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8 あり得ない発言を聞き

「えっ、かえってなかったの、あんなに急いで皆で、時間になったら切り上げたのに!」


お裁縫の仲間が皆揃っているだろう、そう思って仕立て屋に駆け込んだ私が聞いたのは、そんな言葉たちだった。


「どういう事? 帰ったって……ロッテちゃんは帰ったの? ちゃんと皆と、それなりの時間に?」


「そうよ帰ったわよ! だってそうじゃなかったら、ロッテったら一緒にお祭り見て回らない、家族を心配なんかさせられないって言い切るものだから」


「だから皆で見ようねって予定していた観劇とかも、止めて、そこの街灯の所で解散したのよ! それから私たちは、二次会ねって言って、観劇とかを見に行ったけど、ロッテは間違いなく、帰ったわよ!」


「どれくらいの時間に!?」


大変な事が起きている。それは私でもよく分かった。シャルロッテはちゃんと帰り路を目指したのだ、なのに帰っていないとは、一体どういう事なのだ?

違う、考えたくない可能性を、頭が否定しているだけなのだ。

あんなにきれいなシャルロッテが、一人で薄暗い道を歩いていて、狙われないわけがないのかもしれない、それに昨日は、豪華な母さんのドレスを着ていたのだ!


「だいたい、五時くらいよ」


「五時!? そんな時間に!?」


その時間帯と言ったら、私たちが帰路についたくらいではないか、シャルロッテは家族の誰よりも早く帰り路を進んだのだ。

なのにどうして、家に帰れなかった……?


さらわれた、という言葉が頭をよぎった、大変だ、直ぐにおかみさんたちに知らせて、ギルドとかに掲示してもらわなければ!

人が行方不明になった時に、一番大事なのは迅速な行動だ。他の町に連れて行かれていたら、見つけられない事だって多い。

それにさらわれていたなら、一晩という時間を、私たちは相手に与えてしまっているのだ!

これ以上時間を相手に与えるわけにはいかない!


「ごめんありがと、じゃあね!」


私は挨拶もそこそこに、仕立て屋を飛び出し、そのまま人込みを押しのける勢いと、道行く人を蹴飛ばす勢いで、おかみさんたちの家に走って行った。

走っている途中で、ケビンにぶつかり、ケビンが大きくよろめいていたけれど、私は走り際に


「ごめん急いでる!」


とだけいって走って行った。

そして息が切れても走り続けて、とうとう足が震えだすほど走って家の前に戻った時、そこは異様な空気に包まれていた。

何といっても場違いなのは、豪華な馬車が家の前に停まっている事だろう。

ただの下町の一軒家の前に、こんな立派な仕立ての馬車は止まらない。

どうしてこんなものがここに? 悪い予感しかしないんだけど。

そんな事を思って私が、馬車の近くで待機している、武装した物々しい人たちの脇を抜けて、家の扉を開けようとした時だ。

そこからおかみさんの大声が響き渡ったのは。


「冗談じゃないよ! あの子はあたしの可愛い一人娘だ! 王女様の娘だなんてそんなわけがあるかい! うちの娘を返せ! 返すんだ! 人さらいが!!」


「私の娘だ、大事な大事な娘だ! 王女様の一人娘だなんてそんな冗談があるわけないだろう! 何を言っているのかわからないですが、私たちの娘を返してください! 私たちは王女様とは縁もゆかりもない下町の人間です!」


おかみさんの大声に続き、旦那さんも滅多に荒げない声を荒げている。おかみさんの大声はまだわかるけれども、旦那さんが、ここまで怒鳴るなんてめったにない。

二人ともそれ位怒っているのだ。

激怒と言ってもいいだろう。

そしてその声を聞いただろう、家の中にいる他の誰かが言う。


「ふん! 何を隠し立てしているのかは知らないが、我々が何も知らないと思っているのか! あのご令嬢こそまさに、国一番の美貌を噂された王女様の一人娘に間違いない! それに我々は、この近辺に、昔王女様が身を潜めていた事も知っているのだぞ!」


「王女様と縁なんてないよ! あの子は私たちの娘だ! 大体何を根拠にあの子を王女様の娘だなんて言っているんだ! 近所に聞けばわかるだろう! あの子は産まれた時からずっと、ここで暮らしていたってね!」


「近隣の物にも聞いたが、お前たちはここで二人の赤ん坊を同時に育てていたそうではないか、その一人が王女様の娘君だ! しらばっくれても無意味だぞ!」


「うちで面倒を見ていたのは、訳ありの女の人の子供だよ! 王女様だなんてとんでもない!」


「うるさい!」


もめているらしい。扉を開けるかためらわれるほどの口論だ。

しかし私は開けなくちゃいけない。私は急いでいるのだ!


「おかみさん! 仕立て屋の御針子の皆から聞いたけど、ロッテちゃん五時にはもう帰ったんだって!」


私は扉を開けて、彼等の話をぶった切る勢いで、大声で怒鳴った。

こっちの登場に、皆一瞬黙る。

そしておかみさんが私を指さした。


「あの子だよ! 母親が行方不明になってしまって、いままでうちで面倒を見ていたのはね! あんたたちの探している王女様の娘が何者か知らないが、私たちの娘じゃないんだから、あの子しかいないだろう!」


え、私に矛先回ってきた!?

