表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
気性難の令嬢は白竜の花嫁を夢見る  作者: ねるこ
第一部
14/65

14. アルフィノの秘密

 体調が良くなった私は、アルフィノ様の私室を訪れていた。アルフィノ様の私室は、男性らしくすっきりとした私室――とは裏腹に、大きなクロゼットや、三面に鏡がついている極めて小さな個室がある、少しだけ不思議な部屋だった。

 部屋の隅にあるソファへと私を連れて行って、腰を下ろさせて貰う。アルフィノ様はポットから紅茶を汲むと、それを私の前へと置いた。アルフィノ様は、私の正面へと腰を下ろした。


「さて……何から話そうかな。思ったよりも話さねばならなくなるのが早かったので、まだあまりちゃんと準備してないんです」

「何からでも……構いません。何でも、受け止める覚悟はできています」

「……頼もしいですね。では、まず前提から。今から話す話は、たとえ家族でも、友人でも、侍女でも。誰に対しても、他言無用です。守れますか?」


 アルフィノ様の問いかけに、私はゆっくりと頷いた。今から話されるのは、フレイザード家の――フレイザード伯爵の、秘密。婚約者である私を信用して話される、一族の話。

 アルフィノ様はしばらく考え込んだ後で、ぽつぽつと語りだした。


「国仕貴族にも、色々います。表立って活動している者もいれば、普段は姿を隠し、王都の威光が届かない辺境の地を治めている者もいます。ぼくは後者ですね。ぼくは王都の威光が届かぬイズラディア公爵領の片隅であるルーセンの領主を表向き治めています」

「……表向き」

「はい。もうお察しかもしれませんが、実際の領主業を行なっているのはぼくではなく、ロータント子爵です」


 私はゆっくりと頷いた。ロータント子爵がフレイザード伯爵家の忠臣の一家ならば、想像はつく。彼は、領主という立場を隠れ蓑に、まったく別の仕事をしていた。


「では、ぼくの仕事とは何か。それを説明するためには、まずは鴉という組織について説明しなければなりません。ミシェル様は、鴉についてはどの程度ご存知でしょうか」

「国防諜報組織で……国王の権限で動かせない、治安維持組織ですよね。情報の収集、操作、統制を行ない、国民を混乱させないように振舞い、王家の不逞があればそれを暴き、それを収められる立場の人間に知らせる……とか、何とか」

「流石、優秀ですね。その通り、鴉とは、王家とは紐づかない、国の治安を裏から支える組織です。王家が鴉の力を使用できないのは、王家の横暴に囚われない勢力を残しておくためですね。鴉は決して表舞台には出ずに、裏から国の治安維持を行ないます。そんな鴉ですが……」


 アルフィノ様は、そっと微笑んで、何でもないことのように告げる。


「今代の棟梁(とうりょう)を、ぼくが務めております」

「……えっ!?」

「まぁ、ぼくは婚姻に伴ってその座を他に譲る予定なのですが。フレイザード家の次期当主は、12歳から6年間、諜報活動に従事して爵位を襲名し、そのあと数年間、鴉の重要な役職について、国の治安維持に貢献します。今代は、それでぼくが棟梁を務めることになったということですね」


 実体のつかめなかった、謎の治安維持組織。まさか、目の前の彼が、その頭役を務めていたとは誰も思わない。そもそも、彼の見た目は14歳の少年だ。そんな彼が、諜報員だと思うことが難しい――そこまで考えて、どうしてフレイザード伯爵家が、諜報活動に従事するかの理由を理解してしまった。


「ルーセンの街は、国中から鴉の人員が集まり、情報が集まる場所。ぼくはそんな街の中で鴉たちからの情報を統合し、国の中枢部へと流す役目を負っています。それが、ぼくの本当の仕事というわけです」

「そう、だったのですね」

「はい。鴉たちからの情報の収集はもちろん、ぼくは潜入捜査員として国の中枢部に潜入して、直接王家の近くに至って、情報を収集・伝達することもよくあります。ですので、実はぼくは王都にて、何度か君とすれ違ったことがあります」

