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気性難の令嬢は白竜の花嫁を夢見る  作者: ねるこ
第二部
26/65

04. 気性難の私の兄

 それから、連日、衛兵たちがフレイザード家を訪れた。二人の若い男たちは身分を示して正式に家に迎え入れられ、捜査の権限を持っている。私は支度を整えて、応接間へと向かって歩き出した。

 部屋の中へと一歩足を踏み入れると、衛兵の男たちは弾かれたように立ち上がり、丁寧に頭を下げた。私はそれを手で制して、用件を促した。


「ラディスト伯爵から訴えがあり、この家の家畜に娘が殺されかけたと」

「あら。おかしなことを仰るのね。うちの牧場は私有地ですし、気軽に入れるものではないのよ。確かにラディスト伯爵は数日前に訪れられましたけれど、今は出産の時期なので、牧場や厩舎への立ち入りはご遠慮くださいとの上でお通ししたのです。それなのに、どうして家畜に娘が殺されるような事態になるのか、ご説明いただけて?」


 私は女主人として、彼がルーセンに出向いて鴉と連絡を取っている間、家で衛兵の相手を任された。私が丁寧に数日前にあったことを説明して、訴えの詳細を開示することを要求すれば、彼らは顔を見合わせて、そうして告げた。


「伯爵からは、牧場に案内があったと聞きましたが……」

「出産のシーズンに、誰が好き好んで牧場の方へ案内するのです? ラディスト伯爵家は畜産にはかかわりがなく、漁業や商業を営む家なのに、畜産のことなど案内申し上げるわけがありませんわ。それとも、ラディスト伯爵は最近になって畜産業を興そうとされているの?」

「いえ、そのような話は聞いておりませんね……」


 彼らも、顔を見合わせて不思議そうな顔をしている。そう、私たちに味方したのは、この季節が出産の季節だという事実。妊娠時期が決まっている馬たちは、これくらいの季節に一斉に出産を開始する。それは、調べれば専門的な人ならすぐに教えてくれることだろう。

 穴だらけの訴えをそうやすやすと通す気はない。もしもこれで、偽装工作などという真似に走ってくれれば、きっとアルフィノが囲い込んで追い詰めるだろう。だから私は、表で疚しいことなどないというようにおっとりと微笑んで、衛兵に好印象を刻んでおけばいい。


「もしもそれが事実だとしたら、不法侵入ということになると思うの。我が家の裏の牧場は私有地ですから、当然ですが我が家の許可なしには入れないの。それなのに勝手に入って勝手に殺されかけたなら、過失はそちらにあるのではなくて?」

「それはそうですが、流石に貴族のご令嬢を襲った家畜を放置するのは……」

「ご令嬢は怪我をされているの?」

「ええ。馬の蹄の痕が、二の腕の辺りにくっきりと」

「へぇ……それが、当家の馬のものである証拠はあるのかしら」


 そう告げれば、彼らは少しだけ困ったように顔を顰める。まぁ、彼らは真面目に勤務をしているだけですものね。とてもおかわいそうだけれど、向こうの冤罪に付き合わされるわけにはいかない。これで冤罪を吹っ掛けられるのは人生で三度目だが、それらの末路はつぶさに語る価値もないほどだ。結局、素人が工作なんて企んでも、プロたちがあの手この手で暴けばあっという間に一糸まとわぬ真実が見えてくる。

 だから私は敢えて、勤務熱心な衛兵たちを追いつめるように一歩足を出しながら、目をまっすぐに見つめて告げた。


「ねぇ、ご存知? 一年ほど前に、王子殿下の婚約者が、被害者の証言によってのみ冤罪を成立させられてからというもの、被害者の証言だけでは罪に問えないように、訴訟の手順について見直しが入ったこと」

「勿論、存じ上げております」

「でしたら、主人に進言しておくので、馬の蹄を調べてくださって結構よ。きっと、ご令嬢の傷に合う蹄は一つもないでしょうから」


 ご令嬢は怪我一つしていない。もしもその後、私に冤罪を擦り付けるためにわざと怪我をさせられたのなら、それはうちの馬ではない。それを証明できる自信が当家にはあったので、衛兵に、使用人立ち合いの元、馬の蹄を調べさせれば、結果は案の定、一致する馬はなしと判断された。うちの馬は、装具を丁寧に取り付けるために、蹄の形は手入れをして少しずつ変えてあるからだ。

