4 美しいドレス
豪華絢爛、そのドレスはまさにその言葉がふさわしい一着だった。
母さんの面影をたどる時に、虫除けの匂いを焚いた布の包みの中から、本の時々、取り出すくらいか、虫干しをした時くらいしか、もう、目にしなくて久しいドレスだった。
私は、シャルロッテが、勇気を出して言った言葉を聞いて、小さなころの記憶がよみがえった。
あれはいったい幾つだっただろう。母さんがいなくなって、寂しくて、よく泣いてばかりだった私を、根気強く、慰めてくれたシャルロッテ。
彼女に、初めてこのドレスを見せたのは、虫干しの時だった。
私は小さかったけれども、おかみさんが、大事なものに虫がついたら大変だから、と虫干しするのを手伝ってくれたのだ。
その時、私は母さんの物を見ると、涙がにじんだりする事もあって、しぶしぶだった。
そんな虫干しの時、シャルロッテが、私の手を握って、きらきらとした目をして、こう言ったのだ。
「エーダちゃんのお母さんのドレス、とってもきれいね! きっと、大事にしたら、お母さんも喜んでくれるわ!」
「そう思う?」
私は涙目で彼女を見た。彼女は私を見て、力強く首を縦に振った。
「だって、エーダちゃんのお母さんが、一枚だけ、大事に残してたドレスでしょう、きっと大事なものなのよ! これもあるから、エーダちゃんのお母さん、絶対に帰って来るって!」
つたない慰めだっただろう。でもあの時、泣いていた私は、確かに勇気づけられたのだ。
「それに、もっと大事なもの、エーダちゃんのお母さん置き去りになんかしない!」
「もっと大事なもの?」
「エーダちゃんよ! エーダちゃんのお母さん、エーダちゃんが一番大事だもの! エーダちゃんを残して、いなくなったりしない!!」
「あんたもいい事言うじゃないか。そうだよエーダ、エーダを残して、あの真面目な子が、どこかに行ったりするものか」
シャルロッテの言葉を聞き、おかみさんも強い口調で断言した。
それを聞いて、私は、もっと勇気をもらえたのだ。
それから私は、おかみさんと一緒に、冒険者ギルドに頼んで、張り紙をしてもらったり、したのだ。
それ以来、虫干しの時に、私は泣かなくなったのだ。
そうして、虫干しのたびに、シャルロッテが、このドレスを見て、目をきらきらさせて、うっとりするのを見てきたのだ。
彼女は結構、長い時間、このドレスを見つめている事もあったし、彼女が仕立て屋さんの御針子さんになったのだって、このドレスの影響だろう。
そんな彼女は、小さい頃は、よく頼んできた。
「エーダちゃんのドレス、とっても素敵、ねえねえ、いつか、一回だけ着させて!」
気持ちはよく分かる。だってそれ位に、このドレスは素敵なのだ。庶民がお目にかからない豪華さなのだ。
着てみたい、と憧れる事を、私だって馬鹿にはしないし、おかしいとも思わない。
でも、歳を重ねて、母さんが帰ってこないまま時間が過ぎていき、シャルロッテは、そのお願いを口にしなくなっていった。
多分、思うところが結構あったんだろう。
でも、やっぱり、憧れを叶えたいのだろう。
私は、彼女が、断られてもいいように身構えているから、こう言った。
「いいよ」
「そうよね、だめよね、お母さんの大事な……って、いいの?」
「いいよ。他でもない、ロッテちゃんだもの。それにドレスだって、たまには着てもらった方がうれしいでしょ」
「お母さんの大事なドレスなのに?」
信じられない、と言いたそうだ。でも私にも考え方がある。
「着なければ、絶対に母さんが帰って来るってわけじゃないし。どんなに大事でも、ドレスはドレス、豪華だけど物は物でしかないよ。母さんじゃない」
それに。いいという理由はまだあるのだ。
「私は、このドレス、腰が細すぎて入らないから。きっと着ないから。それなら、お祭りで、ロッテちゃんが着た方が、母さんだって、笑ってくれるよ」
母さんだって、ロッテちゃんに貸すのは、許してくれると思う。だって一番つらい時に、支えてくれた大事な友達なんだから。