「……えっ!?」


 アルフィノ様は、くすくすと微笑んで、そうしてゆっくりと立ち上がると、少しお待ちください、と告げて、一つの紙袋を持つと、部屋の片隅の方へと向かって、近くにあった衝立を雑に置き、自分の姿を隠した。その向こうででごそごそと動きながら、話を続ける。


「王都の中では何度もすれ違っていたぼくですが、君と初めて顔を合わせた時――ぼくは、フレイザード伯爵としての姿をしておりませんでした。覚えておいでか分かりませんが、その時のぼくは――」


 そうして、衝立の向こうから、人影が現れる。そこに立っていたのは、黒髪の給仕(ボーイ)だった。眼鏡を掛けた、両目が青くなっている、幼い顔つきをした給仕の姿を見て、私は目を丸くした。

 その姿には、見覚えがある。彼は、あの婚約破棄をされた終業パーティーの場で、誰もが動けなかった会場の中で、唯一私が出て行こうとした入口の扉を押し開けて、丁寧に礼を返してくださった、幼い給仕である。

 まさか、あの人物がアルフィノ様だったなんて――と、私はあわあわとしてしまった。アルフィノ様は私の正面へと戻ってきて、艶やかな笑みを浮かべる。


「こんな格好をしておりました。見覚えはありますか?」

「……あります」

「そうですか。そう、ぼくはあの婚約破棄の糾弾が行なわれた場におりました。目的はもちろん、第一王子の不穏な動きを察知したため、その監視につくためです。ぼくはこうやって、特技の変装を活かして、別の人間に成りすまし、様々な場へと顔を出しています」


 アルフィノ様は、眼鏡をくいっと押し上げた。いつもの彼よりもクールさが少し増している少年の姿に、私は目を奪われていた。そういえば、虹彩異色はどうやって隠しているのだろう――と首を傾げて尋ねれば、彼は苦笑して、眼鏡をはずした。すると、そこにはいつも通りの虹彩異色がある。


「我が家には、この特徴的な虹彩異色を隠すための秘奥があります。こういった媒介となるアクセサリーが必要となりますが、魔法の力を利用して、目の色を錯覚させることができるんです。眼鏡を使わなければ変装ができないのが難点ですが、眼鏡は普段からの印象を変えるのに有効なので、こうして変装の小道具として利用しております」

「すごい術ですね……眼鏡を掛けるだけで、瞳の色を変えることができるだなんて」

「変える、というほどの大した術ではありません。使える色は、飽くまでも元々の青か緑の二つだけ。ぼくらの虹彩異色は非常に特徴的ですから、この眼鏡でちゃんと正体を隠さないと、すぐにばれてしまいますからね」


 あまりにも驚きの事実の連続に、私は目をぱちくりとさせていた。アルフィノ様の変装技術の高さには納得がいったものの、何度もすれ違ったことがあるという。一体、どこで。誰と。そんなことを考え出しても、全てを思い出すことなど到底できなかったのだ。


「この身体的特徴は、あまりにも潜入捜査員としては不利ではあるのですが、間者と連絡を取るときは便利なんです。眼鏡を外すだけで、向こうの信用が得られますから」

「確かに、アルフィノ様のお姿は、一度見れば強く印象に残りますね。ここまで白く綺麗な銀の髪も、虹彩異色も滅多に見ないですから」

「この見目も印象操作においては利益になりますね。かけ離れた姿になればなるほどに、同一人物とは思われないので」


 黒い髪を櫛で軽く整え、外に強くハネさせると、それだけでもぐっと印象が変わる。類まれなる白銀の美少年の面影は、今目の前に座っている彼からは一切感じられない。


「フレイザード家はこの容姿の特徴ゆえ、潜入捜査員を請け負う者は少ないです。ただ、ぼくの場合は父の技能がそれに偏っていたので、自然とぼくもそちらが得意となり、幼い頃より方々で諜報活動に勤しんでいました」

「なる、ほど……」


 あまりにも今までに出会ったことのないタイプの方で、私は目の前に次々と広がる未知の事実に、何とかついていくことだけで精いっぱいだった。アルフィノ様はすっかりと様変わった姿で櫛を置いて、そっと微笑みかけてくれた。


