16 思っていた以上の事柄ばかりで
私は男自身の立ち振る舞いなどが、武骨な面を持っていたから、すっかり油断してしまっていたのだ。
この男は一国一城の主であるという現実を、思い知ったのは、促されるままに寝室の扉を開ければ、外に出られるだろうという予想を大きく裏切られた時だった。
いや、どうして、どうしてこうなる!?
と叫んでも、大して驚かれなかっただろう。
あの部屋自体も、びっくりするくらい広い部屋で、身も蓋もなくギルド風に言えば、馬鹿でかい部屋という物だったのだ。
そのためそこを出れば、外の廊下に通じるよねって思った私は、やっぱり一般庶民の感覚が消えていないんだろう。
それにお姫様学校でも、私の部屋は一部屋だけで、扉を開けたら通路ですぐに階段という、慣れた感じの作りだったから、余計に予想を裏切られたのだ。
部屋の向こうには、更に部屋があったのだ。
そしてそこには、うっかり足を乗せられないと思う位、精密な模様が描かれた絨毯が敷き詰められていて、壁際には背もたれが置かれた空間があって、私にとってだめ押しよろしく、背の低い卓に見慣れないご馳走が並べられていたのだ。
……食堂とかに行くんじゃなかったの?
いや、私お姫様扱いされてた時、母さんとむやみやたらに広い晩餐室って奴で、ながーいテーブルの上に、一つ一つ順番に並べられていく料理を必死にマナーを思い出しながら食べてたんだけど。
そういった食事風景を想定していた私は、目の前の光景に、何を言えばいいのかわからないほど混乱した。
「では、ごゆっくり」
そんな事を言って、給仕の人が去っていく。えーと、あの、この部屋って何ですか?
壁には巻物式の書物がいくつも積み上げられていて、別の壁には物々しいけど、明らかに使い込まれた武器がかけられていて、食事をする部屋という印象はない。
でもここの低い卓に、色鮮やかなご馳走と思わしきものが並んでいる……これは一体。
「厨房の料理人たちは、お前をかなり歓迎している様子だな」
卓に並んだ料理を見て、男が言った。そんな事がわかるんだろうか。
「……色々、聞かせて」
混乱しまくっているけれど、一つ一つ順番に、片付けていかないと厄介だ。余計に混乱する。
「ここは何の部屋? 食事をする部屋って感じはしないけど」
「ここは俺の私室だが」
「あっちは?」
私は今まで入っていた部屋の扉を指さした。彼が何を言うんだという調子で言う。
「寝所だ」
「……まってまってまって……ごめん、理解が追い付かなかった、えーっと、あっちの大きな部屋が寝室で、こっちは続きの間ってやつ……って事で合っている?」
「そうだ」
「……」
ごくごく当たり前の事を言っているという調子なものだから、私の頭が誤作動しているんじゃないかって思ったけれど、きっと、違う。
こんな広い部屋を二つも贅沢に使えるのは、この人が王と呼ばれる人だからなのだろう。
そういう事にしておこう。
「食堂とか、食事をする部屋とかに用意させなかったのはどうして?」
「お前を有象無象に、見せるつもりがないからだ」
「それは、一体、どういう意味……?」
私の見た目が残念過ぎるからかな!? 彼曰くもうちょっと肉がついて、ましな見た目になるまでって事かな!?
そんな風に考えたのに、彼はそれを裏切った。
彼は私の髪の毛をするりと撫でて、また強い力で顎を掴んで、私の顔を彼へ向けさせて、言い切ったのだ。
「お前はどの女よりも価値がある」
「……はあ?」
価値があるって言われても、どうしても納得できなくて、変な返事になったのに、彼は恐ろしい事を言い放ったのだ。
「人にむやみやたらに見せたくない宝は、隠しておくものだろう」
……この人本気でそう思ってるのか? なんか別の思惑とかないか?
だって私だよ、地味顔で可愛くもなくて、男物を着たら男の子に見えちゃうような女の子を、見せたくない宝とか、たとえ話でも言う物か……?
