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気性難の令嬢は白竜の花嫁を夢見る  作者: ねるこ
第一部
18/65

18. 悪役らしく、笑え

 行動を決めた私は、まずは情報の収集を開始した。父に相談し、各所に潜り込ませた間者から、学院でレティシア嬢が吹聴している悪評に関する情報を調べ上げた。

 分かったこととしては、以下の通り。


 まず、流されている噂は前提として、この第三学年に上がってからのものだ。第二学年の頃は、マーゼリック殿下が身動きが取れないのに加え、勉強漬けだった私が何もできないと見られ、嵌めるための策謀を進める期間だったのだろう。

 まぁそれはさておき、軽微な噂だと傲慢な語り口で罵られたという話。「お前如きが王子殿下に近づくなど烏滸がましい」という内容のもの。レティシア嬢が、ほかの男爵子爵家の令嬢に言っていそうな言葉だと思うのは気のせいだろうか。似たようなことは一頻り誰かしらからは言われていそうなものだが。そもそも、下位貴族の子息息女が王族に近づくというのは、間者を疑われるような行為だ。

 それと、証言されているのは突き飛ばされて水たまりに落とされて嘲笑われただとか、階段から突き落とされようとしただとか、目の前で宝飾品を取り上げられただとか、そういう話。どれも、この学院にいなかった私にはできようもない話なのに、どうしてこんな噂が立っているのか。

 それを調べるうちに、ある一つのことに気づく。それは、私がこの学院に滞在しているかのように吹聴されている噂が混じっているという話である。

 例えば、実技の授業でとある課題で、とあることを披露しただとか。試験の成績がどうかとか。それらは、過去の私に対して言えばとても正確なものだ。一年以上前の授業で、それらを実際に行なった記憶がある。

 けれど、それがまるで、この半年も同じように学院に当たり前のように存在しているかのように、噂が流されている。これは少し不自然だが、私と仲がいい人間でなければ気づかないだろう、と思う。何故ならそれは、時期や科目名が曖昧なまま流されているからだ。


(一体どうして……?)


 残念ながら、これらに関しては詳しいことは分からなかった。ただ、一つ言えるのは、どうやらレティシア嬢の息がかかった複数名で、私の悪評を立て、無いことを捏造して証言しているようだということが分かった。共謀相手の家は正確には分からないけれど、メフィスト子爵家が支援をお願いできる家は限られている。どこの一派かは分からないが、私とラトニー様のお家が手を組めば、大抵の徒党は手も足も出ないと思う。

 レティシア嬢の背後には今、第一王子殿下の庇護はない。庇護があったとしても、越権行為を報告された第一王子派に今はレティシア嬢の横暴を庇えるだけの力はない。

 こうなったならもう正面から喧嘩だ。殴る力が強いほうが勝つ、とても単純な土俵だ。


「二年半も我慢させられたんだもの。五体満足で帰れると思われては困るわ」


 侍女に手伝って貰って、戦闘服に着替える。どうやら、アルフィノ様は前々から王都のトップデザイナーにドレスをいくつかオーダーメイドしていてくださったらしく、つい数日前に、邸宅へとそれが届いた。ところどころ白が混ざる清楚なマーメイドドレスは、私の金の髪と赤い瞳がよく合う。婚約者殿が下さったとても綺麗なドレスを身に纏い、彼から贈られたピアスを身に付ければ、もはや誰にも負ける気がしない。


 ヘアメイクも完璧に決めて、髪を結い上げて先にウェーブを掛ける。社交界に行くときはいつも髪を下ろしていたけれど、今回は様々なものを新しくして、もう以前までの私ではないのだとアピールする。

 学院内で行なわれている簡易な社交パーティーなので、基本的にはおしゃべりがメインだ。そして、学院の関係者でない婚約者のエスコートは受けられない。この場に限らず、アルフィノ様はお仕事の都合上、社交界に顔を出すのは難しいので、私が彼からエスコートを受けることはない。

