14 思いもしない再会
雨が止むまで私達は、滅びきった町でその雨を眺めていた。やっと雨が上がってから、ここで野宿をするには道具一式を持っていない、という事、更に旦那が真顔で
「新婚旅行で妻を野宿させるわけにはいかないだろう。雨が降った後の砂漠は特に冷える」
そんな私に対する気遣いを見せてくれて、もう少しここに居たいならいてもいいのに、私の事を軽々担ぎ上げてしまったわけだ。
「担がなくったって歩けるよ」
「お前は雨上がりの砂の重さを知らんから、暢気な事を言えるのだろう。歩いてみるか、苦労するぞ」
これまた真面目な調子で言った旦那が、私を丁寧に降ろしてくれたので、実際に歩いてみると、……確かにこれは苦労する。元々足をとられやすくなっているのに、水を吸った砂は思った以上に深く足がめり込んで、転びそうになる。旦那があっさりと歩いているのが信じられない。
ちょっと歩いただけで、ぜえぜえと荒い息になっている私を見て、旦那が続けた。
「だから言った」
「本当に歩きにくかった……こんなに大変なんだ……」
「町はまだ道を整備する分まともだがな」
「ごめん、でも担がれるのは嫌だから歩く」
「無理をして足腰を痛める前に、言え」
「うん、分かってるから、そこら辺は大丈夫。これでも結構足腰は頑丈なわけだし」
そんなやり取りをしつつ、私の歩幅に合わせて、せっせと一番近い人がいる町まで歩き続けると、何やら町はやけに活気づいていた。
「何かおめでたい事が行われているの? あなた何か知らない?」
「この町は……ああ」
旦那は十六年近く国を治めているからか、各町の行事などの大きなものには詳しい。
そしてここは、旦那の生まれ故郷から一番近い町という事も有って、いっそう知っていた様子だ。
問いかければ、何か少し考える瞳をした後に、何やら合点がいったという風に頷いてくれた。
「何?」
「この町は……」
旦那が教えてくれようと口を開いた時の事だった。
「あ、あんたは!!」
前方から誰かが走ってきたのだ。誰か知り合いがこの近くにいるのだろうか、確かにここは大きな街の門のあたりだし、人はたくさん行き来しているから、知り合いに声をかけるだろう。
そんな風に考えて気にしないで無視していると、その走ってきた誰かは私の前に立った。
「ありがとう!! ありがとう!! あんたがあの時協力してくれたから、兄貴の命が助かったんだ!!」
そして大声で感謝らしきものを言うのだから、これ誰、誰かと勘違いしていないか、とよくよく相手の、布に覆われた面積の方が大きい顔を見ていると、なんだかどこかで見た気がする顔だ。
この顔をどこで見かけたっけ……?
真剣に悩み始めた私の肩を、違和感のない動きで軽く引き寄せて、旦那がやや後ろに下げる。
「……ひっ……あなたは?」
その見覚えがあるけれど思い出せない青年は、旦那の方を威嚇するような視線で見上げて、旦那の目と合った瞬間に顔から血の気が引き、ずいぶんと失礼な事に悲鳴まで上げた。
それでも、誰なのだと問いかけられただけ、ましなのかもしれない。人によっては口もきけなくなるのが旦那の顔なのだ。
私ばっかり怖くない顔である。
「そちらが先に名乗る方がよいだろう」
静かな礼儀正しい言い方である。ちょっと圧を感じさせてしまうのは、旦那の方が上背がかなりあって、肩幅などもあるからに違いない。
この圧力に勝てる強心臓って、相当貴重なのではないだろうか。
私は……一目ぼれだったからしかたない。という事にしてほしい。たぶん強心臓かと言われたら平均的だと主張するだろうから。
「……そちらの方と知り合いなのか?」
青年が問いかける。まだ名前を名乗らないのはどうしてだろう。名乗らない知り合い……いや、旦那の名前も私は知らないので、今更そこに突っ込みを入れてどうするんだ、と思う部分はあるけれど……いや、別に名前知らなくても呼びかけるのに困った事がないせいだ、あとできちんと名前を聞こう。
そう言えば結婚証明書に旦那が書いた名前は何だったっけ……あまりにも流麗な筆記で、なおかつ砂漠の地域文字というものを使っていたから、全く判別できなかったのだ。
私は共通文字で書いたから、誰でもきっと読める。ギルドで書類仕事のために名前だけは綺麗にかけるように練習をしたのだ。
あの当時はインクの無駄になるから、と砂の上にインクを入れていないペンでひたすら、名前を書かされたものだ。皆やっていたけれど、一番上達が遅かったのが私だった。
そしてそれ以外の文字は悪筆極まりないので、旦那の見事な筆記はものすごくうらやましい。コツはあるのだろうか。
そんな風に、ずれた事を考えていた私の意識が、目の前の青年に戻ったのは、彼が旦那から視線をそらしつつ、口を開いたためだ。
「俺はイシュだ。……そしてそちらのお姫様に、大変にお世話になったんだ」
「イシュ殿か。イシュ殿をお前は知っているか」
「……思い出せそうで思い出せない、どこかであった気はするのだけど……」
旦那に話を振られて、私は名前を聞いても思い出せないし、私この人に何世話したっけ、と真剣に考えて考えて考えて……青年がじれったそうに言った言葉でやっと思い出した。
「あんたが海の神殿の入り口を開けて、俺の手を掴んで宝物庫までたどり着かせてくれたんだろう!!」
「……ああ!! あの時のヘタレ!」
「思い出し方がいささか残酷なようだが……」
思い出した、あの時の!! お母さんのお披露目の宴があった夜に、一緒にお母さんの領地に会った誰も入れない場所に、一緒に入った人で、布越しにキスまがいの事をした後、音沙汰のなかったヘタレだ!!
