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2. コーヒーの香り

お楽しみ頂ければ幸いです。


よろしくお願いします

「本当にかっこよすぎたんだってばぁぁ」


部活説明会の次の日朝、亜子ちゃんは机に顔をうずめながらそう叫んだ。

先輩のカッコよさを事細かくレポートするはずだったのに、いざ憧れの人を目の前でみたら息つく暇もなかったらしい。

亜子ちゃんが涼様って呼んだときは本当に驚いたけど、今ならその気持ちがほんの少しわかる気がする。

その理由は、同じく昨日の帰り道のせいだ。


三角桔梗先輩。

先輩とさよならした後、涼ちゃんに漢字を教えて貰ったら名前まで綺麗で綺麗でびっくりしたんだよね。

綺麗な名前とお顔に、ガソリンで汚れたオレンジ色のつなぎ。ギャップ萌えっていうのかな、そのアンバランスさが余計に頭から離れない。

登校中に先輩のお家を発見した時、ばったり会えないかなーって期待しちゃったのは内緒だ。


知ってるのは、名前とお家とバイト先くらいなのにどうして頭から離れないんだろう。



「ほーたほーた!私の語彙力じゃ涼様の良さの1ミリくらいしか伝わらないんだけど、それでも伝えたかったのぉあたしの言葉で!!今日は絶対に忘れないようにするからまっててね!」

「うん。楽しみにしてる」


本当に楽しみしてるのか表情からはまったく読み取れないけど、蛍ちゃんがそういうならそうなんだろう。

知り合ってまだ二日目だけど、亜子ちゃんも蛍ちゃんもいい意味で裏表がない。

周りの顔色をついつい窺ってしまう私にとっては、それがとてもありがたかった。


朝一番に亜子ちゃんから涼ちゃんとの関係を根掘り葉掘り聞かれたけど、本当に純粋な気持ち尊敬してるっていうのが伝わってきて眩しいくらいだった。


中学時代からモテにモテていた涼ちゃんの周りには、常に取り巻きみたいな子たちがいて、幼なじみだってだけで隣にいる私はその子たちのターゲットになったことがあった。

まぁ、スルー出来るレベルのものだったんだけど。

でも高校に来てまであんな思いはしたくないわけで、亜子ちゃんが本当にいい子でほっとしたのは事実だ。


「亜子ちゃんはバスケ部で確定なの?」

「もちろん一択だね、しぃちゃんはマネージャーやらないの?」

「あたしはやめとこうかな。バイトしてみたいし」

「しぃちゃん、バイトするの?」

「そう喫茶店でね!!!」


先輩のことを考えすぎて目標のことが頭からすっぽり抜けてたけど、これこそが今日のビックイベント。

今度こそは絶対喫茶店にいく!


そう決心したのはいいものの、またあのキスシーンに出会ってしまったらスルー出来る自信はないんだよね。

かといって、このままずるずるあの日にとらわれ続けるのもしゃくじゃない?

だって私が悪いことしてるわけじゃないしさ。

そして私はいいことを思いついた。


「蛍ちゃんは放課後のご予定は!?」

「え、帰宅だけど」

「お茶でもどうでしょうか!!!」

「いいよ」

「あたしもいきたーーーーい!けど体験入部申請しちゃったよーーーー」


戦友は一人でも多いほうがいいけど、亜子ちゃんは部活があるってわかっていたし、蛍ちゃんはだめもとだったけど本当によかった。

そもそも、一人で行かなきゃいけない理由なんてないよね。

完全に偏見だけど、蛍ちゃんが同じ場面に遭遇したとしても普通に入っていけちゃいそうだよね。

ただの背景というか、むしろ気づかなそうだし。


亜子ちゃんとは部活がお休みの時に遊びに約束をして、私は蛍ちゃんと二人で行くことになった。

頭の中で、法螺貝を鳴らす音が聞こえてくる。


いくよ、雫!いざ、出陣!!!!!!!



