18 自分から首をつっこむ
そんな風に一夜があけた、その一夜の間に、私と旦那のあいだでなにかあったって言う事はない。
だって新婚旅行の最中にいたして、体が動かなくなったら、せっかくの神聖な武術大会も、見に行けないでしょう。
私はそれが楽しみで仕方なかったし、旦那にもそれは十分に伝わっていたから、夜にやるあれこれそれは、いっさいないのだ。
というか……新婚初夜くらいかな、ああ言った事をしたのは。
あの後、旦那はめちゃくちゃあっちこっちから怒られたのだ。
なんでかというと
「あなたは手加減という物を知らないのか!! お后に負荷のかかりすぎる事をするな!!」
と四方八方、それも砂漠の強い女性達に怒られまくったためだ。
旦那は聞かなくていい事は右から左に流す事も出来るらしいが、疲れ果ててがたがたになって、何日も寝台から動けなくなる私や、動けても体幹がぶれぶれで、階段を下りるのにさえ一苦労する私を見て、やりすぎた……と反省したらしい。
あの時は、私が愛しくて愛しくてたまらなくなって、歯止めらしい歯止めが聞かなかった、と心底申し訳なさそうな雰囲気で謝られたから、まあいっかと私は文句を言わないと決めていた。
商売でそういう事をする相手とは、やる事やったりしていたけれども、皆おびえた顔だったり、決死の覚悟みたいな顔で相手をしていたから、私みたいにうれしそうだったり、気持ちよさそうだったり、安心したりした顔で夫婦がやる事をやるのは、あまり経験がなかったそうだ。
「俺の目を見ておびえないで夜を明かすのは、お前くらいだ」
そんな事を、旦那はぼそっといっていたから、やっぱり私以外の女性は、旦那と向き合ったらおびえるほかないのだろう。
だから旦那はいったい何をして、そんなに女性どころか、ほとんどの人から怯えられる事になったのか。
聞いてみようと思っても、なかなか会話の糸口がつかめなくて、まだ聞けないでいる事実だ。
「おはよう」
旦那が、目を隠すための眼鏡を拭いている。拭いている間に、私も身支度を終わらせる。普通の夫婦っぽさのために、お互いこのあたりでも目立たない、価値も普通くらいの見た目になっているから、こうして一般的夫婦という変装も上手くいってるのだろう。
宿の部屋から出ると、大通りがにぎわいににぎわっているのが、空気からも伝わってきた。
「やあ、おはようございます。よく眠れましたか?」
「はい、おかげさまで。大通りが昨日の夜よりにぎやかなのは……?」
「武術大会が行われると言う事で、この町にいる腕自慢達が、我先に登録しに行っているからですよ」
「朝早くから登録するんですか」
「そうなんですよ。早い番号の方が縁起がいい、という迷信に近いものもあるので、皆早い番号になりたがるんです」
「へえ……」
番号が早いと縁起がいい、なんていう話は初めて聞いたけれども、そういう験担ぎもあるのだろう。神聖な大会だからこそ、験担ぎをしたい人も多そうだ。
「あなたは出ないんですか? 結構いい線行きそうですけれども」
宿屋の男性が旦那に話しかける。旦那は少し考えたように手を顎に当てた後に、ちらっと私の方をみた。
「お前は一人で大会を見物できそうか?」
「私が幼児みたいな言い方しないでよ! 一人でも見物は出来るよ」
「そうか」
「お。出ます? 今年は十八年ぶりの大会なので、賞品も豪華にしてるんですよ。毎年予算を組んでいた分。とびきりの物を出すという話です」
「へえ! 私も出たいかも」
「奥さんは旦那さんに怒られますよ。女性でも男性でも、この大会は平等に開かれていますけれども、あなたの旦那さんと話し合わなくては」
「……でちゃだめ?」
「この大会はかなり荒っぽいやり口で試合に挑む猛者もいるから、だめだ」
「そっかー」
ちょっと記念に参加してみようかな、と思った私だったけれども、旦那の忠告で断念した。
私は……ちょっと身が軽くて、短刀が使えるだけの、女の子だし。
あらっぽくもなる人達の間じゃ、あっという間に予選落ちかも知れないけど、それで大怪我したらおもしろくないものね。
「あなたは出るつもり?」
「……大人になったら一度でいいから、この大会に出てみたいと思っていたからな。お前がいいというなら」
「何それ! そんな夢なら、今日かなえなくてどうするの! 子供の頃の夢って、かなえるとすごくうれしい物でしょ!」
「ああ、あなたもあの頃、出場年齢に達していなかったんですね。今年はそういう人が多そうだ。この神聖な大会に出る事を、夢にまで見ていた人達は多い」
「あなたも出て、ちょっといい成績残して、いい記念にしよう」
私が旦那にそういうと、旦那は宿の受付の人に、今年の受付はどこで行うのかを聞いて、受付も見てみたいといった私と一緒に、そっちに向かったのだった。
登録受付は、ものすごくにぎわっていて、長蛇の列すぎて、今日中に大会始められるの、と思っちゃうくらいだった。
中には、今年初めて受付をする人もそれなりにいたみたいで、手こずって、怒鳴られる人までいた。
「どれだけのろのろやっているんだ!」
「申し訳ありません!」
半泣きになっている人は……え?
