3 意外な申し出
冒険者ギルドの受付をしている理由の一つとして、もしかしたら母さんの情報が入って来るのではないか、という物がある。
おかみさんも旦那さんも、手当たり次第に聞いてくれた十年前、情報は全く入ってこなかった。
だからおかみさんが、知り合いのギルドマスターに掛け合ってくれて、母さんの張り紙を貼らせてもらったのだ。
私はそう言った恩があったし、冒険者ギルドは最新情報が回ってきやすい場所だから、何かしら聞けるかもしれない、と思って、募集がかかった時にここに来たのだ。
でも、母さんの情報は一つもない。
国の王女様が見つかったとか、婿に来た今の王様は実は、王女様と結婚したかったとか、そんな話は聞いたけれど、私の欲しい情報じゃない。
母さんはもう、死んでいるかもしれないけれども、死んだと決まったわけじゃない。
だから私は諦めないで、こうして受付の仕事をして行くのだ。
朝の依頼受注が怒涛のように過ぎていき、苛立った人に怒鳴られる事も数回こなして、やっと昼休憩だ。
私は受付の人が格安で食べられる、受付セットを、建物の中で経営されている喫茶店で注文して食べる。
一緒に食べているのは、同じ受付をしている皆さんだ。
皆さんお金が欲しいと常に言っているから、私と同じ格安セットである。
「ねえ聞いて、彼氏がね……!」
という恋愛ごとの愚痴から
「うちの子供ったらね……!」
という思春期の子供への心配の声から、受付の皆さんの会話は色々だ。
そんな話題を広げていた時、彼氏とデートする回数が減った、と嘆いていたミラさんが言い出した。
「来週、王子様の誕生祭じゃない? 皆どんな仮装するのかしら!」
そう、王子様とか王女様の誕生祭、そう言った特別な時だけ、この国では、身分関係なしの仮装をする事が許されている。
皆仮想してパーッと盛り上がりたいから、この日のためにせっせと仮想衣装を用意するのだ。
この話題は楽しい話題だから、皆あっという間に乗ってきた。
「うちは去年と同じよ、仮面をかぶるの」
「私は新しいドレス作ったの! 去年の物を手直ししたんだけどね」
「彼氏が用意してくれるっていうの、センス悪かったらぶっ飛ばすって言ってあるんだ」
なんて情報がやり取りされ、私にも問いかけが回ってきた。
「エーダさんは?」
「私は、今年は仮装しないかな」
「えー! なんで?」
「仕事が忙しくって、用意できそうにないから」
「去年のでもいいからやればいいじゃない! 楽しいわよ!」
「去年は覚えてますか? ここで喧嘩に巻き込まれて、衣装大穴開いちゃったじゃないですか」
「そう言えば、そんな話聞いたような」
「ごめんね、嫌な事思いださせちゃって!」
「いいんですよ、仮装しないなんて聞いたら、誰だって、何でって思うものだから」
そう、去年私は仮装してここにきて、運悪く、仮装がうまい下手で酔っぱらって喧嘩になった人たちの巻き添えを食らい、仮装に大穴が開いたのだ。
何年も着ようと思って作ったものだったが、修復不可能なほどの大穴が開き、泣く泣くそれは古着屋に売られる事になった。訳ありも売られるのが古着屋である。
「残念ね」
申し訳なさそうに皆が言ってくれる。この仕事場の皆は人がいいのだ。
でも仮装の手配はしてくれない。だってこう言うのは好みが結構あるから、余計なお世話にならないようにしてくれているのだ。
「そうだ、今年で王子様何歳でしたっけ」
私は話題を変えるために、ふと思った事を彼女たちに聞いてみた。
「確か十六歳だったわね」
「エーダちゃんと同じ歳よ」
「他国で留学していたんですって、誕生日の前の日に帰って来るって聞いたわ」
「それから、花嫁探しなんですって。王子様はより取り見取りだろうからうらやましいわ!」
そんな会話に花が咲き、皆意外と結婚願望がある事に驚き、休憩時間が終わったら、私たちは仕事を再開したのだった。
そして夕方、私は遅番の人に連絡を回して、家路につく。
家路につく間に、露店では、夕飯の買い物客を呼ぶ声が響いている。
「焼肉―!」
「パンも焼きたて、パン焼き立て!」
「スープ用に野菜はいかがー!」
そんな活気ある道を進み、私はいつも通りに、シャルロッテが待っている仕立て屋さんに急ぐ。
裏に回っても、皆私の事をもう見慣れているから、怪しんだりしないのだ。
私は裏口に回って、扉を叩き、出てきた取次ぎの人に、シャルロッテを迎えに来た事を告げる。
彼女は今日も、私が来るまで仕事をしていたらしい。すぐに来る、と言われたから、私は扉の中で待つ事にした。
なにせ町一番の美少女であるシャルロッテだから、私が迎えに来る事を、誰も不思議に思わないのだ。
ありがたい事に。
そして慌てた足音とともに、シャルロッテが階段を駆け下りて来る。
「ころんじゃうよ」
「ごめんなさい! 夢中になりすぎて!」
「気にしないで、今来た所なんだから!」
「でもシャルロッテ、あんまりお友達を待たせるんじゃないよ、道が暗くなっちまうじゃないか」
「ごめんなさい」
取次ぎの人が彼女に言う。シャルロッテも悪いと思っているから、もう一回頭を下げる。
そしていつも通り、私たちは家路についたのである。
その日の夜だ。
私が寝ようかな、と思っていた時、扉を叩かれた。この時間だったらシャルロッテだ。いつも針仕事の宿題だったのに、終わったんだろうか。
「ロッテちゃん、どうしたの?」
「エーダちゃん……お願いがあって……」
「なあに、話だけまずは聞くよ」
私が屋根裏部屋の中に入れると、シャルロッテは意を決したように、こう言った。
「お願い! あなたのお母さんのドレスを、誕生祭に私に使わせてほしいの!」
……私の母さんの残した荷物は、もともとそんなに多くない。
その中で異彩を放っているのが、豪華絢爛な、一着のドレスだった。