私がびっくりして立ち尽くすと、部屋の中にいたお貴族様にしか見えない見た目の男性は、私を上から下まで眺めて失笑した。


「こんな見た目の悪い貧相な小娘が、麗しの王女様の娘であるわけがなかろう! もしやお前たち、自分の娘を王女様の娘と偽り、城へあげるつもりか! そして本物の王女様の娘君は、美しいから金持ちに売り飛ばそうという魂胆か!」


おい、なんて事を言うんだ!

私は口を開いた。


「おかみさんたちになんて失礼な事を言うんです! ロッテちゃんはおかみさんたちの一人娘だし、この家で居候をしているのは私です! あなたたちは何の用事があってここに来たんですか! よく分かりませんが、ロッテちゃんを無理やり連れて行ったんですか! そういうのって良くないです!」


「黙れ! 先ほどから言いたい事を言わせておけば、下々の身の上で私に何という無礼な口をきき続けるのだ! そして詐欺を働こうなど笑止千万! 衛兵! この馬鹿な詐欺師どもを全員連れて行け!」


「ふざけんじゃねえよロッテちゃん返せ!」


男の人の言葉を聞いた瞬間に、家の中に兵士たちがなだれ込んできた。

そして抵抗する隙を与えられなかったおかみさんと旦那さんが、縛り上げられて引きずって行かれる。

私はとっさに一人を殴ったものの、多勢に無勢で押さえ込まれて、同じように縛り上げられてずるずると引きずられていった。





地下水の音が響いている。あたりは一面真っ暗闇で何も見えない。でも何者かの気配が漂っているのは、ここが鼠とかの通り道とかだからだろう……

私たちが引きずられていった先というのは、この町で一番皆が入りたくない場所である、地下牢だった。

地下牢は臭いし寒いし、牢屋だし明かりも何もないし、誰も入りたくない場所だ。

それに排せつ物の処理も雑だから、色々な意味で最悪の場所である。

そこに私たちは、問答無用で連れて行かれたのだ。

もちろんかなり雑な扱いで連れて行かれたため、私はきっとどこかに痣が出来ているし、おかみさんも旦那さんも、怪我をしているはずである。


「どうしてこんな事に……」


旦那さんが言う。だから私は聞いてみた。


「旦那さん、あの鼻持ちならない人は、何と言って家に来たんですか?」


「それが、本当に信じられないんだが……」


そうやって前置きして、旦那さんは教えてくれた。

娘が帰って来ないし、エーダが戻ってき次第、ギルドに行方不明者の手続きをしようとおかみさんと相談してた矢先、彼等が訪ねてきたそうだ。

そして、袋に山ほどの金貨をつめたものを置いて


「王女様の娘君の養育ご苦労。これは謝礼だ。こんな貧乏くさい場所に住んでいる人間にはありがたいものだろう」


といったらしい。意味が分からないおかみさんや旦那さんが、どういう事かを聞くと


「お前たちがひた隠しにして育て上げてきた、皇女様の娘君も、美しく立派に育った。これは公爵様からの謝礼金だ」


というわけわからんな事を言われたらしい。そして彼は


「しかしロッテなどとは陳腐で美しくない名前を、皇女様の娘君につけて育てていたとは、神経を疑うがな、もっと美しく可憐でたおやかな名前をつけられなかったのか」


と言った事で、ロッテちゃんが連れて行かれた事を知ったらしい。

さらに彼は


「娘君は何も知らされていなかったらしいな、大変困惑し、自分は両親の娘でありそんな尊い身の上ではない、と最後までご同乗を拒まれてしまってな。しかしこちらもこれだけ捜し歩いて間違いがあるわけがない。そしてあのドレス。あのドレスは皇女様が冤罪を着せられ、一人城を出て行った際に一着だけ持って行った特別なドレス。あれがあれほど似合う少女が、皇女様の娘以外の何者でもあるわけがない」


なんて事もいったらしい。そこでおかみさんがぶちぎれて、


「娘を返せ人さらい!」


という一連の事に至ったらしい。

私はそれを聞いて真面目な声で言った。


「あれ私のお母さんのドレス」


「だろう? あんたのお母さんの荷物の中に、一着だけ入っていたのはあのドレスで間違いがないんだ。それが似合っていたから、皇女様の娘だなんて暴論だよ……」


「というか、この話の流れだったら間違いなく、あんたが皇女様の娘ってことになるんだけどね」


旦那さんが疲れた声で言った後に、おかみさんが考えたくもないけれども、と言いたそうな声でそう言った。

それは私も思っていた。あれはおかみさんのドレスでも何でもない。私のお母さんのドレスなのだ。

そしてお母さんの娘は私だけなのだ。

つまり……私がその、皇女様の娘、という事になっちゃうのだ。

あのドレスを、お母さんがどこかから手に入れてない限りは。


「……このままだと私たちどうなるんだろう」


「あんまりいい未来は見えていないね。地下牢に入れられた人間のほとんどは処刑か、精神を病んで死んでしまうか、なんだから」


「確かにこんな真っ暗闇の中に長い事居たら、気が狂いそう……」


旦那さんが言う。あれだけ言っていたのに、自分の娘だとわかってもらえないなんて、旦那さんは絶望しているのだ。

私たちは何も嘘は言っていない。事実を頭から否定されて、結果こんな目に合っているわけだ。

……寒い。

くしゃみをした私を、柔らかい腕が抱き寄せてくれた。


「ここは寒い、皆で寄せ合って温まろう」


「そうだね」


私たちは身を寄せあい、これからどうなるのか、と震えながら、一日目を過ごした。

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