表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
気性難の令嬢は白竜の花嫁を夢見る  作者: ねるこ
第二部
38/65

16. フレイザード家に仕えるということ

「そんなことがあったのね」

「ええ。もう、本当にショックでしたよ」


 セバスの身の上話の時点でもうすでにだいぶしんどくなっていた。私が興味を持って促したのが申し訳ないと思う位に、重い身の上だ。ただ、彼としてはもう乗り越えたことだったのか、どこか他人事のようにさらさらと話していたのは少し気になったけれど。


「坊ちゃんは優しい人ですから、フレイザード家の使命に私を巻き込むのが嫌だったみたいですね」

「私の時も、だいぶ渋られたものね……」

「逆に言えば、私が先に坊ちゃんを困らせておいたから、奥様にも話してくださったのかもしれませんね」


 アルフィノはその気になれば、諜報の話も全て隠し通しただろう。実際、私は彼の領主業に付き添ったこともなければ、手伝ったこともない。諜報の知識がない私には、それを支援することができないからだ。


「けれど、ちゃんとアルフィノにも甘えんぼだった時期があったのね」

「今思えば、あれも多分半分くらいは()()だと思いますけれどね」

「嘘でしょ? だって子どもよ」

「奥様……アルフィノ坊ちゃんの計算高さを舐めてはいけませんよ。あの頃から印象操作がお上手というか……坊ちゃんはおそらく、先行投資をしていらっしゃったのです。愛嬌がある次期領主としての印象をね」


 末恐ろしすぎる。そのころから、アルフィノには片鱗があったという。


「実際に、私と二人きりで、次期領主の顔をされているときには、まったく甘えてくれませんでしたからね。皆の前ではある程度べったりだったのに」

「そんなに……だったのね」

「腹黒いという印象はないのですが、坊ちゃんなりに領民のことを考えた結果でしょうね。あまり話すと怒られますが、坊ちゃんってかなり冷徹な方なので。前伯爵なんて目じゃないくらいに」


 あの天使のようなアルフィノが、冷徹な貴公子だとすれば、領民から親しみを持たれることはあまりないかもしれない。彼は自分の容姿の愛らしさをよく分かっている。だからこそ、領民が安心して暮らせるように、優しく穏やかで紳士的な、天使のような美少年を演出しているのだ。

 実際には、アルフィノは残酷な判断でもスパッと済ませてしまうので、冷徹という印象はもちろんしっかりと持っている。


「奥様の前では、そういう顔を見せたがらないのですが、まぁ一緒に暮らしていると漏れてますよね」

「そうね。私は貴族としてとても素敵だと思うけれど」

「ふっ。そういう言葉、少し余裕がなくなっているときに差し上げると顔を真っ赤にするのでおすすめです」

「今度試すわ」


 セバスの「アルフィノがかわいいシーン」と銘打って勧めてくるものに今のところ外れはない。

 紅茶を飲んで、ほっと一息ついて、私はさらに問いかける。


「それで、セバスはどうやってアルフィノを口説き落としたの?」

「そんなに特別なことはしておりません。まぁ、強いて言うなら……私は坊ちゃんの優しさに付け入りました。坊ちゃんはきっと、私の優しさに付け入ったと思っていると思いますけど、逆です」


 セバスはそっと虚空に息を吐いて、過去を懐かしむようにぽつぽつと語りだした。


◆◇◆


 アルフィノに使用人を拒まれて、数ヶ月。それでもセバスは、何度もアルフィノの元へと通い、訴えた。


「坊ちゃん、お願いです。今後も、私は坊ちゃんの傍にいたいのです」

「セバス……気持ちは、嬉しく思います。でも、ぼくは……君を、ぼくの人生に巻き込みたくないのです」

「巻き込むなどと。坊ちゃん、私は本当なら、もう死んでいる身だったのですよ。伯爵が助けてくださらなかったら、今頃奴隷としてどこに売られていたかも分からない。そんな私の命を、坊ちゃんのために使いたいと思ってしまうのは、そんなにいけないことですか」


