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気性難の令嬢は白竜の花嫁を夢見る  作者: ねるこ
第二部
24/65

02. 白竜の血族

 セバスが私の部屋を訪れたのは、翌朝の事だった。

 休むことを勧められ、レーラに寝かしつけられようとしたが、結局一睡もできずに、アルフィノのことを想い続けた。部屋に訪れたセバスにつかみかかって、感情のままにアルフィノのことを尋ねれば、彼は少しだけ目を逸らして、口を開いた。


「傷の手当は終わりましたし、命に別状はありません。ただ、意識が戻りません」


 その言葉を聞いて、私は思わず部屋を飛び出して、アルフィノの私室へと向かった。ドアをノックしても、中から返事はない。ドアを押し開ければ、ベッドの上で死んだように眠るアルフィノの姿があった。

 ふらつく足で、アルフィノに歩み寄って、ベッドの近くに置かれた椅子へと腰を下ろした。全身が包帯だらけの痛ましい体を横たえて、微かな呼吸をしている。

 眠っているわけではないことは一目でわかった。彼は、意識を失っているのだ。


 セバスは後ろからドアを閉めて部屋の中へと入ってきて、アルフィノに目を向けて、そっと目を手のひらで押さえる。


「何が起きたのですか、セバス」

「……私も、詳しいことは分かりません。ただ、恐らく坊ちゃんは、裏山の神殿にて、白竜の力を借りるための儀式を行なったものと思われます」

「白竜様の力を借りるための儀式……」

「その結果として、昨夜まで近辺を脅かしていた魔物の群れは、今朝になって()()()()()()()()()()見つかったそうです」

「え……」


 援軍が来なければ対処ができなかったほどの量だと聞いた、魔物の群れ。それが、全て死体で発見された――?


「ルーセンの街にもいくつかの建物の倒壊などの被害が出ていましたが、突如すさまじい烈風が吹き、気が付けば魔物はすべて滅ぼされていたそうです。……もしもあの現象が、坊ちゃんの祈りによって引き起こされたものだとすれば、坊ちゃんの判断が少しでも遅ければ、ルーセンの街には大量の死人が出ていたかもしれません。情報統制を敷いているので、これ以上魔物被害に関する情報が外に広がることはないかと」


 私は、布団の中にある彼の細い手をそっと取って、ぎゅっと握りしめた。冷たい手は、ぴくりとも動かない。

 本当なら、イズラディア公爵領の領都から援軍が到着するはずだったが、川に住む魔物が橋を落としてしまい、孤立して絶望的な状況となった――それを、彼は一族に伝わる秘奥で何とかしようとした、らしい。


「セバス。前にも、こんなことがあったと聞きました。聞かせてください、アルフィノの身に何が起きたのか」

「……かしこまりました。10年前も、坊ちゃんは同じように、飛竜という未曽有の災害に対抗すべく、独断で儀式を行ないに裏山へ向かいました」

「独断で?」

「はい。お父上からは、厳命されていたのです。私の許可なしに、決して使ってはならぬと」


 セバスは、そっとベッドの傍へと跪き、彼の髪をそっと撫でながらつぶやいた。その様子は、兄のようにも見えた。


「けれど坊ちゃんは、飛竜によって民が苦しめられてるのを見て、耐えられずに――お父上の言葉を振り切って、一人裏山へと向かいました。すると、飛竜は山を越えた先まで逃げおおせてしまい、もう二度と戻ってきませんでした。その後、坊ちゃんがお戻りにならないことを心配した私は、坊ちゃんの言いつけを破って、前伯爵に坊ちゃんが裏山へ向かったことを伝えました。すると、前伯爵は私を連れて、裏山を登り、そして――」

「……」

「祭壇のような場所の真ん中で、血まみれになってぐったりとしている坊ちゃんを発見しました。その後、坊ちゃんは一か月もの間眠り続けました。その時の医師の診断によれば、坊ちゃんは重度の魔力欠乏になっていたとのことです」

「魔力欠乏……」


 魔法を扱うのに必要な、魔力という力。それ自体は、それなりに一般的に知られている力だ。私たち人間の血液の中にも含まれており、これの量が少なくなると、身体に異変が出る。大気中に存在しているとも、人間の生理活動の中で生み出されているとも呼ばれている。


