8 苦い色眼鏡の先
若干暗いです
旦那さんの言う事は、私にはよくわからないものだった。
だって私は、自分がただのいい子という物とは、ずいぶん違うと思っているからだ。
私は他人様より口が悪い時も多いし、雑だし……どこの事なんだろうと、真剣に考えこみそうになった。
でも旦那さんにとっては、それも想定内の反応だったみたいだ。
「こう言う事は、本人が一番気付かない物だったりするからね、私のように、ちょっと俯瞰的にものを見て初めて、気付く事なのかもしれない。でもエーダは、すごく人間らしい表情をしているようになったよ」
「私、こっちでも普通に喜怒哀楽を出してたと思うんですけど」
「いいんだ、わからなくて。私が見て思った事だからね」
旦那さんはそう言って、おかみさんが信用しきれないという調子で、こう言った。
「あんたの旦那は何をしている人なんだい」
「えーっと、割と大きな領地経営してる人」
嘘ではない。一国の……それも広大な砂漠を支配している人だけれども、王様という肩書を他の言い方にした時、大きな領地経営している人、と言って問題ないのだ。
しかし、私の説明におかみさんは納得しないみたいだった。
「嘘だろう? あんた騙されてるよ。あんなおっかない、物騒な面の人が領地経営とか、あり得ない。……あれなら盗賊の親玉って言われた方がまだ納得がいくよ。エーダ、詐欺にあってるんじゃないのかい? 離婚するなら早い方が傷が浅いよ」
「……」
おかみさんがこんな事を言う人だとは思いもしなかった。だって正体不明でも何でもなく、私が直接、私の旦那だと、私の夫だと説明しているのに、こんな見下したような、馬鹿にしたような事を言う人とは思わなかった。
人は見た目で何割も邪推されたりするとは、知っている。ギルドで腐るほど見てきたからよく理解している。
でも、おかみさんは、そういう言い方をして、私が不愉快にならないと思ったのだろうか?
あんまりな言い方に心から引きつり、口を閉ざした私を、どう見たんだろう。
おかみさんはいつもの親切な表情をとって、私の肩に手を乗せて続けた。
「ああいったのからは、さっさと逃げた方が人生が好転するよ、エーダ。早く目を覚ましな」
「お前、ちょっと」
「ああいう奴は、ろくでもない育ちをしていて、ろくでもない生き方をしているって決まっているんだ。結構な期間、色んな訳ありを見てきたからね、間違いない」
おかみさんの言い方に何か思ったのか、旦那さんが急いで口を挟もうとした時。
おかみさんが続けて言った言葉を聞いて、私は、ああ、おかみさんにとって、私の旦那は色眼鏡で見る相手なんだな、と理解してしまった。
旦那がどれだけ人のために、命を削り、身を削り、でもそれを隠し通していようとしたすごい人だという事を、おかみさんは理解しないんだな、とわかったのだ。
私は静かにおかみさんの手を肩から外して、おかみさんの顔を……実の母親より見てきた顔を見てから、こう言った。
「全世界の人に、旦那のいいところを理解してもらおうとは思ってなかった。でも、私の大事な人には、旦那が世界一の旦那だって、知ってほしかったけど、それはもう無理なんだね」
「……エーダ?」
おかみさんが怪訝な声を出す。私は静かに玄関の扉の方に向い、振り返りもしないで口を開く。
「ごめんね、おかみさん。おかみさんの願望にあるような、”理想のエーダのお婿さん”と結婚しないでさ」
それだけ早口で言って、私は扉を閉めて、すぐ、旦那が待っているだろう私の使っていた部屋の方の階段を駆け上がった。
駆けあがって、盛大に音を立ててそこを開き、私がこの部屋に置きっぱなしにしていた、この国の若い庶民の女の子達の流行の乙女小説に、不思議そうに目を通していた旦那に、何も言えないで抱きついた。
旦那は乙女小説を卓の上にそっと乗せて、私に腕を回す。
「どうした」
「……帰る」
「帰る? 育ての親の方々と、積もる話があったんじゃないのか」
「あった。でも、それももう無理なんだなって分かったから、帰る。目的は達成したから」
「何かの行き違いでも起こしたのか」
「……ギルドであなたが、皆に認められたから、油断した。ちゃんと皆、あなたがすごくいい人だってわかってくれるって。でも」
