12 大騒ぎ開幕
そして一週間後、この国の都は大盛り上がりを見せていた。というのも、行方不明だった国一番の美女である皇女様と、その皇女様を長年思っていた公爵の結婚式だからだ。
純愛! という触れ込みである。公爵が何人もお妾さんを囲っていた事実は無視されて、ただ皇女様を思っていた年数だけを評価したうわさや歌が流れているのは事実でしかない。
下町まで、公爵のお妾さん集めの話は回ってきていなかったから、私だって、王族様に内情を聞かされていなければ、いい話だな、と思っただろう。
というか、この国というか全国的に、お妾さんを囲う貴族多いんだな……子孫を伸すためというか、優秀な跡取りを残すためというか……そこらへんは私にはわからない考え方だった。ついていけないし関わりたくない考え方。
その話題の主役たちが結婚するのは、公爵の相手が皇女様だから、大聖堂を使うのだ。
そして歌物語の語り手たちは、長年の苦しみのあまり、声を喪った皇女様が、愛の力で声を取り戻す瞬間を、今か今かと待ち構えている。
さらに皇女様には生き別れの娘がいて、その娘との感動の再会も、公爵がおぜん立てしたという事になっているのだ。
いや、娘人違いですけど、と私は誰にも言っていない。王族様から、今は黙っていて欲しい、必ず君たちを無事に家まで帰すから、とお願いされたためだ。
下手に情報が回って、結婚式が中止になったら、母さんと再会する場所が作れないから、と王族様は言っていた。
ちなみに私の事は、王族様の独断と偏見と責任で好き勝手させてもらっているらしい。
おかみさんと旦那さんも、だいぶ回復したから、別の場所で、王族様の配下の腕っぷしのいい人たちと待機している。もしもの時に娘を守れなくてどうする! というのがおかみさんたちの貫きたい意見だそうで、それを王族様は買ったのだ。
だから、おかみさんたちも実は武装して隠れて待機しているわけだ。
結婚式を執り行う大聖堂は、そりゃあキラキラしていて、こんなきらきらしたところで結婚式したら、神様に見守られていそうだな、とあまり神様を信じない私でも思ってしまう位だった。
結婚式場では、すでに皇女様が立って待っていて、そこに彼女の娘を連れた公爵が現れて、感動の再会をした後、結婚の儀式を執り行うのだと、私はあらかじめ聞かされていた。
つまりそこで、色々騒ぎを起こすのだ、と言われたような物だった。
私は緊張で変な汗をかきながら、その瞬間を待っていた。
祭壇の前で、自分の責任者である王様に付添われて立っているその人は、それは綺麗な立ち姿の人だった。顔は薄布で覆われた花嫁衣装だからわからないけれど、それはそれは綺麗なものだった。
豪奢な刺繍は金糸銀糸で真珠もとっても贅沢にあしらわれていて、さらに遠くから見ても見事だとわかるように、反射率の高い宝石がたくさん縫い付けられている。
皇女様の結婚式だと、誰が見てもわかる位、その衣装は豪華だし、大聖堂の飾りつけも豪華だし、聖歌隊のコーラスとかも完成度が高かった。
これで成功する結婚式だったら、間違いなく世紀の美談になるだろう。
でも私も王族様も、それが成功しないと知っている。
聖歌隊の声が一度終わり、高らかなラッパの音とともに、公爵がやって来る事が告げられた。
私は、祈るような気持ちで両手を組み、公爵とともに来るであろう、シャルロッテを待った。
公爵は同じように結婚式用の白い衣装を身にまとい、威風堂々現れた。でも残念な事に、顔はあまり……素敵だとは思えなかった。整ってはいるのだろう、でも、なんとなく、遊び歩いている振る舞いがあちこちからにじんでいて、素敵という気分にならなかった。
そしてうつむいて歩いているシャルロッテは、色々苦しんでいるのか、それとも不安なのか、恐れているのか、細かく震えているのが明らかだった。
可哀想なくらい、色々な権力とか圧力に脅された結果だと、私からもわかるくらいだった。
こんな震えている娘を見て、青ざめた顔の娘を見て、目を見開き、必死に涙を抑えている娘を見て、おかみさんたちが強硬策に出ない事を、私はひたすらに祈っていた。
まだこの騒ぎをぶち壊す所じゃない。まだだ。
まだ、私たちを牢屋に突っ込んだ、話を聞かない連中を懲らしめられない。シャルロッテをさらった人たちを、懲らしめられない。
だかおかみさん、旦那さん、耐えてくれ……と私は彼等がいる方向をちらっと見た。
幸いそちらでは騒ぎが起きていなさそうだった。
公爵は誇らしげに歩いている。隣の蒼褪めて震える、美しすぎるほど美しい、銀色の娘を連れて。
何も知らない貴族たちが、小さな声で
「さすが皇女様の娘君、大変に美しい」
「市井の育ちとは思えないほど上品ですね」
「血の尊さは雰囲気からもにじみ出ているな」
といった事を言っていた。いや、シャルロッテ下町の評判の美女なんだけど。血はただの一般市民の血ですから。
と思いつつ、私は祭壇の前に、彼等が到着するのを見守った。
そして、花嫁の前に、公爵がシャルロッテを立たせた。
「愛しい人、あなたの最愛の娘をこうして連れてきました! 私と結婚してくれますね!!」
彼はその答えが、諾一択だと思っていたらしい。しかし。
花嫁は、黙ってシャルロッテを見た。そして、ぐいと顔をあげ、顔に被っていた薄布を忌々し気に引きはがした。
