名作改悪シリーズ② 沖田 ねてる様【この心底くだらなくてふざけている素晴らしい世界へ(冒頭)】
――幸せな夢を見た。
今まで味わったことがないような、心地のいい夢を……。
それは、現実感のない荒唐無稽なもの。
夢なんてものはそんなものだと思いながらも、それが幸せなものだったことだけは分かる。
とにかく、すっかり目が冷めてしまったので、僕はひとまずベッドから体を起こす。
昨日あれこれと体を動かしたせいだろうか?
僕は空腹だった。
けれど、僕は台所に向かおうとはせずに、隣で寝ている『彼女』につい視線を向けてしまう。
美しいと、僕はそう思った。
僕はたくさん彼女の表情を知っているけれど、寝ている姿も美しかった。
その美しさを、今、僕だけが見ることができる。
ああ、それは本当にあの夢の続きを見ているようだ。
でも、彼女を見つめている僕の視界の端に、昨日持ってきた、僕のカバンが入ってきてしまった。
夢の中ではなかった見慣れたいつもの存在が、僕を現実に戻す。
「……まっ、いいや。夢の話なんて」
夢ではなく、現実の彼女をもう一度見つめる。
すると浮かんでくるのは、昨日の事。
色々あったけれど、昨日が彼女との初夜だった。
僕はかなり緊張していた。
それはそうだよね。今まで見ているだけ、想像するだけだった彼女が、実際に目の前に居たんだから。
そして、緊張する僕とは対象に、彼女は随分はしゃいでいた。
今まで知らなかった一面も見せてくれて、驚くのと同時にすごく嬉しかった。
改めて、横たわる彼女に視線をやる。
彼女の長い髪は円状に広がり、まつ毛がよくわかる少しきつめのつり目も、今は閉じられている。
白を基調としたワンピースにはアクセントに赤い模様が散りばめられて、そこから溢れるスラリとした足の艶めかしさに、僕は思わず息を呑んだ。
綺麗だ。
本当に、そうとしか言いようがない。言葉が見つからない。
そして、彼女が今、僕の隣りにいることが嬉しくて誇らしい。
……僕と彼女の出会いは、街中の交差点だった。
一人で買い物に来ていた彼女をひと目見た途端、彼女に心を奪われた。
風に舞うサラサラとした黒くて長い髪。少しキツめの印象を受ける、つり上がった目。身体つきはスレンダーだけど、高い背丈と、そんな体を支えるスラリとした足。
そんな彼女の全てが、僕の心を射抜いた。
気がつくと、僕は彼女に見惚れたまま、街中で、信号が変わって人通りが激しくなった交差点で、思わず立ち尽くしてしまっていた。
それくらい衝撃的だったんだ……。
それから僕は、なりふり構わずに彼女を追いかけ、声を掛けた。
当然彼女はびっくりしていたけれど、遠慮も何も考えられずに、積極的にアプローチをした。
こんなに無我夢中で頑張ったのはいつ以来だろう?
まぁ、すぐには思い出せないほど、僕は頑張ったんだ。
それからも色々と大変だったけれど、そんな苦労がようやく実を結び、ようやく昨晩、僕は彼女と結ばれたんだ。
ははっ。そう言えば、自分よりも背丈の低い男に抱きしめられて、彼女はびっくりしていたなぁ。
あの驚いた顔は、当分忘れられそうにない。
抱きしめたこの腕には、今でも彼女の温もりの記憶が残っている。
それに、そのまま不意打ちにぶつけた唇の柔らかさも、感触も、まだ覚えている。
あの感触は、早々には忘れられないだろうなぁ。
……我ながら、変態チックだとは思うけれどね。
でも、それもこれも、彼女が魅力的だからいけないんだよ。
細身に見える癖に、抱き締めると柔らかく、肌もいつまで撫でてても飽きることがないほどさわり心地が良くて。
あの、漏らした吐息も、少し湿ってて、とても……。
ああ、いけないいけない。朝から何を興奮しているんだろう、僕は。
昨日あれだけしたというのに、流石に節操がなさすぎると自分でも思う。
生理現象とはいえ、流石に節操がなさ過ぎる。
淡白だと思っていたけれど、僕の中にこんな獣が宿っていたなんて驚きだ。
とにかく、一度起きよう。
先程から空腹を訴えているお腹をどうにかしたい。
意を決して立ち上がった僕は、もう一度眠っている彼女に目をやって微笑む。
その後はトイレにいって用を済ませ、台所を目指した。
さて、朝は何にしようかな?