13 想定を超えた相手
「王、それは」
術の光が消え失せて、目がそれに慣れてきた頃、私が見ていたのは異国情緒の漂う、綺麗さよりも堅牢さに重点を置いているような建物の中だった。
ここは何処だろう、いや、その前にまず、今呼びかけられたのは王様って事で、それは誰の事だろう。
そんな事を思いつつも、私はあっという間にマントに頭からくるまれて、何も見えなくなった。彼のマントの中でもぞもぞと動いたけれど、彼は私を解放することなく、たぶん……片腕で抱え上げた。女の子一人とはいえ、物凄く重たいドレスを着ているのに、それがなせるのは大した筋力間違いなし。ありていにいればほれぼれする筋力だ。
「王。お答えください」
王、と呼びかけられているのは、たぶん私を逃がしてくれたあの大きな男の人で、え、王様……だったんだ……いや、あの迫力で家臣だとしたら、王様食われそうだよな、と思ったのは否めないけれども、私を担ぎ上げているその人は、うっとうしそうだった。
「妻だ」
「……は?」
答えるのも煩わしい、というような調子で彼が答えた中身に、問いかけた相手は明らかに……明らかに絶句している。
二の句が継げないって感じだ。
いや私も初耳なんだけど、一体いつこの人の妻になるという事は決定したんだ?
直接それを言おうとしたけど、いざ口を開いた時、彼が動き出したので、声は出なかった。
彼はそれでも答えたから構わないのか、彼が歩き始めるのが、振動で伝わってくる。
歩き始めた彼に、追いつこうとする足音が複数。
「王、分かっておいででしょう、王の妻たるものは今、一族が選定を行っている最中であると」
「俺が見やれば失禁する女を妻にか?」
「それは……そうならない胆力のある女性を今、一族が選び抜いている所で」
「これは色眼鏡なしに、俺を真正面から見る女だ」
「! 王の瞳をですか」
「これ以上ない女だろう」
……会話を聞く限り、どうやらこの男の人は、顔を合わせるだけで、女の人たちが失禁しちゃうと言うなかなかな問題を抱えていたらしい。
私そんな事なかったけれど、舞踏会に彼が長くいたら、お姫様たちはそんな事故を起こしちゃったかもしれない。
控えめに言っても、この男の人は顔が怖いから。
ついでに思ったけど、同にも褒められている気分にならないのはどうしてか。
「王の事を何も知らずに? そんな……馬鹿な、そんな女が存在していたのですか」
脇を歩く、家臣だろうその人は、かなり動揺していた。何というか、私が知らないだけで、この男の人、相当面倒な事情を、いくつも抱えているんじゃないか、と察する事が出来るやり取りだった。
「一族にはお前が伝えておけ。この手の話は早い方がいいだろう」
「長老やおばばたちが、また荒れます。王ご自身でお伝えください」
「……仕方あるまい」
長老とか、おばばとか、明らかにお説教が長くて面倒になる肩書の人たちを相手にしなくてはならないのか、男の人の声は溜息をついた後、かすかにげんなりした声でいった。
その間も、私は何とか妻ってどういう事なのか聞くため、マントを剥すべく四苦八苦したけれど、包まれ方のせいなのか、うまい具合に顔を出す事が出来ない。
喋ろうにも、もごもごという音にしかならないので、喋るのは早々に諦めた。
そんな事をしているからか、家臣らしき人の声が、疑いを持ったような響きになる。
「王、まさか攫って来たのではないでしょうね。あなたは強引に過ぎる所がある」
「同意の上だ」
「……いよいよ普通の女性とは思えませんね。王の目を見返し、同意の上、王の妻になるというのだから」
同意してない。逃がしてっていった。連れてってと言った。
……もしかして、この、連れてって、が曲解されたのか?