「冗談ではありませんわ!!!!! ふざけるの大概になさい!! 私をこんな形で騙すなど正気とは思えませんわね!」
そして彼女は、物凄くよく響く声で鋭い声でそう言ったのだ。
彼女はすごくきれいだった。そして私は幼い頃に、ずっとそばにいたその人と、同じ人だと直感した。
私は王族様に、合図をした。母親だったら二度靴底を叩く、と決めていたのだ。
王族様がそれを聞き、頷いた。
その間に、母さんは激昂した声で言う。
「彼女は私の娘ではありません! 絶対に!!」
「そんなわけがないでしょう! あなたが暮らしていた場所で見出した、あなたと同じくらい美しい娘です!! 髪の毛だって瞳の色だって、あなたと同じだ!」
食い下がる公爵だが、激昂した母さんはこれ以上ないくらい大声で断言した。
「私の娘は赤毛です! そして愛しい夫によく似た顔です! 瞳の色だって茶色です!!!」
幼い頃髪の毛が赤い娘が、どんなに綺麗に成長しても、銀髪にはならない。それは当たり前の事だった。
茶色の瞳が、紫になる事もあり得ない。
だから、彼女は絶対に娘じゃないし、第一顔が違う、と母さんが言う。
「この詐欺師! あなたとなど結婚してなるものですか!! この時まで娘と合わせようとしなかったのは、このためですね!」
結婚しないと断言されて、公爵が怒りに顔をゆがめた。そして腰の飾り物のような剣を抜き放ち、大声で言った。
「この女詐欺師! 私を騙したな!!」
その剣が向いた先は、あまりの事に震えて動けないし、喋れないでいたシャルロッテだった。
だから私は、人込みをかき分けると同時に、王族様から支給されていたナイフを投げつけたのだ。
私が人込みをかき分け終わったと同時に、公爵はシャルロッテに剣を振りかざし、切り捨てようとしていたのに、私の投げた命中率の高いナイフは、彼の剣に強かぶつかり、彼はその衝撃で剣を吹っ飛ばしてしまったのだ。
「何奴!」
「ロッテちゃん!!!」
「え、エーダちゃあああああああ!!!」
全速力でシャルロッテに駆け寄り、彼女を抱きしめると、今までの事でいっぱいいっぱいだっただろう彼女が、見る見るうちに泣き出した。
「こわかった、こわかったぁぁ!! 何度違うって言っても信じてもらえなくて!! 父さんと母さんに会いたいって言っても、詐欺師に会っちゃいけません、あの者たちはバツを受けますって言われて、こわくて、こわくて!!」
「皆無事だから! 大丈夫、よく頑張ったね! もう大丈夫! 私も旦那さんもおかみさんもいるから!!」
私は大声で泣きじゃくる彼女を背中に庇い、もう一つ持っていたナイフを抜き放ち、公爵に突き付けた。
「ふざけた野郎はどっちだ! 平和に暮らしていた私の友達を誘拐しやがって! この人さらい!! おまけに違うって言った私たちを、詐欺師だと決めつけたくせに、ロッテちゃんを詐欺師扱いとかふざけるにもほどがあるだろう!!」
「う、うう……お前は誰だ! そんな貧相ななりをして、貧乏くさい顔をして! お前程度の下々がどうしてこの神聖な儀式の場所にいるのだ!!」
「お前が馬鹿で阿呆で考えなしで人の話を聞かないからだろうが!! 関係者が全員違うって言ってたのに、勝手に自分の中で決めつけてこの騒ぎを作ったんだろうが!」
「ええいうるさい! このように無礼なもの、さっさと捕らえよ!」
公爵が言った時だ。その時おかみさんと旦那さんがこの場に駆け付け、シャルロッテを抱きしめてよかったよかったと半泣き状態になっていた。
その時だったのだ。
「……エーダ? あなた、エーダなの?」
……騒ぎのさなか、沈黙を貫いていた皇女様が、こっちを見て、私の腕を引っ張って、顔をまじまじと見てきたのだ。
「皇女様、そのような下賤なものに近寄ってはなりません!」
公爵が言ったものの、彼女は私の顔をまじまじと眺めて、頬を撫でて、髪を撫でて、そして。
「会いたかったわ!!!! 何年もあなたの顔を見ていないから、不安だった!! でも間違いないわ、あなたは私の一人娘のエーダよ!!! だってあの人に顔がそっくりだもの!!」
「って、あんたリリー! おどろいた、皇女様はリリーだったのかい!」
彼女が私に抱きついた時、皇女様の顔を近くで見たおかみさんが、心底驚いたという声で言ったのであった。
「お前! 皇女様に何という失礼な口の利き方を!」
公爵がいい、どうすればいいのかわからず、おろおろする兵士たちに指示を出そうとした時だ。
皇女様が私から体を離し、信じられないくらいの威圧感と風格を感じさせる立ち方で、堂々と言ったのだ。
「この娘は、まぎれもない私の一人娘です! そしてこちらのご夫婦は、私が身を隠し正体も隠し、暮らしていた時の大恩人たちです! 兵士たち、公爵をとらえなさい! 先ほどから私に対してのあらゆる無礼な振る舞い、目に余ります!!」
それを聞き、兵士たちが動き出した。公爵は上座の国王を見て、救いを訴えていたものの、国王もこの混乱に追いつけず、結局、母さんの指示が一番立派で堂々としていたから、それが通ってしまったわけだった。
その時、王族様が素早く国王に近寄り、ひそひそと何かを告げていたけれど、それは今回の騒ぎの色々な事情の事だろう、と私でも判断がつく事だった。




