1 夜会での出会い
着慣れないドレスと、嗅ぎ慣れない香水の匂い。それから、私の人生では一生縁がないだろうな、と思っていたきらびやかな照明の世界。
そんな物で息がつまりそうだった私は、こっそり、その場を出て行く事にした。
「ああ、息がつまる……というかドレス苦しすぎだろこれ……」
私はこの日のために整えられた中庭の庭園の、一休み用に作られたベンチで息を吐きだした。
今日までの間に、げっそりと痩せたような気もする。
本日は新しい領主である、母さんのお披露目の夜会なのだ。そのために、昼間は町の人とかに庭園を公開し、料理人さんが腕を振るった。明るくて開放的なお祭り騒ぎだったから、皆楽しそうだったし、母さんに話しかけた人は、皆その美しさにポーっとなっていた。
街中では今頃、母さんが新しい領主になった事を、盛大にお祝いしているんだろう。
お祭り騒ぎ用の許可をたくさん出した、と母さんがちょっと笑っていたくらいだから。
そんな街の人を招待したお祭り騒ぎの後は、周辺の有力貴族とかを集めた夜会になるそうで、母さんはそっちの方が分かりやすいわ、と笑っていた。
そして母さんだけでなく、私もお披露目というわけだったんだが……
何しろ数週間前までただの町娘で、腕っぷしがそこそこのギルドの受付嬢だった私にとって、こちらはまったくの未知の世界。豪華なドレスは苦しいし、香水の匂いはたくさんあると、激臭だって学んだし、立っているだけでヒールとかもすごくぐらぐらして大変で、軽食をつまむなんて事できっこないし。
はっきり言おう、何にも楽しい事がない。
でも色々な人たちが、母さんに話しかけた後、私を見て、ちょっとまじ? みたいな顔するのはなんとも言えなかった。
ええそうですとも、そりゃあ似てないですとも。母さんのような傾城の美貌と、そこら辺に転がる平凡顔を、並べて親子です、なんて言って普通は信じないに決まってるだろ。
そんな事を察しながらも、私も薄く笑っていなければならない苦行。そうか、貴族の人が扇を片手に持っているのは顔の筋肉のためだったんだな、と思う時間だった。
でも私は、二時間はそこにいたから、結構頑張った方だ。
しかしながら、もう足も限界だし、ドレスは苦しくてお腹がペコペコでたまらないし、やってられっかって気分だ。
そりゃあ、母さんと暮らすのはうれしい。楽しい事もあるし本当に幸せだと思う。
でも上げ膳据え膳は慣れないものだし、使用人の人たちって、たぶん私より育ちがいい人たちだから、そんな人たちにお嬢様って言われるのはむず痒い。
さらにはこんな夜会は、はっきり言おう、私には過ぎたものだ。こんなの遠巻きに、使用人の人たちと同じように影から眺める程度で、十分な世界だったわけだ。
「うう、足がいたい……」
私はそんな事をぼやきながら、ドレスをかき分けて、足を締め付ける靴を脱ごうとした。すっごく痛いのだ。たぶん靴擦れとかしてる、それもひどい奴。
だが、ドレスの布地の量が多くて、自分の足を探れない。
「くっそ、見えない、ああうっとうしい!」
舌打ち混じりにそんな事を言った時だ。
「何がうっとうしいんだよ」
「靴が一人で脱げない事!」
「じゃあ手伝ってやろうか?」
「できるなら……ってえ?」
誰かのからかうような声に、苛立った声で返事をして……私はそこで、誰かがそばにいる事に気付いた。どうやらお腹が減り過ぎた事と、足が痛すぎる事で、注意力散漫になっていたらしい。
私はとっさに、声のした方向に、とっさに拾い上げた石ころをぶん投げた。
金属と石がぶつかり合う音が響き……おそらくこの音だったら長剣じゃない……相手が焦ったように言う。
「信じらんねえ、ただの石ころで、こっちの柄を正確に打つか?」
手がびりびりしびれるってどんだけだよ、と彼が言う。
「……いきなり話しかけたりしないでよ。心底びっくりした」
「あんた心底びっくりして、相手に石投げつけて、それが見てないのにあたる凄腕なのかよ」
「声がした方に投げれば、大体当たる」
「まじもんの凄腕かよ……」
「命中率と威力は比例しない」
「いやいや、威力半端じゃないだろ、おれの手がしびれてるぜ」
「ふうん。あんた私に何の用事? それとも物珍しさから声をかけた人? 美人じゃなくてごめんね」
「まってくれ、何でそこで美人じゃなくてごめんなんて言葉が出て来る?」
私はそれまで、相手の方を見ていない。何故なら第二弾の石ころがないか探していたからだ。
整えられた庭園で、いくつもちょうどいい石ころが見つかるわけもないから、一生懸命暗がりながらも探しているわけだ。
しかし。
謎の男との会話は、気楽で少し楽しかった。
「だって、こう言う時、物語では超美人との出会いじゃん」
「あんたもそう言う話読むのか?」
「幼馴染が大好きでね、幼馴染が貸本屋で借りてきた物を、借りたりしてたから」
「貸本屋って……それ庶民の娯楽だろ? こんな所の夜会に出席できるお嬢さまが、なんでそんな物に詳しいんだよ」
「しょうがないじゃん、だって私何日か前までただの町娘だったんだよ」
