22 再会と勘違い
「ところで、兄ちゃんは私の旦那様に何の用事があるわけ?」
「ちょっくら聞いてみたい事があったんだ。その極めつけにおっかない両の目玉の事さ」
「目?」
私は旦那の方を見た。いつでも溶けた黄金のような流動性があるその二つの眼は、旦那を見た誰もがおびえるほどの圧力があるらしい目玉だ。
私には効果のない物だけど、皆目を合わせようともしないし、実際に目を合わせた人は血の気が引くし、悲鳴も上げるのだからかなり怖い目なのだろう。
これなら、ぶっちゃけ、兄ちゃんの方がおっかない目つきをしているかもしれないのに。
「……この眼の事をあなたは何だと思っているわけだ」
「この銀の目以上の厄介な目玉って感じ? おお、怖い怖い、そんな一睨みで殺しそうな蛇の神の目玉みたいな睨み方すんなよ」
旦那の目がわずかに細まり、それを見た兄ちゃんが茶化す。周りは一瞬だけ漂った異様な空気に、怪訝な顔をしたけど、とりあえずここだと目立つし通行の邪魔だから、私は旦那の服の袖を引っ張った。
「場所を移そう。ここだといろんな人の邪魔だし、目立って仕方がないし」
「……ジョン殿。俺はあなたと話す事は何もない」
「けんもほろろだなあ! 用心深くてエーダの旦那としては花丸百点だ! エーダはガキの頃から騙されやすくって、騙されている事に気付いても相手を信じちまうお人よしもあって、将来が心配だったけど、あんた旦那なら間違いないな」
「兄ちゃん私の事そんな風に見ていたわけ」
思ってもみなかった人となりを言われて、私は呆れてため息をついた。これでも危機意識はシャルロッテよりはあるんだから。
そうでもなければ、何回シャルロッテが物陰に引きずり込まれそうになるのを、回避できなかったか。
人さらいかと思うかもしれないけど、シャルロッテに相手にされない男達が、既成事実を作ろうと、あの子を物陰に引っ張っていって、キスの一つや二つをしようとした事は、片手じゃ足りないくらいにあった事なのだ。
それを全部私は、阻止してきたからこそあの子は平穏に笑っていられたわけだけどね。
……何度そう言う相手が、連れてきたはずの美少女が、平凡顔の女にすり替わっていた事に苛立って殴ってきたかわからない。
殴られたら殴り返したし、私の牙をむくような形相はそう言った事を考える男たちにとってはそそられない事も有ってか、
「こんな狂暴な女相手にやってられるか!」
そんな捨て台詞を吐いて、男達は去って言ったりしていた。そんな日はいつもよりも少し遅く帰って、おかみさんや旦那さんに、にっこりいつも通りに笑って
「残業しちゃいましたよ」
こんな事を言えば、ギルドの勤務形態には詳しくない人達を誤魔化すのは簡単で、私は、あの家族が笑っていられるように、負い目に感じないように、あの手この手で誤魔化し続けて来ていたのだ。
酷い時には体に痣や切り傷が出来たけれど、それらは皆服の中に隠してしまえる場所の物だったから、それを彼等に気付かせたことは一回もない。たぶん。
そんな狂暴ともいえる私を、兄ちゃんはお人好しだというのは、変な話だ。兄ちゃんだって、私が暴力の嵐に牙をむいて立ち向かっているさなかに出くわして、私をその見事な身のこなしで担ぎ上げて、一緒に逃げてくれた事だってあったのに。
「そうだぜ、エーダは人が良すぎんだ。大体あの美人さん自身が、自分の見た目その他の事で、十分に気を付けてなきゃいけないってのに、護衛の騎士様よろしく守り続けて、本当に損な性格だと思ってたぜ? いくら家賃半額で賃貸に置いてもらってたって言っても、下働きよろしく働かされて、更にギルドで働くなんて、体力があってもそのうち倒れちまわねえかっても思ってたしな」
「……おかみさん達をそんな風に言わないでよ。私が当たり前だと思ってやってきたんだから」
「店子が大家の家の事を気に掛けるのは普通の処世術だけどよ、ガキがいいように使われてるとしか思えなかったぜ、まあ、お前の選択なわけだから、俺様が介入するわけもねえけど」
おかみさん達は優しかった。それは過去を見返しても間違いのない事なのに、兄ちゃんの視点だとそうじゃないらしい。兄ちゃんは私の生い立ちも、おかみさん達との関係性も知らないから、好きかって言えるんだろうけれど。もやもやした。
「ま、そのエーダが自分のやりたい事して、結婚したい相手を見つけて結ばれてんのは、結構な事だぜ! で、エーダの旦那、あんたと話したい事があるから来てくれよ」
「俺にはあいにく存在しないが」
「そんな事言うなって! そうだ、エーダのガキの頃の話してやるから、俺様の話にも付き合ってくれよ!!」
「や、やめてよ兄ちゃん!! 兄ちゃんが知ってる私ってけっこうあれでしょう!!」
「……」
兄ちゃんの申し出に、旦那がちょっと考え込み始めたから私は慌てて止めに入った。
この人の知っている私って、とても旦那に聞かせられない私なのだ。
「エーダは聞かれたくない事なのか」
「絶対いや」
「ならば聞かない事にしよう。俺も聞かれたくない過去はざらにある」
「……エーダの旦那ってやべえ奴だな……普通は聞くだろ!?」
旦那は私が嫌がっているのが伝わっていたのか、考えたけれども聞かない事にしてくれた。助かった。