 それが少しだけ寂しいけれど、今日身に着けているものは、彼が私のために贈ってくれたもの。だから平気だ、一人でだって戦える。


「お嬢様。付き添いはどうしますか」

「そうね……」


 付き添いに、従者を二人までなら連れて行くことが許されている。ある意味で、この枠だけが、学院関係者以外の人間を連れて入れる唯一の手段ではあるのだけれど。

 レーラには今、長めの休暇を渡している。私に付き添って、アルフィノ様のお家まで着いてきてくれたのだから、家族に孝行するようにと、一週間前から実家の方に帰っている。

 学生のパーティーなので、子どもを心配した親が、無茶をしないようにと着けるのがこの連れ添いだ。恐らく、私はつけなくても問題ないと、そう思うのだが。そうしていると、家令のジョンが私の元を訪れ、恭しく一礼をした。


「お嬢様。旦那様から言伝がございます」

「どうしたの?」

「創立記念パーティーの付き添いに、馬車の整備をしている栗毛の侍女を連れて行きなさいとのことでした」

「お父様が? 分かったわ。じゃあ、そうする」


 元々、特に連れて行く気のなかったので、お父様の意向に沿うことにする。そうして、馬車の方へと向かえば、彼女は丁寧に馬車の手入れをしていた。

 栗毛のウェーブが掛かった髪を右肩へと流し、眼鏡を掛けた長身の美女。ヒールを履いた私と、同じくらいの目線の彼女は、私へ向けて恭しく頭を下げた。


「あなた……」


 そう呟けば、彼女は穏やかに微笑んだ。その微笑みを見て、私は顔を赤くする。

 丁寧にあいさつを受けて、馬車へと乗せられると、彼女も使用人の座る席へと腰を下ろして、馬車は緩やかに発進した。私は、思わず声を潜めて、問いかける。


「何をされているのですか……アルフィノ様」

「流石ですね、お嬢様。こんなにあっさりと見破られるなんて」


 そう告げて、侍女に変装したアルフィノ様は、困ったように微笑んだ。私は目を瞬かせながら、侍女服を身に纏って、穏やかに微笑んでいるアルフィノ様を上から下まで見渡した。

 知ってはいるけれど女性にしか見えない。彼の中性的で幼い容姿に、メイクで上書きをすれば、こんなにも違和感がないのだと改めて実感する。まるで別人。私も、微笑みを向けられるまでは確信を持てなかった。


「他家の従者に紛れても良かったのですが、もしも会場でお嬢様にバレてしまうと、気が散るかなと思って」

「だからって……もう、びっくりしました」

「あはは。お察しかもしれませんが、侯爵の許可は得ておりますよ。ぼくは部外者ですからね。学院の社交界に潜り込むためには、こうやってどこかのお家に混ぜて貰うか、給仕として雇われるしかありませんでした。今回は、君が出席を決めたのがかなり直近だったので、給仕として潜り込む工作をする時間がなかったんです。それで、侯爵にお願いして、ここに混ぜて貰いました」


 確かに、今回の社交パーティーへの出席表明はかなり急だった。第一王子殿下は謹慎中なので参加が叶わないが、私の出席表明によって、急遽出席を決めた人はたくさんいたらしい。

 間違いなく、レティシア嬢はこの催しで何かを起こす気なのだと直感する。少しだけ気が重くなるが、もう戦うと決めたので、もはや相手を潰すことしか考えていない。

 そっと息を吐き出していると、アルフィノ様はくすくすと笑う。


「それに、見たかったですから」

「見たかった?」

「……贈ったドレスを着られる、君の姿が。とてもよくお似合いですよ」

「……っ」


 そう言われて、私は途端に頬が熱くなる。白が目立つ爽やかな夏用のドレスは、アルフィノ様のカラーである。アルフィノ様から贈られた初めてのドレスを、初めて着たその日にアルフィノ様に見せられて、本当に良かったとは思う。

 目の前で行儀よく腰かける侍女は、女性にしか見えないのに中身はアルフィノ様。本当に、この人にはこの先何度驚かされるのだろうと思う。けれど、私は少しだけ安心していた。

