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気性難の令嬢は白竜の花嫁を夢見る  作者: ねるこ
第一部
19/65

19. 本当の悪女は、だれ?

 私が告げた言葉に、ざわざわと周囲が盛り上がる。その中には「出た! サファージ侯爵令嬢の告発返し!」と盛り上がる令息の声が混ざった気がするけれど、聞かなかったことにしておく。

 レティシア嬢だけは憎々しげに私を見ているけれど、後ろの子息息女は顔を真っ青にして地獄の様相を示し始めている。当たり前でしょうね。すべて偽証なのだから、それをピンポイントで偽証罪を指摘されれば、まともに紳士淑女教育を受けられていない下位貴族の子なんかはすぐに顔に出てしまうでしょう。


「な、なにを仰っていらっしゃるの、ミシェル様! 自分のことを棚に上げて、偽証罪ですって? いい加減になさって! 自分の罪をお認めください!」

「罪? やってもいないことをどうして認めろと仰るの? まさか一年半前と同じ手口で私を陥れようとするなんて、本当に浅はかだ事。この私刑の告発、その証言のすべてが偽証であることを、私は証明できるのに」


 私がそう告げれば、周囲はまたざわざわと騒ぎ立てる。一年半前、と言えば例の事件のあった終業パーティーの事であると、同級生たちはすぐに察した。あの時の私刑も、偽証による告発だったのかと、そんな話が伝播していく。

 すると、ちょうどよいタイミングだった。ガブリエル殿下とラトニー様、そして学院長が、騒ぎを聞きつけて階下に降りていらっしゃった。何事かと顔を青くしている学院長は、この場で偽証を証明できるとても大事な証人である。ラトニー様に目でお礼を伝えつつ、私は学院長に淑女の礼を取った。


「学院長。お騒がせして申し訳ありませんが、一つ、学院の代表者として証明していただきたいことがあります」

「はい。な、なんでしょう、サファージ侯爵令嬢」

「この方たちが、私が第三学年に入ってから、なんだか私に()()()虐められただとか、ひどく罵られただとか、そんなことを仰るの。私がそんなことをできたかどうか、あなたならご存知ではありませんか?」

「え? どういうことですか? サファージ侯爵令嬢は、第三学年は全日程休学を申請しております。学院の門を今日までの間に一日も潜っていないことは、守衛の記録を見れば、証明が可能かと思いますよ」


 心底不可解だという様子で学院長が告げれば、私に冤罪を擦り付けてきた者たちは「えっ」と揺れる。学院の門は、不審者の侵入に対処するために、必ず守衛が確認を取る。つまり、第三学年に入ってから、私が一度もこの学院の門をくぐっていないことは、証明ができるのだ。


「おかしいわね? さっき、私に直接罵られただとか、暴行を受けただとか、そんな証言をした人たちがいたみたいだけれど、私、学院に通ってすらいないの。ご存じなかったの?」


 そう告げれば、彼らは青い顔を突き合わせて、泡を吹き始めた。その様子に、学院長は眉をひそめて問いかけた。


「何があったのです?」

「この方たちが、私が学院にいなかった半年の間に、私が汚い言葉を使って罵っただとか、器物を破損しただとか、暴行を加えただとか、そういった様子を見たと、そんなよく分からないことを仰るので、サファージ侯爵家の名誉に傷をつけるための偽証を行なっているのではないかと思うのです。ですから、学院長に私がこの半年間、一度も学院の門をくぐったことがないことを証明していただきたいのです」

「なるほど、分かりました。すべて書類として記録し、サファージ侯爵家にお送りすればよろしいですかな。これらの証書は偽装が許されないので、法廷でも力を持つはずです」


 学院長がそう告げれば、彼らは「お待ちください」と萎れるような声を放つ。もう遅い、全て法廷に持ち込む気でいる。レティシア嬢はキッと私を睨みつけて、キャンキャンと吠えるように甲高い声で罵りにかかる。


「侯爵家の権威を使って、記録を捏造したのね! あなたが学院に来てないだなんて、真っ赤な嘘よ!」

「嘘だと思うなら、同級生に聞いてみればよろしいかと思います。どの学級にも私が在籍していないことなど、調べればすぐに分かることですから」


 そう告げれば、周囲の人間は「そういえば」と答え合わせを始めた。卒業に必要な単位を揃えてしまえば、三年生の時に休学を申請しても全く問題がないのだという校則は、すぐに伝播していった。

