1 居候の朝
明け方に、街中に鳴り響く鐘の音が聞こえて来て、私は否応なく起こされた。
起きてすぐに寝台からはい出して、私は身なりを整えて、三角巾を被って、掃除道具を片手に、他の誰もが寝ている家を出る。
私の仕事はまず、家の前の掃き掃除だ。大家さん……おかみさんが持っている建物はいくつかあって、私はその建物の共有部を、軽く掃除するのだ。
明け方なら、とりあえず誰にも邪魔されずに、掃除ができる。
せっせと掃き掃除をして、あらかたのごみを取り除くと、それだけで周囲がすっきりとして見えるから、私はこの掃除も好きだ。
それが終わったら、次は台所に火をつける番だ。まずは近くの公共の井戸で水を汲み、木でできた桶に入れて、台所のかまどの前に置く。それから私は、昨日の灰をかき出して、新たに薪を組んで、火を熾すのだ。灰は、近隣の農村部で、肥料にするそうで、指定の位置まで運んでいく。結構重たい仕事だが、これもすっかり慣れたから、大した事ではない。
火を熾したら、次は朝食の支度だ。麦のお粥を煮ている間に、牛乳を売る人が通りを歩いてくるから、いつも牛乳を買う。
からんからんという鐘の音、ほら、牛乳売りがやってきた。
私はブリキの入れ物を手に取って、勝手口から家を出る。
それ位の時間になると、ちらほらと、起きている人が現れ始めるので、私だけが牛乳を買うわけではない。
「おはよう、エーダ」
牛乳売りの人が、常連である私に、声をかけてくれる。エーダというのは私の名前だ。少し変わった響きの名前だから、覚えられやすい。
「おはよう、今日もいい日だといいですね」
「そうだよなあ!」
そんなやり取りをして、銅貨一枚を手渡して、私は牛乳がこぼれないように気をつけながら、家に戻る。
その頃には、おかみさんが起きだしてくれているから、私は牛乳を台所に置いた。
今日もおかみさんが、麦の粥を、焦げないようにかき回してくれていた。
「おかみさん、おはようございます」
「おはよう、エーダ。牛乳はちゃんと買えた?」
「今日は売り切れる前に、ちゃんと買えたよ」
「たまに売り切れるからね。買えてよかった」
「シャルロッテはまだ寝ているの?」
「昨日遅くまで、縫物の宿題をしていたみたいだからね。全く、見習いの針子に、縫物の宿題なんてさせないでほしいものだよ」
「じゃあ起こす?」
「そうだね、お粥が冷める前に起こしてちょうだい」
「わかった!」
私は、お粥の面倒をおかみさんに任せて、家の二階にあるシャルロッテの部屋の扉を叩いた。
「ロッテ、ロッテちゃん! 朝だよ、起きる時間だよ!」
しーん。返事がない。だから私は、さらに強く扉を叩く。
「ロッテちゃん! 朝! 朝!!」
これの後に耳を澄ませても、部屋の中で動く気配がない。
仕方がない。私は扉を開けて、いたるところに散らばっている布地を踏まないようにしながら、寝台の中で丸まっている、彼女に手を伸ばした。
「ロッテちゃん! 遅刻したら給料減るんでしょ! もうすぐお祭りだから、忙しいって言ってたじゃん!」
手を伸ばして、結構強く揺り起こすと、のそのそとした動きの後に、寝台の持ち主が、目を開ける。
ぱっちりした瞳は紫色、そして髪の毛は艶のある銀色、整った目鼻立ち、今日もシャルロッテは美少女だ。でも、寝ぼけ眼だから、ちょっと抜けて見えた。
「もうそんな時間……?」
「時間だよ! おはようロッテちゃん」
「おはよう、エーダちゃん」
ふわあ、と可憐な欠伸をしたシャルロッテが、起き上がって、着替えるために動き出す。
それを見届けて、私は階下に降りて行った。
階下では、起きてきた旦那さんが、朝食を待っている。待っている間にめくられているのは、厚めの本だ。旦那さんは大通りにお店を構えている所の、帳簿の計算をする仕事をしている。
計算が早いのが自慢だし、計算の速さで出世した人でもある。
彼が顔をあげて、私に声をかけてきた。
「おはようエーダ。貸家の周囲で、酔っ払いに絡まれなかったかい」
「おはようございます、今日もそう言う人に出会わなかったですよ」
「それはよかった。シャルロッテはまだ寝ているのかい?」
「今起きて着替えてると思う」
「シャルロッテは、夜更かしなのがよくないね」
「あんた! 仕方がないだろう? 昼間は仕事、時間が空くのが夜なんだから。それにシャルロッテは、裁縫の宿題もあるんだ」
「そうだったね」
おかみさんと旦那さんが、そんなやり取りをして、テーブルにお粥の入ったお皿を並べる。そこに牛乳が置かれて、支度は整った。味付けは各自である。
そしてその頃になると、身支度を整えたシャルロッテも、階下にやって来るのだ。
「おはよう、父さん、母さん」
「おはよう」
「おはよう」