5 うんめいのさいかい
言葉が出なくなるほどに似ていた。それと同時に、お母さんがあれだけ激昂した理由をかすかに理解した。
そうか、男女の性差以外では、私はお父さんに生き写しで、だからお母さんは砂漠に染まってそこで生きる事を幸せだと言った私が、お父さんを否定したように見えたのだ。
同じ顔が、砂漠を捨ててお母さんを選び、砂漠を選んでお母さんを捨てた、と思ったんだろう。
それがなんとなくわかるほど、私は目の前の人が自分の成長した姿そっくりで、何も言えなくなっていた。
しかし、いとし子と呼ばれたお父さんは、不機嫌を隠す事もなく神官様に言う。
「今日はこの子だけにしてくださいよ、今日は具合が悪いと言いました」
「はい。しかし遠くからあなたを訪ねてきた子供です、むげには出来ないでしょう」
「まあそうですね」
お父さんは機嫌が悪そうだった。具合が悪いのか、機嫌が悪いのか、どっちもなのか。微妙だった。
そんな人に、神官様は一礼して去っていく。
そして部屋に残されたのは私とお父さんの二人で、お父さんが自分が向かっていた所を示す。
「ここが、水神様にお祈りが一番届く祈りの場所です。お参りに来る子達には、皆ここでお祈りをするように伝えているんですよ」
「……いとし子様、お願いがあるんです」
「雨の事ならば、僕に言っても、あまり意味がありませんよ。雨が降るのは自然の事ですから」
「……水神様を信じていないのですか」
「自然の世界の事を、神様の御業であるというのは、現実的ではないと思っていますよ。ああ、君にはあまり理解できない事でしょうね。僕もあの美しい銀の女神が教えてくれるまでは、知らなかったんですから」
「……」
お母さんが、雨が降る事は自然の働きだと言ったんだろう、とここで私は察した。
そしてさりげなく周囲を見回すと、荷造りの形跡を見つけた。
……もうすぐ、この人は、この砂漠から逃げ出そうとするのだろう。お母さんと、一緒に。
じゃあ、今しか説得の機会がない。私は意を決して顔をあげて、私と同じ顔を見た。
「いとし子様、砂漠を捨てないで。この町を捨てないで。一番は、あなたを育ててくれた人達を、裏切らないで」
同じ顔は、動揺もしなかった。ただ、馬鹿で愚かな子供を見る憐みの表情で私を見ていて、こう言った。
「小さな子供には、早すぎる話でしたね。お祈りをするために来たのではないなら、僕も色々な用事があるのだから、もう帰った方がいいですよ。今見送りの神官を呼びますからね」
「だめです、あなたを今まで大事に育ててくれた人達を、裏切ったら」
「呪われた慣習ゆえに、視野が狭いように育てる事は、果たして大事に育てたと言っていいのかどうか」
きっとこの考えを生み出したのは、お母さんなのだろう。言い回しが、そっくりだった。
「いとし子様、冷静になってください」
冷静になれば、自分のする駆け落ちというものが、どれだけの影響を与えるか気付くはず。私はいとし子に縋りついて、見上げて、必死に訴えた。
冷静になって。よく考えて。平等に物事を見て。
でも、それも伝わらないのだ。
「僕は冷静ですよ。……君が神官達に何を言っても、気のせいだろうと思われるだけだと、一応忠告しておきますよ。君のような小さな子供の言葉を、真摯に受け止める大人ばかりではないのだから」
それだけを言い、お父さんであろうひとは、神官様に私の退室を告げて、私はその神官様に案内されるがままに、神殿の外に出る事になった。
何度か神官様にお父さんの考えている事を言おうとしたけれども、お父さんは上手に誤魔化すだろうと思って、言い出せなかった。
そもそも何でそんな事を思ったか、という時点で私は荒唐無稽な説明しかできないのだから、信じてもらえない可能性の方が高いのだ。
……お父さんは説得できなかった。でも、まだ、何かやれる事があるはずだ。
私はとぼとぼと神殿を出て、不意に子供たちの大騒ぎの声が聞こえてきたから、なんだなんだとうつむいていた顔をあげた。
「ハッサン!! 結局お前が一番高く上るのかよ!」
「高い所に登るのは、お前が一等賞だな!」
「そこから見る景色はどんなだよー!!」
男の子達が、無茶な所でよじ登り合戦をしているらしかった。私も、騒ぎを聞いてそちらを見上げている人達に紛れて、そこを見て……とある人の面影を持った少年が、高い塔の屋根のてっぺんに立って、下にいる男の子達に手を振っているから、息が止まりそうになった。
間違いない、あの人……私の夫になった人だ。
まだ見ていたいと思っていると、治安維持の人達が走って来て、下から大声で怒鳴った。