「一か月後に目を覚ました坊ちゃんは、それはもう前伯爵にこっぴどく叱られてですね。軽率に儀式を行なってはいけないと。白竜様の力は、人間の身には受け止めきれないほどの強烈な力だから、代償として体がボロボロになり、体中の魔力が持っていかれるのは当然だと」

「では、アルフィノは今まさにその状態だと?」

「はい。この白竜様の儀式に関わるものは、代々当主の口伝によってのみ伝えられるそうです。ですので、私に分かるのはこれだけです」


 セバスはそう告げて、頭を下げる。そうして、包帯を替える準備をしてくると告げて部屋から出て行ったのを見送って、私は握りしめた手に少しだけ力を込めて、頬に伝う涙を感じていた。


「……私を助けてくれた白竜様は、幼いあなたが呼んでくれたの?」


 話を繋ぎ合わせれば、そういうことになる。10年前、飛竜を退けるために、彼は身を賭して、白竜様に語り掛けてくれた。飛竜は山脈を超えて私の元まで逃げおおせ、私を襲った飛竜を、白竜様が亡ぼした。

 私は初めて、彼によって命を救われていたことを知った。震える手で、彼の頬へと手を当てる。


「……この話だけは、あなたにしたことがなかった。でも、まさか、あなたが助けてくれていただなんて」


 白竜様への懸想を、彼に伝える気にならなかった。だから、それに関わる出来事の話は、彼の前でしたことがなかった。

 彼は、どう思うだろうか。彼が身を賭して、私を過去に助けてくれたのだと知ったら。

 ちゃんと、お礼を言わなければならない。けれど、今すぐにそれを尋ねて、伝えたいのに――。


 彼は一週間が経っても、目を覚ますことはなかった。


 朝、起きると彼の部屋で彼に挨拶をする。朝食を摂って、ルーセンの街に出かけて、花屋で花を買う。

 戻ってきて、彼の枕元の花瓶に活けて、彼の顔を眺める。目覚めて欲しいと願いながら、彼の手を握る。


(本当に、死んでいるみたいだわ……このまま、死んじゃったりなんて、しないわよね)


 ぴくりとも動かない彼を見て、日に日に焦っていく。あの日、セバスが抱えていた血まみれの彼を見た時に、背筋が凍った。良くない想像をするたびに、背筋が冷えてしまう。


「フィー……」


 消え入りそうな声で名前を呼んでも、彼は答えてくれない。名前を呼べば、いつでも楽しそうに微笑んで、私の名前を呼んでくれるのに。

 前にこの状態になったときは、目覚めるのに一か月かかったそうだ。こんな想いを、あと3週間もするの――と、唇を噛んだ。一か月で目覚める保証すらない。

 私は、瞳からぼろぼろと涙が零れてきたのを感じて、必死に涙を拭う。一週間までは、もしかしたら明日には目を覚ますんじゃないか、と期待を持つことができた。けれど、もう一週間にもなれば、どうしても恐ろしさが勝る。

 結局、私はそのまま彼の枕元でわんわんと泣いて、そのまま意識を失ってしまった。


◆◇◆


 また、夢を見た。真っ白な女の子が、歌っている。

 切なそうに響くその歌は、いつもよりも明確に聞こえた。

 知らない単語、知らない響き。けれど、私には、その歌が――とても優しい子守唄に聞こえた。


 はっと目を覚ますと、そこは自室でもないし、ベッドの上でもなかった。ただ、きっとセバス辺りが様子を見に来てくれたのだろう。背中には、黒い上着が掛かっていた。私はその上着を丁寧に脱いで、そっと畳むと、ベッドの上に相変わらず横たわるアルフィノに視線を移した。

