17 町を歩けば
「ねえこれなに、美味しい」
私はそう言って、串焼きのお肉を噛みちぎって飲み込んだ。繊維質なお肉で、香辛料がちょっと強めで香ばしく焼いてあって、美味しい。
旦那も同じものを飲み込んでから答えてくれる。
「これはこのあたりの獣の肉だな。割合淡白な味だから、香辛料がよく合う」
「へえ、どんな見た目の獣なの?」
「あれだ」
指さして示された屋台に吊り下げられていたのは……鱗のある……どう見ても爬虫類、え?
「……あれはどう見ても爬虫類じゃないかな!? え、このあたりだと獣の認識なの!? 獣って体毛が生えていると思わないの!?」
「このあたりでは四つ足で食べられれば、獣の扱いだ」
「うわー、そりゃないわよ、ねえ、お腹壊す獣とかいないの」
「可食部を食べているからな。食べられない臓物は犬の餌だ」
「それを食べてるから、このあたりで見かける犬って何かごつごつしてるの!?」
「わからん。……だがそう言えば、このあたりの犬は皆一様に骨格がしっかりしているな」
「そこ気にした事がないって、それだけ普通の事なんだ……」
私は旦那と食べ歩きをしていた。というのも、宿に着いたら、宿の人がにやっと笑ってこう言ったからだ。
「あんた、このあたりの出身だろう? 恋人連れてきたなら、このあたりの名物でも食べさせてやりなよ。せっかく王様と王妃様が水神様の怒りを解いてくれたんだ、雨が降るようになったこのあたりの、美味しい物は宿では出てこないよ!」
といったからで、いや、その該当者なんだけどな、と思いつつも、ちょっとだけ意外だったのは、私と旦那で恋人に見えるって事だった。
「恋人とかに見えるんだ……」
「何を気にしているんだ」
「さっきイシュは、護衛とお姫様って言ったじゃない」
「それはお前の出自をある程度把握していたからだろう。お前の故郷では男女がそう言う仲でもないのに、腕を組んだり背中に手を当てて歩いたりするのか?」
「どーだろう。ギルドの人達はそう言う事しなかった。やるのは恋人自慢したいやつばっかり。恋人自慢ってギルドでは時々、修羅場を産んだっけなあ」
「何が起きたんだ」
「うんとね、三股発覚の怒鳴り合いと殴り合いの修羅場」
「お前はそれを見物する側だったのか、それとも止める側だったのか?」
「入って一年目は見てるだけだったけど、二年目からは止める側。だから打ち身とかきり傷とか結構作った。そんなしょっちゅうぼろぼろになる私を、きっと見るに見かねたんだろうね、盗賊だったおばあちゃんと、やたら体格のいい軽業師の兄ちゃんが、受け身とか体術とか教えてくれた」
「……俺はそのお二人に感謝をしなければならないな。そのお二人の事がなければ、今の最良の未来はないだろう」
「だろうね。おばあちゃん隠居して、たしかあったかい地方に引っ越してった。関節痛とか言ってたかな。軽業師の兄ちゃんは、新たなる宝探しだって言って、いなくなってそれっきり。どこに行ったとか誰もわからない」
「どちらにも、いつか出会えれば心から感謝しなければな」
「どっちも気にするなっていうよ。あれ、でも兄ちゃんの方はうまい物食わせろとか言いそう。兄ちゃん食べるの大好きだったから。よくまあ、今でも思うけどあんなに入ったよねって思う量の食事だった」
私は言いつつ、その辺の出店に垂れ下がっていた一連のビーズに目を止めた。きらきらして、旦那の目みたいに反射している。あれ綺麗だな。
「どうした。みやげ物は今日は買わないぞ。まずは腹を満たす事が先だ」
「うん。ねえねえ、ああいったきらきらしたビーズ飾りは何に使うの? 服の腰に巻くの?」
「あれは髪を結い上げる時に巻き込むものだ。布やああいった飾りは女性が少し特別な身支度をする時に使うもののはずだ。ああいった小さなビーズ飾りは、このあたりの名産だ。このあたりは大粒の宝石はとれないが、細かな宝石は良くとれる」
「へえ……」
「何か気に入ったものがあったのか」
「あれ、あなたの眼の色みたいにきらきらしてるなって」
「俺の目が琥珀の欠片と同列か。お前の言葉を聞くと、毎度あまりにも俺が、恐れられないただの男のような気がしてならなくなる」
「皆怖がり過ぎるんだと思うんだけど」
「誰もが怖がるのには理由がある。お前がそう思わないなら、それまでの話だ」
「ねえ今度は何を黙っているわけ? あんまり黙ってる事多いと思ったら、くすぐってでも吐かせるんだけど」
