23 面倒くさい王族関係者の結婚
「ロッテちゃんは私に再婚してほしいの?」
「だって、おぞましいって噂の、砂漠の魔術王と結婚生活するより、リリーさんの選んだ申し分のない相手の方が、絶対にエーダちゃんが幸せになるでしょ?」
「あー、無理だわ」
私はあっけらかんとそう答えた。それに対して、シャルロッテがどうしてだ、と言わんばかりの表情をとる。
そんな顔をしても美少女なのだと改めて、幼馴染の顔の造りの良さに感心しつつも、私はそれが絶対に無理だという事実を説明する事にした。
「私ね、砂漠の王様との婚姻証明書に署名してあるんだ。これが、歴代の王様とお后様だったり、女王様とその夫だったりが書いている、ものすごく歴史ある証明書でね」
「それがどうしたっていうの!」
「これの訂正をする時っていうのは、お互いに離婚しましょうって事にならなきゃだめなんだわ」
「ええっ!? 呪い!?」
シャルロッテが大声を出す。呪い、という声に、同じ露店の別の席に座っていた二人連れが、ぎょっとした顔でこっちを見たから、なんでもないですと手を振った。
「呪いじゃなくて、王様の結婚ってものすごい格式の高い契約ってわけだから、そう簡単に破れないようにしてあるってだけだよ。青の国でもそうだって聞いた事あるし」
「でも……でも、エーダちゃんはリリーさんの所に帰って、リリーさんの選んだ相手と結婚した方が」
旦那に対する嫌悪感ってどれだけなのだろうと思った。シャルロッテは私の旦那の顔も性格も知らないのに、ここまで毛嫌いできる物なのだろうか。
というか……そもそも。
「私が、もしもお母さんの選んだ相手と結婚して、今より不幸になったらどうするの?」
「リリーさんが選ぶんだから間違いないじゃない」
「うん、それはお母さんの目線での相手でしょ。お母さんがあんなに美人なんだから、娘の私もそれなりに美人だと思っていて、その期待が外れた相手の方が、今の旦那より大事にしてくれる保証はないよ」
「というか、私がその縁談の相手なんだがな」
「え?」
「え?」
唐突に割って入った声の中身に、私もシャルロッテもぎょっとして、声をかけてきた相手を見るほかなかった。
青の国の、血の濃さを証明する特有の青い頭髪。濃いほど素晴らしいと称される藍色の瞳。
現時点で生きている青の王族の中で、一番の美形だと町で言われるほどの整った顔立ち。
そう、何を隠そう、そこに立っていたのは、私を牢屋から助けてくれた王族様、……ウィルヘル様だったのだ。
こんな登場の仕方をするとはだれも思わなかったから、私は呆気にとられたし、シャルロッテもびっくりした顔をしている。
「相席をよろしいだろうか?」
「あ、どーぞ……」
やけに旅慣れた雰囲気で、このあたりの人達と同じような衣装に身を包んだ彼は、私とシャルロッテの方を見て言う。
「話がこじれる理由になってしまって申し訳ない。エーダの縁談の相手は、何を隠そう私なんだ」
「そうだったんですか。でもどうして……いや、何故ここに」
「そもそもここにいる理由としては、君を連れ戻す事、砂漠の王との婚姻関係を解消してもらう打診をする事のために来ているのが理由だな」
あっけらかんとした調子ですごい事を言う人だ。
いや、青の国の方針として、私を連れ戻す事を決定しているのか……と驚くほかない。
あと、旦那との婚姻を解消って、そんなのそう簡単にできるわけがないと思うのに。
「それと、エーダの縁談の相手が私だという事の理由として、私が国の厄介者だからという事があげられるな、ここは君に申し訳ないと思っている」
「ウィルヘル様が厄介者?」
「ああ、あまり聞いていない事かもしれないけれども、私の母は下町育ちの庶民といわれる側だったんだ。それを現在の王が見初めて、城に連れて来て私が生まれたという事になる。ただ」
「ただ?」
「母を城に連れて来たのはよかったんだが、それから身分も教養も申し分のない貴族の令嬢が王と結婚した事と、同時期にその令嬢……今の妃と母が妊娠した事で、母が陰湿な嫌がらせを受けてね。それでも私が生まれてきてしまったわけだ」
「それで一本小説がかけそうな中身だ……」
「悲劇的だと言いたいならありがとう。そう言う生まれの私は、王位継承権が異母弟や異母妹よりも低いけれども、継承権を持つという事で、妃が疎んじてしまっているんだ。だから遠くにやりたいけれども、庶民の血をひいている事で政略結婚に使うには条件が悪い。そんな時に、リリー公が娘の結婚相手を探している事で、立場的にも血筋的にもちょうどいいと、王が縁談を持ちかけてしまったんだ」