私は泣きそうな人の方を見て、その顔に見覚えがあったから、え、と思った。
あの女の人……青の国のギルド、黄金の雄牛亭で見た事がある。
たしか、世界を渡り歩く貿易商の人と恋愛結婚して、旦那さんと一緒に旅に出た人だ。
今はここで暮らしているんだろうか? 最後に見た時よりも、少しふっくらしていて、幸せな生活をしているのは伺えたけれど、怒鳴られる声が大きすぎて、涙がでるのは仕方がないだろう。
「ごめん、手伝ってくる」
「手伝えるのか?」
「お節介だけど、あの人の補佐くらいなら出来ると思う。ギルドの受付歴が五年近い女をなめちゃだめよ」
「気をつけろ」
「何かあったら他の人も助けてくれそうだから。でもちゃんと気をつける」
そう旦那とやりとりをして、私は旦那と一緒に並んでいた列から抜けて、怒鳴られている元同僚の方に声をかけた。
「大変そうね、リーゼさん」
「は? なんだお前……?」
「私この人の元同僚なの。ここ忙しそうだから、手伝おうと思って来ちゃった」
「……はあ?」
怒鳴り散らす受付をすませたい人。その人は、割って入った私のしゃべる声を聞いて、なんだこいつ、という反応をして、怒鳴る声をいったん引っ込めた。
そして元同僚のリーゼさんは、私を見て、誰だかわからなかったのも一瞬で、目を丸くして言った。
「エーダ! あなたお母さん見つかったの?! こっちに来てるって事はもしかして、お母さんの手がかりがこっちに?」
「うーん、お母さんは見つかったけど認識の不一致で家を出て、結婚してこっちに新婚旅行」
「あなたが結婚!!? 結婚するのが早いのは、シャルロッテだと思ってたのに。ほらあの子は絶世の美少女じゃない?」
「リーゼさん、話は受付が一段落したらにしない? 手伝うから」
「ありがとう! あなたの仕事は速いから、助かるわ」
リーゼさんがうれしそうに言うから、割って入ってよかったと思い、私はリーゼさんと、そのほかの受付の人の補佐に回った。
時々、乱暴な人が来たら前に出て面と向かって言い争い、言い負かして登録させたり、なんて事をしていたら、他の人から
「ギルドの受付をしていた人って、あんなに強くなれるんだ……」
なんて言われちゃっていた。
そして私みたいな、そういう雑務になれた人が、ほかにも入ってくれたみたいで、受付は午前中に速やかに終わる事ができた。
リーゼさんもほっとした顔で言う。
「あなたと会えるなんて思っても見なかったわ」
「私も。だってリーゼさん寿退職して、幸せに世界を回っているって思ってたの」
「旦那がここで少し、情報を集めるっていって、一年くらい暮らしているの。なれたと思っていたけれど、なれない事って多いわよね。あなたはいつ結婚したの?」
「えーっと、数週間前」
「って事は、あなたも水神様の怒りが解けたお祝いの時に、結婚したたくさんの人の中の一人なのね」
「そんな事になってたの?」
「おめでたい時に、このよき日にって事で結婚する人はどこでも多いでしょ。にしても、あなたの旦那様って言うのが想像できない」
「でかい、ごつい、目つきが悪い、でもすっごく好き」
私の端的な言葉に、リーゼさん以外の人も笑い出す。
「やだ、エーダさん。砂漠では大きな体も屈強な体つきも、いい男の条件ですよ」
「あなた、聞く限りすごいいい男性と結婚したんですね」
「だって顔がそうですよ。不幸せな結婚だと、男女関係なく顔は曇りますから」
受付が終わって、試合前に少し休憩、という事で受付をしていた人たちと話すと、そんな事を言われたので、なるほど、やっぱり青の国の美的感覚と、砂漠の国の美的感覚は違うんだな、と改めて思った。
そして
「私の旦那、いい男の条件満たすんだ……」
としみじみ言って、彼女達に大笑いされるのだった。




