21 少女はそれでも譲らない2
「すごい……」
シャルロッテは、始めてみる大河の連絡船をみて、大きく目を見開いていた。というのもあの後すぐに、彼女は砂漠に行く決意をし、ケビンに何が必要そうかを確認し、一度ギルドの方にも挨拶をして、こうして砂漠に旅立とうとしているのだ。
「大河の連絡船は本当にすごいんですよ。砂漠から緑の国から、大河の流れる国全てに通じるもので」
「船としての乗り心地はまあまあだと言う話ですよ。それも席によって大違いだという話ではありますが」
「シャルロッテさんは、初めてだから普通席に乗った方がいいかもしれませんよ」
目を丸くして、見上げるほど大きな連絡船を見ているシャルロッテの周りにいるのは、この大河をわたる連絡船のある街まで、心配だからと付き添ってきた冒険者達である。
彼らは挨拶をしに来たシャルロッテの話を聞き、ケビンだけにいい格好をさせるものか、というわけで、無償でこうして護衛としてついてきた人々である。
いかにシャルロッテが、街一番の美少女で、憧れの存在かがわかる対応である。
そんなシャルロッテも、乗船手続きのために、列に並ぼうとしたその時である。
「あら、ケビン様。また砂漠にお帰りになるのでしょうか?」
列に並ぶ事もなく、受付とは違う場所にいた、連絡船の関係者が、ケビンを見てにこやかにそう声をかけてきたのだ。
その物言いは、普通のお客だから丁寧、というものとは少し異なり、敬うべき相手であるゆえに、といった具合だった。
「客室一つ空いてますか?」
「はい。ケビン様の指定の客席は、常にあけてありますよ」
関係者はにこやかな態度のまま、ケビンに対してそういう。ケビンの見た目はよくある冒険者というもので、ここまで丁寧に対応されるゆえんは、事情をほとんど知らない、ギルドの知り合い達には驚愕するほかない対応である。
「連絡したらあけてくれるだけでいいと、言っていますよね」
「問題ありませんよ。ケビン様おひとり分の客室を常に用意していても」
「あはは、いつもありがとうございます」
「客室と言う事は、どなたかも砂漠にご一緒に?」
「こちらのお嬢さんが、砂漠にどうしても用事があるという事で」
「そうでしたか。では、ご案内させていただきます」
関係者は恭しくケビンに頭を下げて、列をなす乗船予定の人々とは違う通路に、ケビンを案内する。
ケビンはそれに対してなれたそぶりであり、目を丸くして口をあんぐりとあけているギルド関係者達を見て、それからシャルロッテをみた。
「シャルロッテさん、行くぞ」
「……おいおい……」
「ケビンがまじのいいとこのぼんぼんだった」
「この連絡船の客室を常にあけてもらえるって……何したらそんな特権手に入れられるんだ……?」
「大富豪でもかなわない贅沢だぞ……?」
関係者達はここに来て、ようやくケビンが本人の主張通りに、結構いいところの生まれだと理解した様子である。
そしてシャルロッテも、ケビンでこの対応なら、彼の上司だというあのおそろしい雰囲気の男は、もっと上なのかも、と少し考える事が出来た。
しかし、どんなにお金持ちだったとしても、それが幼なじみの幸せにつながるとは限らない。
絶対に、エーダちゃんはリリーさんの所に連れ帰らなくちゃ。あんなに探し回っていたリリーさんと離れて、恐ろしい男と結婚生活なんて、不幸せそのものだもの、とシャルロッテは気合いを入れ直して、これまでついてきてくれた人達に
「ありがとうございます、皆さんもお帰りは気をつけてくださいね」
と丁寧にお礼を言った後、ケビンの後に続いたのであった。
初めて乗船する連絡船は、とてもきれいに掃除されていて、そんなにひどく揺れることもなく、快適そのものだった。もしかしたら、お姫様学校に行った時の馬車の方が乗り心地が悪いかもしれない。
馬車は揺れがひどい物なのだ。特に、遠方にいく馬車の乗り心地はひどいと言っていい。
道がきれいに平らに舗装されているところばかりではないからだ。