「恐ろしいな、俺を相手にくすぐって秘密を吐きださせようとするなど」
旦那は軽く笑った。かすかに緩んだ唇は、やっぱり私の好きな笑い方でしかない。
「私、もう、命がけの秘密を持たれるってこりごりだからね? おばば様達から聞いて心底びっくりしたんだから」
「あれに関しては、まあ、俺にも落ち度があるな」
「でしょ」
この、おばば様達に聞いた秘密というのは、”もしも王が今回の雨乞いで死んでしまった後に、連れてきた私をどうするつもりだったか”の中身だ。
旦那は、処女だったらこれからの人生を砂漠でも切り開けると判断して、おばば様に私の後見人を頼んでいたのだ。自分にもしもの事があったら、私の世話をしてほしい。今私は身も心もくたくたに疲れて、壊れかけているから、それが十分に癒えるまで面倒を見た後に、未来を切り開く手助けをしてやってほしい。誰かと結婚するつもりがある様子なら、飛び切りのいい男を選んで紹介してやってほしい。
そんな事を、おばば様達に託していたのだ。本当に聞いた時にはびっくりしたし、おばば様達は笑いながら
「あなたはよっぽどあの方に気に入られていたんだね、初見で! まあ、あの方の見る目が確かだったのは間違いない」
と言っていた。おばば様達はもしも、私が故郷に帰りたいと思うようになっていたら、故郷に、適当なごまかしの利く言い訳を並べた手紙を送って、安全に私を帰すつもりだったらしい。そちらの空気に疲れてしまった様子で、静養の目的があって、そちらの情報が入ってこないこちらに来ていたとかうんぬんかんぬんくらい、簡単に作れるんだよ、とおばば様達は百戦錬磨の笑みを浮かべていた。
……絶対に敵に回したくないなってその時も思った。旦那より敵に回したくない。
「あれだけで腹は膨れないだろう、後は何に興味がある」
「あれ!」
あたしは薄焼きのパンにたっぷりのあげた丸い物が入っている軽食を、指さした。
旦那がそれを買ってくれる。財布は旦那も私も持っているけど、旦那曰く
「お前の財布は土産物にとっておいた方がいいだろう」
という事で、私は皆旦那に出してもらっている。こうやって誰かにお金を出してもらうなんて初めてだ。誰かと遊ぶ時は割り勘が基本だったし。
渡された軽食に噛り付くと、薄焼きの香ばしいパンに、揚げた……肉じゃない何か、なんだろうという食感の……ものに野菜と味付けのソースが付いたもので、これがおいしい。なんで砂漠の食べ物っていちいち、私がおいしいって思う味なんだろう。
私の根本的な所に、砂漠の血が一滴でも流れていたりするんだろうか。
船乗りの血の中には、一滴の海水が入っていて、それが海を恋しがるって言う伝説もある位だしね。
「食べきれるのか」
「私結構食べる人間だからね、知ってるでしょ」
「それでもだ。歩き疲れての暴食は後で胃に来るぞ」
「もうおしまいにするから平気」
「そうか」
そう言ってぺろりとその軽食も食べた私は、夕方の灯りの中でにぎわう広場で、突如集まりだした人たちに目をやった。
彼等は楽器を持っている。流れの楽団とかだろうか。
町の人達は、慣れたものって感じで拍手したりしている。
そして、目に布を巻いた人が弦楽器を奏で始めて、音楽が鳴り出した。
「わあ、上手!」
「思ったよりも仕上がっているな」
音楽は楽しくて、うまかった。皆息があっていて、音楽の指揮を執っている弦楽器の人の技量がすごい事も伝わってきた。
数曲奏でた彼等が、頭を下げる中で、彼等のおいておいた箱の中に小銭が投げ込まれる。
旦那もひょいっと慣れた調子で投げ入れていたから、私も真似したのに、うまく投げられなかった。
その後は、夜の町を巡り歩いて、たまにお店の客引きに引っかかりそうになると、旦那が私を引き寄せて一瞥して、なんていう事もしながら、町をたっぷり楽しんで、宿に戻ったわけだった。
「こんな新婚旅行でいいのか」
「私とあなたが楽しいならそれでいいじゃない! 楽しかった!! ねえ、明日の武術大会って見れる? 私そう言うの結構好きなの。ギルドで腕自慢達がぶつかり合うの見てるの好きでさ。でも彼等って大体、可愛い女の子に声をかける順番とか、そんな感じのアホみたいな理由で本気で戦ってたから、こう言う大会っていうのは見た事ないんだ」
「腕自慢達のやり取りを見るのが好きなのか」
「うん! やっぱり強い人って格好いいよね! 人格が伴ってたら最高!」
笑って言うと、旦那は何か考えている様子だった。