 衛兵たちは困惑顔を隠そうともしなかった。恐らくは伯爵が凄まじい剣幕で訴えを起こそうとしたので、相当にひどい目に遭わされたのだろう、と意気込んでやってきたら、全くの事実無根な冤罪が見えて来たのだから、彼らの当惑も当然のことだろう。


「お分かりになったかしら。ここだけの話だけれどね、あちらのお家の方々、()()()()か当家に珍しい鬣をした馬がいることを聞いて、その馬を売るように迫って来たの。私どもがそれをお断りした途端、そんな訴えを持って来て、賠償に馬を寄越せと迫って来たのよ。屠殺するか処分するので寄越せとね」

「それはまことですが……」

「勿論、この話し合いは記録をしていないので証明はできないのだけれど、向こうには私どもに言いがかりをつける動機があるということだけは知っておいた上で捜査を進めていただければと思うわ」

「貴重なお話を、ありがとうございます。我々の方針でも、一方の訴えだけを聞かないようにということでしたので」

「いつもお仕事ありがとう。あなたたちのお陰で、私たちは平穏に暮らせているわ。此度のことも、どうか公平に物事を見て頂戴ね」


 そう告げて微笑めば、彼らは少しだけ頬に朱を差して、深々と頭を下げて、立ち去っていった。一難去り、疲れたので肺の底から大きな息を吐き出せば、私にゆっくりと近づいてくる足音を聞いて、振り向いた。

 そこには、ギプスで腕を固定している、痛ましい姿のセバスがいた。馬の後ろ蹴りを受けて、よく腕の骨折程度で済んだものだ。セバスの身のこなしはプロの護衛のそれであることは知っているのだが、彼の日々の鍛錬が功を奏したようだ。セバスはメイリオン嬢を庇いながら素早く後ろに跳び、ダメージを軽減したうえで、激痛の中で受け身まで取ってみせたらしい。


「セバス。怪我はどうかしら」

「ええ。問題ありません。完治次第仕事に復帰できるように、リハビリも滞りなく」

「いつも働きすぎですから、少しくらい休んでくれても構わないのに」

「坊ちゃんにも同じことを言われましたよ」


 セバスは苦笑した。けれど、私は此度の事件がまだ大事になっていないのは、ひとえに彼の献身の賜物だと思っている。彼が身を呈してあの我儘娘を庇ってくれなければ、今頃アルストロメリア号は処分されていただろう。それだけでなく、我が家が負わなくとも良い賠償責任まで要求されているかもしれない。セバスが打ってくれた一手のお陰で、向こうの理不尽を通さないギリギリで、反撃を企てることさえできている。


「あなたがあの我儘娘を庇ってくれたおかげで、何とか向こうの訴えを通していない状態よ。本当にありがとう」

「いえ。坊ちゃんが、念のためにご令嬢の見張りを私に言い付けておりましたので、そのように。それでも、牧場に辿り着く前に力づくで止めるべきでした。この身の甘さを噛みしめております」


 彼が全ての痛みを引き受けてくれたおかげで、ご令嬢の身体には傷一つ残らなかった。アルストロメリア号の蹄の痕でも残っていればこちらはかなり不利だっただろう。結局、家畜を中心にした騒動ならば、人間側に分があるのは分かり切っていたからだ。


「けれど、あの男が曲がりなりにもお父様が見逃している領主だというのなら、そろそろ顔が真っ青になってる頃じゃないかしら」

「と、言いますと?」

「あの方、私がサファージ侯爵家の出だと知らないようでしたので」


 そろそろ、彼もフレイザード伯爵家について調べがついたころだろう。喧嘩を売ってきたことを後悔するかもしれない。

 サファージ侯爵家の娘と言えば、例の王族の婚約破棄騒動の被害者として有名だ。王家に借りがあり、父が侯爵であり宰相という立場で、さらに自分の直属の上司にあたる人物を兄に持つ私に喧嘩を売ったラディスト伯爵は、いったいこの事態をどう治めるつもりなのか、手腕を見せて貰いたいところだ。


「これも、奥様の策略ですか?」

「一応ね。だって、散々に横柄な態度を取った後の方が、引っ込みがつかなくて言い逃れがしにくいでしょう?」

「お見事な采配です。坊ちゃんも頼もしいでしょう」

「彼は表に立つのが苦手な生い立ちですから、そこはそれ。逆に表立った交渉事しか取り柄のない私が埋め合うのが筋というものではなくて?」

「まったくもってその通りでございます」

「もうっ。しか、というところを否定して頂戴な!」


 あの男が身から出た錆に侵される様を見るのが少しだけ楽しみだ。一体どんな言い訳を父や兄にするのやら――そう思っていると、その翌日に、謝罪の旨を伝えたいというお伺いが立った。