 ――何も、変わらない。ただ、彼は静かに目を伏せて、ぐったりしている。目の下についた涙の痕を拭って、腫れた瞳を手で覆う。


「……ねぇ、フィー。あなたに、聞かなきゃいけないことと……言わなきゃいけないことがあるの」


 頬を指で触って、ぐっと目をつぶった。


「お願いだから、目を覚ましてよ……」


 ぽろぽろと涙をこぼしながら、私は気が付けば、私の口がそれを口遊んでいたことに気が付いた。自分で、制御ができた行為ではなかった。

 ただ、そうすべきと分かったかのように、私は夢の中で聞いた子守唄を口遊んだ。涙で濡れた視界の中、私の口はずっとその不思議なメロディーを口遊み続ける。


「……え?」


 その歌が止まったのは、私の頬に、誰かが手を当てたから。涙が流れて、視界が明らかになると、そこには薄らと目を開いて、私の頬に触れるアルフィノの姿があった。


「……フィー」

「……ミ、シェル」


 掠れた声で、彼は私の名前を呼んだ。私は思わず手を握って、アルフィノに呼びかける。


「ここにいるわ、フィー。私はここに」

「……あ……」


 彼はまだ夢見心地なのか、ぼんやりとしているけれど――私と目が合うと、力なく笑ってくれた。

 ぼんやりとしている彼をいったん残して、私はロナとセバスを呼びに駆けた。アルフィノが目覚めたことを伝えると、二人はすぐに支度をして、アルフィノの私室へと入った。


「坊ちゃん、お目ざめですか。良かった……」

「……もう、坊ちゃんと、呼ぶのは……やめなさいと、あれほど……」

「知りません。もう……」

「セバスったら。坊ちゃん、とりあえず温かいお茶をお持ちしました。すぐにお腹に優しいお食事を作って来るので、少しでもお食べください」

「ロナ……まで……」


 ロナはお茶を置くと、バタバタと出ていった。セバスは後ろを向いて、涙をこらえているようにも見える。その後、目覚めたアルフィノの顔を一目見ようと、屋敷中の使用人が入れ代わり立ち代わりアルフィノの私室を訪れた。

 いつもは旦那様と呼ぶ使用人でさえ、アルフィノを坊ちゃんと呼んで喜んでいたので、最後の方は、アルフィノは顔を赤くしてしまった。

 その日は結局、まだアルフィノもうまく話せないみたいなので、また落ち着き次第ゆっくり話をさせて貰おうと思った。ひとまず、目を覚ましてくれたことに本当に安堵したので、どっと眠気が襲ってきた。


「じゃあ、フィー。また明日、来るから」


 そう告げて立ち上がると、弱弱しい力で、服の裾を引かれる。私は振り返って、アルフィノを見つめる。すると、彼はどこか所在なさげに瞳を揺らして、小声で告げた。


「いかないで……」

「フィー?」

「一緒がいい」


 普段の彼らしからぬ、幼い物言い。私は振り返って、もう一度アルフィノの寝るベッドの傍へ腰を下ろす。私は、そっと彼の髪を撫でる。すると、彼は少しだけ破顔して、幼い微笑みを浮かべた。


(初めて見た……フィーが甘えるの)


 普段は年上の紳士として振舞おうとする彼がこんなに幼い振る舞いをするということは、相当に弱っているのだろう。そう思っているけれど、こんな風に掴まれてしまっては何もできない。


「フィー、また来るわ。だから、いい子にしてて」

「やだ……ミシェルと一緒がいい」

「もう……」


 そう思っていると、入口の方から動揺したようながたっという音が聞こえてきて、私はそちらを見やって「セバス」と声を掛けた。すると、咳ばらいをしながら、セバスが部屋の中へと入ってきて、甘えんぼのアルフィノをそっと抱きかかえた。


「奥様。アルフィノ坊ちゃんを二人の寝室に移しておくので、今日は抱き枕になってあげてください」

「……分かったわ」


 そう告げて、セバスはいとも簡単に横抱きをしたアルフィノを、二人用の寝室へと連れて行った。

 私は湯あみを終えて着替えをした後、その部屋へと向かって、そうして広いベッドに横たわるアルフィノの隣へと入った。すると、すぐにアルフィノに抱きしめられる。

 その時にちらりと見えた彼の顔は、これまでにないほどに幸せそうだった。


◆◇◆


 朝、彼の腕の中で目を覚ました。アルフィノは、横たわったまま、静かに私のことを、愛しそうに見つめている。私の赤い瞳と、アルフィノの青と緑の瞳が交わると、彼は困ったように笑った。


「おはようございます、ミシェル」

「おはようございます、フィー」


 起きた彼は、昨夜の甘えっぷりが嘘のように、いつも通りの彼だった。けれど、私は却ってそれに安心した。包帯はもうほとんど取れ、傷はだいぶ塞がっているようだ。彼は少しだけ、そのまま私を抱きしめて私の香りを楽しんでいるようだ。