 少しずつ声が小さくなれば、アルフィノは青と緑の瞳を静かに揺らした。ゆっくりと歩み寄って、目元に浮かんだ涙をそっと拭って、小さく首を横に振った。


「助けた命だからこそ、ぼくのためではなく、自分のために使ってほしいです」

「……っ。坊ちゃんを助けることが、何より自分のためになるのです。何があっても裏切りません。何があっても逃げ出しません。どんなことでもします。綺麗なことでも、汚いことでも」

「セバス……」


 ほとんど縋るような想いで、セバスはアルフィノを抱きしめて、訴えるように告げた。


「あなたを孤独にしたくないのです。ずっとずっと、傍にいたいのです。私にとって、坊ちゃんは家族なのです」

「家族……そんなの……そんなのっ」

「お守りします。絶対に、死ぬまで傍でお守りします。だから、どうか……どうか……私を傍に置いてください。忠誠を誓います。私の持つ家族への愛のすべてを、あなたに捧げます。だから――」

「ぼくだって……っ」


 すると、アルフィノは堰を切ったように涙をこぼし始めた。こうして、セバスはアルフィノの侍従として、生涯仕えることになったのだ。

 その後、アルフィノから語られた数々の使命の重さに、思わずセバスは顔を覆ってしまった。この小さな主は、こんなにも重いものを一人で背負おうとしていたのか。それから、セバスを遠ざけようとしてくれていたのか。

 ますますアルフィノに惚れこんでしまって、セバスはアルフィノと共に諜報員としての訓練を受け、彼が12歳になると同時に、共に諜報の任務に出かけることになった。二人で色んな関係を演じた。家族、幼馴染、恋人、時には敵対を偽装することも。

 それでも、この家の敷居をまたぐ時には、必ず二人とも信頼を向け合って、共に戻ってきた。


 そんな命を預け合う関係になったからか、セバスからアルフィノへの執心はますます良く歪み、心の中ではあまりにも愛らしい姿に感動を覚えていた。愛らしい主を支えられる幸福を噛みしめたセバスは、生涯忠誠を捧げることを誓い、それは今後も変わらないと、そう確信している。


◆◇◆


 セバスは語り切って、ふぅっと息を吐き出した。からからになった喉に紅茶を注ぎ込んで、少し興奮したように早口になる。


「フレイザード家に仕えるということは、坊ちゃんの思想に共感し、それに手を貸すこと。決して、華やかな世界で咲き誇る花に水を与えているだけの仕事ではありませんでした」

「そうね。……あなたたちは、そうして修羅場を共に乗り越えて来たんだものね。少し、妬けるわ」

「おや。ぜひ、坊ちゃんに言って差し上げてください。私はお二方の愛の当て馬になれるなら喜んで蹴られましょう」


 セバスはにこにことしながらそんなことを言う。確かに、セバスに嫉妬したなんて言ったら、アルフィノはきっとすごく甘やかしてくれるだろう。「全然種類が違う」なんて諭されそうだ。


「私はね、安心しております、奥様。仕事に埋没していた日々のうちは、坊ちゃんの隣に並び立てる女性の想像がつかなかったものですから」

「そう……かしら」

「坊ちゃんは器用な方ですから、その気になれば、どんな奥方でも迎えて馴染ませたでしょう。奥方がもっとも心地よくいられる夫を演じて、家の使命からは遠ざけて、生涯それを守ったでしょう」


