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序 そして母はいなくなった

思えば幼少期は、いつも母の働く背中を見ていた。というのも、私と暮らしていた母の賃金では、とても二人分の食い扶持を、満足に稼げなかったからだ。だから私は、母が内職に明け暮れているのを、床に座り込んで眺めている事が多かった。

母は記憶の中では、とても美しい人だった。疲れてやつれていた物の、生来の美貌を損なう事はなく、実際に、母は近所では、一番の美人だと言われていた事も、わずかな記憶の中に残っている。

顔立ちはそこまで思い出せない物の、母の、さらさらとした光り輝く銀の髪の毛と、驚くほど透き通った紫色の瞳は、子供の記憶ながら覚えている。

とても綺麗な母を、お金で買おういう人も、いたらしい。だが母はそれにきっぱりと拒絶をしていた。どこかの豪商の愛人になっていたら、生活は楽だったかもしれないけれど、母は絶対にうんと言わなかった。らしい。それを詳しくは私は覚えていない。あまりにも子供過ぎたからだ。

毎日、私は、大家さんの家に預けられて、母が帰って来るのを、大家さんの手伝いをしながら待っていた。大家さんはけっこういい人だったから、私を預かってくれたのだ。

そんな毎日が変わったのは、六歳になって半年くらいの頃の事である。それ位詳しく覚えているのは、大家さんの娘のシャルロッテの、誕生日の前の日だったからだ。

いつも通りの朝だった。そして何も変わり映えのしない、やり取りだった。母はいつものように、私の頭を撫でて


「お夕飯までには帰って来るからね。今日はお給料日だわ」


と言って、大家さんに家賃を払う事を約束して、仕事に向かったのだ。お給料日はいつも、母が少しだけ早く帰ってきてくれるから、私はその日も、母が帰って来るのを楽しみに待っていた。

いつものように、大家さんの家の手伝いをし、子供でもできる手伝いをせっせとこなして、空いた時間にシャルロッテと遊んで、私は母の帰りを待っていた。

しかし、母は、お夕飯の時間どころか、日が暮れても、日付が変わっても、帰ってこなかったのだ。

大家さんは、六年間、真面目に働いて、家賃を支払っていた母が、子供を残して出て行くなんて、考えなかったそうで、直ぐに働いているお店に聞きに行ったそうだ。

母はその日、いつもの給料日と同じように、少し早く帰ったそうだ。

それから、母の行方はようとして知れない。

大家さんも、旦那さんも、色々聞きまわってくれたけれども、あんなに美人で目立つ母の行方を知っている人は、誰もいないのだ。

そして私は、一人残されたわけである。

幼い子供一人が、家賃を払えるわけがない。追い出されても、あまりおかしくはなかっただろう。そんな話はどこにでも転がっている。

しかし


「あんたのお母さんは、私の早くに亡くなった妹に似ているんだ。その子供を放り出すなんてとんでもない! うちで暮らせばいいよ。多少は働いてもらうけれどね」


と大家さんが言ってくれて、私は大家さんの家の居候になる事になったのだ。

それから十年、母はまだ、帰ってこない。

運命が回転するのも、それからだった。

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