「ぼく、何日眠ってましたか?」

「ちょうど、一週間くらいです」

「一週間か……思ったより早かったですね」


 アルフィノは、そんなことをあっけからんという。私は少しだけむっとして、腹を指でそっと押した。


「うっ」

「思ったより早かったって、何言ってるんですか。本当に心配したんですからね」

「……申し訳ない。ぼくにとっては二度目でしたけど、君は初めてでしたものね。驚かせて、すみませんでした」


 彼は、そっと私の頭を撫でた。昨日とは立場が逆転してしまった。

 けれど、彼が目を覚ましてくれたことが何よりも嬉しい。私はそのまま、彼が満足するまで、彼に撫でられていた。


 やがて、今日は食堂ではなく、寝室で食事を摂らせて貰うことになり、運ばれてきた食事を、二人で寝室で食べた。それを終えて、アルフィノをベッドに横たえると、私はベッドに腰かけて、言葉を交わした。


「街はどうなりました? 魔物は?」

「魔物は倒されたらしいです。ルーセンの街は、建物の倒壊はあったけれど、死傷者は出なかったそうです」

「そうですか……間に合って良かった」


 アルフィノは心底ほっとしたように息を吐き出した。そんな彼の手を握って、私の手は震える。それを見て、アルフィノはそっと目を伏せると、口を開いた。


「フレイザードの家には、代々の当主に口伝で継承される秘儀があります。詳細は話せないのですが、簡単に言ってしまえば、この世のどこかにいる白竜様の思念を借りて、厄を祓うための力を得ることです」

「思念……」

「ぼくがあの神殿で祈りを捧げている間、白竜様の姿をした、彼の思念が、願いを叶えてくれるんです。ただ、代償として、大量の魔力が必要なので……人間の力では賄いきれないんです。それで、身体に負担がかかって、体中がぼろぼろになってしまいます」

「そんなに危険な術なのですね……」

「危険で大きな力だからこそ、悪用されないように、代々の当主と信用した臣下や伴侶にしか教えない秘奥です。君も、このことは他言無用でお願いしますね」


 確かに、これほどの力なら、いくらでも悪用されてしまいそうだ。彼の身を守るためにも、ちゃんと秘密は守らなければならない。


「けれど、この白竜様の降臨の地という不思議な地によるものなのか、昔から強力な魔物が生まれやすいらしく……そうなったとき、歴代の当主はここで祈りを捧げ、白竜様の力を借りてそれを退けてきました。ぼくらのフレイザードの血統が、いまだに強い魔法の力を有しているのは、この儀式を定期的に行なっているからとも言われています」

「そうなんですか?」

「魔法の力とは、使わねば弱ってしまいますので。……ここまで無理をする必要があるのかは疑問ですが、これほどの大きな力を扱っていると、あまり血の力が弱まらないようです」


 この国の魔法血統が衰退した理由は、魔法という力の身体にかける負担故と言われている。今回のアルフィノの様子は明らかに異常だが、しかしそれでも、魔法には多かれ少なかれ体への負担があり、大昔の魔導士は、魔法を使うことで寿命を縮めていたという。

 それ故に、自らの血を大切にしなければならない貴族たちは魔法を使う文化を段々と忘れ去ってゆき――今では、幻の存在になり下がった。そういうことだった。


「君にも、皆にも随分と心配を掛けました。早く復帰しなければ」

「ダメです。ちゃんと休んでください」

「はい。もちろん、数日はね」


 はぁ、と息を吐き出せば、彼は苦笑する。そうして、そっと後ろから手を回されて、そのまま引き倒される。気が付けば、彼の抱き枕に逆戻りだ。


「だから今日はずっと一緒にいてください。寂しくて」

「もう……困った人なんですから」

「ごめんなさい。でも、ぼくも、世界と一週間も時間がずれると、怖いこともあるから」


 彼の髪をゆっくりと撫でれば、彼ははにかんだように微笑んだ。そうして、少しだけ和んだところで、私は話を切りだすことにした。


「フィー、あのね。10年前も、こんなことになったんでしょう?」

「うん。セバスから聞いたのかな。あの時、領民たちがみんな苦しんでるのに、何もできない自分が歯がゆくて……ぼくは色々考えて、父から一族の秘奥について聞いたことを思い出して……無我夢中で、神殿に向かったんだ」


 アルフィノは、遠い昔を思い出して、そっと呟いた。その声は優しくて、やっぱり安心してしまった。


「無我夢中で秘奥を発動させて、ぼくが生み出した白竜様の思念は、飛竜を追いかけて山を越えていった。そのあとは、体中ボロボロになって倒れてしまって、一か月後に目を覚まして、父上にこっぴどく叱られた。でも、お前のお陰でたくさんの人が助かったって抱きしめてくれたんだ」