◆◇◆◇◆



「多分こっちを行けばいいとおもうんだ!」

「ねぇ、マップ見なよ。記憶に頼らなくていいから」


方向音痴の私は、結局蛍ちゃんの誘導に身を任せ目的地である喫茶店についた。

到着予定時間より早く着いたのはじめてかも。蛍ちゃんってやっぱりすごい。


いまだに名前の理由はわからない「喫茶あぼぉと」。

ようやくお店の中に入れる日がきた。


「ここ、なんかいいね」

「だよね!!?蛍ちゃんみる目あるよ」

「本当にギリギリなメンタルになった人たちの駆け込み寺みたい」

「どこからそんな発想になるかな???」


私のツッコミを無視して迷わず店内へ入っていく。心強すぎる…先鋒蛍ちゃん。


「いらっしゃいませ、お好きな席にどーぞ」


店内に入ると厨房から声が聞こえてきた。

蛍ちゃんが空いていた窓側の席を指さし、私は無言で同意した。


なんだか、イメージ通り。薄暗い照明の店内にはジャズが流れていて、ほんのりコーヒーの香りが漂っている。

レンガ造りの壁には、額縁に入れて飾られた絵と時間のズレた時計がかかっていてまるで物語の世界に迷い込んだ気分になった。

お客さんは私たちのほかに気難しそうなおじさんが一人、机の上に新聞を広げていた。


「雰囲気のあるところだね」

「うん。きっとナポリタンとクリームソーダがおいしいと思う」


自然と図書館でしゃべるくらいの声になっちゃった私に合わせて、蛍ちゃんもメニューをめくりながら同じようにしゃべってくれる。やさしい。


「ここは何がおすすめなの?」

「喫茶店だし、無難にコーヒーかな。私はブレンドとチーズケーキのセット頼もうと思ってるよ」

「ふーん、いいね。じゃあ私はナポリタンとクリームソーダかな。色も選べるのかな、あ、味が違うんだ」


最初から頼むもの決まってた気がするけど、相変わらずマイペースだなぁ。

しっかりメニューを見ないで決めちゃったけど、確かにクリームソーダおいしそうだ。


クリームソーダって大抵メロンソーダの一色だけど、ここのお店は6種類ある。

亜子ちゃんもまた誘ってみんなで並べたら、写真映えしそうかも。

うん、また次の機会に注文しよう。


「すみませーん、注文お願いします」

「はーい」


私の呼びかけに反応してくれたその声は、入った時の人と同じ声の主のようだった。

もしかして、人がいないのかな?これはバイトできるチャンスかもしれない。


注文を取りに来てくれた店員さんは、おっとりとした雰囲気の女性だった。

店員さんは渋めなマスターを想像していただけど、エプロンが似合う笑顔が素敵な店員さんもそれはそれは最高だし、きっとこの店員さんを目当てに来る人もいるんじゃないかなってくらい魅力的だった。

私の美少女センサーもとい、美女センサーは今日もフル稼働しているようだ。


「雫、このお店は前から知ってたの?」

「うん!とはいっても入学前くらいだけどね」

「来るのは初めて?」

「そうそう、お店の前までは来たんだけど入れなくて」

「どうして?」


はっと気づいた時にはもう手遅れだった。私のばかばかばかばか。もう理由を言うしかないじゃんか。

店の前に来て怖気づいたって言っても信じてくれそうだけど、つまらない嘘をつくのも気が引ける。

でも、正直に話して女同士っていやだとか言われたりしたら、ちょっと傷つきそうだなぁ。


「えっとね、じ、実はさぁお店の近くで女の人同士のイチャイチャというかちゅーしてるとこみちゃって、慌ててひきかえしちゃったんだよねぇ」

「…」

「あ、はは。びっくりするよね。」


話しながらだんだん机の一点を見つめて話していることに気が付いた。

私がしたわけじゃないのに、蛍ちゃんの沈黙がこんなに居心地が悪くなるのはなんでだろう。


「それは災難だったね」

「…え?」

「女同士だろうが、男同士だろうが、男女だろうがなんでもいいけど、私は駅の改札でそういうことしてるカップルはちょっとなって思うよ。一応公共の場所だしね」

「そ、そうだよね!」


蛍ちゃんの言葉にほっとする。

私が過敏になり過ぎてただけで、人のキスシーン見るのって性別関係なくいい気はしないよね!