「さて。これらを話したところで、あの日の話に戻りましょうか。ぼくはルーティナから、ミシェル様がいなくなったという話を聞いて、すぐに鴉と連絡を取りました。鴉が集う街で狼藉を働くとは、本当に愚かなことです。出入り口を封鎖された賊は、案の定怪しい行動をとり、すぐに足がつかめました。そのあとは、ミシェル様が見たとおりです」

「……アルフィノ様と、もう一人の鴉が……賊を蹴散らした、ですね」

「はい。鴉の任務には、表沙汰にできないものも時折含まれます、という言葉で、お判りでしょうか」


 ――暗殺。

 その二文字が浮かんで、私は身震いをする。けれど、アルフィノ様の戦闘技術は、暗殺と護身に適した、相手の急所を的確につく戦い方だった。私は、心臓に落ち着けと叫んだ。どんなことがあっても、彼のことを受け入れると、そう決めたのだ。

 分かっていたことだった。王国の安寧を保つためには、時にどうしようもないほどに腐り切ってしまった分子を切除しなければならないことも。それをやってくれている人を見て見ぬふりをすることで、私たちは安寧を享受しているということも。


「この幼い容姿の下に隠された、あまりにもあなたのような生粋のお嬢様に相応しくない、黒い真実の数々を知らせることとなりました。お目汚しをして、申し訳ありません」

「いえ……いえ。あなたのように、泥をかぶってくださる方がいるからこそ……この安寧が続いていることは、貴族は皆知っていることです。けれど、アルフィノ様があんなにお強かったなんて……全然、想像がつきませんでした」

「それが、フレイザード家の強みなんです。こんなに幼い少年が、諜報員や汚れ仕事をしているとは思えない。そういう、他人の先入観を利用して、ぼくらは人のコミュニティに忍び込むんです。幼いころから、たくさん大変な任務をこなして……気が付けば、棟梁を任されていました」


 彼は何でもないことのように言う。けれど、鴉という存在は、貴族ならば誰もが意識しながら生きるもの。彼らがどこから見張っているか分からないという理由だけで、貴族たちにとっては大きな抑止力となる。もちろんそれは、王家の方がより顕著だ。


「ぼくは今代の王家が立太子を済ませたら、後任に頭役を譲って潜入捜査員を引退し、そのあとは君と共に、フレイザード家のもう一つのお役目を……白竜様を奉り、次代へと信仰を繋げるお役目を果たすことになります。鴉から足を洗うわけではないので、ルーセンの裏の領主業は引き続き行ないますが」


 私は、ゆっくりと頷き返した。彼が背負っているもの、彼が隠していたもの。それらが分かったのだ。確かに、これは私には知られたくなかっただろうと思う。そして、彼ならばきっと、私が望まなければ、見事に隠し通したと、そう思う。

 優しくて紳士的なアルフィノ様が、実は国の影で汚れ仕事を請け負っている。ずっと、私を安心させるために穏やかであろうとしてくれていたアルフィノ様が、この事実を私に伝えるのに要した心労は、私には計り知れない。


「以上が、ぼくからあなたに説明差し上げることができる、ぼくの裏の仕事についてです。……フレイザード家の花嫁は、できる限りこの仕事から遠ざけるように、というのが家の意向です。血を繋ぐために来ていただくのに、血なまぐさいことに巻き込むわけにはいきませんから」

「……私が首を突っ込みたがるから、話さなければならなくなったのですね。申し訳ございません。私、きっとアルフィノ様の、話すのには勇気がいる、という言葉を軽く見ていたのだと思います。聞いてみて、きっとお話しするのもつらかったと思います」

