4 結婚報告
ギルド黄金の牡牛亭は、人の出入りが激しい事でも知られている、有名ギルドだ。そこで働く人々の中には、あっさり去っていく人間も、長くいる古参と呼ばれがちな人たちも多い。
私はその中でも、割合古参と言えるくらい、長く勤めていた。若い女の子の数年間を、ギルドで働く事に費やすってのは、そういう事なのだ。
よっぽどお金に困っているか、ギルドにほかの目的があるかって事が多いと言われがちで、私も実際に、母さんの情報を求めて、ずっといたわけだから、それは正しい見方の一つだ。
そんな、数か月ぶりなのに、なんだか数十年ぶりって思ってしまう位に、懐かしい出入口を見つめた後、私はそこから足を踏み出した。
入ってくる人間に対して、ギルド内の人たちが一瞬注目するのはありふれた事で、皆が一斉にこっちを見る。
そして……びっくりした顔になった。
それはそうかもしれなかった。私がどこかに消えたという情報が、まだ世間的には回っていない訳で、私は母さんの領地か、お姫様学校で学んでいるという事になっているはずだからだ。
そんな私が、砂漠の服装で、ひょいっと顔を出したら皆、びっくりするのは当然だ。
「エーダ? お前、エーダ!? こんな所に何しに来たんだよ!」
「びっくりさせやがって! そんな砂漠の方の衣装きて、どうしたんだよ! 母ちゃんの所にいるんじゃなかったのか?」
「待ってって、エーダって確か、あの超有名で、卒業したらいい所との結婚確定って言われている、お姫様学校に入学したって聞いてたんだけど?!」
びっくりした後に、息を吹き返したように皆がこっちに近付いてきて、口々にいろんな事を言い出す。
やっぱり、最新情報は……お姫様学校に入学したって所の様子だ。
ここから、私がお姫様学校を出て行ったって情報を持っていそうな人は見当たらなかった。
「えーっとね、入学は、した」
「入学したなら、どうしてここに帰ってきたわけ? だってあそこ全寮制だって話よ? 外出一つにしても、すごく手間がかかるっていう事を、あそこの短期下働きに行った人が言っていたわよ」
受付嬢の仲間だったミリアがそう言う。うんうんと頷く人たちも多い。
私はあー、と声を出した後に、大真面目に言った。
「入学して二週間で脱走した」
「脱走!?!?」
脱走、と聞いていた人たちが声をそろえて、驚いてますって声をあげる。
私も他人がそんな事言ったら驚くよな、と客観的に分かっているけれど、続けた。
「全生徒および全教師の嫌がらせで参っちゃって、旦那に逃がしてもらった」
「……だんな?」
「うん、私……」
結婚したの、大河の向こうの国で。
そう、静まり返ったギルドの中で発表すると、一気に辺りは沈黙に包まれた。
何言ってんだこいつ、というよりも……私の言った事を理解できないっていう空気だ。
そんな中で、古参で、頼もしい受付嬢というか、受付おばちゃんのマルタさんが咳払いをして、聞いてきた。
「お姫様学校で、お見合いとか舞踏会とかで、運命の出会いをして出て行ったの?」
「ちがう。嫌がらせに参って、ぼろっちい塔から落っこちかけた時に、助けてくれた人が、契機を見計らって逃がしてくれたの、それでちょっとすったもんだあって、その後結婚した」
「ロマンチックの欠片もない!」
「マルタさん、エーダにロマンチック求めちゃだめだわ」
「エーダよ? ロッテの女騎士様って、陰で言われていた子が、恋愛小説真っ青なロマンチックやってるわけないじゃない」
マルタさんが突っ伏すと、それを周りが慰める。そんなに私の結婚の仕方って、情緒とかない感じに思えるんだろうか……確かにあれでこれでそうなったら、うん、あんまり素敵な感じの結婚にはならなさそう。
でも、私と旦那だったら、あれがお似合いだったと思うんだよね……
「で?」
「でって何?」
「あんたが駆け落ちして結婚したってのは何となく察した」
「駆け落ちかぁ……そうなる?」
「出会った男と天下のお姫様学校脱走して結婚したとか聞いて、どうして道ならぬ駆け落ちじゃないって思うわけ」
「もっと説明の面倒くさいあれこれはあった」
「……あんたに説明を求めるのが無駄だったわ、あんたそういう所あった」
マルタさんがそう言った後、受付の机から身を乗り出す。
「ただ結婚報告に来たって感じじゃないでしょ。結婚報告しに来たなら、旦那さん一緒なんでしょ、どこにいるわけ?」
「あっち」
私はそう言って、ギルドの依頼受注のための掲載用紙が、たっぷり貼られている所で、面白い物でもあったのか、中身を色々読んでいる旦那を指さした。
……この黄金の牡牛亭でも、旦那のガタイがいいのは明らかだった。
というよりも、この場で一番、圧があって、空気が違って、ギルドの冒険者たちが一ひねりされちゃいそうな人にしか見えなかった。
目を隠すために、フードを被っているのも、雰囲気が普通じゃないって感じに拍車をかけている。
「……あの人?」
