11 柔らかい進み方
旦那の故郷だった場所にある、彼の家族のお墓に、挨拶をしに行くと言ったとたんに、なんだかわからなかったけれども、私の株は更に上昇したらしかった。
「エーダ様って実年齢以上にしっかりしてる」
「普通の人生経験じゃないと思います」
「エーダ様、王が初婚ですよね? 再婚とかじゃありませんよね?」
マーヌールさん達が真面目に言う物だから、私はそんなにもおかしな事を言ったんだろうか、と気になってしまった。
何しろ私は、普通の家族ノカタチという物が全く分からないからだ。
六歳まではかろうじてお母さんと暮らしてきていたけれども、お母さんが行方不明になって、おかみさんの所に居候をして働きながら置いてもらっていて、血のつながった家族がいるという形が、全く分からないでいるのだ。
一般的な平民の家族の形もわからなければ、故郷の青い国の貴族の家族の形も知らないし、異国である嫁入り先のこの砂漠のあれこれそれはもっとわからない。
そんな事を頭の中でぐるぐる考えて、黙った私に対して、一族の女の子達は貌を見合せた後に、教えてくれた。
「新婚旅行先って、夢と希望と憧れが詰まっているのが、この砂漠では一般的と言われているんです」
「人生で一番、長く旅行しても誰にも何も言われないのが、新居を建てている間に行く、新婚旅行なんですよ。だからでしょうね、皆、一度行ってみたかった場所という物に、行こうと計画を立てたり、実際に向ったりするんです」
「でもエーダ様は、そういう夢と希望と憧れが混ざっている場所ではなくて、王の故郷の、それも王の家族のお墓に、挨拶をしに行くという、すごい事をしたがっていらっしゃるから」
「普通の女の子が思いつかない事ですよ。実際に、新婚夫婦が実家のお墓参りを忘れて、家族関係を悪化させる事例もちょっと聞いた事ある位です」
「それに……」
サラさんがそう言って、皆で顔を見合せてこう言いだす。
「王のずっと叶わなかった事を、叶えようとしてくれる所が、一番すごいと思います」
「……彼の?」
「私達は、王に近い血縁ではありません。と言いますか、王は私達一族の中で、一番王族の血という物が薄くていらっしゃいます」
「もうご存知でしょう? 王はよくて近衛、普通だったらかなり低いくらいの家臣になるのがやっとの身分だった事を」
私はそう言われて、そう言えば彼は、自分は王になれる身の上じゃなかったけれど、水神の怒りを受けても生き続けられたから、王座に座り続けていたという話をしていたな、と思い出した。
そうだ、彼の親も兄妹もおじいちゃんもおばあちゃんも、もうあの世に逝って久しいのだ。
「そのため、王の……家族は一族には誰もいません。王が王座に就いたのは十一歳の時。まだまだ家族の事を優先したいお年頃だったはずなのに、どんなに大変な事があっても、帰りたいとも、家族の墓に行きたいとも、言いませんでした」
「でも内心では、きっと、一度くらいは家族のお墓に行きたいだろうと、誰でも思うほど、王は家族の事を口に出しませんでした」
「しかしエーダ様が行きたいと言えば、新婚旅行先がどんなに夢と希望と憧れにそぐわなくても、誰も何も言いません。王も、水神の怒りが解けた今が、やっと行ける機会になったのです」
「だから、すごいと思うんです。誰も叶えられなかった王の願いを、いとも簡単に叶えてしまわれるから」
私はそんなすごい事はちっとも考えていなかったのに、なんだかすごく好意的に見られている気がする。
でもそれ位、あの人の願っていた事は、色々な事情で叶えられなかったんだな、という事も、よく伝わってきた。
あの人自身が、自分が折れてはいけないから、行きたいという思いを押さえていたわけだったし。
そうだ。ちょうどいいから、私は彼女達に聞いてみる事にした。
「私、実は誰かのお墓参りって初めてするの。ここではどんな事をするのが、普通なのか教えてもらえる?」
「エーダ様、一度もないんですか」
「えっとね……話すとちょっと長くなるんだけど……」
とりあえず彼女達に、私の簡単な生い立ちと、それの結果どんな育ち方をして来たのかを話すと、皆目を剥いた。
「ええっ」
「……それでは、青い国でも一般的な感覚ではないのでは……」
「なんだか、エーダ様の強さの理由っていうのがちょっとわかった気がします」
「ついでに言うと、エーダ様が自分の見た目に対してとっても無頓着な事に対する理解も」
六歳で母親が行方不明になって、借家の大家さんの所に居候してそこでお手伝いして、ギルドで働いて……っていうのは、この砂漠でもめったに聞かない話だったんだろう。
「こちらでは、子供の家族が行方不明になった場合、親戚を色んな手段を使って探します」
「そしてその親戚が子供を養育できる状況でない場合は、子供の一族の誰かが養子として引き取ります」
「養子だからって手加減をされる事も差別する事もなく育てる事も、ありふれた話でして……子供の家族や親戚縁者が誰もわからないって、物語の中と言っていいほどないんです……」
