10 視野は狭い
思われていても、口に出したり態度に出さないと、心の中って伝わらない物だ。
それと雰囲気で。そのため、私はなんだかよくわからないけど、シャルロッテの料理を食べた後から、侍女の女の子たちが、私を見る視線がちょっと変わった理由に、気付けなかった。
シャルロッテの方はシャルロッテの方で、なんだか疲れた顔をしがちになっているけど、話を聞こうとしても、頑として口を割らないから、なんでか聞けないでいる。
もしかしたら、私にだけは聞かせたくない話を聞いちゃったのかもしれない。
それもありがちだ。
私だって、あの子に聞かせたくない話を、ギルドの受付嬢をしていた時にいくつか聞いた。
主に野郎たちの下の話で、時々あの子を対象にした下世話な事を言う奴がいて、そんな事を言いやがった奴を、彼女のファンが袋叩きにしていたな。懐かしい。
そんな事を思う余裕が出来たのは、シャルロッテの洒落にならない生臭い、謎の自称パン粥を食べてから、三日後の事だった。
あの劇物をお皿に一杯分食べたせいなのか、何なのか、私はお腹が痛くて痛くて、授業に出るなんて言う余裕はなかったのだ。
一日目はひたすら嘔吐してたし、脂汗もすごかった。その日、やっぱり授業に来ないから探しに来たシャルロッテが、ぐったりしている私を発見して、直ぐに医務室に駆け込んで、常駐のお医者さんを引っ張ってきて、毒出しの薬とかを飲まされて、体の中から劇物を排出するために、二日はかかったのだ。
この事実と、何をご令嬢に食べさせたんだ、という事をお医者さんに言われたシャルロッテが、パン粥の中身を喋ったところ、どうも入れ過ぎちゃいけない香辛料も、結構しっかり入れてしまっていたらしくて、それらが人体の許容量を超えていたから、こうして私はひどい目にあっちゃったらしい。
下町の生活では、香辛料とかはほとんど使わないで料理をしていた事もあって、シャルロッテは加減が分からなかったみたい。
でも厨房の料理人さんたちが、薬効があるとか、これは胃に優しいとか、色々教えたその結果、彼女はそれらを皆入れてしまえ、という極論みたいな事を思いついちゃったそうで。
「あなたは主を殺す気ですか」
とお医者さんがあきれ果てた、冷めた目でシャルロットを見る、という事まで起きてしまったのである。
事実を知ったシャルロッテは号泣した。ついでにお医者さんが、それはそれは真面目な顔で彼女に、
「料理を食べさせたいなら、基礎から厨房で学びなさい。もしくは侍女の皆さんの選択授業の一つである、調理および料理学の単元を取りなさい! あなたは知識が圧倒的に足りません! 優しい思いやりだけでは、食べられる料理は作れないんですよ!!」
と教え諭したため、一念発起したシャルロッテは、私と同じ授業を受ける事を辞めて、
「エーダちゃんのご飯は私が作れるようになる!」
と断言して、授業もほとんど一緒に受けなくなった。調理および料理学という単元を受ける侍女の子は、主の嫁ぎ先にいいところが見込めないけど、どうしても主についていきたいという思いで、それを受講するらしい。
私としては、シャルロッテが進みたい道を進めばそれでいいけど、あの子がいつか結婚した時に、旦那さんに料理を作るってなった時に、惨劇が起きなければいいなと思っている。
そんな心の余裕が出来たのは、だいたい体の中から色々出て行って、起き上がれるようになった三日目の話で、それまで私は、医務室の一角を使っていた。
教員の人たちは厳しいというか、私にいい印象がない様子だったけれども、お医者さんはどの生徒も平等に扱うというわけで、一人塔の中で療養させるにはあまりにも重体になった私を、自分が面倒を見られる場所にうつしたわけだ。
それは事実正しかった。いったい何度、脱水になりかけて、お医者さんの手を借りた事か。
「あれだけのものを摂取して、三日でここまで回復するあなたの体は、人並み外れて頑丈ですね」
三日目には立ち上がり、胃に優しい薄いスープまで飲めるようになった私に対しての評価は、なんだかな、という感じだったけど、私はかなり頑丈な体を、たぶん父さん譲りで持っているから、ちょっと曖昧に笑う程度で済ませたのだった。
そんな風に三日も寝て過ごしたから、授業には付いていけなくなりかけて、もう意地と根性だけで、私は予習と復習と遅れを取り戻すための補講を受けて、同じ教室で学ぶお姫様たちにくすくすと笑われた。
性根が悪いのはあんたたちの方だろう、と思う事はある。でも口に出したらいろいろ終わるから、とりあえず黙っておく。
放課後のダンスレッスンも、教員の人たちが、
「あなたのレベルではいけません、出て練習しなさい」
