5 驚きの裏事情
とにかくもう、酒が飲めるって聞いた人たちの勢いってのはすごかった。
いやもう、こんなにただ酒ってフレーズに魅力を感じる人達が多いんだって、改めて実感するくらいで、皆して大声で
「エーダの結婚に乾杯!」
「ただ酒に乾杯!」
いう物だから、外までこれ聞こえてんじゃないか、と突っ込みたくなるくらいだった。
そして旦那は、あっという間にギルドがすし詰めになってさらに、人が来るものだから、こう言いだしたのだ。
「そこの酒樽の値段は」
「これ位ですが」
「四つ買おう。それを妻の結婚祝いに来た人たちにふるまってくれ。飲みたい、という人間だけにでかまわない」
なんて太っ腹な所を見せたものだから、ギルドの人たちはやんややんやの大騒ぎ。
「あんたいい男だな!」
「俺たちの感覚をわかってらあ!」
「いやー、エーダの旦那は見た目によらずいい奴だなあ!」
「酒樽四つは、五年前に引退した、前のギルドマスターが買ったくらいだぞ! あんちゃん稼いでんだなあ!」
いろんな人たちがそういう事を言って、旦那に軽く頭を下げたり、旦那の空っぽのジョッキに自分のなみなみとお酒の入ったジョッキをぶつけて大声で
「乾杯!」
とかするけれども、旦那は落ち着いた様子だった。
なんか動じないな、この人。
私の方は、こう言うバカ騒ぎに馴れているから、また始まったな、と思うばかりだ。前にも前にも、その前にも、結婚祝いと称して大騒ぎする人たちを、この場所で見てきたんだから。
あの当時は、結婚なんて遠い話というか、縁なんてないって思ってたけど……人生って何があるか不思議だ。きっと知り合いの同年代の子たちの中では、一番速い。だって十七になった途端に結婚だもの。
そして、私達は、しばらくの間にぎやかに騒いで、楽しそうな皆を見ていたわけだけど、ここで驚きの事が起きたのだ。
「ただ酒って聞いたぞ!」
そう言って入ってきたのは、よくよく知っている、知り合いと言っても過言じゃない男、ケビンだったのだ。
ケビンは相変わらずの装備で、変わり映えしない感じだ。
だからシャルロッテに言い寄っても、すげなくかわされるのかもしれない。そうだ、こいつの今の恋愛事情はどうなってるんだろう。
だってシャルロッテはこっちに帰ってきているはずだものね、そう考えると、今、私みたいな男の人たちを撃退するのがいない状態なら、シャルロッテを口説き放題で、もっと幸せそうな顔をしているはずなのに……ケビンの顔はひどかった。何って隈がすごかった。そしてやつれ気味だった。
あんたそれで、酒飲もうっていうのは、胃袋おかしくするんじゃない、と言いたくなる顔色でもあった。
そんなケビンは、にぎやかな人たちを見回して、それからこっちを見て……ついでに私の隣まで見て……棒立ちになった。
入り口で棒立ちになんてなるものだから、入りたい人にどつかれていたけど、ここでケビンが大声で叫んだのだ。
「王!? なに用でこのような場所までお出向きになられたのですか!!?」
王、と確実に呼びかけているのは、って皆がこっちを見た。旦那は平然とした調子だ。
「ケビン、お前があらゆる国を渡り歩き、より強い癒しの術を探し回っているとは聞いていたが、青い国のギルドで動いていたのか」
平然とした調子で、旦那はそう言って、ジョッキに入っている水を一口飲んだ。砂漠で暮らしている物だから、酒より水の方が飲みたくなる時もあるんだとか。わかる。
いや、そうじゃない。それよりも何よりも。
「あなた、ケビンと知り合いだったの?」
「部下だな」
「へー、部下……いやいやいや、ケビンっていっつも黄金の牡牛亭で依頼を受注して、動き回ってたのよ、どこであなたに報告する時間があったの」
「ケビンは定期的にこちらに向かう依頼を受注し、それを利用して国まで戻ってきていたぞ」
「王が自分の身を顧みないからでしょう!! 雨乞いのたびに毎度毎度血まみれになっていらっしゃるから、おばば様たちが連名で、俺に癒しの術のより良い物を探してこいと言ったんです! ……って、エーダ?」
ケビンは旦那の隣に座っている私を見て、目を見開き、口も開いてしばし固まって、それからはっとした調子でこう言った。
「お前、一体いつお姫様学校からこっちに戻ってきたんだよ!? 聞いてねえよ!? お前の母ちゃん所に求婚の話を持ち掛けても、いい返事もらえてねえのに!?」
「ケビン、あなたお母さんと結婚したいの? 確かにお母さん、めちゃくちゃ美人だし……いや、ケビンってもしかして年上の人のほうが好きとか?」