連れていくという事が、つまり妻として連れていく、ってふうに……なんかない話じゃなさそうだ。
可愛い勘違いじゃないから、そこの所をしっかり修正しないと。
「なかなか愛らしい女だ」
「……王から女性への褒め言葉を聞くのも、大変珍しい事だと思っておりますが」
「そうか」
家臣の人は疑っている調子だけど、これ以上の追及をしても無駄だとか、そんな風に諦めたんだろうか。
追及する事をその人はやめた。
「これを寝所に連れていく。女たちに支度をさせろ」
「王は」
「妻の選定を行っている長老及び、おばばたちの所へ行く」
「はっ」
家臣の人が、それを聞いて何か察したみたいだ。足早に足音が遠ざかっていく。
「どうした。嫌に動くな」
だからね? お姫様学校から逃がしてもらえてうれしいけど、いきなり妻とか言われても想定外だったんだけど、と言おうとしたけれども、結局マントでもごもごという音にしかならないから、言わない事にした。
マントが外れたら、たっぷり騒がせてもらおう。それ位はしてもいいはずである。
私は黙る代わりに、方角とかを感じ取ろうと努力した。東の方に進んでいく。次は右に曲がって……それからあ、階段を上がった。それも二階分。そのまままた進んで……
そんな事に集中していた私は、扉が開く音を聞いて、マントごとどこか柔らかい場所におろされたから、やっとマントをはぎ取った。
「ああ、息苦しかった!」
「そこまでか」
「マントの織り方が頑丈だと、風を通さないでしょ、つまり呼吸もしにくいって事だから」
「それは考えもしなかったな」
私は柔らかい場所に座り、相手が立っているからいっそう遠くなった顔を見ていた。
彼の視線は鋭くて強くて、圧がある。覇気もすごいと思う。
でも、失禁するほどだろうか。言うほどじゃない。
それとも私の感覚がずれているのだろうか。そっちの方があり得そうだった。
そんな風に彼を見ている私を、彼は愉快そうに見下ろしている。
「その衣装では寝るにも不自由するだろう。女たちを呼んでおいた、そのべったりと顔に塗りたくったきつい臭いの化粧を、さっさと落としておけ」
「おしろいの臭いが臭いって言う同士がいてありがたいわ。これ最高級品のおしろいなんだけど、匂いが妙に油臭くてげんなりするんだよね。香料も気合入れているから、皆いい匂いって言うけどさ」
「唇をやけに光らせる紅もな」
「これ、自分で触ってべたべたしてうっとうしいから、その気持ちよくわかる」
彼はそのままどこかに行こうとする。
「どこに行くの?」
「面倒な妻選びの、言い争いをしている者たちへの説明だ」
「えーと、私が妻枠に収まるのは決定系なの?」
「ほかにどの枠に収まると思っていた」
「まず最初の段階でおかしいでしょ、いつ私が妻になるって言ったのよ、同意してないじゃない」
「連れていけ、とお前は言っただろう」
「いや、連れていけと妻になるのどこに、互換性があるの」
「……」
私の正直な言葉に、彼はしばし黙った。言い負かされたって感じとは、ちょっと違う沈黙だった。
「お前はただ、俺が逃がす手引きだけをする、と思っていたのか」
「あの場所じゃない所に、連れて行ってもらえるとは思ってたけど、妻とか思いもしなかったから」
彼の眼光が鋭くなる。なんというか、呆れた奴だって言いたそうな視線だ。
「言っただろう、不自由も苦労もさせん」
「えっと、まさかそれが求婚の台詞?」
「ほかに何がある。妻にむやみな不自由も苦労もさせない、と断じるのは当たり前だろう」
「私の知っている求婚とずいぶん違う……」
「気に入った、と言っただろう。俺はお前が好ましいと思ったのだから、あの場所から連れ出したまでだ」
今の何なんだろう。彼の言葉に変な表現はかけらもなかったのに、私の背中はぞくぞくと震えた。
それが、余計な言葉を消し飛ばしてしまい、私はそれ以上、妻になるならないの言い合いが出来なかった。言葉が出て来なくて、何かわからないけど顔が熱くなってうつむいた私を見た後、彼が出て行く時に、女の人がわらわらと三人も四人も現れて、まあ、という顔をした。
「すごいわ! 王と二人っきりで会話が成立する女の子なんて、なんて珍しいの!」
「お客様だから、ケビン様が手厚くもてなせって言ったけど」
「お客様って感じの空気じゃないわ!! ねえお客様、王のどこが好き?」
「まずはお着換えとお風呂だわ! こんな時間だもの、くつろげないでしょう? その衣装はコルセットであばら骨が折れるって、あっちに嫁いだ姉様がおっしゃってたもの」
怒涛の勢いである。怒涛の勢いで、なんだか好意的な言葉みたいなものをかけられて、私は目を白黒させた。
これどういう流れなの? いや、いきなり現れた貧相な女の子に対して、皆余裕があるだけ? 皆さん確かに、出るところが出てて引っ込む所は引っ込んでいて、素晴らしい体形の人達だけど!