 ふーん、と思っていると、アルフィノが「明日ですか。それはちょうどいいかもしれませんね」と告げる。なにがちょうどいいのかは分からないが、彼にも編み上げている謀略がある様子。それなら、私はいつも通り、交渉の席で彼がやりやすいように大声を上げるとしよう。


 彼らは、また昼下がりに、屋敷の前へとやって来た。けれど、案の定我儘娘も一緒だ。彼女は、私を睨みつけながら、父に手を握られている。


「申し訳ありませんが、家の敷居を跨ぐことを許さないと申し上げておりますので、こちらでお話をお聞きいたします」

「は、はい……こ、この度は、お騒がせをして、申し訳、ございませんでした」

「ああ、そうそう。娘さんを蹴った馬の蹄ですが、ルーセンの街の表通りにある乗合馬車庫で管理する馬のもののようです。複数名の証言が取れたので、衛兵に報告書と証言者の署名を送っておきました。もしも屠殺をお求めなら、そちらに訴えを起こしていただければと思います」


 アルフィノの先制攻撃に、彼は縮こまる。やはり小心者という評価はその通りのようだった。彼が訴えを起こすのだとしたら、金を握らせて娘に蹄の痕を残させた業者を訴えると言うことだ。十分な金を握らせておいたので、口留めもできていたはずなのにアルフィノがそれを知っているということは、彼はすべてを察したらしい。

 口止めをした相手が寝返るほどの相手。このルーセンという街を裏から牛耳るフレイザード家の前で、この街での偽装工作は意味を成さない。


 娘が駆け出しそうになったのを見て、使用人たちが立ちふさがり、その進路を止める。それは、牧場の方だった。こうまで聞き分けのない娘だなんて、一体どういう教育をしたらこうなるのか。殺されかけたと叫んでおいて、またその馬に会いに行くだなんて、随分と()()なことだ。

 メイリオン嬢は目を吊り上げて、使用人たちに怒鳴り散らした。けれど、我が家の精鋭ぞろいの使用人は、決して客人の皮を被った無法者にこれ以上勝手を許しはしない。アルフィノは冷たい瞳でメイリオン嬢をそっと見つめ、怜悧な瞳をそのまま伯爵へと戻した。


「これ以上の侵入をした場合、不法侵入として衛兵に引き渡します」

「メイ、大人しくしていなさい」

「いやよ! だってあの馬はメイの馬なのよ!? なんでよ、いつもお父様は逆らう人間をすぐに黙らせてくれるのに! なんでメイのお願いを聞いてくれないの!?」

「アルストロメリア号は当家の馬です。お引き取りください」


 私が告げれば、彼女はきっと睨みつけて、無作法につま先で地面を抉り、それを上へと振りぬいた。土埃が撒き上がり、私へと砂を掛けてくる。アルフィノが、それを素早く庇ってくれた。

 蛮行としか言えないその振る舞いに、伯爵は気絶寸前まで追い詰められて、喉の奥からひっくり返ったような掠れ声が飛び出す。


「メイ!」

「あんたのせいね! あんたのせいでメイの馬がメイを蹴ったのね! メイの馬を返してよ!」

「メ、メイ……やめるんだ。やめなさ……」

「……ふぅん?」


 後ろから、声が聞こえて、私は振り返った。すると、そこには見覚えのある男がいた。

 すらりとした長身は、幼いころから何度も見ているもの。その人物が現れた途端に、伯爵の顔色はこれまでにないほどに真っ青になった。


「ラディスト伯爵家のご令嬢は、俺のかわいい妹に砂をかけるようなお転婆なんだな」


 私の兄、ユーリス・サファージは、身軽な旅装姿で、屋敷の中から現れて、そう言い放ったのだ。


「あら。お兄様? いらしてたの?」

「ああ。フレイザード伯爵と、交通路の整備についての相談にな」

「交通路? ああ、もしかして、サファージ侯爵領とこのルーセン地方を直通させるという話ですか?」

「ああ。うちも、大々的にイズラディア公爵領と交流を持ちたいので、もう少し楽な陸路を整備したいと思って、フレイザード伯爵に前々から相談してたんだ。それで、今回は親睦のためにこっちに来たんだけど……まさか、ラディスト伯爵とここで会うとは思わなかったよ」