「それってすごいと思う。身元不明の子供がほとんどいないって事でしょう?」
「砂漠は厳しい世界なので、いざという時のために頼れる親戚縁者という物にたいして、こだわりも強いですからね」
「それに、本当に分からない場合は、神殿の神官達が、探知という結構手順が複雑な術を使って、探してくれるんですよ。時々、探し回っていた跡取りの忘れ形見を発見するという話も聞きますから」
「有料?」
「高額ではありません。子供が半日働いて支払える程度の額です」
「もしも誰もいないって事になった場合は、神殿で養育されたり、里親を探したりします。才能が有れば、上級神官になる教育が受けられたりしますからね」
「……捨て子の場合は?」
「明らかに捨てられた子供の場合でも、探しますよ。親の身勝手で、その親戚達が死に物狂いになって探し回っているっていう話も、聞くくらいですからね」
青い国よりも、家族っていう物に対しての重さとか、一族っていう物のつながりとかが強すぎる気がして来た。
でもそれ位団結したり守ったりしないと、砂漠では暮らしていけなかったんだろうなとも、思えてしまったわけだった。
「さて、少しお話がそれてしまいましたが、お墓参りの一般的な行い方ですよね?」
アヤさんが手を叩いて話を戻す。それから私は、いくつかの注意事項とか、何でそうなのかという話を聞かせてもらって、これが砂漠のお墓参りなのか……と勉強になったわけだった。
「もっと嫁が喜ぶような場所にしろと説教を受けた」
「その嫁が行こうって誘ってるんだけどね」
「仕方あるまい。長老達もおばば達も、俺の嫁に来たお前はある種の奇跡だと言ってはばからないからな。その嫁が喜びそうな、砂漠の国でも随一のきらびやかな街並みで知られる地域や、宝石細工で知られた街、絹織物を世界に送り出している場所だのの方が、いいだろうと言われてしまった。普通の嫁ならばそちらの方が明らかに楽しいはずだという事だ」
確かに。私は旦那に言われた事は、一般的少女なら事実なので頷いた。
普通の女の子なら、綺麗な街並みとか、宝石がいっぱいある所とか、素敵な服が見つけられそうな場所とかの方がうれしいだろう。
でも、私はそう言った着飾るものが似合わないみてくれであるわけで、自分から欲しいとは思わないのだ。
もらったらうれしい物は、きっとあるだろうけれども。
……これはもしかしたら、超一級品の美少女が隣に並び続けた弊害かもしれない。弊害何て言い方をすると、シャルロッテを悪く言うようで、嫌な感じがするけれども、簡単な言い方をすればそんな感じなのかも。
綺麗なものも素敵なものも、皆あの子に似合う物。
私には似合わない物は、皆素敵でおしゃれな物。
そんな感覚が、まだ根深く心の中にあるのかもしれないな。
旦那と二人で天幕を降ろした寝台に寝転んで、特に何かするでもなく、のんびりした会話をしている今、私ははっきり言えばとても幸せだ。すごくのんびりしたこの感じが、居心地がよくて好き。
彼は寝る前に、私に、この砂漠でのあり方とか、そういうものを少しずつ話してくれる。
知っていた方が得な事とかも、二人で共有しておきたい事とかも。
だから私も、彼と共有したい事は話しておく。恥ずかしすぎて言えない事とかも無論あるし、彼だっていくつかは、そんな事を持っているに違いない。
「私に似合う宝石飾りも、きらびやかな服もないわよ。それに私、皆に料理を教えてもらいたいの。そのために竈の神様に、灰をもらってこなきゃいけないでしょ。私は長く続けていられる物の方がいいの。宝石飾りで自分を飾るのは一瞬じゃない。でも料理とかは、ちょっとずつ上達していって、いつかは、すごくおいしい物が作れるかもしれないじゃん。そういうのの方が、人生楽しく過ごせそう」
「料理の技能は持っていて、何も損はない物とはよく言うが、お前もそう思う側か」
「うん」
「ならば、やはり予定は変えず、墓参りと竈の神への挨拶だな。……そう言えばあの地域の近くには、やたらに料理道具をそろえる謎の市場をする街があったはずだ」
「わあ、それって楽しそう」
私が目を輝かせて、彼の方に少し身を乗り出すと、彼はかすかに目を細めた。高温に溶けだす金色が、揺れ動いて、きらきらして、やっぱり印象的な瞳だ。どんな人も、この人と同じ瞳は持っていないから、彼だけの特別な目玉でもある。
「一族のつわもののご婦人達に聞くといいだろう。いい助言がもらえるはずだ」
「やっぱり強いのはご婦人なんだ」
「男はどこか単純だと言われがちだからな」
そんなやり取りをしている時に、くしゃみをした私に、彼は上掛けをかけ直した。そういう所がなんとなく、心臓があるあたりをきゅうっとさせるのはどうしてだろう。
そういう事を、記憶にある限りお母さんにさえ、してもらえなかったからかもしれない。
六歳までの記憶って、すごくすごく曖昧なのだ。仕方がない事だけどね。
「おやすみ」
欠伸交じりにそういうと、彼は穏やかな調子で返してくれる。
「おやすみ、エーダ」
……私は、こう言うやりとりにさえ、飢えていたのかもしれなかった。