 表立って支援はできないけれど、彼が傍にいてくれる。それだけで、誰を相手にしても戦える気がしていた。


「……さて」


 アルフィノ様がそう呟いて、そっと顔を上げると、そこには別人の顔が浮かんでいた。知的で落ち着いた、美人な侍女の顔だ。


「本日一日、旦那様からお嬢様のことをお任せ頂きました。私のことは一侍女として扱い、名を求められた際にはアイルとお呼びください」


 口を開いたアルフィノ様は、少しだけ艶っぽい声でそう告げた。一瞬で別人になる彼の手腕に驚きつつも、私は頷いた。


「分かったわ。よろしくね、アイル」

「お嬢様の仰せのままに」


 契約を交わし、私は侍女のアイルを連れて、学院へと向かった。


◆◇◆


 パーティー会場は、少しだけパニック状態だった。私が表明してから、それを聞きつけた他家の人間たちが次々と表明したせいで、まだ現場が混乱しているのだろう。給仕たちは忙しなく駆けまわっている。

 会場に着けば、セラフィーナ様を始めとした友人たちが楽しそうに迎えてくださるし、アイルは壁際で直立をして、私を見守っていてくれる。

 私にはクラスメートというのが存在しない。今期は一年、学院には行かないので、どこのクラスの所属にもなっていないからだ。そういう申請書類を学院側に提出し、認可をいただいている。にもかかわらず、私が学院に通っていると思い込み、噂を膨張させているのはやはり異常だ。


「あれが、サファージ侯爵令嬢か。すげぇ美人……」

「でもすっげぇ悪女だって聞くぜ……あんな綺麗な顔をして、下級生をいびってるんだろ?」


 そんな声が流れて来たって、私は相手にしなかった。本当に、何がしたいのかしら、あの方は。そう思いながら、ホールの真ん中でまさにこの世の春を満喫している女に目を向けた。

 元側近三名――通称三馬鹿を侍らせ、見覚えのない男子生徒――恐らく、下級生のどこかのご子息から囲まれているレティシア嬢は、また化粧が少し濃くなったかもしれない。美貌は素晴らしいと思うが、性格があそこまで歪み切っていてはどうしようもない。

 元側近たちは私の周りにいる婚約者を放置して、レティシア嬢の世話を甲斐甲斐しく焼いている。彼らはもう廃嫡を受け入れ、愛に生き始めているのだろうと思ったのはこの時。


 そうして、噂が伝播し皆の目が、私とレティシア嬢に集まってきたころを見計らって、レティシア嬢は私へと歩み寄ってくる。その後ろには、三馬鹿と彼女の騎士たちが控えている。


「ミシェル様」


 勝ち誇ったかのような声で私に不躾に話しかけてきたこの女を、誇りある高位貴族の子息息女はどんなふうに見るのでしょうか。


「ごきげんよう、メフィスト子爵令嬢。気安く名前を呼ばないでと、何度もお願いしたはずですが」

「ひどぉい。侯爵令嬢だからって、子爵家の私を見下すなんて! けれどわたくし、もう我慢できません! この場で、あなたが行なっている陰湿な行為を告発させていただくわ!」


 どうして、第一王子と言い、彼女と言い。このような社交の場を、告発の場に選ぶのかしら。理解に苦しむわ。そう思いながら、頭を押さえると、彼女は勝ち誇ったように告げる。


「新学期が始まってからというもの、あなたからの陰湿な行為を受け続けて来ましたの! いくらマーゼリック殿下の寵愛を受けられなくなったからと、愛されているわたくしに当たるのは筋違いではなくって?」

「……はぁ。それで?」

「とぼける気ね? そうはいかないわ。侯爵家に敵わない子爵家の身ですが、平等を謳う学院内でこの横暴、許せませんわ。下位貴族を代表して、わたくしは声をあげさせていただきます!」


 盛り上がって来たわね。そう思いながら、私は適度に聞き流しながら、彼女の主張を聞くことにした。殺気立つ友人たちを諫めながら、まだ口を開くときでないと直感する。

 叩き落すなら、彼女たちが決定的に言い逃れができないほどに話を盛った後だ。友人たちには、事前に言い含めておいたので、全て私に任せてくださるはず。

 会場の全員の視線を一身に受けて、私たちは大立ち回りを演じる。


「本当に苦しかったわ。毎日毎日、止めてくださいと叫んでも、立場を振りかざされて、逆らえないままに虐げられる日々。けれどアシュレイたちが、ちゃんと言わなきゃダメだと背中を押してくださったから、わたくしは告発を決めたのです」