なるほど……確かに、ウィルヘル様なら普通のお嬢さんだったら恋愛結婚できそうだし、人格的にもまともだろうし、頭もいいし、いい相手だと思われたのかもしれない。
「リリー公も王族ならば、と縁談に乗りきになってしまったんだ。そして青の国でほぼ決定となったあたりで、顔合わせのために学校に呼ばれて……驚いたよ。君がいると聞いていたのに、君じゃない赤毛の女性が見合いの部屋にやってきたのだから。そこでもまあ色々ともめたけれども、青の国では、君の結婚を認めない方に舵を切ってしまったんだ」
「なんで……」
「ほかに私の押し付け先がないからだな。私の事で君に対して迷惑をかけてしまって、本当に申し訳なさ過ぎて仕方がない」
ウィルヘル様はさらりと言っているけれども、これだけ厄介者扱いされるって、精神的にきつそうだ。母親の家の後ろ盾もない王族様が苦労するのは、青の国では割と知られている話だし、彼が苦労して育ったのは事実なんだろう。
「そんなこちら側の事情で、君を青の国のリリー公の元に連れ戻す事、そしてこちらの縁談の方が先に決まっていたのだという法的根拠をもとに、君と砂漠の魔術王の婚姻を解消する打診を言いつけられてしまったんだ。迂闊に砂漠の法的文字まで操れるようになってしまったのが災いして、こうして私自身がここに来たというわけでもある」
「……ありふれた話ですけど、自分が当事者っていう事を考えるといい迷惑です」
「私もいい迷惑だ。あの人以外の誰とも、そういった約定をする気などないのに」
「あのひと?」
そこで、色々な事に目を丸くしていたシャルロッテが問い返す。ああ、とウィルヘル様が答えた。
「とても……その、なんだ、うん、とても大切な人がいてね。もう死んでいるんだが、死者に誓ってもおかしいものはないだろう?」
……その思いは、強い物なんだろう。それだけは言葉の端端から伝わってくるものだった。
そんな事を喋った後、ウィルヘル様は困った顔でこう言った。
「そう言うわけで、君には青の国に戻ってきてほしいと、言うほかない。これがただの女性の結婚ならば、青の国の王が口をはさんでくるわけのない物なんだが……どうしようもない事に、君はリリー公の一人娘で、王族として申し分のない血統を持ってしまっている。私よりも。君の結婚は、君一人で好き勝手出来るものではなくなってしまったんだ」
「でも、もう結婚証明書に記入し終わってるんですけど」
「その手の物をどうこうする方法は、困った事に私の手元にあるんだ。……そんなもののために、道を究めたわけでもないんだが」
「……」
「貴族の結婚、ましてその上である王族の結婚には、あらゆる契約その他が国同士で取り決められなければならないんだ。……まして青の国の十数倍の国力の砂漠の国に嫁ぐならば、青の国は君を諦めて、何も利益なしに結婚を認める事をしない」
「聞いていた以上に面倒だった……私が自分で旦那を選んで、ついて行っていても?」
「そうなんだ。あの学校で駆け落ちした男女は、すぐ足取りを追われて、婚姻成立のための条件が取り決められる物だったらしいが……君は書類の入れ替わりのせいで、それもしないであっという間に結婚してしまったからな」
君もいい迷惑だろうに、とウィルヘル様は同情的だった。
……私が絶対に嫌だと言ったらどうなるのだろう。
そんな事を思った時だ。
「私もいい加減にしろと言いたいわけだが、青の国の王の命令を無視すると、これはこれで面倒な事になるのと、砂漠の国の評判が悪くなるのとで、砂漠の王も君を連れ戻すという所だけは同意しなければならないわけだ」
「その結果、ウィルヘル様と結婚しなくちゃいけないって事も有りうるの?」
「私の方が断固として嫌がる姿勢を見せようと思っている。それに、本当は青の国は、砂漠の国と交易条約を結びたいんだ。迂闊に砂漠の王やその一族郎党を敵に回す行動はとらないと思う」
彼はため息交じりにそう言って……シャルロッテを見た。
「君も、エーダを連れ戻してほしいと言われてきたんだね」
「はい……」
「そんな君に、一つだけ真実を言っておこう。私と結婚するよりも、エーダは今の夫と結婚した方が、千倍は幸せに暮らせるよ、とね」
「どうしてそんな、確信したように言えるんですか」
「私も王族のはしくれだから、自分の情報網というものを持っている。そこからいくつも、エーダが夫である砂漠の王に、溺愛されているという話が上がっているからだ」
「……」
シャルロッテは納得しない顔をしている。しかしウィルヘル様が続けた。
「まずは二人が、城に戻る事で始まるから、君もしばらくは見守る構えでいた方がいいだろう」