変にごまかしたりしなくてよかったし、蛍ちゃんがはっきり自分の意見をいってくれるひとでよかった。


「お待たせしました」


話の区切りがついたところで、お待ちかねのドリンクと料理が出てきた。

タイミングもばっちりでますます気に入っちゃった。


蛍ちゃんの注文したブルーのクリームソーダは宝石みたいにキラキラしていて、ナポリタンは3人前くらいあるんじゃないかってくらい大きかった。


「蛍ちゃん、食べきれる??」

「うん、おいしそう」


私のブレンドとチーズケーキも普通ではあるけどおいしそうだ。

喫茶店デビュー記念に写真を撮ったけどなんだがおいしそうに撮れないんぁ。

SNSに載ってる写真には遠く及びそうにもなかった。

ふと蛍ちゃんの方に目をやると、スマホを逆さにしてメロンソーダを撮影している。


「なにそのワザ!?」

「え、あぁ。私アオってる写真の方が好きなんだよね」


そう言って撮った写真を見せてくれた。


「すっごい綺麗!!!プロみたい!!」

「大げさだよ。アプリも使ってるしね」


蛍ちゃんはご飯用と人物用にカメラアプリを分けているようだった。

さすが美人。あまりSNSとか興味がないタイプかと思ったけど、その辺は抜かりないみたい。

私がぬかり過ぎなだけかな??


「「いただきます」」


いつもはブラックは飲めないけど、通過儀礼?として一口目はそのまま飲んでみた。

自分で淹れたコービーとは違い、苦みというかえぐみが少なくこのコーヒーならブラックでも飲める気がした。


「ナポリタンはどう?」

「おいしいよ。雫も食べる?」


蛍ちゃんがフォークにくるっと巻いたナポリタンをそのまま私の方に刺し出す。

こ、これは、フォークを受け取った方がいいのか??そ、それともあーんしていいのかわからないよぉ。

けど悩み続けても変だし勇気を振り絞り口を大きくあけた。


「おいひいね」

「ね。大正解!」


いつも無表情の蛍ちゃんがとびきりの笑顔で笑った。

すごくご飯がすきなのかな。

その笑顔はすぐにいつも通りの無表情に戻ってしまったけど、いつもより心なしか口元が緩んでる気がする。

またいつか蛍ちゃんと遊ぶときはご飯がおいしいお店にしよう。守りたいこの笑顔。


◆◇◆◇◆


それぞれのご飯を食べ終えた頃にはもう私の心は決まっていた。

絶対にこのお店でバイトがしたい。

アルバイト募集の張り紙は張ってなかったけど直接聞いてお願いするんだ。


私たちがお会計をするときには、もう他のお客さんはいなくなっていた。

今がチャンスって神様も言ってるってことだよね。

蛍ちゃんは気を使ってか先にお店から出て行った。


「こちらレシートになります。」

「ごちそうさまでした。……あの、すみません!」

「はい?」

「今、こちらのお店はアルバイトって募集してますか?」

「はい、してますよ」

「っ、ここで働かせてください!」

「喜んで!まじめな子が来てくれてうれしいわぁ」


お願いしたのは自分なのに、こうもとんとん拍子で話が進んでしまい一瞬固まってしまった。

今、バイトが決まった??


「合格でいいんですか?」

「ええ。あなたいい子そうだし」

「えっと、店長さんの面接とかは!?」


あわあわしてる私を見て、おっとりとした店員さんは楽しそうに言葉をつづけた。


「私が店長です!」

「ええええ!す、すみません!!!」



こうして私は目標を二日目にして達成しちゃったんだけど、高校に入ってから怖いくらい運がいい。

本当に大丈夫かな私。

たくさんハッピーな気持ちにさせておいて、どーんと急落下とかない、よね??

幸せなことが続きすぎると、その幸せが怖くなるっていうけど今まさにそんな気持ちだった。


そして私はこの二週間後、涼ちゃんの言った通り高校生活で掲げていた全目標を達成してしてしまうのである。









ここまでお読み下さりありがとうございます。


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