「ありがとう……大事に借りるね、絶対に汚したり破いたりしないから! 誓うわ!」
私の言葉に、シャルロッテが嬉しそうに笑い、ぎゅっと私の手を握って断言した。
さて、それならやる事があるだろう。
「ロッテちゃん、まずは調べて、虫食いとか、ほつれとか、悪い所がないか、一緒に見てみようよ」
「ええ! お針子舐めないで!」
「期待してる」
私たちは顔を見合せて、くすくすと笑った。
そして、大事に虫干しの匂いを焚いた布の包みから、私は久しぶりにドレスを取り出した。
「深い高貴な青色よね……これだけの色に染めるのは、染料が出回っている今でも、すごく贅沢なの」
「へえ……そうなんだ。あんまり私は、そう言うの知らないけど」
「知らないの? エーダちゃんが受付している冒険者の、皆さまに、商会とか工房とかが、染料の材料を頼んでいるはずよ?」
「いや、仕事知ってても、染料との関連性は、そこまではわからないかな……毒はね、危険物取扱とかがあるから、暗記したけど」
「そうだったの。確かに、染料で毒扱いの物は、国の指定した設備のある工房でしか、作れないって聞いた事あるし……私も詳しくなかったわ」
そんな会話をしながら、私はドレスを見た。
袖のないドレスだ。深い深い、見事な色味の青の、ドレスである。
ふんわりしたスカートの、劇とかの舞踏会シーンで見るような、たっぷりのパニエとかを必要とするシルエットで、それは十年経っても色あせない定番だ。
スカートにも細やかな刺繍が入っていて、履く銀色のビーズがきらきら光って……その裾が揺れると、きらきら光りをまとっているようにも見える。
ウエスト部分だって負けてはいない。胸に刺繍がちりばめられているのは当たり前、豪華に胸元には、大きなガラスでできているのだろう、飾りが縫い付けられている。
そして裾という裾には、光り輝くような真っ白なレースとフリルである。
お伽話の王女様のドレスみたいな、ドレス。
それが、お母さんが、一着だけ持っていたドレスである。
綺麗な銀の髪の毛をした、真っ白な肌のシャルロッテに、とても似合いそうなドレスは、強すぎる赤色の髪の毛の、私にはとても似合わない。
そんな、すごいドレスなのだ。
「いつ見ても素敵なデザイン……これを作った人は、きっと、天才だったと思うわ、これ、今でも十分最新モードに負けないもの」
シャルロッテが、お針子らしい感想を言う。
私はそれのあちこちを確認し、退色や虫食いがない事を、入念に調べた。
管理がよかったため、そう言った事はなさそうだ。
それにしても、びっくりするくらい腰が絞られている衣装だ。母さん細身だったんだな……と変な所に感心してしまう位である。
シャルロッテもきゅっとした腰だから、大丈夫だろうし、もしも入らなかったら、きっと身頃を少し、私にはわからない位、調整してくれるだろう。
「ロッテちゃん、腰は、調整していいからね」
「そのままにしなくていいの?」
「うん。このドレスを見て、私はもう、泣かないし」
「じゃあ、少しだけ、ほんの少しだけ、調整させてもらうわ。エーダちゃん、本当にありがとう。……お姫様になる夢を、叶えさせてくれて」
お姫様になる。それは、小さな子供が憧れる夢の一つで、シャルロッテが、十年前にいった事がある。
お姫様みたいな素敵なドレスを着たい、という夢だったはずだ。
そんな夢は、数多の女性が抱く夢だろう。だから仮装が許可された日には、庶民だろう女性たちが、これでもか、と貴族風のお姫様ドレスみたいなものに、身を包むんだから。
私は、動きにくいから、着ないだけだけれども。
「ドレスに似合うアクセサリーとか大丈夫なの?」
「工房の友達が、腕試しに作らせてほしいって言ってるから、協力しようと思ってるの」
「なら心配しなくっていいか」
私は、ドレスが日の目を浴びる事が、なんだかとてもうれしくなり、お祭りの日が、いよいよ楽しみになってきていた。
あんな事になるなんて思わなかったから。