言っていて悔しさからなのか、涙がぼろぼろ出てきた。それを旦那の上着にしみ込ませるように顔を押しつけながら、私は続けた。
「おかみさんは、分かってくれなかった。あなたの事を、盗賊の親玉だの、ろくでもないだの、詐欺だの」
「聞いていて感じるが、散々な評価だな」
彼は一周回って感心しているような調子だった。
他人事と言っていいくらい怒ったり不愉快になったりしないものだから、私はまた涙が出てきた。
「大事な人に大事な連れ合いを紹介して、あんな事言われるなんて思わなかった。……勝手に結婚して仕方のない子だね、とかそういうのは想定してたけど」
「こちらでは、ひょろ長い、剣も滅多に振らない身なりのいい男が、結婚相手の好条件なのだろう。俺はそれとは真逆の男だ。価値観が違うのだ」
……それは真実だ。こっちじゃ、剣を振るわなくても身を守る精鋭がいるっていうのはステータスで、お金持ちや高位貴族と言われる人々ほど、その傾向が強い。
だからその感覚で言うと、私の旦那は悪条件の旦那になるのだ。
でもギルドでは、屈強な歴戦の戦士っていうのは、感心される相手だったり尊敬される相手だったりするから、また方向性が違う物だ。
そのためだろうか。おかみさんはギルドの感覚を持っていないから、私と旦那の結婚に対して否定的で、ギルドの人達はそれなりに肯定的と、反応が二極化してしまったのは。
そういう風に、理性的に考えようとしても、やっぱり、悔しくて、哀しくて、辛かった。
大事な存在を大事だって理解してもらえないって、こんなに苦しくてきつい物なんだ。
初めて知った事だった。だってシャルロッテを大事だというと、皆
「あんな美人だもんな、そりゃ大事だ」
と納得したし、お母さんが大事だと言えば
「お母さんだもんな」
とそれだけで済んでしまう人生だったから。
「お前が帰りたいというなら、この場で一気に転移魔術を作動させてもかまわんが、それで本当にいいのか」
「何でそんな事聞くの」
「すれ違ってそのまま一生を終える事になっても、後悔しないのかと思ってな」
「いい。詰みあがった価値観を、今更どうこうできないでしょ。おかみさんはその価値観で、これまで生きてきた。それを否定したら、おかみさんの今までの人生のあれこれも否定する事になるでしょ。そこまでおかみさんの人生左右したくない」
「そういう考え方か」
旦那は私の背中に腕を回して、彼の胸から顔をあげた私を、静かに見ている。
「親友とは会ってきたのか」
「会いたくなくなった。あの子にまで、あなたと人生進む道を、否定されたら、あの子と過ごしてきた子供の頃とか、大きくなってからとか、真っ黒に塗りつぶしたくなるから」
「そうか。ならば仕方がないというものだろうな。俺にはわからん感覚だ。何せそういう意味での家族は全滅だ」
そういって、彼は私の頭を撫でて、静かに言った。
「本当にいいんだな。後でやっぱり会いたかったとか言われたとしても、またこちらに、すぐ来るというのは難しいぞ」
「いい。……あ、待って」
私はそこで、今度こそ、シャルロッテには置手紙を残しておこうと思い立った。
旦那の腕から抜け出して、棚の中にある、爪の先に火をともすような切り詰め方で、貯めたお金で買った、綺麗な便箋と封筒を取り出す。
「これ書き終わったら帰る。何も置いておかないより、マシだから」
そう言って、私は素早く文面を考えようとして……何て言えばいいか思いつかなくて、固まった。
でも、正直に、きちんと言いたい事を伝えようと決めて、それを無事に書き終えた。
書き終えて、丁寧に折りたたんで封筒に入れて、宛名も書いて、私は旦那の方を向いた。
「終わったから、帰ろう」
「わかった」
旦那が腕を差し出す。私はその腕をとって、旦那の体に腕を回す。彼が術を展開し始めて、床がでたらめに明滅を始めたその時だ。
「エーダちゃん帰ってきたの!!」
遠慮も容赦も何もなしで、綺麗な銀髪をひるがえして、シャルロッテが部屋に入ってきて、そして。
「……」
「エーダちゃん、待って、待って!!」
私が何か、かける言葉を見つけられないでいる間に、転移魔術は作動し、シャルロッテが叫ぶ声を最後に、私は彼と、砂漠の国に戻ってしまったのだった。