「……そうですね。君には、ぼくの綺麗なところだけを見ていてほしかった。紳士的で、穏やかで、優しい。そんな風に評してくれた、君の理想の旦那様でいたかったです」


 繕うような笑顔に、ちくりと胸が痛む。けれど私は、全てを受け入れると、決めた。彼のすべてを受け入れて、共に前に進むのだ。だから、彼のことを恐れたりはしない。

 私はそっと彼の手を取った。アルフィノ様は少しだけ瞳を揺らす。


「知れて良かったです。あなたが国のために、どんなに頑張ってくださっているか。私が尊敬している、国の貴族のありかたそのものですわ」

「ミシェル様……」

「素人の私にできることはなさそうですけれど、あなたの帰る場所を守れる、立派な夫人になれるように頑張ります。だから……」


 私はそっとアルフィノ様を見上げる。変装をしていて雰囲気は違うけれど、こうして相対すれば、本人であることはすぐに分かった。目の動き、表情の動き、手の温度、優しさ。全部、私が大好きなアルフィノ様のもの。


「……疲れた時は、癒しますから、ちゃんと甘えてくださいね?」


 そう告げれば、アルフィノ様は、目を丸くして、そうしてくすりと口元で笑った。ゆっくりと立ち上がると、眼鏡を外して、そっと私の隣へと腰掛けた。


「本当に君は、いい子だね。受け入れてくれて、ありがとう」


 耳元でそう呟いて、そっと私の肩を抱いた。それは、普段は紳士的で自分から私に触れようとしない彼が、勇気を出して触れてくれた、私への信頼だった。

 それが嬉しくて、私は彼に体を委ねて、体を寄せ合った。

 私の生活に彼が現れて、およそ三ヶ月。人と付き合う時間としては、まだまだ短いけれど、きっと恋に落ちるというのはこういう感覚なのだろう。

 元婚約者と過ごした長い時間と比べ物にならないくらい、その短い時間で、彼のことが大好きになっていった。


◆◇◆


 彼から秘密のカミングアウトを受けてから、およそ1週間後。私は、もう二度とこんなことが起きないように、アルフィノ様が専属の護衛を付けて下さることになった。

 家で雇った護衛では守りきれなかった前例ができてしまった以上は、暗殺と護衛の訓練を受けた者に、しっかりと外出の際は護らせる。それが、アルフィノ様の結論のようだ。

 ちょうど任せていた任務が終わり、帰還した人材がいるとのことだったので、その方を護衛につけて下さるそうだ。そうして、挨拶に訪れた人物を見て、私は目を丸くした。


「……お嬢様。本日より、お嬢様の専属の護衛の任につくこととなりました。鴉の棟梁補佐、セバスと申します」


 愛しいあの子の後ろに控え、いつも美味しい紅茶を淹れてくれた美丈夫。黒い長い髪を後ろで一つに結い、濃い銀色の瞳を細めた従者は、私の前でゆっくりと頭を下げた。


「セバスさん……あなたが護衛をしてくださるの?」

「セバスとお呼びください。アルフィノ坊ちゃんから、長めの休暇を仰せ付かりまして。私はしばらく、鴉の活動を休止することとなりました」

「そうなのですね。よろしいのですか、お休みなのに、私のお守りをしていただいて……」

「はい。私にとっては、坊ちゃんとその愛する人が仲睦まじい様を見ているだけで眼福ですので」

「え?」


 私は思わず聞き返してしまった。しかし、セバスはその見目麗しい顔で、真顔で返す。


「常にお嬢様の前で蕩けたように気を抜いてくださる坊ちゃんを見るだけで涙が溢れる想いです。そんなあなたさまの傍は、私にとってはまさに特等席です」

「特等席」

「坊ちゃんが繕うわけでもなく、自然な笑顔を浮かべられるのはご家族とお嬢様の前でだけですので。坊ちゃんはビジネススマイルも大変お上手ですが、やはりあなたさまの前で浮かべる笑顔は至高の一言です」


 私は、思わず首を傾げてしまう。

 ――あれ? セバスってもしかして、すごく変な人?