 そもそも守秘義務のある機密文書を偽造するくらいなら、サファージ侯爵家は知り合いの各所に()()()をして、ここにいる男爵家子爵家などすぐに鎮められるというのに、その行為に何のメリットがあるというのか。分かっていないからこそ、調子に乗って偽証なんてしようと思うのでしょうけれど。

 彼らにとっては学生の火遊びのつもりでも、王家の婚約がこじれている事件の延長線である以上、私、あるいは私の家への名誉棄損は大やけどどころで済ませられない。せいぜい、彼らは実家が延焼しないように祈るしかないだろう。


「悲しいですが、父は政敵が多い身。私の名誉を偽証によって貶め、父の足を引っ張らんとする野心家は後を絶えないでしょう。ですけれど」


 私は冷たい瞳で、絶望の表情を浮かべる子息令嬢を見下ろして、はっきりと告げた。


「浅はかでしたね。裏も取らずに偽証をするだなんて。名乗っていただき、ありがとうございました。家名までちゃんと控えましたわ」

「……っ」

「侯爵家の名誉を、こんな子どものいたずらのような偽証によって傷つけようとするなどと、随分浅はかなことをするものです。今後一切、社交界に居所などないと思い知りなさい。恥を知りなさい。あなた方が喧嘩を売ったのが、一体誰なのか。そんなことを考えられないような人間は、貴族社会に居場所なんてないのよ」


 私はそう告げると、アイルに家への連絡を頼んだ。周囲の高位貴族の子女たちも、これらの事実を冷静に見つめ始めた。すると、偽証を行なった子女が、すさまじい勢いで泣きついてきた。


「も、申し訳ありませんでしたサファージ侯爵令嬢! すべて、全て撤回します! ですからどうか、どうかご慈悲を!」

「メフィスト子爵家に脅されていたのです! お願いします、どうか、お願い、助けて……」

「あ、あなたたち! 何を仰っているのかしら!」


 レティシアが悲鳴のような声を漏らす。けれど、彼らはすべてレティシア嬢に叛意を表し、私へと偽証を自白して許しを請うた。それによって、一瞬でレティシアの立場は地まで叩き落される。


「でしたら、すべて証言してくださる? 此度の証言はすべて偽証であると。それと、サファージ侯爵家への謝罪を」

「はい! もちろんです! 申し訳ありませんでした! 何卒、何卒……」

「此度の事は、全てそこの」


 私は扇子で、顔を歪めて憎々し気に私を睨みつけていたレティシア嬢を指して、告げる。


「メフィスト嬢が、私を陥れるために用意した茶番だと、断言してくださる?」

「勿論です!」


 腹心はちゃんと教育しておかないと、悪だくみはすぐにバレるのよ。そう思いながら、私は彼女の行動も動機もすべて知り尽くしている、偽証の共犯者たちを抱え込んだ。レティシア嬢は、流石にまずいと思ったのか、側近たちや騎士に泣きついている。彼らが声を荒げようとしたその時、目の前にぞろぞろと令嬢たちが躍り出た。

 それは、レティシア嬢に熱をあげている令息たちの、婚約者の集団であるとすぐに気づく。


「アシュレイ様。これ以上、罪を重ねないでくださいませんか」

「セ、セラフィーナ殿下……」

「……もう失望したくありませんでしたわ。ですが、ここで引導を渡しましょう。私は、アシュレイ様を――」


 口々に、令嬢たちが婚約者の名前を叫ぶ。そして、それを束ねるように、セラフィーナ様が、あの日の私のごとく、差し違えてでも潰すという激しい気迫を秘めて、叫んだ。


「――浮気で告発いたします!」


 それが、決め手だったのだと思う。この騒ぎを最後に、この茶番は幕引きとなった。

 もはや、レティシア嬢を庇っている場合ではない、令息たちは、婚約者の機嫌を取るために即、レティシア嬢の傍を離れていった。元側近たちは、廃嫡を受け入れて大人しくなった。

