10 新たな行き先
今度砂漠の料理を教えてもらうのだ、と旦那に話した時の事だった。
彼は何を思ったのか、かすかに渋い顔をして来たのだ。
私は味音痴ではないだろうから、味見をすれば惨劇のような料理は作らないと思うし、炭化した肉を作成する事もたぶんないのに。
ギルドで盗賊のおばあちゃんとかそういう、現役を引退した人達に習った事のいくつかは、野営の事で、そこで私は、焚火で肉を炭化させないで食べる方法とかを習ったのだ。
野営で手持ちの材料が尽きた時の調理法が大部分だったから、細かい味付けのあれこれは出来ない物と仮定したやり方だったし、こっちの手の込んだ料理と比べたら、やっぱり出来が違うとは思えるけれど、おばあちゃんやおじいちゃん達が語るあれこれは、子供心をくすぐる、冒険の味のように思えた。
肉を焼くための葉っぱの巻きつけ方とか、そんなのは実際におじいちゃんおばあちゃんに練習させられたし、ギルドでいつでも燃えている、炎の悪魔が在住しているかしていないとか噂される、いつでも同じ火加減で燃えている暖炉の中に、練習したお肉とか野草とかを入れて、焼いた事も有る。
まあ、野営時の焚火とは違うだろうけどね。
「……お前も料理をしたいというのか」
「えーっと、やらせたくない理由があるの?」
彼は何か痛みをこらえる目をしていたから、何かとんでもない物を食べさせられた記憶でもあるんじゃないかと思ったのだ。
親しい誰かに、劇物的な物を。そう、私がシャルロッテに劇物に匹敵するものを食べさせられたように。
そんな記憶があったから問いかけた言葉に対して、彼は口を開いた。
「青い国には、竈信仰はないのだな」
「竈信仰って……?」
「竈には家の守り神がいついているという信仰だ。砂漠では炎の中や、竈の中に彼等がいるとされている」
「竈に神様がいるなんて、考えた事がなかった。いるもの?」
「水神の力を目の当たりにしている俺達は、水と対極の火の中にも、神がいると思って生活をしている」
淡々と言ってから、彼は眉間に手をあてがった。
「……失敗した。お前は料理をしたいと言い出さないだろうと思っていたからな」
「どうしてそんな風に思ったの?」
「お前が暮らしてきた青い国では、いいところの女性は自ら料理をしないだろう」
「確かにしないね。それに平民がやったとしてもお粥を煮るくらいで、後は粉屋で買って来たぼそぼそのパンと干からびたチーズがメインよ」
自分で言っておきながら、これじゃ確かに、私が料理をするなんて言い出しっこないと思うわな、と納得してしまった。
こっちの、作ってもらうご飯の、美味しい事って言ったら本当にすごいのだ。いろんな味がするし、味付けも塩だけじゃないし、ふんわり香ってくる香辛料の使い方も、特産品の地域ってだけあって抜群だ。
お母さんが見つかってから、お姫様なお母さんと一緒に、冷めきっていて、香辛料の使い方も、贅沢を強調するためにきつめな物を食べていた身の上としては、べらぼうに美味しいんだ。
そんなものを、食べさせてもらっているから、それで満足して、言い出さないって思われたんだろう。
でもそれと、竈信仰という土着の信仰にどう関係があるんだろう。
「竈の神様と、私に何の関係があるの?」
「どの家でも、嫁に来たり婿に入ったりした人間が料理を行う際には、はじめに家の守り神である竈の神に、灰をもらって額と手足にこすりつける」
「……王宮だからそれが出来ないって言いたいの? でも王宮に私が生活するところ作ってるから、そこで灰をもらえないの?」
「新しく住居を立てる際には、嫁の家からでも婿の家からでも問題はないが、竈の神から灰をもらってこなければならない。そして、この場合当てはまるであろう、俺の家は」
彼は何かを思い出す目をして、静かに言った。
「俺の家どころか、俺が家族と暮らしていたと言える地域は、十七年前に涸れ果て、今や砂に覆いつくされているばかりだ。到底灰をもらう事は出来ん。あの土地は、逃げ切れなかった人間の墓が広がるばかりだ」
「……あなたの家族のお墓もあるの?」
前に彼は、自分以外の家族は皆死んだと言っていたから聞いたら、彼は頷いた。
「両親も弟も妹も、爺様も婆様も、皆そこに眠っているだろう。どういう惨状かは知らんがな。あの当時は墓場盗賊が横行していた」
「待って、あなた 十七年も、家族のお墓参りに行ってないの!?」
私はお墓のある家族さえいなかったから、そういう事はしない人生だったけど、お墓があるって分かってたのに、行かないってなにそれ……と口に出すと、彼は続けた。
「墓に行って、もし心が折れれば、雨乞いの儀式に差しさわりが出るからな。……だがもう、それも考えなくていいのか」
今更思い至ったように言う物だから、私はここで、新婚旅行のやり直しの行き先を思い付いた。
「行こうよ。あなたの家族が皆眠っている、その場所に」
「面白味は何もないだろう」
「私の知り合いに挨拶に行ったんだから、あなたの家族に、挨拶しに行くので平等だと思う。それに、あなたは家族に会いに行きたいって思った事ないの?」
「……たまにはあるな。だがそれもかなわないと言い聞かせてきた」
「それが、ついに叶うんだから、思いっきり新婚旅行っていう枠を利用させてもらおうよ」
身を乗り出してそう言うと、彼はかすかに笑った。
「お前は、お人よしだな。……長老達にでも打診しておこう。あそこを説得しないで行くと、やたら長い説教が来るからな」