 そう告げて、兄はわざとらしく肩を竦めた。伯爵は、今にも泡を吹いて倒れそうだった。

 兄は端的に言えば、ラディスト伯爵の持つ爵位を握っている、絶対的に逆らえない領主だ。貴族が持つ爵位には、個人が持つものと家が持つものの二つがあり、一般的に前者は一代限りのものが多い。そんな中で、ラディスト伯爵位を持っているのは、実はサファージ侯爵家である。

 傘下に入っている家は、一部を除いてだいたいはそういう形式だと思う。フレイザード伯爵家は少し特殊なだけだ。つまり、兄が「取りあげる」と言えば、ラディスト伯爵位はサファージ侯爵家に返還されなければならない。

 彼が貴族でいられるのは、現在のサファージ侯爵領領主統括代理――もう間もなくの爵位継承が済めば、代理が外れる――である兄が何も言っていないからだ。領主に相応しくない振る舞いをすれば、彼は直ちに貴族籍を取り上げられる立場である。


「なぁ、ラディスト伯爵。俺、前にも言ったと思うんだけど……伝わってなかった?」

「サ、サファージ卿……た、たいへん申し訳ございません! 何卒、何卒……」

「ユーリス兄さま!? なんでこんなところにいるの!? メイのお誕生日を祝いに来てくれたの!?」

「君な、話聞いてた? 俺は、フレイザード伯爵との親睦を深めに来たんだ。それと、大切な妹の様子を見にな」

「妹……?」


 そう告げると、兄はわざとらしく私の髪をそっと撫でる。それを見て、メイリオンははっとして、また顔を赤くして私を睨む。


「……メイの兄さままで奪うの!? 許せない! お父様、あの女を何とかしてよ!」

「メイ、黙りなさい」

「何でよ! メイのお馬さんと兄さまを返して! 返してよぉっ!」

「は~くしゃく?」


 兄は笑顔で、軽い調子で問いかける。それを見て、伯爵は真っ白な顔から、どばどばと脂汗を噴き出した。


「俺、言ったよな。この被害妄想強くて淑女の何たるかを一ミリも体現できていない娘を甘やかすのは、家のためにならないってさ」

「そ、それは……」

「それと、ドーネスト港だが、水棲の魔物被害が出たよ。伯爵が領を空けてる間にね。一応、うちから援軍を出して対処したけど、こんな大変な時に領主不在なんてありえないと、住人から不満が出ていた。領民がそんなに苦しんでるってのに、まさか、うちのかわいい妹に砂をかけるためにフレイザード伯爵家に来ていたなんて思わなかったな~」


 兄は、真っ白な顔で縮こまってしまった伯爵の肩をそっと抱いた。そうして、耳元でそっと呟いた。声は明確には聞こえなかったが、唇から読むに、多分こんなこと。


「父上に、ドーネスト港とバリトン地方の領主交換を申し出ておいたよ。爵位も子爵位と伯爵位が逆になると思う。元々、そこの娘の我儘で領民からは苦情が大量に出ていたみたいだし、いい機会だと思わないか? 娘の教育のために、贅沢の許されない田舎に引っ込んで貰うことにしたよ」


 その言葉を聞いて、ラディスト伯爵は首を大きく横に振って、その場へと跪いて、頭を下げた。


「それだけは、それだけは何卒……ご勘弁を……」

「娘の我儘で、港町の色男の婚約が三件ほど破談になったらしいな。海辺の別荘のために領民の住むところを追いやって、結局その別荘は一回しか使ってないんだって? 領民の血税は、お前の娘の我儘を叶えるためのものじゃないんだよ?」

「い、いえ、それは……」

「言い訳は無用だ。前々から変なものを仕入れている噂もあったし、調査を入れさせてもらったよ。もうお前にドーネスト港の管理は任せられない」


 兄は笑顔を浮かべて、思い切り彼を突き放した。私はその様子を、頬に手を当てて眺めていた。

 兄が連れてきた私兵によってラディスト伯爵と、娘のメイリオンはサファージ侯爵領へと強制的に送還された。それを見て、やっと嵐は去ったのだと肩の荷が下りる。


「いやぁ、悪かったな。こっちの不始末に巻き込んで。まさか、ルーセンに来ていたとは」

「お兄様、助かりました」

「気にするな。アルフィノくん、ありがとう。色々と助かったよ」


 アルフィノはそっと一礼をする。アルフィノは、どうやら兄とも連絡を取り合っていたらしい。教えてくれたらよかったのに――と、腕を組んでいると、兄は爽快な笑い声を上げた。