 けれど、とセバスは言葉を切った。私は思わず口が出てしまいそうになったが、言葉を飲み込んで、心臓をそっと押さえた。ふふっと微笑んで、セバスは顎に手を当てる。


「奥様に縁談の話が行く一週間ほど前に、坊ちゃんは屋敷に帰ってきた第一声が何だったと思います?」

「……何かしら。分からないけれど……」

「婚約者を迎えに行ってきます! だったのですよ」


 私は目を丸くした。セバスはくつくつと笑う。縁談の話が行く一週間前と言えば、エリンのことがあって傷心中で、縁談に対してもどこか後ろ向きだった時期だ。


「つまり、奥様を口説き落とすのは坊ちゃんの中では決定事項だったんです」

「そう……だったの。とても丁寧にアプローチして貰ったけれど」

「何があっても口説いて連れて帰るという強い意志を感じて、屋敷の使用人たちは湧き立ちました。何しろ、今まで坊ちゃんには女性の影すらありませんでしたからね」


 私は思わず胸のあたりを押さえて、小刻みに呼吸を繰り返した。どうしよう――体が少し熱い。


「坊ちゃんはどんな手を使ってもあなたを手に入れる気満々だったのです。そのためには、文字通りどんなことでもしたでしょうね。セバスは嬉しゅうございました。坊ちゃんが、愛する人を見つけられたのだと」

「そんなに入れ込んでもらっていたなんて……一目ぼれとは言われたけれど、驚いたわ」

「私もエリン様の後ろからあなたのことを見ておりましたから、坊ちゃんの言葉に疑問はありませんでしたけれどね。こうして無事にお迎え出来てほっとしておりますよ」


 こんなに暴露して貰って大丈夫かしら。そう思っていると、後ろからぱたぱたと足音が近づいてきて、ドアが丁寧にノックされて開くと、少し汗を流しているアルフィノがいた。


「ミシェル。少し、試したいことがあるので――おや。セバスも一緒ですか」

「はい、坊ちゃん。少し、奥様に坊ちゃんの幼少期の話を」

「えっ。あ、あの。変なこと話してませんよね」

「はい。大丈夫ですよ、坊ちゃん。奥様にたくさん嫉妬していただいたので、うまく甘やかしてください」

「もうっ! セバスったら!」


 幼い頃から一緒にいるのは、やっぱり羨ましいことだった。だから、そういったところで嫉妬したのは事実だけれど――そう思っていると、アルフィノがそっと私に歩み寄って来て、そっと私の手を握った。

 その瞬間、頭の中で、声が響く――。


『何を言われたのか分かりませんが、ぼくはミシェルのことが大好きですよ』

「……!?」

「聞こえましたか?」

「聞こえました……」


 今のは魔法だろうか。頭の中に響いた言葉が、ずっと残っている。不思議な感覚だった。アルフィノはゆったりと笑う。


「念話っていう魔法を習得してみました。いや、魔法ってやっぱり便利ですね。もっと早いうちに色々試しておけば良かったなぁ」

「すごいです。頭の中で、声が響きました」

「はい。触れた相手の頭の中に、直接言葉を伝える魔法です。君に使うのは二度目ですね」

「あ……あの時の」


 白竜様の思念を通して話しかけて貰った時も、こうして頭の中に響く声だった。どうやら、アルフィノはそれを自在に使うための鍛錬をこの一週間ほどずっと行っていたようだ。

 アルフィノはほっとしたように息を吐き出した後、セバスの方へと駆け寄って来て、同じように手を握って、そうして魔法を使ったようだ。セバスが目を白黒させている。


「――セバス。どうですか、ぼく、こんなすごい魔法が使えるようになりました」

「ああっ。アアッアアッあっあっあっ」

「ふふっ。この調子で色んな魔法を覚えてみますね」


 セバスは完全に蕩けている。一体何を伝えられたのだろう――と思ったが、聞く気にはなれなかった。アルフィノはそっとセバスから手を放して、私の傍へとやってきた。にこにこと微笑む彼の後ろには、その場にヘたり込んでうっとりとしているセバスの姿。

 アルフィノはやっぱり、人を喜ばせる天才なのだろう。そう思いながら、私はアルフィノとセバスと共に、思い出話をして、穏やかな日を過ごした。

少しキーワードの整理をしました。

こちらの方が適切な表現かな?というものは差し替えさせていただきました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