「……待ってくれなんだそれ。あんたこんな投げ物の腕利きなのに、ただの町娘自称するのか?」
「だって事実だし」
あ、ちょうどいい石ころ発見。私は素早くそれを掴んだ。だがそれが投げられる事はなかった。
それは簡単な話で、私の腕を、その誰からしき男が、がっちりと掴んだからだ。
「待ってくれ、本気で待ってくれ! あんたが二回目を打ち込んだら、おれが短剣持てなくなっちまうだろ」
「……危害を加える気は?」
「霧散した。というか霧散せざるを得なかった」
それを聞いてから、私はその男を見た。暗がりだし、顔なんてあまりわかるほうではないけれど、その男は顔の半分を布で覆っていたし、頭も布で覆っていたから、人相なんて一層わからなかった。
「……招待客というわけじゃなさそう」
「招待はされてないな」
「じゃあなんでここにいるの? 門番がよく通したね」
「こっちにはこっちのやり方があるのさ」
「……つまり不法侵入者?」
「あんた暢気だな……こうしてがっちりと腕を掴まれてるのに。平気そうな顔で会話できるとか」
「この程度の事ならそこそこ経験あるし」
「ただの世間知らずのお嬢様が、一休みしていると思ったら、とんでもないのだったわけか……」
「あのねえ、ギルドの受付嬢なんてやってたら、多少の荒事の経験は出てくるものなの。自衛手段だって身につけなくちゃいけないんだから」
「なんでお嬢さまが、荒くれものばっかりが集まる、ギルドの受付嬢なんてしてたんだって話なんだけど」
「それは……」
私が説明しようとした時だ。立った時の具合か何か知らないけれど、足がずきずきと痛くて痛くてたまらなくなった。
その痛みで声が途切れたのを、相手はいぶかしく思ったらしい。
「どうしたんだよ」
「足が痛いの」
「……手を放すから座れよ、危害は加えないから」
信じていいものかと思ったけれど、それ以上に足が痛いから、腕を放された私は、ベンチに座り込んだ。
「さっきも靴を脱ごうとしてたもんな。大丈夫か? あんた顔色すげえ悪いな」
「男にこの痛みが分かってたまるか、慣れないヒールは大変なんだよ」
「……じゃあさっき言ったように、脱ぐの手伝ってやろうか?」
私は、怪しい男だという事と、足の痛みを天秤にかけた。そして足の痛みの方がつらかったから頷いた。
「うん。ドレスの布地の量が多くって、足が見つからないの」
「だよなあ、これ最新流行のドレスだろ、この布地の量と言ったら豪華って感じだ」
言いながら、男が私の前にしゃがみ込み、私の足を探し当てて、靴を外してくれた。
そして、何やらとてもびっくりしている。
「なんだよこれ、靴の中血まみれじゃねえか」
「肉刺でも潰れたか」
「暢気にしてるなよ! こりゃ痛くて当然だろ! 待ってろ、軽い手当だったら用意があるんだ」
用意がいいな……泥棒ってこんなにも用意がいいものだろうか? でもそれ位自前な泥棒なんていっぱいいるだろうな、と私は勝手に判断した。
泥棒という判断も、勝手な判断だ。
ここに、招待客じゃないのに入ってきているとか、明らかに泥棒系の訳ありだろう。
それも、かなりお人よしの、二流の泥棒って感じだ。一流は存在を隠すのに特化しているから、困った人がいても自分を表に出さないものだ。
見つかるって分かってるのに、私に声をかけてきただけで、この男が二流の泥棒だってのはわかる。
彼は私の足に、塗り薬らしきものを塗ってから、手持ちの布を巻いたらしい。布の手触りは、靴の窮屈な感じと比べてとてもやさしかった。
「ありがとう。で、あんたの目的は何なの?」
「そこであっけらかんと、おれの目的を聞けるあんたがすげえわ」
「だってあんた目的って血なまぐさくない感じだもの」
「なんで?」
「血なまぐさかったら、見つかるわけにはいかないから、ここで私の事殺してる。隙はいっぱいあったはず。でもそうしないで手当てしてるくらいだから、悪さとしてはそこまでじゃないものだって判断できる」
「……」
「できる事なら協力するよ、なんだったら母さんに紹介しようか。そうだ、なんだったら、昼に入ってきたんだけど、あちこち見ていたら迷子になって出られなくなって、ここに来たら足が痛いお嬢さんを見つけて手当てしてくれた親切な人とか言って」
「あんたそれでいいわけ?」
「あんたが二流の泥棒で、本物の悪さはしそうになくて、お人よしっぽいから提案してる。あと実際にとても足が楽になったから」
「……ちなみに、あんたの母さんって何者だ?」
「この周辺の土地の領主さまで、今日ここでお披露目会している主役」
それはさすがに予想してなかったらしい、泥棒が沈黙する。沈黙して沈黙して、それからものすごくまじめな声でこう言った。
「じゃああんたもお姫様の血を引くってわけか?」
「血だけ」
「じゃあここで、おれがあんたに、お礼にやってほしい事を頼んだら、協力してくれるわけか?」
「出来ない事は出来ないって言うけど」
「……じゃあ」
泥棒は何か意を決したように口を開いた。それを聞き、私は、夜会を抜け出したのがばれるのは承知で、そのお願いの方に心が動いたから、頷いた。
「わかった、手伝うよ」