「ま、あの娘も、バリトン地方に引っ込ませれば、行き先は自然と、山の上の淑女学院になる」

「あら。あちらに入れるのですね」

「ああ。こっちから圧を掛けておくよ」

「山の上の淑女学院?」


 アルフィノが首を傾げたので、兄は苦笑しながら説明をしてくれる。


「幼いころから王都の強烈なご令嬢方を見て来たミシェルが提案して、うちのバリスト地方の険しい山の上に建てた、淑女専用の学院だ。とてもではないが社交界に出せないような各地の家の令嬢を、貴族の令嬢に再教育する施設だな」

「陛下も側妃殿下も喜んでいらっしゃいましたわ。淑女教育の質が年々少しずつ落ちて来ていて、社交界に出た途端に問題を起こすご令嬢がここ20年ほど増えているのです。各家から寄付を戴き、定齢を過ぎて職を追いやられたマナー講師や、暇を持て余した未亡人貴婦人を講師に招き入れて、閉ざされた淑女だけの園で徹底的な再教育。実績、ありますのよ?」


 そう告げて微笑めば、アルフィノは少しだけ戸惑いながら「そうなんだ……」と呟いた。

 あの我儘娘が世間に出れば大変なことになる。彼らがまだ貴族でいたいのなら、あの我儘娘は何としても再教育しなければ、恐らく兄は簡単にラディスト家を見限るだろう。

 淑女学院はもちろん、徹底的な再教育のほか、高位貴族に嫁ぐご令嬢たちが、更なる振る舞いの洗練を求めてやって来ることもあり、割と好評だ。素行の悪い生徒だけを集められる特別指導教室というのもあるらしい。管理を任せているエリザベス様は、私が王城で出会った女傑で、私の思想に共感して、是非とも管理官をと願い出てくれた。


「さて。面倒ごとを片づけたところで、今日は堅い話は抜きにしようや。サファージ侯爵領から馬を駆って遠出してきたもんで、疲れてしまってな。なぁ、良かったらこの騒動の元になった、あの我儘娘の眼鏡にかなった馬を見せてくれよ」

「ふふ。お兄様は昔から馬が好きですよね」

「ああ。実は、フレイザード家の牧場は大したものだと言われていたので、楽しみにしてたんだ」

「分かりました。もう放牧に出して大丈夫ですから、皆に伝えておいてください」

「は」


 こうして、厄介ごとを片づけた私とアルフィノは、兄を案内して、牧場へと向かうことになった。数日ぶりの放牧地で、楽しそうに青草に寝転がるアルストロメリア号は、どこかご機嫌そうに見える。


「おお、これは綺麗な馬だな。確かにこれは欲しくなる気持ちも分からなくはない」

「けれど、少し気性難なのだそうですわ」


 兄がアルストロメリア号を撫でようとすれば、彼女はぶるるっと嘶いていやがった。それを見て、兄は苦笑する。


「確かに、ちょっとお安くない感じだな」

「そう……ですか? 結構、いい子だと思いますけど」

「え?」


 アルフィノがそっと近づいて撫でれば、彼女は気持ちよさそうにしている。よしよし、と撫でれば、彼女はアルフィノに頬ずりをした。アルフィノは領主業が大変なので、ここ一年はほとんど牧場に顔を出していなかったと聞いていたのだが――。


「……暴れ馬でも大人しくなる魔性の魅力か。お前が惚れたのもそういうところか?」

「お兄様?」

「おっと。悪かったよ、口が滑った。ほら、ミシェル。色々案内してくれよ」

「もう、お兄様ったら」


 こうして、アルストロメリア号を巡る一連の騒動は収束した。フレイザード家では兄を歓待し、そうして領間をつなぐ交通路は、西の山脈を貫くトンネルを掘るという案で、いったん領に戻って検討し、検証してみることとなった。

 あの後、ラディスト伯爵家はドーネスト港の管理から外され、僻地のバリトン地方へと追いやられ、子爵に降格となった。あの事件以来、ラディスト子爵は娘を厳しく躾け、12歳の頃に、淑女学院へ入れられたそうだ。此度の件は、子爵に娘を甘やかしすぎると良くないと言うことを、しっかりと教えた様子だった。

3/10 修正したつもりだった部分が修正できていなかったので文章が大きく変わっている場所があります。

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