「ハッサン!! またお前か!! 高い所に登り過ぎだ!! 騒ぎが大きくなる前に降りて来い!! 今日こそお前をいとし子様に叱ってもらうからな!!」
「しょうがないな」
治安維持の人が大声で怒鳴ったと思うと、ハッサンと呼ばれた少年が、ひらりと屋根から飛び降りて、軽々とした身のこなしででっぱりに着地して飛び降りてを繰り返して、何の問題もなく地面に戻ってきたのだ。
治安維持の人がハッサンを捕まえてげんこつを落し、もうやめろと男の子達を叱り、ぶうぶうと文句を言われている。
男の子の度胸試しって、いつでも危険だものね、大人からすればやめろというしかない事だ。
……でも、もしかしたら。ハッサンに話しかければ、いとし子であるお父さんに、もう一回説得をする機会に恵まれるかもしれない。
それを思い付いたから、私はハッサンに近付いて、……それ以上近付けなかった。
ハッサンが、友達と大騒ぎをしながら、どこかに走り去っていったからだ。
そしてその、友達との楽しそうなやり取りを見て、胸がとても痛くなって、動けなくなったからでもある。
普通の、普通の男の子達のにぎやかさだった。楽しそうだった。……平凡な幸せにしか見えなかった。
これが、私の両親に奪われたものだと思うと、とても何かを言える精神状態になれなかったのだった。
「ねえ、そこのお姉ちゃん!! まって!!」
下を向いて、また今度こそ旦那の家を目指そうとした時の事だった。
私は、突然飛びついてきた誰か、女の子のような口調の相手のために、道で転んだ。
「った……」
「お姉ちゃん、お願いがあるの!!」
立ち上がって振り返ると、そこにいたのは私よりも小さな女の子で、口調は必死だし顔も真っ青だし、普通とは思えない。
「お願いって、何……?」
どこか見覚えのある顔をしているその女の子は、私が聞く姿勢になった事から、ぐいぐいと袖をつかんで、日陰に引っ張ってきた。人通りの少ない日陰だけれども、治安の悪さは感じられない所だった。
その子は真っ青な顔のまま、一度、二度、とうつむいた後に、意を決した調子で顔をぐいと上げて、こう言ったのだ。
「お姉ちゃんは、いとし子様にお参りに一人で来た子でしょ? だったら、いとし子様がいなくなったら、お姉ちゃんはもっと困るよね?」
「ここからいなくなられたらとっても困るかな」
「じゃあ、私のお願い聞いて!!」
「なあに?」
「さっき、いとし子様の所に、遊びに行ったの。その時に、いとし子様が、窓際で、綺麗な銀の髪の毛の女の人と喋っているのが聞こえて来て……大河を渡る最終便が出発する時間なら、警備を誤魔化せるとか、君とここから出ていくのが夢のようだとか、そんな事を喋ってたの。ねえお姉ちゃん、私の代わりに、その時間に、大河を渡る最終便が出る時間に、いとし子様が来ないか、見張って!! 私も、お父さんとかお母さんとかに、この事を伝えて、後から行くから!!」
「神官様には、言った?」
「うん、でも……いとし子様がそんな事を言うわけがないって、信じてもらえなくて、大人は皆信じないかもって思ったら、お姉ちゃんが通りかかって……ぴんときたの、お姉ちゃんなら助けてくれるって!!」
「ぴんと来ただけで、言うのはどうかと思うよ」
「私、勘だけはすごく当たるの! 野生動物くらいだって、兄ちゃん達も褒めるくらいに」
この子はどうやら、直感で生きて来て、なかなかすごい的中率を誇ってきたらしい。
そうなってくると、一種の加護のような気もして来るが……そこはどうなのだろう。
そしてそれが、こうして私相手にも的中しているから、私は頷いた。
もしもいとし子であるお父さんが、今日の真夜中に、色んなものを捨てて逃げ出す計画を立てているなら、足にしがみついて大声で騒いで、どんな目にあっても、その脱走を阻止しよう、と思えたのだ。
「わかった。私は一人でこの町に来たから、真夜中の大河の連絡船の出入り口の物陰に隠れられる。必ず、大人の人達を連れて来てね」
「うん!!」
誰かに言う事で、ほっとしたのだろう。女の子は泣きそうな顔から一転して笑顔になり、こう言った。
「お姉ちゃん、一番上の兄ちゃんと同じくらい、頼もしく見える! ありがとう!!」
ふとそこで、思い出した事があった。旦那は、妹から神の寵児の逃走の計画を聞いていたけれども、一歩遅れてしまって、その結果神の寵児が行方不明になったのだと話していた事を。
……私がいる事で、何かの運命が変わってきているのだ。
望みが近付いてきた気がして、私は何としてでも、お父さんとお母さんの脱走を食い止めるのだと、新たに誓ったのだった。




