6 いざ実家訪問?
ぐでんぐでんに酔っぱらい始めたケビンは、そりゃもう周りに絡み酒状態で、こんな人に迷惑をかけて飲む男じゃなかったんだけどな、と思わせるものがあった。
「こんな酔っ払い方するんだ……」
周囲のおっさん達に泣いたり叫んだりしている彼は、もはや迷惑酔っ払いにしか見えない。
これ、ギルド受付嬢の頃だったら、割って入って適当な頃合いを見計らって、意識を落として、さっさとギルドの二階にある宿屋の一室に放り込む状態だ。
誰かそれをやるんじゃないか、と周りを見ても、どうしてか、皆騒ぎに騒いで無視している。
誰も、失恋でやけ酒をしている男に関わりたくないのか、面倒なのか、それともただ酒を限界まで飲みたいのか……きっとただ酒を飲みたいんだろう。
「おい、ケビン」
でも、旦那はここまで酔いつぶれた部下を見捨てなかったみたいで、近付いて、首根っこをひょいと掴み上げた。大の男を軽々と片手で、何の力も使っていないみたいな軽さで持ち上げるのだから、すごい。
そりゃ私なんて軽々抱え上げるし、何のためらいもなく膝の上に乗せたりもするだろう。
「うううっ、なんで、なんでっ」
飲み過ぎて理性が崩壊しているのか、情緒もぐちゃぐちゃのケビンが泣いている。旦那は変わらない無表情で、持ち上げた状態で受付のマルタおばさんに声をかけた。
「これを転がしておく部屋の空きはあるだろうか」
「面倒見がいいのねえ、エーダの旦那さんは。ケビンなら、ここの二階を滞在先にしているから、ほぼ自室な部屋があるわよ」
「ならそこに放り込んでおこう。これ以上酒を飲めば、二日酔いでは済まなくなるからな」
掴み上げたまま、旦那がマルタおばさんに教えられた部屋に上がっていく。私はその後に続こうとして、エーダ、と別の方向から呼びかけられた。
「何?」
「何、じゃないっての。あんた、シャルロッテさんの所に行くだろ? 行かないとか言わないよな?」
「何でいきなり……そんな事を言い出すの?」
「シャルロッテさん、なんか寝込んでるって話なんだよ。詳しい事情はこっちに、シャルロッテさんのお母さんは教えてくれないから、知らないけど」
「ロッテちゃんが寝込んでる? この辺、変な病気が流行ってたりするわけ?」
「この辺の風邪の感じはいつも通りだよ、この時期は風邪流行らないだろ。なんか……誰も顔見てないんだよ。あの麗しの我らの華の笑顔を、誰も!」
「顔見てないって……私がお姫様学校から脱走して一か月くらいなのに。その一か月の間に、誰もロッテちゃんの顔見ていないの?」
そんなひどい病気になったのだろうか。もしもそうだったら、治療代とか旦那におねだりして都合できないだろうか……
「そのお姫様学校に、シャルロッテさんも行ったんだろ? 仕立て屋の方のお友達さんから、そういう情報が回ってきてたけど」
そこでめちゃくちゃ小声で、ギルド所属の冒険者、エドが続ける。
「シャルロッテさん、まさかお姫様学校の舞踏会に出席して、誰かに見初められたのに、悲劇的に引き裂かれたとかじゃないだろうな
?」
「あの子は侍女の扱いだったから、舞踏会に出席はしてないけど……」
私みたいに、偶然から素敵な人に出会ったなんて事はあるかもしれない。
そして私がいなくなって、学校から出て行った事で、二度と会えないっていう衝撃で寝込んでいるのかもしれない……
「教えてくれてありがとう、様子を見に行かなくちゃいけないよね……」
「あんたのその調子だと、我らの一輪の花、シャルロッテさんに何も言わないで脱走したってのがうかがえる」
「だって知ってたらとばっちり来るでしょ、あの子に。あの子にとばっちりが来ないようにするのの、最善が、何も言わないで脱走だから」
「あんたらしい選択肢だよな……」
「まあそっちは置いておいて。私、ちょっとおかみさんの所にロッテちゃんの様子見に行くわ」
「恩人がほかにもいるのか」
「うん、ここも皆恩人みたいなものだけど、私を十年近く居候として置いてくれていた、出来た人達が……って、いつの間に後ろにいるの!?」
「物音は立てていたが」
「うん、あなたの身ごなしなめらかすぎて、音が立っても小さいんだった……」