「……そうね。あなたのお陰で助かった人は……」


 私はそっと自分の胸に手を当てながら、微笑んだ。


「ここにもいるわ」

「……えっ?」

「私ね、小さい頃に飛竜に襲われたことがあるの。避暑のために辺境に来ていて、お兄様と遊んでいたの。ちょうど、この領地の西にある山脈の向こうの、すぐそこで」

「……!」


 アルフィノが、息を飲んだのが聞こえた。私は、そのまま思い出すように伝える。


「飛竜に殺されそうになった私を助けてくれたのは、大きな白銀の竜だった。……思念だったなんて、気づかなかったけれど」

「……じゃあ、もしかして……あの時、話しかけてきた女の子は、君?」

「え?」


 今度は、私が驚く番だった。私は顔を上げて、アルフィノと目を合わせる。

 私は、確かにあの時、白竜様に話しかけた。そして、帰ってきた言葉は――確かに、やけに俗っぽい言葉遣いだとは思った。けれど、まさか――。


「もしかして、あの時言葉を返してくれたのは、あなただったの?」

「うん。だって、あの白竜様ってぼくが生み出した思念だから……白竜様ご本……竜? じゃないよ」

「……嘘でしょ」


 と、言うことはだ。私が懸想していた、白竜様の正体は――。


「じゃ、じゃあ、私の初恋の人って……あなただったの?」

「えっ」


 今度はアルフィノが、思い切り驚いた様子で声を漏らした。私は思わず口を押える。そうして、アルフィノはぱちぱちと目を瞬かせて、まさか、というふうに呟いた。


「君が白竜様のことを好いている理由って……」

「幼い頃に、飛竜から助けられたことがあったの。その時に言葉を交わして、あんなにも強くて大きい生物なのに、私のような小さな女の子にとても優しいのを見て、好きになったわ。それ以来、あなたに出会うまで、人間の男に興味が持てなかったの。私は建国神話の聖獣に恋してるんだって、家族はみんな知ってるわ」

「そ、そう、だったんだ」


 アルフィノは焦ったように視線を泳がせた後で、恐る恐るという調子で、聞いてきた。


「……幻滅した?」


 私はそれを笑って、首を横に振った。


「まさか。納得しました」

「納得?」

「初恋の相手が本当はあなただったのなら、白竜様への懸想があなたへ移った理由も納得できたから」


 白竜様への尊敬の心は、今もこの胸にたくさん残っている。それでも、白竜様への懸想が、彼へと移ってしまったことに罪悪感を少しだけ覚えていたのは事実だったが――それはただ、向けるべき人に向けられただけだったのかもしれない。


「だから白竜の花嫁が、幼い頃の夢だったんだね」

「ええ。うふふっ。全部叶ってしまったわ。いつかもう一度会いたかったの。あの時、私を助けてくれた白竜様に」

「……ミシェル」

「あなただったのね。何だか、すっきりしたわ」


 そう告げれば、彼はそっと私の髪へとキスを落とした。それが終わると、今度は耳の裏に。


「……うちの一族ってね。遥か昔は、この力を使って、白竜の予言――という風に、政に助言をする機会があったらしくて」

「ええ」

「……だから、当主は一応、練習させられるんだよ。威厳のある喋り方」

「あははっ」


 「白竜様になり切るために?」と問いかければ、彼は少しだけ恥ずかしそうに頷いた。けれどあの時は、誰かを助けるのに必死で、彼は素のままに語り掛けてしまったそうだ。

 だから、あんなに俗っぽい話し方をする聖獣様だったのね。そう思ってくすくすと笑っていると、彼は肩を竦めた。


「フレイザード家の成りすます相手には聖獣も含まれてるんだ。変な家でしょう?」

「本当にね」

「でも、君の前では聖獣に成りすまし損ねたのか……こんなの、父上や白竜様に知られたらこっぴどくどやされるかも」

「ふふっ。じゃあ、黙っておくわね。そうすれば、あなたと私だけの秘密になるでしょう?」


 白竜様には申し訳ないけれど、私が白竜様を好きになったのは、この奇妙な親しみやすさからだった。だから、決して悪いことではないんです、と祈っておくことにする。

 あの日、山の向こうでは不思議なことが起きていた。その時の縁が、今ここに生きている。


 人生とは数奇なものだと、そう感じたのだった。

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