と言って逃げるのも許さない雰囲気だから、出たしね。
ダンスレッスンの途中で、やっぱり一緒に組む事になったエーデルワイスさんが、心配そうに私に、
「顔色がよろしくないですよ、寝込んでいたと聞きました。本当に大丈夫ですか?」
なんて聞いてくれたから、悪意のない女の子はまだいる、と思えて、結構うれしかった。
エーデルワイスさんの話を聞くと、仲の良くない姉妹がいて、その子に色々言われたりされたりした事で、寝こんじゃった経験が割とあったらしい。
そう言った経験を持っているから、寝込んでいたという私を、心配したのだとか。
「あまり無理をなさらないで。お体は大事ですよ」
心配そうにそう言ってから、柔らかく微笑むエーデルワイスさんは、性格もいい子なんだな、と思うと、やっぱりこの子のお母さんも、相当できた人だったんだろうな、と改めて思うわけだった。
しかし三日間も寝込み、色々知識と経験が足りない状態でも、やっぱり初夏の舞踏会という奴はやってくるわけで、出席しないというのは、あり得ない話らしい。
舞踏会に出席する事も、単位取得に必要だとか言われて、舞踏会も単位なのかよ、と心の中で突っ込んじゃったのはご愛敬だ。
でもまあ、そうしないと出席したがらない引っ込み思案なお姫様も、いるんだろうな。
もっと言うと、この学校にいる間に、そう言ったものにある程度慣れておかないと卒業した後苦労の連続だから、教員の人たちもこれに関する出席に対しては、厳しいんだろう。
私はとにかく、舞踏会までに、なんとか若干落ちた体力を取り戻すべく、人目を無視してありったけご飯を食べて、早起きすればいい! の精神で夜に予習と復習をしないでとにかく寝て、気力と体力を回復させる事に専念した。
そんな事ばっかりしていると、あの月明かりの下で、私を逃がしてくれると言ったあの盗賊っぽい人とのやり取りは疲れ果てた私が、自分に見せた幻覚のような気がして来る。
だって都合が良すぎるじゃないか。疲れ果てた心が頭が、現実逃避でそんないい夢を見せてくれたとしても、おかしくはない。
おかしくないし、それどころか幻覚である可能性の方が明らかに高い気がして来たので、私はあの約束に似た言葉のやり取りを、出来る限り思い出さないようにした。
舞踏会のためのドレスとか、そう言ったのの組み合わせは、それらに特化したシャルロッテに任せれば、恥ずかしい物には仕上がらないし。
「エーダちゃんどのドレスを着る?」
なんてわくわくした顔で、舞踏会の早朝から塔に上がってきたシャルロッテを見て、私は布団にもぐりこんだ。
「無作法にならなきゃなんでもいいよ」
「面白くないよ! せっかくのエーダちゃんの初舞踏会なのに!」
「初……? ああ、そうだっけ、こう言う舞踏会は私初めてだったか」
私が眠気でぼんやりする声で返すと、シャルロッテは布団の中の私を覗き込んだ。
「ねえ、本当に大丈夫? やっぱり私の作ったお粥、何か体調に影響が出てるんじゃ」
「お医者さんいわく、毒は全部出したから問題ないって言ってたよ。あー、舞踏会とか単位取得のためじゃなかったらさぼりたい」
「エーダちゃん……」
色々シャルロッテも思う事があるんだろう。何か言いたそうにした後、シャルロッテは気遣う声でこう言った。
「教員の方たちが言うにはね、初の舞踏会って皆疲れちゃうんだって。だから顔を出してすぐに、退出しても、単位取得に影響はないんだって。ただ、一度だけダンスを踊らなくちゃいけないけど。ええっと、だから、その、エーダちゃん、だめだって思う前にすぐに、教員の人に事情を話して、踊ってもらえばいいんだわ!」
私も教員の人に話しておくから! と心強いんだか不安になるんだか、何とも言えない事を言ってくれるシャルロッテに、私はうん、と布団にもぐったまま頷いた。
……いつも、夜更かししまくって、朝布団から出ないシャルロッテを起こすのが、私の仕事の一つだったのに、私の方が今じゃ布団から出られないでいる。
少しそれが変な感じだな、と思った。
「ドレスは、私が選んでおいていいの?」
「楽な奴にして」
「わかった、出来るだけ胴回りが楽なのを選ぶね」
言いつつ、それらのドレスも全部、シャルロッテの部屋に一時的に置いてあるから、シャルロッテが階段を降りていく。布団から出られないほど消耗している私を気遣っての事だろう。
あの子は一人になりたい時に、ちゃんと一人にしてくれる女の子だもの。
ああ、まだ布団の中でぐうたらしていたい。
でも夜の舞踏会のために、顔を洗ったり髪の毛をちゃんと見られる物にしたりしなくちゃいけないから、昼には動き出さないとな。
そこまで考えて、私はそのまましばし、ぼーっと天井を見て時間を過ごしたのだった。