 自分の言葉に酔うように、そう告げるレティシア嬢。アシュレイ、という言葉が聞こえた時に、セラフィーナ様がすさまじく殺気立ったのは、気づかないことにしておこう。


「見てください、これを! これがミシェル様の罪の痕です!」


 そう告げると、後ろに控えていた三馬鹿のうちの一人が、袋の口を開けて、中からどさどさと何かが出てくる。それは、切り刻まれた教科書やバレエの衣装、壊された宝飾品などであった。ざわざわ、と周囲が騒がしくなる。


「これは、私の私物です。暴言は証拠として残りませんから、これだけしかありませんが……もっとひどいことも、たくさんされているのです。ミシェル様は、マーゼリック殿下の寵愛を受けられなくなって、わたくしにひどい嫉妬をして、こんな凶行に及んだのですわ!」

「……はぁ。それで?」

「まだしらばっくれるのね! あなたの被害にあったのはわたくしだけじゃないわ! あなたに虐められた下級生のことまで、忘れたとは言わせないわよ!」


 そう告げれば、およそ十人ほどの子息息女がずらりと並ぶ。随分と用意が良いこと。その無駄な統率に思わず失笑しそうになる。


「わ、私、ガブリエル殿下に声を掛けていただいた後、校舎裏に連れて行かれて罵られました! 水を掛けられて、ひどい言葉で罵られて……怖かったです」

「僕は、彼女を慰めていたら、二度と近づくなと脅されました。報いを受けているのだから当然だと。逆らうなら、家を取り潰すぞと脅されました」

「私は、音楽の成績を殿下に褒めていただいたのを知られて、楽器を隠されました! 見つけるのに数日かかって、帰りが遅くなって両親にも心配を掛けました……」


 もはや何も言うことはない。何一つとして、思い当たることのない冤罪は、どんどんエスカレートしていく。


「わ、私、階段から突き落とされて、大けがをしました……! 一週間ほどずっと、医院から動けなかったのですよ。もう少しで死ぬところだったんです……私、怖くて! でも、振り向いた時に見えたのは、確かにミシェル様でしたわ!」

「……」

「いかがですか、皆様! このサファージ侯爵令嬢は、これだけの非道を重ねているのです! 殿下の婚約者だからと甘く見られていたこの非道の数々! 二年前にも、私は同じものを彼女から受けました! こんなことを、許していいのでしょうか!」


 なるほど。家の力じゃ対抗できないから、周辺の高位貴族たちの印象を良くして、庇って貰おうという算段ね。それなら、サファージ侯爵家を潰すことだって可能かもしれない。

 でも、あまりにも浅はかだわ。そう思って、私は静かにレティシア嬢を見つめた。


「一つ確認ですが――これらはすべて、私が第三学年に上がってから起きたこと、でよろしいのですね」

「ええ、そうですわ! 殿下の婚約者という立場に甘え、学業を疎かにしていたあなたは、第二学年は随分と忙しそうで、おとなしかったものね。けれどそれがなくなったから、第三学年になってまたいじめを再開した。違いますか?」


 言質、確保。私はにやつきそうになるのを押さえながら、次の手を考える。

 すると、壁際で待機していたアイルが、ゆっくりと近づいてきて、私の背後で、そっとメモとペンを取り出した。私はそれを見て、次にすべきことを選定する。


「分かったわ。そちらの方々からもちゃんと話を聞きたいから、お名前を教えてくださる?」


 その言葉に、きちんと教育を受けた子息息女たちは、おやと思ったのではないだろうか。けれど、彼らはご丁寧にちゃんと名乗ってくれた。名前から家名まで。知る限り、全員男爵家子爵家の人間だ。

 アイルがペンを走らせて、止めたのを見て、私は頷いた。


 今、視線は私に集まり切っている。覆すなら、今だ。

 笑え、悪役らしく。この悲劇のヒロイン気取りの女を、地獄へ叩き落せ。


「では、レティシア・メフィスト子爵令嬢、そして今名乗っていただいた、合計12名を――」


 私は扇子を高く掲げて、高らかに告げる。


「偽証罪で告発いたします」


 さぁ、ここからが佳境。参りましょう。必ずや、サファージ侯爵家を舐めてかかったことを後悔させて差し上げます。

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