5 お姫様みたいな友人
「良かったのかい、大事なドレスを貸しちゃってさ」
「いいんですよ、おかみさん! だって私には着られないドレスだし、母さんだって怒らないわ。それに、あの綺麗なドレスを着たロッテちゃんは、びっくりするくらいお姫様よ! ドレスが有効活用されれば、ドレスだって喜ぶでしょう?」
「あんたの気持ちはいいのかい?」
「ロッテちゃんもおかみさんも優しいですよね。でも、ドレスを大事にしまい込んでいたから、母さんが帰ってくるわけじゃないですし、ドレスを悪戯にしまい込んでおくのも、もったいないじゃないですか!」
心からの言葉だった。大事に隠していて、母さんが帰ってきてくれたなら、私はあのドレスを、誰にも見せないように隠しただろう。
でもそんな事して、母さんが帰って来る事はない。
だったら、使えるものは使っちゃったっていいじゃないか。
そう思ったのだ。
それに私だって、実は見てみたい。あのドレスが、誰かに着られている所を。
ただ壁に掛けていても、びっくりするくらい華やかなあのドレスを、それが似合う人に来てもらいたいと思うのは、変な事だろうか?
きっと変じゃないと思いたい。
だから私は、いいのだ。シャルロッテにドレスを貸して、一向にかまわないのだ。
「……あんたがそれで納得していて、嫌な気持ちになったりしていないなら、それでいいんだけれども。あんたが少しでも嫌だと思ったらいうんだよ、うちの子だって、あんたがお母さんをとても思っている事も、ちゃんと知ってるんだから。それにしても、あの子が長い事、あのドレスに憧れていたなんて、私はちっとも気付かなかったよ」
「おかみさんがそんな後悔しなくっていいんですよ、私ちっとも嫌じゃないんですから」
私がスープの器を持ちながら言うと、おかみさんは
「あんたがそれでいいなら、いいけど」
と言ってくれた。本当に、おかみさんもシャルロッテも優しいいい人たちだ。
この人達のお世話になる事になっていて、私は本当に幸運だろう。
「それにしても、シャルロッテは帰ってきてから、手伝いもしないで部屋にこもっているけれど、お針子の宿題がそんなに大変なのかね」
旦那さんが、パンとチーズを食べながら言う。
確かにシャルロッテは、一週間近く、食事の時間に降りて来るのも惜しんで、部屋で何かしていた。
「ドレスの手直しに浮かれて、食事を抜いても、いい事ないんだけれどね」
おかみさんが、苦笑いしている。そこで旦那さんも、そっちの可能性に気付いたらしい。
「シャルロッテがそんなに夢中になっているのか……でも食べなければ根をつけてもいいものは仕上がらない、扉を叩いてみよう」
そう言って旦那さんが立ち上がり、いったん二階へ上がっていく。
そしてほどなくして戻ってきた。旦那さんは苦笑している。
「あの子は、ドレスの手直しと、宿題の両方をやっているそうだよ。それに、宿題の方は出来が良かったら、仕立て屋のサンプルとしてお店に出してもらえるらしいんだ。張り切るのも無理はない」
「じゃあ、パンとチーズでも挟んで、ここに布をかけて置いておこうかしら。あの子だってお腹が減るでしょ。全く! これだからうちの子は、いつまでたっても一人暮らしをさせられないんだから。一人で暮らしていたら、寝食を忘れて倒れちまうよ」
おかみさんは結構呆れていた物の、仕方がないと言いたげだった。
シャルロッテも熱心なんだな、と思いながら、私は食器を片付けた。
そしていよいよ、あらゆる人たちが心待ちにしている、制限なしの仮装が許可された王子様の誕生日だ。シャルロッテはそれまでの間に三つ仕立て屋さんのサンプルに成功して、お手当をもらったそうだ。さらにドレスの胴体とか、ちょっとした調整も終わらせたらしい。熱意って本当にすごい。
私はと言えば、やっぱり仮装の衣装は手に入らなかった。というか、熱心に探さなかったから見つからなかった感じだ。
もっと熱心に探していれば、見つかっただろう。
でも、そんなに仮装に熱意がなかったからか、見つけられなかったのだ。値段との兼ね合いもあるしね。
そんな当日、それも明け方から、どこの家もとても活気に満ちているのが、集合住宅の通路の掃除をしていても、伝わってきた。
だっていつもだったら、声なんて聞こえない時間帯なのに、にぎやかな声が聞こえて来る家が多いのだもの。そりゃわかる。
お祭りだものな、皆楽しみにしているものな、と思いながら、私は毎日の仕事を終わらせて、急いで家に戻ったわけだ。
そして家では、おかみさんも旦那さんも仮装の準備をしていた。
おかみさんは、昔は超美人だったし、今でも少しふっくらしたけれど、整い方は間違いない人だし、旦那さんも顔はそんなにかっこういい、と言えないかもしれないけれど、立ち振る舞いとか顔つきとかしゅっとした背筋とかが、整った雰囲気を作っているから、それに見合った仮装をすると、とても似合うのだ。
「おはようございます、おかみさん、旦那さん。今日の仮装も素敵ですよ!」
「おはようエーダ。あんたは仮装しないんだっけ?」
「去年衣装破れすぎて、使えなくなっちゃったじゃないですか!」
「そうだったね、新しいのを探さなかったのかい?」
旦那さんが聞いてくるから、私は頷いた。
「なかなか、予算と好みの兼ね合いがなくって」