 目の前で饒舌にアルフィノ様への想いを語るセバスの姿は、エリンのそばに控えていた物静かな侍従の姿をいとも簡単に塗り替えてしまった。


「私にとって前伯爵は命の恩人。坊ちゃんは、そんな恩人の大切な宝子。坊ちゃんの幸せこそ、我が望み。そのために、あなたさまが必要だと言うなら、この命、喜んで懸けましょう」

「は、はい」

「フレイザード伯爵家秘書。及び鴉、棟梁補佐セバス。本日より、お嬢様の命を、あらゆるものからお守りいたしましょう」


 セバスはそう告げて、深々と頭を下げた。そうして、特に何も言わずとも影から護衛するので、何も気にせずに生活してくれと言い残して、彼はその場を去っていった。

 少し騒がしくなっていく日常。けれど、また一つ、アルフィノ様との心の距離が狭まったような気がした。


◆◇◆


「アルフィノ様」


 執務室で情報の整理を行なっていたアルフィノは、そっと視線を上に向ける。いつもの定時報告だ。そっと頷いて先を促すと、彼はつらつらと報告を述べた。


「捕縛した賊の尋問が終わりました。明確な名前は伏せられていたようですが、賊らの依頼人は、情報を統合するに、メフィスト子爵が長子、レティシア嬢によく似た特徴であることがわかりました」

「ご苦労様です。まぁ、十中八九間違いないでしょうね。今の状況で、ミシェル様の純潔を奪って得をするのは、第一王子の婚約者位を狙っている者でしょうから。ほかにも候補がいますが、ほかの人間には動機がありません。ミシェル様の顔色を窺うのは、サファージ侯爵と相まみえればそれで済みます。サファージ侯爵に近づくことのできない、彼女以外はそれができますからね」

「いかがいたしますか?」

「あまりにも不本意ですが、彼女を確実に裁ける場になるまでは泳がせてください。彼女に監視を付け、ほかにもミシェル様を害しようとする行動を認めた場合、こちらに至るまでにすべて処理してください。子爵にも同様に」

「かしこまりました」


 一手打つのが遅れたせいで、ミシェルはひどい目にあってしまった。もう二度と彼女をこんな目に遭わせないために、アルフィノは鴉を使って策謀を進める。第一王子の婚約者に関わることならば、鴉の管轄内である。

 確かに有益な情報は得られたものの、ミシェルに強烈なトラウマを刻みかけたあの事件を見逃した者らにはしっかりと釘を刺した。彼らも結果を焦ったという話ではあったのだが、それを「仕方ない」と一蹴する気にはなれなかった。何よりも泳がせた後はどうにもできず、アルフィノに全てを投げようとしていた魂胆にアルフィノは全ての感情を捨て、きつめの仕事を渡した。

 鴉は一枚岩の組織ではないし、棟梁という肩書にそれほど大きな意味があるわけでもない。ただ、アルフィノが鴉の幹部であることは間違いがなかった。


「それと並行して、例の工作は進めておいてください。首尾はどうですか?」

「気づかれていません。彼女は、着々とミシェル様を陥れる準備を進めています。流した情報と忍ばせた工作員は、しっかりと機能しているようです」

「そうですか。では、そちらは引き続き、お任せします」

「承知いたしました。それと、正妃殿下が動いたという情報を掴んでいます」


 アルフィノはその言葉を聞いて、瞳に冷たい光を宿して、そっと瞳を伏せ、ぐっと拳を握りしめる。婚約者に絡みついた忌々しい鎖を、断ち切るためにはまだ時間がかかることを確信する。


「近いうちに、第一王子殿下と側近がこちらにいらっしゃるかと思います」

「なるほど。分かりました。それに関してはこちらですべて対処します。一つ質問ですが、側近は機能しているのですか?」

「……残念ながら」


 その言葉に、アルフィノはすべて理解したように深く頷いた。悩みの種が増えて、ゆっくりと頭を抱える。


「サファージ侯爵は何と?」

「……すべて、フレイザード伯爵に任せると。王子殿下にも、フレイザード伯爵の判断に任せると仰っていたそうです」

「分かりました。承りましたと、そうお伝えください」

「は」


 その言葉を最後に、部屋からはもう一つの気配が消えた。アルフィノはそっと息を吐き出して、そうして執務机の前に座った。


「さて、問題は山積みだな……どう片を付けるか」


 その瞳には、仄暗い光が宿っていた。決してミシェルの前では見せない、鴉の頭としての彼の瞳は、獰猛に目の前に横たわる獲物に向けて、鋭い眼光を放っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