思いっきり疑問が顔に出たんだろう。彼が背中を丸めて、顔を私に近付ける。
「お前はこの王が、持つ宝の中で、最も価値のある宝だ。俺を真正面から見て悲鳴も失禁もない女は、この十年一人もいない」
近付いた顔の中で、融けた黄金の色をした、強すぎる輝きの瞳が光っている。
私はその顔をその距離で、じっくり見た。見て、やっぱり、かなり怖い顔をしている人に該当するけど、そんな失態を侵すほど、恐怖感をあおられる顔ではないな、という結論に至った。
「……あなたがそう思うなら、それでいいや。なんか私がいくら否定しても納得してくれなさそうだし」
結論に至って、彼の見ている物を否定するのを諦めた。
諦めた後、私は彼に問いかけた。
「ここではどうやって、ご飯を食べるの? 申し訳ないんだけど、食べ方ってものが全然わからないの」
「……そうだな、冷めすぎるとうまくはないからな」
「え、毒見とかないの?」
「お前は経験があるのか」
「母さんとご飯を食べる時はいつも、冷え切ったお料理だった。毒見を三回するからだって、母さんが言ってた」
「そうか。……この銀の食器には、あらゆる毒を感知する力がある。これに盛り付けて、毒を混ぜる馬鹿はいない」
とりあえず、まずは座れと言われて、私はおずおずと絨毯に座った。
座り方もわからなかったけど、片膝を立てる座り方だと言われて、素直に従った。
……この国の座り方は、私がいつも着ていたスカートじゃ難しい座り方だ。この座り方は、スカートの中身が見えちゃう。
えっちらおっちら座って、どうやって食べるのだ、と彼が食べ方を一つ一つ教えてくれるから、それに習って食べていくと……びっくりした。
「食べた事ないけど、すごくおいしい……」
彼がいっそ優美な程見事に、食べ進めていくから、それを見様見真似で食べているけど、信じられないくらい美味しかった。
「こんなおいしい物、生まれて初めて食べたかも……」
庶民暮らしでは、毎日のパンとチーズがあれば最高で、お金がある時に肉屋でこま切れ肉を買えればとっても贅沢で、香辛料とかを使う事なんて、年に一度の新年のお祭りの時くらいで。
それ自体は普通の事だったから、全然気にした事もない事実だ。でも。
母さんと暮らしている時は、色んな料理が出てきたけど、マナーばっかり気になって、というか気にしないと定規で叩かれるから、そっちしか頭になくて、味なんてわからなくて、美味しいかどうかも判断がつかなかった。
お姫様学校の食べ物の味は、記憶に一切ないくらい、あの場所の負担は大きかった。
そのせいかもしれない。こうして、ゆっくり食べ方を教えてもらいながら、じっくり食事をするのは、安らぎを感じる。
そしてめちゃくちゃ美味しいのだ。
なにこれ。私の知っている料理と違う。ありふれたスープだろうものさえ、体に染みわたるように美味しい。何で?
なんで、って思ったら、急にぼろぼろ涙が出てきて、彼が無造作にかごの中に入っていた、真っ白なリネンのナプキンを渡してくる。
それで顔を抑えて、私は少し、泣いた。
「お前の食事事情はどうなっていたんだ……それほど苦労している人生だったのか?」
「ちが、ちがう、わ、わかんな、わかんない! なんで泣くのか、全然わからない……」
「……温かい食事は魂に染みると、おばばたちが言っていたな、お前もそれだろう」
「なにそれ……」
「お前は思った以上に、魂にひびが入っていたという話だ」
そこまで言って、彼は続けた。
「地味な衣装にして正解だ。華美な衣装で飾れば、お前は気後れして食事もまともに取れなかっただろうからな」
女たちにはその指示を出すか、と静かに言った彼が当たり前の調子で肩を抱き寄せて、顔を抑えていない方の手に、自分の手を重ねてくれて、その温かさがやけに安心して、涙を止めるのが大変だった。




