2 つみのこども
「エーダ……」
あ、最後に見た時より顔が丸くなっていて、健康的な顔になったな、というのが最初に思った事だった。
お母さんの治める領地の、一番大きな館に連れて行かれた私は、そこの応接間で待っているというお母さんの所まで、使用人の人達の冷たい視線を受けつつ歩き、応接室の扉が開いた時に、そんな事を思ったのだ。
最後に見た時のお母さんは、あのくそったれ公爵に閉じ込められていた後遺症で、ご飯があまり食べられないでいたから、なかなか顔に血の気が戻っていなかった。
本当に不健康な感じの白い肌で、更に本人も日向に出るのが慣れていないそうで、こればっかりは時間だけが治すものだなと思っていた。
そしてお姫様学校に行かされた後に一度も会う事なんてなかったから、本当に一年ぶりくらいにお母さんの顔を見た。
お母さんに、ちょっとは成長した姿を見せないとな、と思った私は、お母さんを見た後に、砂漠流だけど、とても優雅な一礼をした。
最初にこれを女の子達に教えてもらった時に、あんまりにも綺麗な動きだったから、旦那にこれを見せて、見とれてほしいなと思って、ものすごく練習した一礼だ。
実際に旦那に見せる機会がなくて、こうしてお披露目するのはお母さんが初めてだけど。
「リリー公におきましては、ご健勝の程をお喜び申し上げます」
きまった!! 公式の場面だったり第三者がいる所では、家族でもなれなれしくしゃべっちゃいけないお姫様学校で習った事だ!
……旦那はいいの。あの人は言いたい事を言うし、私は言いたい事を言う。お互いそんな感じでいいって事になっているし、お互いそれがうれしいからよし。
でもお母さんは曲がりなりにも超一流の育ちだし、娘の貴族的成長は喜んでくれるだろう。
そんな事を思って、顔をあげた時だ。
お母さんの顔は、怒りに染まっていた。ものすごい怒りで、顔が見た事のないほど歪んでいた。
……あれ?
「エーダ!! あなた!! どうしてそんな真似をするの!!」
歪んだと思ったら、お母さんはつかつかと近付いてきて、怒りの感情を隠す事もしないで手を振りかぶって。
さすがに予想しなさ過ぎて、私はお母さんから思い切り平手打ちを食らった。
「何するの!!」
思い切り叩かれたと言っても、ジョン兄ちゃんほどの腕力でもないから、大した事じゃなく思える。でもかなりしっかり食らったから、口の中が切れて血の味がした。
流石にここでそんな事をそれもお母さんから、受ける理由がないと思って怒鳴り返すと、お母さんは二度目の平手打ちをしてこようとしたので、私はその腕をつかんだ。
「いきなり平手打ちなんてする理由ないじゃない!!」
「呪わしい国の作法なんてして、呪われたらどうするの!!」
「呪わしいって何よ!! 砂漠の国は呪われていたりしなかったよ!!」
「いいえ呪われていた!! あなたのお父さんも呪われていたのよ!! あの国はまともそうに見えて実際には恐ろしい呪いに満ちているのです!!」
「どこにもそんな物はなかった!! 雨が降って皆喜んでた!! 治安でいったら青の国なんて比べ物にならないくらい平和だった!!」
「それはおぞましい王をいただき、民衆が恐怖で支配されているからにほかなりません!!」
「あの人はどこもおぞましくない!! おぞましいのは青の国の王様方だろうが!! 自分の子供に毒を飲ませて、解毒薬をちらつかせていう事聞かせようとするのの方がおぞましいだろうが!!」
「あなたのお父さんを呪い殺したのは、あの国の邪教の神なのですよ!!」
「何よそれ!! お父さんは船が沈んで溺れて死んじゃったって言ってたのに!!」
後から考えれば、母親としては、娘が自分の大嫌いな国にすっかり染まっている事が許せなかったのだろうとわかる。分かるから、理解してあげるってわけではないけれども。
ただ、私が怒鳴った事を聞いて、お母さんは、私からすれば信じられない事を言ったのだ。
「あなたのお父さんは、あの国の邪教の神の寵児とされて、自由を奪われて、家畜よりもひどい扱いをされていたのよ! だから一緒に青の国に逃げ戻ったのに、あの国の神は、お父さんを理不尽な理由で怒り、お父さん以外にもたくさんの人が乗った船を沈めて、お父さんを殺したのよ!!」
私は、目を見開くしかなかった。初めて聞く言葉がいくつもあったけれども、それらが導く出す事は、ものすごく明白な結論だったからだ。
「……お父さんは、あの国の神様の寵児だったの」
「そうよ。そう言われて、役割を押しつけられて、町の外にも出られなくて、とても苦しんでいたわ」
「お母さんと、一緒に、逃げたの?」
「そう。お母さんは、お父さんが、国にいた時のお母さんと同じくらいに自由がなくて、何も望みがかなわない、夢も希望もない生活を送っていたから、一緒に逃げたのよ」
「……」
私は衝撃的すぎて何も言えなかった。旦那が前に言った言葉が頭をよぎった。
『銀の髪に紫の瞳の女は、不吉だと言われるようになった』
お母さんは、銀の髪の毛に紫の瞳だ。あまり深く考えてこなかったけれども、それは。
私はそれと、お母さんの言葉が何を示すのかを認めたくなくて、何も口から出てこなかった。
息がとても荒かった。
しかし、それも、お母さんからすると娘が、父親の待遇の酷さを聞いて、砂漠の国に憤りを覚えた結果だと思ったらしい。
やさしく頭を撫でてきて、こう言ったのだから、
「お父さんとお母さんは、静かに、平穏に暮らしたかったのに、砂漠の国の神が、皆皆奪って言ったの。……あなたまで、奪われてたまるものですか。あなたは私のたった一人の娘で、あの人の子供なんですから。子供まで取り立てようとされても困るのです」
「……」
何も言えなくて、真っ青になっているだろう私を、お母さんは私のための部屋という所に連れて行ってくれた。
「ごめんなさい、一緒にいてあげたいけれど、王宮からの使者の対応をしなくてはならないの。いいこで待っていてちょうだい」
お母さんはそう言って部屋の扉を閉めて……錠前が付けられた音がした。
私はふらふらと暖炉の前に座りこんで……顔を覆って、小さな声で言った。
「ねえ、あなた。わたしは
わたしは、あなたのかぞくをころしてうまれたんだって」
言ったとたんに、哀しすぎると涙も出てこないって本当だな、と思う位に、胸は痛むのに、涙は一粒も出る気配がなかった。