 いつの間にか、レティシア嬢の周りからは人がいなくなっていた。当たり前だ。彼女は信頼を得られる行為を一切していなかった。偽証であっても自白ならば罪が軽くなるし、そこに脅迫の事実があるのならもっと軽くなる。自分に惚れてちやほやしている令息たちが、窮地に立たされた途端、自分を孤立させるだなんて、レティシア嬢の頭にはなかったという様子で、唖然としてホールの真ん中に座り込んでいる。

 彼らは自分の立場と家を守るために、いとも簡単にレティシア嬢を斬り捨て、孤立させた。貴族らしいと言えばそうだが、もはやレティシア嬢を護ってくれる人は誰もいなかった。

 元々、政界においてもメフィスト子爵の立ち回りはあまり好ましく思われておらず、まるで小虫を潰すかのように、ぷちっと。メフィスト子爵家は、取り潰しが決まった。サファージ家とセインズ家、そしてほか多数の伯爵以上の家から囲まれては、もはやメフィスト子爵にできることは何もなかった。王家からの庇護をあてにして、レティシア嬢が暴走した様子だった。


 それだけではなかった。第一王子の告発を不審に思った、反第一王子派(第二王子派ではない)が、一年半前の事件を掘り返し、その結果、レティシア嬢がマーゼリック殿下を誑かし、サファージ侯爵家を貶めていたことが明らかにされた。それは、王家が秘匿を決めた醜聞であり、今の王家への不信感が募った。

 私は知らぬ間に、名誉の回復を計られていた。私にかけられた私刑が撤回となり、王家からサファージ侯爵家へ莫大な慰謝料が支払われた。


 これが、この事件の顛末である。


◆◇◆


 レティシア・メフィストはとんでもない悪女だった。

 そんな噂が社交界へと流れたのは、それから間もなくのこと。次の大きな夜会――建国王の生誕祭の記念パーティーで、それは貴族すべてに伝わることだろう。

 彼女は第一王子マーゼリックを誑かし、宰相であるサファージ侯爵、そしてその娘であり元婚約者のミシェルを陥れ、王妃の座を狙った。

 法の下に屈した彼女には余罪が次々と出てきているらしい。叩けば出るのは埃どころではなくて、口にするのも憚られるほどの罪の数々。

 国家転覆を図った政治犯罪者として、メフィスト子爵とその娘レティシアは捕縛され、実刑を受けることとなった。


 私への評価が上がっているのは、謎だ。あの糾弾の場面で、王子の浮気を告発し、両成敗という形に持っていった私の武勇は、今はなぜか好ましく語り継がれている。セラフィーナ様が先日の夜会で、それを行なったことで「浮気告発返し」と呼ばれるようになったのだとか。頼むから流行らないで欲しい。


 我が身可愛さに、冤罪と分かっている私刑を成立させ、息子を庇った国王は不信感を拭えなくなり、国王と第一王子の母親の正妃デナートは、一刻も早い退位が望まれるようになっていた。国王はほとんどとばっちりだろうが、第一王子と正妃に関しては身から出た錆だ。

 国の分裂の気配を感じた国王は、二週間後の建国王の生誕祭にて、王太子を発表するとお触れを出した。これだけ大きく国が揺れているのを見て、国王は「鴉が玉座を認めなくなった」のだと思い、退位の準備を着々と進めているそうだ。正妃デナートは余計なことをしでかし、息子の即位を絶望的にしたレティシア嬢に怒り狂い、離宮の奥で病気療養を余儀なくされた。


 第一王子は被害者と見る者も多いようだが、どちらにせよ国家転覆を企てた犯罪者を懐に入れたとされ、王の素質なしと貴族たちは判断した。よって王籍を抜かれ、一代限りの伯爵位と領地を与えられることが、発表された。きっと彼にとっては、王の資格を失くすことがこの上ない罰となるだろう。


 そんな風に、大きく貴族社会が揺れるのを見やって、私は自宅にて、目の前で穏やかに紅茶を飲む彼を眺めていた。


「アルフィノ様……」

「はい」

「……やりすぎではありませんか?」


 私は、この件に関しては、アルフィノ様が確実に一枚噛んだと思っている。あまりにも手際が良すぎた。あっという間にメフィスト子爵家の罪が暴かれたのだと思ったけれど恐らくすべて準備されていたのだろう。レティシア嬢の告発から、王家の判断が伝わるまでが短すぎた。