「このあたりは水が少ないから、しっかり準備をしないと、たっぷりのお湯が張れないの、それだけは大目に見てくださらない?」
「あ、うん、大丈夫」
「ああ、こんなに髪に香油を塗ったら、落とすの大変なのに! 下手に香油を塗ると砂が髪にくっついてしまうから、このあたりじゃ好まれないのよ」
「お化粧もこってり塗ってあるわぁ、襟元まで塗ってある! あなたお金持ちのお嬢様なのね」
「西の人たちは、お化粧をたっぷり塗るのが、お金持ちの象徴って思っているものね」
女の人たちはお喋りで、あっという間に部屋の一角に用意されていた簡単なお風呂に私を入れて、シャルロッテが施してくれたお化粧とか髪の毛とかを、洗っていく。
皆手つきが水際立っていて、よどみなくて、すごいと素直に思う。
でも私がしゃべる余地がないくらい、良くしゃべるから、何も言えなくなっている私がいた。
そして彼女たちがしっかり洗いまくった結果、私は余計なものが全部洗い流された。
お化粧とかで、かなり盛っていたから、素顔を見たら地味とか言われそうだなと身構えていたのに、彼女たちはうんうん、と頷いた。
「肌がすごく柔らかいわ、ずっと触っていたくなるくらい! 瞳も透明度の高い茶色ね、こっちの人たちの目と似ているわ、あなたこっちの人たちの血が混ざってない?」
「父さんの顔を見た事がないから、わからないです」
「お母様はどんな人?」
「銀髪で紫の瞳の、色白のすごい美女です」
「ああ、西の美女って感じね。典型的な美女の枠にはまりそう」
「こっちだとちょっと好まれない美女ね!」
「そ、そうなんですか」
母さんくらい綺麗な人なら、どこでだって美女としてちやほやされると思っていたから、意外に思って問いかけると、彼女たちは笑って教えてくれた。
「こっちだと、月の光が似合う美女よりも、太陽の光が似合う美女の方が好ましいと言われるの。日焼けした肌で、明るく笑う様な美女がね!」
「こっちだと、口を大きく開けて笑う人も、結構魅力的って言われるの。でも西だと、笑う時に扇で顔を隠すって聞いてるわ、感情も表せないなんて、不自由ねって言われるの」
私が暮らしてきた国と、この国はずいぶんと色々なものが違うのだな、とこれだけで十分に理解できるほど、違いが明らかだった。
ただ、彼女たちが指摘しなかったのは、私のおっぱいとかおしりとかに、肉があまりついていない事実だった。
彼女たちはとても肉感的だから、それをとても言えなかったんだろう。下手に言うと泣く子もいる事だし。
「さて、乾燥を防ぐために香油を塗って」
「王はこっちの匂いの方が好ましいはずよ」
「流行の匂いじゃだめかしら」
「最初は王好みにしなくちゃ! 王が自分から召し出したなんて、去年あの世に行っちゃったおじい様が聞いたら絶叫するわ」
「わかるわかる、王は自分から来た相手は拒まないけれど、自分からは進んで連れてこなかったものね」
すごくいい匂いのする香油を塗られている間も、お喋りな彼女たちの言葉は止まらない。
彼女たちのいう事はびっくりする事ばっかりで、同時にこう、何というか、夜の匂いが漂いだしている。
「あなた幾つ?」
「数日前に、その、十七に」
「あらいい年齢だわ! 王は二十七よ。十歳くらいならまだ大丈夫ね」
何が大丈夫とかなのか、と聞きたくても下手に聞くと何が飛び出すかわからないから、私はもごもごと口を動かしているばかりになった。
「にしても」
にやにやしている女の人たち。何が彼女たちの口から飛び出すのだろう、と身構えていた時である。
「王ってば、大胆ね」
「わかる。すごく分かる! 連れて来てその日のうちって言うのが流石」
言われている事の意味が徐々に理解できて、私は耳までたぶん真っ赤になった。
「あなた、経験はある?」
女の人たちは私にも容赦しないみたいだ。複数の年上の女の人たちに、勝てるわけもないので、うう、と呻いた後私は素直に答えた。
「た、たしょうは」
布越しのキスくらいだったら経験はある。だから、多少は、経験がある!
でもそれを聞いて、女の人たちは色めき立った。
「あーら! 略奪愛!?」
「王らしい!!」
「そこがいいのよ! あの王が消極的とかありえないもの!」
なんかものすごく勘違いされてそうだな、と思ったけれども、いかに説明すれば彼女たちが静かになるかも思いつかなかったので、私は何も言えなかった。
そんな風に色々結構聞かれた後、彼女たちは用意したものを綺麗に片付けて去って行った。
がんばってね、とか、死なないでね、とか、なんかこの後の事がめちゃくちゃ怖い事を言われたので、私は一人にしないでよ、と言いたくなったが、彼女たちいわく
「この後はねえ、うふふ」
「うふふふ」
なわけで、彼女たちが残っている方がなんだか、私が大変な目に合う気がしたので、ぐっと飲み込んだわけだった。