「連絡船ってこんなに快適なの?」
「上級客室は、揺れなどを緩和する造りをとっているから、いっそう快適だ」
ケビンはさらりと、とんでもない事を口にする。上級客室とは。シャルロッテには未知の世界である。
そして、それに当たり前のように乗っているケビンは、なんだか、ただのさえない、エーダちゃんに振られた冒険者という風に見えなくなってくる。
情けない所のある冒険者のケビンと、こうして格式の高い所にいるケビンは、どちらが本物であるのだろうか。
落差が激しすぎるため、シャルロッテは頭が混乱しそうだった。
「……シャルロッテさん。俺の事がわけわからん、といった具合でしょう」
「正直に言えばそうだわ。だって私に挨拶をしてくれていたあなたと、ここにいるあなたは、まるで別物なんだもの」
「いや、俺一応色々ギルドでも説明してんですけどね、誰も頭から信じてくれないだけなんですよね。こっちは事実だけしゃべっても、皆寝言扱いで」
けらけら笑ったケビンは、さて、大事なお話を、と座るシャルロッテの対面に座った。その座る仕草が、どこか高貴な身分のそれである。
いつものケビンはどこに行ってしまったのだろう。戸惑いがわずかばかり、シャルロッテの胸をよぎった。
「まず、理解してほしいのは、エーダの夫の身分です」
「山賊とか盗賊の親分じゃないの?」
「とんでもない! 俺と俺の家族の命の恩人であり、偉大な英雄だ」
「山賊だって、時と場合によっては英雄になれるわ」
「……そっちかー。じゃ、わかりやすく言わせてもらおう」
ケビンの雰囲気ががらりと変貌する。今までも、今もケビンが、雰囲気をありふれた物に変えていた事が明らかなほど、覇気だろうか、それとも自信だろうか? 堂々としたものがにじみだす。
「あの方は、青の国の十数倍の国力を誇る、砂漠の国の頂点。つまり、砂漠の魔術王が、エーダの旦那様なんだ」
「……!!」
シャルロッテは、その砂漠の魔術王の名前を知っていた。というのも、それはリリーさんから色々聞いていたからである。
だが、砂漠の魔術王が連れ出したから、そのまま結婚するとは限らないと思っていたし、彼女の母親はエーダの夫を見て、山賊の親玉だと評したので、エーダちゃんは砂漠で、逃げ出すなりなんなりした後、そういった相手と出会って結婚したのだと思っていたのだ。
その前提ががらがらと崩れていく。
エーダちゃんは、砂漠の魔術王につれられて、そのままその恐ろしい男と結婚したという事なのだ。
「さ、砂漠の魔術王は残酷で、冷酷で、恐ろしい人だって、聞いてるのに。顔を見ると恐ろしさでだれでも震え上がるって……」
「うー、事実と虚構が変な感じで混ざってんだな」
どうすっかな、と言いたそうにケビンはぼやいた後、こう言った。
「あの方は、お優しすぎるから、皆皆しょいこんでしまって、エーダだけがその重荷を一緒に背負えたんだ」
「……?」
「ま、それは詳しい事を言うのは、俺じゃない。王はご自身のご事情を、むやみに触れ回られたくない事を、家臣一同も一族郎党も知っている」
ただ、とケビンは大河を指さして、事実だという調子でこう言った。
「この大河を、今もなお大河として存在させているのは、王が身を挺した結果なんだ、シャルロッテさん」
「……?」
「他の国の誰もが知らないだろう事実だけどな。俺の一族郎党は皆知っている事実であり、現実だけれども、これもシャルロッテさんにべらべらしゃべる中身じゃない。しゃべっていいのはエーダだろうな」
よくわからない事ばかり言うケビンは、しかし、間違いなく、砂漠の魔術王を尊敬しているのだろう。
それは、よどみなく誇らしいという調子で語られる言葉達から、明らかなようだった。
「砂漠の国に到着するのは三日後だ、迷子にならないように探検するのはありなんだ、シャルロッテさんも気が向いたら散歩すると面白いと思うぜ」
ケビンはそういい、窓の方に目を向け始めた。