 こんなことができるのは、鴉の棟梁である彼しかいない。

 彼は少しだけ考えた後で、ゆっくりと口を開いた。


「ただ、暴いただけですよ」

「それはそうですが……」

「それに、鴉には鴉の目的があります。今回はそのために、君を利用させて貰ったようなものですから、お気になさらず」


 それに関しては、私は覚えがあった。今回の事件では、確実におかしな点がいくつかあったのだ。

 それらがすべて、アルフィノ様たち鴉の策謀だと言うなら納得がいく。レティシア嬢には、分かりやすく「陥れられた」感じがあったのだ。

 私が告発した途端、彼らはすぐに裏切った。それは我が身可愛さもあっただろうが、そもそも根回しが終わっていたのではないかということ。

 私が学院に通っているかのような、出所不明の噂を流し、レティシア嬢が動ける状況を工作したこと。

 学院という閉ざされた空間で、それらを行なえる組織など、鴉くらいしか存在しないだろう。


 彼はレティシア嬢を排除するために私を利用し、ついでに私の名誉を回復した。そういう話なのだろう。彼は行なってきた工作の成果を確かめるために、あの日私の侍女として、共にパーティー会場へと入ったのだ。


「メフィスト子爵令嬢は、十分に目こぼしのできない反乱分子でした。国の頂点たる王侯貴族を色香によって誑かし、家同士の権力関係を大きく揺さぶった。サファージ侯爵はどちらかと言えば国仕貴族に近しい思想の持ち主ですから、彼がバランサーとして王城で機能している状態は好ましかった。ですが、彼女が第一王子を誑かして、危うくその関係が揺らぐところだったんです」


 私が一方的に婚約破棄をされていたら、父の立場はかなり悪くなっていたことだろう。もしかしたら、兄に爵位を譲ることになっていたかもしれない。


「彼女には余罪も多く、いつかは日の下に叩き出さなければならない存在でした。それが今だったという事」

「……はい」

「罪悪感があるかもしれませんが、君が気に病む必要はありません。君は被害者です。そういうお役目は、ぼくが負うべきですから」

「アルフィノ様……」


 アルフィノ様は、ゆっくりと私を見つめて、そうして真剣な表情で、告げた。


「それに、言ったでしょう。君をあんな目に遭わせた人間には、必ず報いを受けさせると」

「あ……」


 それは、私が性的暴力の被害に遭いそうになったとき。私を抱きしめた彼が、苦しそうに吐き出した言葉。

 それを聞いて、あの事件の犯人が、レティシア嬢だったのだと理解した。納得もしたし、怒りも湧いてきた。


「君には彼女に怒る権利がある。だから、もうこの件について、君が責任を感じることはありません」

「分かりました」


 私は、レティシア嬢への罪悪感を振り払った。彼女にも何かできたのではないか。そういった気持ちは、全て投げ捨てた。

 彼女は、自分の我儘に私を巻き込んで、私を陥れて、それで結局自滅した。それが、真実だった。


「ただ、困ったことが一つあるんです」

「困ったこと?」

「サファージ侯爵は君に言っていませんが、君への縁談が殺到しているそうです」

「えっ」


 私は思わず聞き返してしまった。確かに、名誉を回復した上に、私は今や時の人。父は王城内で権力を持ち、繋がりを持ちたい家としてはかなり上位に来る。縁談で一本釣りするなら、とても大きな獲物だろう。


「君のように素晴らしい女の子のことを、皆放っておかないでしょうから。公爵家の嫡男からも来ているそうですよ。とんでもないですね」

「そ……そんな……」

「でも、困りました。ぼくは君を手放す気になれないので、譲れと言われても困ってしまいます」

「そんなの、私もです!」


 私が力強く言えば、アルフィノ様はそっと立ち上がり、私の傍へと跪いて、手の甲へとキスをそっと落とした。私は、そんな彼をずっと見つめていた。


「ミシェル」

「はい」

「君に愛を捧げることを、許していただけるなら、ぼくは――」


 その瞳には、しっかりとした光が宿っていた。


「すぐにでも、鴉の棟梁を、次の代に渡そうと思います」


 それは彼にとって、重い誓いの言葉だった。

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