

 挨拶もそこそこに、私はラトニー様にお声掛けした。


「ラトニー様、具合はいかがでしょうか」

「皆さま、少し大げさにしていらっしゃいますけれど、私は大丈夫です。確かに体調は崩してしまいましたが、今の公務が落ち着けば、長期療養をさせていただく予定です。学院を休んでしまって申し訳ないとは思うのですけれど、ミシェル様を見習って、第一学年の頃から単位を多めに集めていたので、何とか卒業できそうです」


 ラトニー様は赤い顔をへにゃりとほころばせて、そう仰った。ラトニー様とは文通をする仲ではあるので、彼女もかなり、私へ気を許してくれているようにも思える。


「それに、私、嬉しいのです」

「嬉しい……?」

「私は、その、ガブリエル殿下の婚約者候補の中でも、一番序列が低くて……ミシェル様ほどの才女でもありませんでした。平々凡々な、普通の貴族の女子で、王妃教育もとても……厳しくて、何度も挫けそうになって」


 ラトニー様は少しだけ弱っているのか、いつもよりも饒舌だ。――もしかしたら、誰にも不安を打ち明けられずに、困っていらっしゃったのかもしれない。


「もしかしたら、ガブリエル殿下への悪意が、どこかにあったのかもしれません。平凡な私が、ガブリエル殿下の身を守れたのかもしれないと思うと、私はとても嬉しかったのです」

「ラトニー様……素晴らしい忠義ですが、ご自愛くださいませね。ガブリエル殿下も気が気ではないでしょうし」

「本当に、毎日足をお運びいただき、私は愛されているのだと、ガブリエル殿下のご温情に感謝をささげる日々です。であるからこそ、私は彼へと降りかかる災厄の幾分かを、肩代わりして差し上げたいのです。この国の、未来のために」


 苦しいだろうに、気丈に笑う彼女のために、何かしてあげたい気持ちはあるのだけれど。

 命を侵すほどの毒ではないにせよ、こうまで弱らされると、政務もままならないだろう。この小さな体で頑張っていらっしゃるのに。早く、彼女が正当な王妃として、国を護れるように、私たち臣下が頑張らねばならない。

 夫は乗り気ではないだろうが、私はできる限り、夫の目的に寄り添いたい。そう願う。


 ラトニー様の寝室を出て廊下を歩いていると、目の前から、真っ赤な花束を抱えた、一人の男が歩いてくる。あれは――私の記憶が確かなら、ドラハット様だ。

 現国王の王妹殿下の子で、大公閣下に次いで高い王位継承権を持つ、王族を名乗るのを許された方。私とアルフィノは立ち止まって、道の脇に逸れて、そっと頭を下げる。黒っぽい茶の髪に金の瞳を持つ、どこかやんちゃそうな印象がある男は、足を止めると呟いた。


「もしかして、フレイザード伯爵?」

「は。フレイザード伯爵、アルフィノと申します。お目に掛かれて光栄です、トラベッタ卿」

「よしてくれよ。これでもはとこなんだろ。王位継承権の順位に、珍しい家門の者が並んでいたので少し調べたんだ。お会いできて光栄だね」


 からからと気持ちよく笑う、ドラハット様。良い意味で洗練されていないワイルドな印象は、この国の貴族にはあまり見られないものかもしれない。


「隣にいるのは奥さん?」

「はい。妻のミシェルです」

「ミシェル・フレイザードでございます。お目に掛かれて光栄ですわ」

「ああ……あのマーゼリック王子殿下の、元婚約者の。そうなんだ、フレイザード伯爵夫人になったのか」


 それを言われると、少しだけ苦い顔をしそうになる。けれど、教育のたまものか、私の表情は少しも崩れなかった。


「トラベッタ卿は、セインズ嬢のお見舞いに?」

「ああ。同級生なんだ。うちの親父がうるさくてさ。なに点数稼ぎしてるんだか……まぁ、ちょっとでも彼女の気が紛れればいいと思ってるだけだけど。っと、あんまりゆっくりしている時間がないな……フレイザード伯爵、また茶でもしばこう。ルーヴィウス卿曰く、あんたと会えるのは珍しいことらしいからな」

「……光栄です。普段は田舎にいて、王都にいることはほとんどございませんので。ご予定が合えば、是非に」


 そう告げて、アルフィノが頭を下げると、ドラハット様はひらひらと手を振って、ラトニー様のお部屋へと向かわれた。私はアルフィノに促されて、王城にある客室へと戻った。アルフィノが上着を脱ぎながら、少し疲れたように息を吐き出した。かくいう私も、王都に着いてからすぐに動き回ったわけなので、アルフィノと同様に疲れてしまったのは事実だった。


「ラトニー様、早く良くなるといいですね」

「そうですね。それにしても……彼女の話の中に、何だか気になる話がありましたね」

「……え? ええと……」


 どの話だろうか。そう思っていると、彼はしばらく考え込んで、手早く手紙を書くと、それを連れてきていた鳩に託して空へと放した。ダメだ――彼の思考についていけなければ、彼は私を巻き込まないために、何も言わずに事を進めてしまう。

 引っかかった話――そうだ。序列の話、とかだろうか。確かに、セインズ侯爵家は、そんなに序列が高くない。侯爵家の中でも、伯爵家に近いほうの席になってくる。そんな彼女が、婚約者の椅子を勝ち取れたのは、なぜだろう。ラトニー様は謙遜していらっしゃったけれど、彼女は能力だって申し分ない。能力で選ばれたと言っても疑問はないけれど、確かにラトニー様の同年代には、ラトニー様よりも序列が上で、優秀な方はたくさんいらっしゃった気がする。

 結局、まとまった考えを夫に叩きつける前に、疲労が限界を迎えてしまった私を見て、アルフィノはよしよしと私を丁寧に癒して、さっさと寝かしつけてしまった。今日はもう、眠ることにした。

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