私がエド達と会話していたと思ったら、実に違和感なく会話に入ってきた相手に受け答えして、振り返ったらちゃんと、旦那が立っているものだから、私含めて皆目を見開いていたけど、私はこれに覚えがあった。
旦那は鍛え抜かれた体がなせる業なのか、それとも王様になる前の訓練の賜物なのか、衣擦れさえまともに音として聞こえないのだ。
物音の小ささは、しなやかな猫とかと同じくらいかそれ以上である。
砂漠でも、
「王は動きがなめらかすぎて、音がしない」
「いつの間にか近くに立っていたりするものだから、心臓に悪い」
「どたばたとうるさく行儀が悪いのと違って、身ごなしが美しいのはよい事だけれど……あの気配のなさは……」
何て言われがちな人なのだ。
「……エーダ、この人王様なんだよな?」
エドが小声で聞いてくる。私は素直に答えた。
「そうよ。私の王様」
「王様っていうより歴戦練磨の戦士じゃなくて?」
「旦那の王様歴長いわよ、十六年だから」
「はあ!? いったい幾つで王座に就いたんだよ!?」
エドじゃなくても驚くだろう。最初に聞いた私だって驚いたし、誰もが驚く在位期間なのだ。
十一歳で王座について、神の怒りを受け止め続けたこの人は、本当にすごい人なわけだ。
「俺の在位の年数が長いのは、何か問題があるのか」
エドの言葉に対して、旦那が淡々と言う。表情筋のほとんど動かない顔の中で、強い黄金が流れる瞳をしているから、迫力は相当だろう。
実際に、エドは旦那の目を見て口を開けて閉じて、なんでもない、と目をそらして答えた。
「砂漠以外でも、あなたの目を見て皆で、似たような反応をするのね」
「お前くらいだ、例外は」
静かに言った旦那は、私を見下ろす。
「話は変わるが、いい加減ここを後にしなければ、お前の恩人の元へ行くにしても、夕飯時になってしまうだろう。こちらでも、夕飯時の来客は好ましくないだろう」
「そういう所に気が回るあなたが素敵だと思う。……じゃあ皆、私ロッテちゃんの所行くから!」
「シャルロッテさん泣かすんじゃねえぞ!」
「シャルロッテさんに、こっちに顔出して笑顔で手を振ってくれって言っておいてくれ!」
「今度の王様の誕生祭、俺と一緒にって!」
「てめえ抜け駆けしてんじゃねえよ!」
「この前のドレスとっても素敵でした!! って伝えてくれよ!」
男冒険者たちが、口々にシャルロッテへのアプローチを伝言しろという。
私はあきれ果ててこう言った。
「自分で言え! 意気地なし!」
そこまで大声で言って、私はギルド、黄金の牡牛亭を後にして、懐かしの我が家に向かったのだった。
向う途中での事だ。不意に隣を歩く旦那が、私の腰を抱いて引き寄せて、耳元に小さく声を投げてきた。
「ずいぶん熱烈に後をつけられているが、何か思い当たる事はあるか」
「後をつける……? なんだろ。ううん、思い当たる事として……やっぱり私がお姫様学校脱走したから、私を探している人が王宮には居るとか」
「そちらの可能性か。まああるだろうな。だがお前の行動をそこまで探っている輩は砂漠ではいなかったはずだが」
「……ごめん身に覚えがあって」
「あるのか」
「ギルドには、色んな人出入りするでしょ。私が来たって大騒ぎしてたから、あの騒ぎを聞いた王宮関係者が、私の行動を探っているとかあり得ると思うんだよね」
「……なるほど」
旦那は小さな声で納得したという調子で言葉を並べて、小さく指を鳴らした。
かすかな、ぱりりり、という音がしたと思ったけれど、それがどう作用したのかは、魔術に詳しくない私にはわからない。
「何したの?」
「幻覚を見せている。三十分もすれば消える幻覚だ。適当に誤魔化すにはちょうどいい」
「私あなたの魔術の腕の良さに、毎回驚いてるんだけど」
「俺はそれらに関しては、一般よりも腕はいいからな」
謙遜じゃないと思う。彼はそれが単なる事実だって調子で言って、私をもうちょっと引き寄せる。
「さっさとお前の恩人の方々の所に行くぞ、ギルドのように目立つ行動は出来ないがな」
「ありがとう。……こっちだから」
そんなやり取りをして、私達は夕飯時から微妙に時間をずらして、おかみさんたちの暮らす家の扉を叩く事に成功したのだった。