「ばかか! なんでそうなるんだよ!? 俺はお前に求婚しに行ってたんだよ!!」
あたりは沈黙に包まれた。皆が、私の結婚祝いでお酒を飲んでいる事実があったから、皆ケビンに対して同情の眼差しを向けている。
「なんだよ?」
「おいケビン……お前ただ酒の理由聞いてなかったのか?」
「理由? 太っ腹な奴が遊びに来て、酒樽四つ分も買い込んでふるまってくれてるって聞いたぜ」
「違うんだ……ケビン、いいか、気を失うんじゃねえぞ、今回のただ酒の理由はな、……エーダの結婚祝いなんだ」
ケビンはそれを聞いて目をぱちくりとさせた。そして真顔でこう言った。
「エーダとおれの結婚の前祝?」
「違う。エーダはそっちのでっかい奴と結婚したんだよ」
でっかい奴、とずいぶんな言いようではあったものの、おっちゃんが旦那を指さす。
旦那はジョッキを持ち上げて言う。
「俺が結婚相手だ、ケビン」
「…………」
愕然、といった調子でケビンが黙る。そして黙って黙って硬直して……小さな声で。
「うそだろおい」
そう言った。
そう言った後しゃがみ込んで、頭を抱えて大声で喚いた。
「やっと王が犠牲になる儀式を行わずに済むようになったから、俺も自分の幸せ全うしようと思って、求婚しに行ったのにそりゃないぜ! 王が相手じゃ勝ち目なんて髪の毛一本分の重さもねえじゃん!」
喚き散らした後、ケビンは本格的に泣き始めた。
私はそれを聞いていたから、ちょっと旦那に目で合図をして、椅子から下りて、ケビンに近付いた。
「ねえ、ケビン、えーと、一個聞いてもいい」
「ううっ、ううっ……」
男泣きをしているケビンに、私は一番大事な事を聞く事にしたのだ。
「ケビンはいっつも、ロッテちゃんに言い寄ってたじゃない。あなたが好きなの、ロッテちゃんじゃなかったの? ずーっとロッテちゃんの事諦めないなって、感心してたんだけど」
「お前に近寄るのに、あの子が一番壁だと思って、ある程度信用してもらえなかったら、お前に愛なんて囁けないって考えて、とりあえず信用されるために近寄ってたんだよ!!」
「はあ……」
ケビンは見た目によらず慎重派だったようで、私が庇ったりしてきたシャルロッテが、私と恋仲になるために一番気にしなくちゃいけない相手だから、信用されるべく行動を起こし、ああいった状態になっていたらしい。
いや、そんなの全然気づかなかった。だって他の、シャルロッテに言い寄る人たちと大差ない感じがしていたからだ。
「俺の王じゃ略奪もくそもねえよ……どんだけ命の恩人だと思ってんだよ……俺は忠誠誓ってんだよ、幸せ願ってんだよ、くっそ……」
「部下ってだけじゃないの?」
「そうだよ! 俺の一番上の兄貴以外の、俺を含む家族全員の命の恩人なんだよ!!」
ケビンはそう言って、顔をごしごしこすった後、カウンターに向かった。
そして酒樽からお酒を注いでいる人たちと一緒に、遠慮など欠片もなくジョッキになみなみお酒を注ぎ、ぐいっと飲み干した。一気飲みはだめだと思う……と止める暇もなかった。
「俺一応王になれる血族なんだけどな!? 十六年前に砂漠の水神様がお怒りになった後、兄貴が王位を継承して、神の怒りを受けて認められようとしたんだけどな!? 失敗して完全な丸焼きになっちまったんだよ!! その後うちの家族は、誰も王位を継いじゃだめだって子供たち庇ってくれてたんだけどよ……他の一族の王位継承者も丸焼き、誰が名乗りを上げても丸焦げ、で王位継承権が繰り上がって、庇いきれなくなりそうだった時に、我が王が、一番王位継承から遠くて、他人事だったはずなのに、王になって神の怒りを受けるって言ってくれて、成功して以来、王として君臨し続けてくださったから、俺の家族命拾いしてんだよ!! 俺当時三歳くらいだったけどな、はっきり覚えてるぜ、王がやさしい顔で、もう大丈夫だ、俺がどうにかしてやるから、って言ってくださって……あの時俺は、神様よりすげえお人っているんだなって思ったんだからな!!」
泣き叫びながら語られる、旦那のすごい所だった。まって、十六年前って事は、旦那は当時十一歳……十一歳の覚悟じゃないと、やっぱり当時の覚悟の事を思ってしまった。
皆それを聞いて、旦那の方を見て、まじかよ、みたいな表情だ。
「俺が出来る事をやり遂げられただけの事だろう。お前の女をとってしまった事に関しては……知らなかったとはいえ申し訳ない部分もあるが」
「俺の女ですらないんで!! 意識すらされてなかった様子なので大丈夫です!!」
旦那が言うと、ケビンは吼えるように叫んでまた、お酒を飲み始めたのだった。