「え、体格差えげつなくない?」
「あれ……普通の男じゃないでしょ!? エーダあんたどこで引っかかったの!?」
普通の男には見えないのはわかる。このあたりのひょろりとした男性たちと、彼は圧倒的に筋肉量が違う見た目だし、実際にそれだけの力を持っているわけだし。
「旦那」
私は受付仲間たちの前に、旦那を引っ張っていく事にして、面白いのか何なのか、掲載用紙を眺めている彼の手を掴んで、そのまま引っ張っていった。
「皆に紹介するわね、この人が旦那。強そうでしょ、実際強い」
「妻が大変に世話になっていたと伺っている。事情があり、このような身なりだが、許していただきたい」
旦那、と腕にくっついてちょっと自慢して言うと、旦那はゆったりとした、綺麗な動作でお辞儀をした。
こう言う動作の綺麗さに、ほれぼれするんだから仕方ない。粗野な動作も似合う人だけど、この見た目で流麗な動作をとるっていうのに、毎回ドキッとするのだ。たぶん私の性癖なんだろう。
皆を見ると、皆固まって……それから、マルタさんが言った。
「ごめんエーダ、ちょっと冗談にもならない」
「うちのギルドの一番おっかない人よりも怖い」
「エーダ、あんたの趣味ってこんな残念だったわけ」
「そりゃ誰にも靡かないわけだ……」
皆口々に言う。そんな中、ギルドの構成員たちが、旦那に言った。
「あんた、エーダのどこがよかったんだ? とびぬけて可愛いって奴じゃないだろ」
「口うるさいし」
「説教してくるし」
「出るとこ出てるわけでもねえし」
「色っぽいわけでもないし」
流石に言われ過ぎている気がしたから、私は怒鳴った。
「あんたらうるさい! というかギルドの受付嬢に、そんな可愛げとか胸があるとか、色っぽさとかいらないでしょ!!」
「仕事としてはいらねえけど、励みとしては必要だぜ」
「だからエーダの席で手続きするやつは、女とじいさんとばあさんと、仕事早くしてほしい奴が多かったんだろ!」
何というか、言われたい放題だと思って、こいつら……と思った時だ。
旦那がしばし考えた様子で口を開いたのだ。
「俺の妻は千金よりも値打ちがある女だと思っているが」
「……」
「…………」
「どこらへんで? そりゃ血筋はかなりいいって分かったけど、あなた血筋気にしてる家柄?」
受付のミリアさんが怖いもの見たさって感じで、目をそらしつつ聞く。それに対して旦那は、続けた。
「この世で俺を真正面から睨める女性は、貴重だ。まして、俺を見て笑う相手は、それを越えているだろう」
確かに……と皆が納得した雰囲気になる。いや、そんな納得するほどこわもてじゃないでしょ、と言いたくなるのは、私だけの様子だ。
「俺の妻の可愛げなど、俺がわかっていればいい話だしな」
「あなた、私に可愛げ求めてる?」
「見るたびに胸の奥が柔らかい思いになるな」
「……その感覚、分かるかもしれない……」
「ごめんエーダ、惚気られてびっくりしてる」
私と旦那のやり取りを聞いて、ミリアさんが衝撃を受けたって顔で言った。
「エーダは恋愛に向かない女の子だってずっと思って来たけど……なんかやり取り聞いて納得した。こりゃエーダにとって最善だわ」
「ところで、エーダ、ここにきて結婚報告するって事は、一晩宴会の予定で来たの?」
「宴会はしないわよ、この前のディミトリさんの宴会の時に、酔っぱらった人たちがでっかい木槌持ってきて、ギルドの壁破壊しちゃったでしょ、あれで、おごる酒は一杯だけにしろってお達し回ったじゃない」
「そういやそうだったわ……」
「だから、ここにいる人たちにお酒をいっぱいおごる位しか、しないわよ。私のせいで壁が大破とか、嫌だもの」
「聞いたか!! 酒が一杯ただだとよ!! 皆、エーダのおごりだ!!」
ただ酒が、一杯でも飲めると聞いた人達が色めき立つ。私はそんな中で、皆に聞きたい事があるって手をあげた。
「ねえ、私の状況、皆どこまで知ってたの?」
「母ちゃんの所で暮らしてるって聞いてたぜ」
「最新情報はね、お姫様学校に入学したって所」
「それより先は、たった今エーダが言わなきゃ知らなかったぜ!」
「おい、千里耳のヴァル! あんたもっと知ってねえか!!」
千里耳、と呼ばれたおじいちゃんが長い耳たぶを揺らして言う。
「青い国では、今、お前さんを取り返すかどうかで、王宮とお前の母親が争っている最中だな。それ以上は入ってこないよ」
「取り返すって言われても……ねえ?」
「正式に婚姻契約が済んだ後だからな、取り返すと言われても困る。それ以上に……」
「「自分の意思で選んだ結婚だ」」
私と旦那の声がぴったりそろって、だろうなあ、と千里耳のおじいちゃんが頷いた。
「エーダを見ていればわかるさ。エーダが今、飛び切り幸福だっていうのはな」
そして、ただ酒を飲みたい人達が、うわさを聞きつけて、どんどんギルドの酒場になだれ込み、ギルドの中は一層にぎやかになったのだった。