流石にね……兄ちゃんのしごきで、ギルドの受付の仕事を休んで、丸一日壁を登った話とか、反吐を吐きながらも兄ちゃんの特訓を受け続けて、それが終わった後にギルドに戻って同情された話とか聞かせたくないのだ。
泥臭すぎる話だから、旦那に同情されたくないし。
当時はこのくそやろう、と兄ちゃんに対して何度も暴言を吐いて、兄ちゃんに物理的に振り回されて、結構私は乱暴な性格で生きていた。それもギルドの受付嬢としてはかなり有利に働いて、おっかない人の集団にも、一人で言い負かすくらいの根性を手に入れたから、何が幸いかわかったものじゃないけどね。
……でも旦那は出来た人だ。嫁さんの恥ずかしい話とか、旦那って言う存在は聞きたがるものだと思っていたのに。
「俺は妻が真剣に嫌がる事は出来ない。エーダがそうしてくれるように」
「……あんた」
兄ちゃんが目を見開いて何か言いかけ、こっちを見て黙った。
「ま、それがだめなら話だけ聞かせてくれよ。俺はどうしてもあんたのその黄金の目玉に聞きたい事があるからな」
「俺が行かぬと言ったなら?」
「あんたは来るさ。あんたは俺を抑え込まにゃならない立場だ」
意味が分からない会話をしているな、と思ったけれども、旦那は仕方なさそうに、なれなれしく肩を組み始めた兄ちゃんを拒まなかった。
私もついていこうかな、と思ったその時だ。
「エーダちゃん!! ここにいた!! 帰ろう!!」
どんっ、と私の背中に何か、いいや誰かが突進して来て私は倒れないように踏ん張って、誰だと口にしかけて振り返って、私の背中にしがみつく私よりも小柄な女の子に、目を見張ったのだ。
「ロッテちゃん!?」
「どうしてエーダちゃん、この町にいるの!! お城にいると思ってケビンに案内してもらったのに!!」
「いやいやいや、なんでロッテちゃんが砂漠に来てるの……?」
私は大混乱した。だって砂漠の国に渡る方法は少なくて、大河の連絡船で来るか、遠距離を馬車や徒歩で移動するだけなのだ。
そして大河の連絡船は、一般庶民が気楽に支払える金額で乗れる席はとても治安が悪いのだ。
こんな事を知っているのは、旦那と一緒に一般庶民が使う席を買って、揉め事を間近に見ていたからである。
旦那も周りに注意を払ってくれていたし、私も事前に警告されていたから、巻き込まれなかったけれども、席を倒したとか独り言がうるさいとか、臭いとか、そういう些細な事で大喧嘩が起きて、これが最安値の席なのか、とびっくりしたくらいだった。
シャルロッテ、そんな治安の悪い席に座ってたら、数多の悪い男にひどい事言われてたんじゃないの!?
よくまあそれに耐えてここまで来たものだ、と思っていたけれども、ケビンの名前を聞いてちょっと大丈夫だったかも、と思い直した。
ケビンあれで、いいところの出身だし。砂漠の王位継承権持ってるし。
「お城では不吉だから早く帰ってほしいってやんわり言われるし、エーダちゃんのお友達みたいな人達が、エーダちゃんはこっちで幸せだから問題ないっていうし! そんなの信じられるわけないでしょう!!」
「ええっと、どこがどうなってそうなったのか聞きたいんだけど……一番初めの疑問として、何でロッテちゃん砂漠に来たの……」
私は色々理解が追い付かないながらも、髪の毛をまとめて布で完全に覆って、さらにそれがずれないように帽子をかぶっている、それでも美少女なシャルロッテに質問せざるをえなかった。
「エーダちゃんをこっちに連れ戻すためよ!!」
「いや、なんで? 私こっちで結婚したって、おかみさん達から聞いてないの?」
私は旦那が、肩を組まれたまま容赦なく兄ちゃんに連れて行かれているのを目の隅で見て、思い出した。兄ちゃんって強引極まりなくて、口八丁で相手を丸め込むうるさいと言われがちな人だった事を。
旦那も押し負けたんだろう。ただ、私がそっちに目を向けたのと同時に旦那もこっちを見やって、お互いに
「後で宿屋で合流」
と合図が出来たのは良かった。
そんな私に、シャルロッテが言う。
「だってエーダちゃん、悪い男に夢中で騙されているってお母さんが言ってたんだもの! それにエーダちゃん泣いてたし! あの男に泣かされたんでしょ!!」
そう言えば、おかみさん達の所から戻る時、私は旦那の事を悪く言われ過ぎて悔しくて、更に相いれない考え方だって事も悲しくて、旦那の胸で泣いてたな……と思い出した。
あれが、シャルロッテには旦那に泣かされたという勘違いを引き起こしたのだろう。
その訂正を、と口を開いた時だ。
「エーダちゃんは、リリーさんの紹介するような、エーダちゃんを幸せにする相手と再婚するべきなんだよ!」
そんな事を言われて、これ何処からどう訂正を駆ければいいのか、と真剣に悩む事になったのだった。
それと同時に、やっぱり青の国の一般市民の基準でも、ギルドの基準と違ってあの人はいい男に見えないのだろう事も感じた。
でも私は、あれだけ私を大事にしてくれて、お互いにいい距離感で隣を歩ける相手を知らないのだ。
故に旦那の良い所を言おうとして、そこで唐突に気がついてしまった事があったけれども、それをここで言う理由はないから、口をつぐんで、こう提案した。
「ロッテちゃん、どこかのお喋りできそうな場所で、お互いちゃんと話し合おうか」
「うん!」