しかし私の思い出し方は、旦那からするとずいぶんな評価だったらしい。少し呆れた様子で言われて、私は頬を膨らませた。
「しょうがないでしょ、布越しにキスしてきたのにその後何の接触もしてこない相手とか、ギルドじゃヘタレ以外の何物でもないって言われるんだから。もはや犬に舐められた程度の認識でいたし」
「俺が犬……」
イシュは相当に打ちのめされた様子だった。でも、なんとか気を取り直した様子で言う。
「まあ、あんたの認識が犬程度でも……俺にとってあんたの導きは途方もなくありがたい事だったんだ。兄貴が救えた」
「あの宝玉が必要だったのは、お兄さんが大怪我をしたとかそんな話だったの?」
「ああ。呪われた大斧に切られた傷は、兄貴自体が使える治癒系の術でも、俺達がかき集めた薬でも治らなかったんだ。だから兄貴の傷は日に日に膿んで……もうこれがだめなら後は天に兄貴の運命を任せるしかないって思ってたんだ。でも、あんたのおかげで手に入れた宝玉の力は本物だった! 兄貴のあんなに腫れ上がって膿を垂れ流していた傷が、治ったんだ!!」
イシュはそう言って嬉しそうに歯を見せて笑った。心底嬉しそうな顔で、それだけお兄さんの傷が治った事を喜んでいた。
「呪われた、大斧……」
ただ、旦那は何か考えたように呟き、イシュを見下ろす。
「礼が終わったら、失礼してもいいだろうか。今夜の宿をとらなければならない」
「お姫様は、護衛と一緒に旅行に来ているのか? ならぜひとも夕飯をお誘い……」
イシュがそう言って少し私の方に身を乗り出したので、私は彼の勘違いを訂正させる事にした。
「私、新婚旅行でこっちに来たの」
イシュが固まった。目を丸くして固まっている。そしてうわごとのようにこう言った。
「シンコンリョコウ」
「そう。こっちの人が、私の世界で一番信用できる旦那様なの」
私はそう言って、旦那を指さすと、旦那が得たりと頷いた。
「妻は俺にはできすぎた妻でな、この妻が俺を選んだ事に対しては何かしらの幸運を感じる」
イシュは妙な声をあげて、しゃがみ込み、また唸った。
「そんな落ちかよ……一足遅かったのかよ……兄貴が爆笑するぜ……手を出すなら早い方にしろって、兄貴、あんたの実例が悲劇になりそうだったから二の足を踏んでたってのに……」
「お兄さん複雑な事情あるわけ」
「兄貴は王族に手を出してこっぴどい目にあってんだ……」
「それは……命知らずをやらかしたのね……」
イシュがぼそっと言った事は相当な事で、この人のお兄さんはよくまあ、事が露見しても見逃された物だ、とちょっと感心した。無碍に出来ない立場の人だったのかもしれない。
しかししゃがみ込んだままのイシュは動く気配がない。どうするかなと思ったら、
「エーダ、その男に付き合えば日が暮れる。宿を探すぞ」
そう急かしてくれたので、旦那はイシュに対して男だから何か、理解できる心境があるのかもしれないから、旦那の行動についていこうと決めて、こう言った。
「ごめん、宿探さなくちゃ。お兄さんが治ってよかったね」
イシュは動こうとしないので、私はそっとしておくべきかも、と旦那の後を追いかけて、無事に普通の宿を確保できたのだった。