「そっか……でも仮装をしなくても、誕生祭は楽しめるだろうから、今日はたっぷり楽しんでくるんだよ、危ない人に声をかけられたら逃げる事、それに変な事に巻き込まれそうだったら大声を出して逃げる事、それから……」
「旦那さん、毎年耳に胼胝ができるくらい聞いてますってば!」
「うちの人は、あんたも自分の娘みたいに大事なんだよ。だから心配なんだ」
「おかみさんまで。でも私は護身術をギルドで教えてもらったし、そう簡単に巻き込まれませんよ」
「その油断がいけないんだよ!」
ぺしっとおかみさんに背中を叩かれて、私は思わず笑ってしまった。
「それにしても、シャルロッテはまだ寝ているのかい、あの子が着るドレスは準備に時間がかかるだろう。たしかあの子は、……」
「仕立て屋さんの仲間たちと、今日はお祭り楽しむって言ってましたよ。去年は私と見て回るから断った分、今年は仲間と遊ぶんだって」
「エーダちゃんは友達の予定はあるのかい?」
「いったんギルドに顔を出して、暇そうな人と見て回ろうかなと」
「そう、よくよく付き合う時は気を付けるんだよ」
「はい」
そんなやり取りをしていた時だ。階段を降りる音がして、それから衣擦れの音とともに、一人の女性が現れた。
「……」
「……」
「……え?」
室内の扉から現れたんだから、当然この家にいた人のはずだ。
だが私たちは全員、現れた大変な美少女に、言葉を失ってしまったのだった。
光り輝く白銀の、それは綺麗な髪の毛を、色の映える金色のティアラを被ってまとめた人だった。髪の毛の半分をまとめて編み込み、下をたらして、緩く巻いている。
ティアラもすごい。宝石飾りこそ小さなものだったけれども、細工が尋常じゃなく細かい仕様になっていて、近寄るとはっとしてしまう見事さだ。
そしてうっすら化粧を施した頬は、柔らかな桃色に色づき、眉はなめらかな曲線を描き、目元に華やかで上品な色をいれて、唇はつやつやの珊瑚色に色を乗せて、艶出しを縫っている。
卵型の輪郭の中にはめ込まれた瞳は、澄み渡る紫色で、その色と肌の色が相乗効果をもたらして、彼女のかんばせは輝くようだった。
そしてそんな彼女が身に着けている衣装は……母さんのドレスである。
「ろ、ろってちゃん……?」
「あれまあ……」
「びっくりした……」
私、おかみさん、旦那さん、全員がやっと言葉を発した時、シャルロッテが困った顔になった。
「力を入れすぎちゃったかしら……?」
「そ、そんな事ない、すっごく、すっごく似合ってる! お姫様みたい! いや、世界一のお姫様に見える!」
私は力強く言い切り、彼女の周りをぐるぐる回った。そうすることで、彼女が隙のないように飾った事も明らかになった。
細かい所まで、よく作られているのだ。とっても似合う。
「すごいすごい! こんな美少女に着てもらったら、ドレスも母さんも大喜びしそう!」
私が手を打ってはしゃぐと、シャルロッテが問いかけてきた。
「本当にそう思う? 私、ドレスに負けちゃいけないと思って頑張ってみたの。ここ何日かは、お化粧の練習もしていたの」
「だから部屋に閉じこもっていたんだね、なるほど。……にしても、お姫様だなあ! 我が家のお姫様は!」
旦那さんが嬉しそうに言う。綺麗な娘を見るのは、いくつになってもうれしい様子だ。
私ですら、友達がきれいだととっても嬉しいんだから、旦那さんなんてなおさらかもしれない。
「やだ、私ったら涙が出てきちまったよ!」
「お母さんったら……」
おかみさんは感動したのか、涙がにじんでいる。
「死んだ妹を思い出しちまうねえ、あの子もきっとこんなにきれいだっただろうに……」
「湿っぽい話はやめておこうよ、今日は皆お祭りで楽しむんだから」
私はおかみさんに手ぬぐいを渡して背中をさすった。
おかみさんの妹は、小さなころに亡くなったと聞いている。
そしてシャルロッテは、その妹の面影がある事も、たまに聞いていた事だ。
だからおかみさんは、娘と妹が重なったんだろう。
でも今日はお祭りだ。泣くより笑ってほしい。
私が背中をさすり、シャルロッテがハンカチを出そうとしているから、おかみさんは笑顔になった。
「まったく、天地がひっくり返っちまうくらい美少女だよ、シャルロッテ!」
「ありがとうお母さん!」
「さて、全員出かける準備は出来ているかい?」
「あ、待ってお父さん」
旦那さんが、鍵をかける都合があるから問いかけると、シャルロッテがそれを止めた。
「これ、エーダちゃんにあげる!」
そう言って差し出されたのは、何と仮装の衣装らしき服だった。
「え?」
「去年穴開けていたの、知っているから、作ったのよ。だって仮装をしていい日に、仮装できないなんてもったいないでしょう?」
「もしかして最近、仕立て屋さんの宿題だって作ってたのは……」
「実はそれなの。でも、宿題なのも確かだったのよ。だからエーダちゃん、受け取って!」
そっか……作ってくれてたんだ……私はじんときて服を抱きしめた。
「エーダちゃんに似合うように作ったの、それを着て、今日はお祭りを楽しんでほしくって!」
「ありがとう、着替えて来るね!」
私はうれしくて飛び跳ねながら、屋根裏部屋に戻り、急いで衣装に着替えた。
「ロッテちゃん私の好み理解して、ズボンで仕立ててくれてる……」
仮装衣装は、どこかのお貴族様の令息風の物で、髪の毛なども全部編んでまとめてみると、そこそこみられる男装の女の子に、私は変身していた。




